ホルン:怪物
その建物から、何人もの大人が逃げ出す。窓に板を張ってある、不気味な建物だった。
誰も出てこなくなったタイミングで建物の中に入った。灯りが消えていて暗い。ライトを付ける。
ぐちゃり。
そう聴こえた。音が反響しているのか、位置が掴めない。後ろのフェタが小さな声で話す。
「……ここ?」
「……多分」
少しだけ広いスペースは、恐らく病院の待合室だ。階段が上と下、それぞれに続いている。
「……私は下行くから、フェタは上探して」
フェタが小さく頷く。本当は、カリンにフェタを合わせたくない。特に、今恐れている事が本当なら尚更。申し訳ないけど、フェタがカリンを先に見つけたら、殺されてるかもしれない。
階段をゆっくり下る。踊り場に、薄紫色の髪色の子が座っていた。さっき見た子と同じ髪色だけど、別人だ。
「……どうしたの?」
「……わかんない」
その子は、下の階をじっと見ている。膝元に血が付いていた。
「怪我したの?」
首を横に振る。遅かった。
「……待ってて」
立ち上がって、階段を降りる。下の階に着いた。病院らしからぬ、少し無骨な廊下だった。なんのためにあるのか、鉄製の覗き窓付きの扉、それがほぼ全て、外側から破壊されている。
その中に、薄紫色の髪色の子がいた。
「……え?」
近寄る。息をしているが酷く怯えていた。慌てて廊下に出て、他の部屋も確認する。
薄紫色の髪色の子だ。廊下に出て他の部屋も確認する。
薄紫色の髪色の子だ。廊下に出て他の部屋も確認する。
薄紫色の髪色の子だ。廊下に出て他の部屋も確認する。
全員別人だ。顔も体も性別も違う。それなのに、髪色と服は全く同じだった。
この子達は、みんな同じものを食べている。全てが薄紫色だ。食べているのは1種類だけ。外の人達はこうじゃなかった。
ぐちゃり。
廊下の奥で鳴った。角を曲がった先。既に壁に血が見える。歩く。人の服が見えた。足だ。動いていない。
歩く。人の顔が見えた。死んでる。動かない。
歩く。人の死体が何体か転がっている。その中に、薄紫色の髪色が見えた。
「……カリン?」
死体の奥、動いているか分からない位ゆっくりと歩いている。
よく見る靴にズボン。腰に付いたワイヤーアンカー。シャツの上から、上半身を左側を中心に這うベルト。頭をグルグル巻にしたその布は、カリンのマフラーだ。その怪物に、左腕は無い。
振り返る。布で顔は見えない。尾骶部から伸びた、細長く黒いしっぽが、床を叩き付けた。
ぐちゃり。
「……カリン?」
カリンが小さく反応した。こちらを見る。本当に小さく、何か言った。
「カリン、こっちに来て?」
カリンがゆっくりと、こちらに歩く。しっぽを床に引きずる。
背中、廊下の方から足音が聴こえた。振り返って盾を構える。ライトが廊下と死体を照らす。1度立ち止まったそれが顔を出した。こちらもライトを当てる。キョウヤだ。
「はは、こりゃすごい。なるほど、そういう事か」
「……近寄らないで、この子、今混乱してるから」
「あぁ、隠さなくていい。カリンだろ?服を見れば分かる。装備はどうした?」
一瞬振り返る。そういえば、メイスも弓も持ってない。慌ててキョウヤに向き直るが、1歩も動いてない。
「ホルン、君なら、それを落ち着かせられるんだな?」
「……えぇ」
「良かった。なら頼む。無理なら俺が出る」
キョウヤが棒の先に刃物を取り付けた。カリンに向き直る。
「カリン?」
「……」
「……うん、おいで」
「……」
カリンを抱きしめる。冷たい。鼓動の感覚が伝わってくる。
「……い」
「……後で、ちゃんと謝ろ?」
「……さい」
ゆっくりと、布を外す。芯の無い布がカリンの顔から外れ、肩に乗る。ぼんやりと虚空を見ているカリンの目は、ミズキと同じ黄色だ。
もうひとつ、足音がした。慌てて布を掴んで、カリンに戻すけど遅かった。巻いた布から覗く片目が、私の後ろを見て見開かれる。呼吸が荒くなる。
振り返る。フェタだ。まだ手斧を持っている。
「フェタ!!逃げ……」
「……ゴニア!!」
カリンが過ぎる風。顔が見えなくなっても、しっぽが最後まで揺れながら視界から抜けていく。
カリンがフェタに突っ込む前に、キョウヤが槍になったそれでカリンを防ぐ。カリンのしっぽの追撃を、槍の柄で弾きながら後退する。
「フェタ!!良いから外に出ろ!」
キョウヤの指示に、尻もちを付いて怯えるフェタが逃げる。カリンが追おうとするのを、キョウヤが止める。
「君は一途だと思ってたが、案外面食いか?」
キョウヤの言葉が聞こえているのかいないのか。カリンが叫ぶ。
「ベゴニア!!待て!!」
「違うな。どうやら未練タラタラなだけか」
目で追えない。不規則に響く金属が弾く音と、小さな火花がキョウヤの周りを包む。キョウヤは槍で、そう思えば柄が曲がり鞭で、カリンの攻撃を防ぎ続けている。それでもキョウヤは少しずつ後ろに下がっている。
あの日、リズちゃんが消えた時。カリンを抱きしめたのは確かに、カリンを打ち負かしたベゴニアさんだった。私と目が合ったベゴニアさんは、待てのジェスチャーをした。
あれがどういう意味だったのか、まだ分からない。今の私じゃ、カリンを止められない。
キョウヤの隙を付いたカリンがキョウヤの裏に回り込む。キョウヤを無視して、しっぽを壁に叩き付けながら、カリンが高速で廊下の奥に消えた。
「……参ったな。彼、いつもあんな感じかい?」
「……いいえ、こんなに辛そうなのは、初めてです」
「そうか。君にかかってるよ。ホルン」
廊下の血溜まりに、カリンの武器がある。それを拾う。




