カリン:傷
遠くで争いの喧騒が聴こえる。こっち側には女性が何人か居て、全員が建物から僕を恐れの顔で見ている。
特別痩せてもなく、覗く服も綺麗だ。
誰も居ない道を歩く。1人の女性が体を出した。繋いだ手の先に子供が居る。小さい。東京に居るリナも、当時はこれくらいだっただろうか。
「……あんた、何しに来たんだい?」
「……あっちは、正義ごっこをしに来たらしいです。僕は、奴隷?ってのを助けに来ました」
女性は少し悲しそうな顔をして小さく息を吐く。
「……そうかい。あんたの目指す場所は、ここを真っ直ぐ行って、鳥居のある道を右に行くとある、窓を全て木で塞がれた建物だよ」
「……教えてくれるんですか?」
「分かってる。私たちは搾取した側だ。そうじゃないと生きていけない子たちだなんて、言い訳なんだろうなって思ってたさ」
あまり全貌が見えない。でも確かに、キョウヤの言う奴隷は存在するらしい。
「ありがとうございます」
「……私たちはどうなるんだい?あの騒動には、旦那も居るんだ」
「出来るだけ殺さないとは、言ってましたよ」
見ているのが辛い。どうして話しかけてくるんだろう。僕はこんなに、変な格好をしているのに。
「じゃあ、正義ごっこってのは……」
言葉を無視して進む。言われた通り、道を跨いで鳥居がある。そこを右に進む。
僕だって、大して何も知らない。知っていたら、こんな所になんて来てない。分かっていたら、リズは消えてない。
また、言われた通りの建物が出てきた。扉は鍵が掛かっている。メイスでノブを殴ると壊れた。開けて中に入る。
「だ、誰だ!?」
「……さぁ?誰なんだろう」
武装している。近接武器だ。少し震えている。戦い慣れてない。殺し慣れてない。僕は、パンデミックの時に父を殺したから、もう慣れたんだろうか。
あぁ、ホルンに会いたいな。ダメだと分かっているけれど、会って話して、キスがしたいな。そういえば、ホルンはもう、キスの効果が切れてたな。でも、まだ虫喰いは居ないし大丈夫かな。
殴ろうとするそいつの武器を、メイスで弾く。そいつが武器を落として固まっているのを無視して先に進む。
下に続く階段がある。それを降りる。薄暗いけど、所々に小さな灯りがあるから見える。そのせいだ。
降りてすぐ、廊下に立っていた。薄紫色の髪色で、ボロボロの服。僕を見てもあまり驚いてない。この子が奴隷かな。
近寄ろうとして、足が止まる。横のドアの隙間からチラリと見えた薄紫色。そっちを見る。部屋の中に、同じ薄紫色でボロボロの服を着た子が居た。顔は違う。髪の長さも違う。
反対の扉の隙間を見る。薄紫色の髪色で、ボロボロの……
廊下は20m以上ある。その廊下の真ん中。1人だけ立っている。
『ねぇ、どうしてお外には出ちゃいけないの?』
『カリンは身体が弱いから』
そう、父は言った。リズだけが外に出ていくのを、ただ見送った。悲しそうな顔で帰ってくるリズを、ただ出迎えた。
あのアパートの外を知ったのは、パンデミックになった時、父を殺して外に出た最初の、あのグレーの壁の向こうの空。窓の向こうとは違った気がした。
リズの手を引いて、笑い合って、どうせ死ぬならって、何となくで歩いて。あぁ、あの頃が、1番楽しかったな。
「……お兄ちゃん?」
『お兄ちゃんは、これからは自分の為に生きて』
頭が痛い。自分の喉が鳴っている事に遅れて気付く。階段の方から、ぞろぞろと足音がする。
「……違う」
「……」
「俺は、お前の兄じゃない」
「……そうなの?」
耳鳴りがする。もう何も見たくない。ふらつきながらジャケットを脱いで、その子に投げつける。
「殺すぞ、とっとと消えろ」
階段の方から、男が数人出てきた。それが最後。
マフラーが動く。"それ"が頭に巻き付く。右手で体幹補助ベルトを緩めて、マフラーから"それ"を抜いた。
■体幹補助ベルト
カリンの装備のひとつ。左腕を欠損しているカリンの姿勢補助の為に設計されている。
左側に前腕分の重量が加算され、上半身に張ったベルトは全て左腕の肘に集まっており、左上腕を動かす際に負荷をかけることで、左右の筋力差を減らす設計になっている。




