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終末後遺症  作者: Anzsake
19/21

海獣

血塗れのハチに案内されて、ミズキの隠れてる部屋のドアをノックして開ける。暗闇の中に縮こまったミズキが居た。


ビルを出る間、会話は無かった。ハチが喋らないからだ。戦車の布を外して乗り込む。朝霧の中西に走らせる。

エンジンの音、戦車の重さ、カリンがベルトを調整する音。


「……ハチ、はい」


タオルを投げる。ひらりと風で飛びそうになるのをカリンが掴み、ハチに渡す。


「あ、あぁ……」


「らしくない。降りる?」


「い、いや……」


タオルを水で塗らし、顔を拭きながら、ハチは上の空な返事をする。

カリンも、もう隠し通せるとは思ってないと思う。


「……あんなのも死ぬんだよな。いや、そりゃそうか。生き物なんだし」


「まさか殺すなと?」


「まさかそんな事じゃねぇよ、東京で聞いたんだ。あっちではケラ喰いって呼んでたな」


「……どこまで聞いたの?」


「全然。そういう脅威が居て、殺したって話だけだよ」


「ふーん」


霧が少し薄くなる。背中から日が昇ってきた。それと同じくらいに、足元に水を捉えて停まる。


「……着いたのか?」


「そう」


前方数メートル先から、緩やかに硬い地面が割れて下に下がっている。一面に水。水の奥は見えない。霧もそうだし、少し濁ってる。

視界に広がる水面は、すぐに別の障害物にぶつかる。大きな建造物がいくつも水から顔を出している。


「水没都市じゃん、ヤバ」


「琵琶湖海峡の南東部」


「海峡を近くで見るのは初めてだ」


「そう。良かったね」


「ここを渡りたいのか?」


「まぁ、渡れるならどこでもいいけど」


ミズキの方を見る。ぼーっと水没都市の方を見ている。


「ミズキはここから渡ってきたの?」


「ううん」


首を横に振る。


「もっと北」


「中央の方かな?」


「なんか違いがあるのか?」


「化け物が居ること以外は別物だよ」


「そうじゃん。化け物。こっから見える?」


「ちょっと進めば見れるかも。行く?」


「行く」


再び戦車を走らせる。北を向いて、渡れそうな道路を探す。少し先に、水面ギリギリで通れる高架跡を見つける。


「なぁ、こういうの渡っていけば最悪行けるんじゃねぇの?」


「少なくとも戦車は無理。生身かつカリン位なら、行ける可能性はあるかも」


カリンがこちらを見て、静かに首を横に振る。


「無理だとよ」


「じゃあ無理」


戦闘明けで索敵もさせて、カリンも疲れてそうだった。早めに切り上げて北上した方がいいかもしれない。


高架に入る。すごく遠くで微かに波の音がする。


「なぁ、なにあれ」


水面に虫が、4本の脚を水面に着けて浮いている。かなり大きいけど細い。多分蹴れば殺せる。


「さぁ」


「さぁって」


「私たちも、ここは始めて来たから」


「化け物見た事ねぇの?」


「それはもっと北。旧市街の奥の水没都市なんて、用がなきゃ来ないよ」


ハチが真顔で固まる。


「……待った。海峡の化け物って一体じゃねぇの?」


「当たり前じゃん。この海峡全部を一体で封鎖してるとでも?」


「何体も居るってこと?一体も殺せてないんだろ?渡るの無理じゃん」


「だから無理だって、最初に言ったじゃん」


出来るなら、何年も縛られてない。水面を動く虫が増えてくる。さっきまでの陸地は霧で見えなくなった。それだけで、足場の不安定さに不安になる。

ハチが水面を覗く。水の中の建物が少しだけ見える。沈んだ廃墟から、小さな魚がチラリと見えた。


前方の道が途切れているので、Uターンだけして戦車を停めた。


「……降りる?」


「当然」


ハチが戦車を降りて水面を覗く。


「ミズキは?」


首を横に振る。無理強いする気は無い。カリンが降りるので私も降りる。

途切れた道はかなり先に続きが見える。ここ一体が思い切り無くなったのだろうか。水底が見えない。

水面から出ているビルは転々とある。そこをぴょんぴょんと飛び跳ねて進む人間を想像してみるが、実現出来ないのは周知の事実だ。


「汚ぇってのは、少し残念だよな」


「何が?」


「ここが綺麗なら、少なくとも俺は毎週来るのに」


「あんたのロマンってやつ?」


「どうだろうな」


カリンが辺りを見回す。まだ虫喰いの警戒をしているのかも。


「何かいる?」


「今のところは」


「そういや、カリンは色々見えてるんだろ?化け物の場所とか見えねぇの?」


「水の中はちょっと」


「流石にか」


水面に浮く虫が、一斉に離れて見えなくなる。カリンが固まる。こういう小さな虫が消える時は、そういう合図だ。


水の下、何かの影が奥から迫ってくる、波は出ない。ハチが頭を引っ込める。どんどんと近づくそれは、ビルが小さく見える位大きく、横からヒレのようなものが伸びている影だ。


呼吸が止まる。水面が薄く、広く揺れる。その影が高架の下に潜った。影が頭から尻まで消えるのに、5秒以上かかった。


ガスマスクの呼吸音だけが聞こえる。地面が小さく揺れた気がしたが、分からない。


「……あれ?」


「……あれ、多分」


尻もちを着いたハチが失笑する。カリンは立ったまま、悩む仕草をしている。


「カリン、倒せそうか?」


「全貌が見えないから確証では無いけど、顔を出すならやり用はあるはずだ」


「だといいけどな。もう帰ろうぜ」


立ち上がろうとするハチをカリンが止める。


「待って」


「何?」


「こんな複雑な水域にわざわざ遊泳しに来た理由が分からない」


「縄張りとかじゃねぇの?」


ハチが自分の言葉で俯く。そうか。戦車が走る揺れで寄ってきた可能性があるのか。


「どうするんだ?」


「待つしかないね」


カリンが辺りを見回すが、後ろで止まった。私もそっちを見る。


水面から、細長い虫の脚が伸びている。人の背丈2つじゃ足りない位長い。さっきは無かった。

水面を、まるで死体の様に浮いている。


「……あれか?」


「分からない」


化け物なのか、それとも化け物に喰われた別の生き物か。とにかく今動くのは危ない。のに、カリンが歩く。


「ちょ……」


カリンが石を拾って沖に投げる。浮いている脚は動かない。カリンが更に砂利を拾って沖に投げる。脚はゆっくりと沈んでいく。


音がしない。カリンが沖を見つめる。水面は見る気にならなかった。


「乗って」


カリンの合図で戦車に走る。全員乗ったのを確認して走らせる。


「ミズキ、さっきの見てた?」


「うん」


「見た事ある?」


「うん」


ハチが前に顔を出す。


「なるほどな。化け物はあの虫の脚で決まりか」


「まぁ、疑ってはないけど」


「やっぱお前たちも見た事無かったんだな」


「あの魚影みたいなのしかね」


「……虫なんだよな?」


「多分ね」


カリンが後ろを見ている。陸地に入ると、地面の走行音が変わった気がして、少しだけ安心した。

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