害獣
カリンのマフラーの先端だけが小さく動く。その度に火花が散り、先端の布が焼ける匂いがする。中の細い槍のような物が一瞬見えた。虫喰いのしっぽがうねり、カリンを襲う。上半身を狙うそれは、カリンの生身には当たらない。
ライフルを構えたまま待つ。撃っていいのは一発だけ。そうじゃないと、銃の意味が無い。相手は当たれば動かなくなる人じゃない。
虫喰いはしっぽでカリンを狙いながらも接近する。カリンも詰める。間合い直前、カリンが左脇のポーチから小さな鉄片をばらまく。画鋲だ。
それを踏んだ虫喰いが一瞬動きが止まる隙に、カリンが懐に入り込む。再び何かを投げた。
どこかから入り込む朝日で薄暗く輪郭を見せる室内。チラリと光ったそれは、火薬式散弾銃の弾丸だ。いつ拾ったんだろう。
その弾丸を弾こうと虫喰いの出した手をカリンが先に弾く。同時に虫喰いの反対の手を、カリンは右肘で弾く。更に伸びる背部腕が弾丸を掴んだ。
カリンと虫喰いは触れ合える距離だ。虫喰いのしっぽが下に入り込む。それを分かっていたように、カリンは小さく跳ぶ。
虫喰いが口を開けてカリンに噛み付こうとした瞬間、カリンがもうひとつ、同じ弾丸を虫喰いの口に入れる。虫喰いが異物を吐き出すより前に、カリンが顎を蹴り上げた。
小さな火花がまた散った。でもそれは虫喰いの口の中だ。液体と共に虫喰いの片頬に無数の穴が開く。歯に付着した血が覗く。
唸り声をあげながら、それでも虫喰いがカリンに詰める。乱雑に振り回すしっぽがマネキンを両断する。
「……死ねよ」
カリンがマフラーを使わない。使えばもう2回は殺せてるはず。カリンの経験値と技量と力なら。
一瞬だけ虫喰いと目が合う。さっきだって、私を避けて4本個体に突っ込んだ。決して、私が見えてない訳じゃない。
虫喰いがカリンに詰める。カリンが少し下がる。タイミングが掴めない。
カリンがチラリと私を見た。ライフルを構え直す。
「カリン!」
返事をしない。抜かずにやるつもりだ。駆け出す。虫喰いがまた私を見て、カリンに飛び込む。メイスを拾い上げて、下投げで床を滑らせながら、カリンの方に投げる。カリンは虫喰いの攻撃を伏せて避けながらメイスを手に取る。
逆手持ちで虫喰いの背部腕を避けた瞬間、体を捻らせてメイスを叩き込む。背部腕の手の甲に当たり、手から弾丸が零れ落ちた。
引き金を引く。ペレットが虫喰いの腹部に穴を開ける。虫喰いが私を見た一瞬、カリンはメイスをスイングして弾丸を打つ。
再び火花。今度は良く見えた。虫喰いの胴に更に無数の穴が開く。そのままメイスのスイングが虫喰いの頭に入る。
首が大きく動く。虫喰いの髪が切れて落ちる。まだ死なない。
虫喰いの背部腕がカリンのメイスを掴む。手を離したカリンにしっぽを振りかぶり、カリンが吹っ飛ぶ。
虫喰いが追撃をする為に走りだす。急いでコッキングをして構え直す。もう1発撃つ。確かに当たったのに、虫喰いは私を見ない。
「カリン!抜いて!!」
突っ込んだ商品棚に埋もれたカリンが小さく動く。マフラーがカリンの首から離れ、動き出す。
ライフルの銃口を持つ。間に合え。虫喰いに追いつけない。こんな事ならキスなんてーー
「うぉぉおお!!」
ハチだ。フロアを全速力で走ってる。虫喰いがそっちを見るが、すぐにカリンの方を見る。ハチが構わず雄叫びを上げて虫喰いに突進する。虫喰いに飛びかかろうとしたハチを、虫喰いがスルリと避けた。
それでも虫喰いがカリンに振り向き、しっぽを振りかぶる直前、影が過ぎた。マフラーが上から落ちてくる。
カリンの右手に持ったマフラーは、虫喰いの体ごと上から叩き潰した。床にヒビが入り、穴の空いた虫喰いの腹部からべキリと折れた。
衝撃で地面が揺れる。潰れた虫喰いのすぐ横に居たハチは、風圧で尻もちを着いた。前面に虫喰いの血が付いている。
カリンの右手にある、2m以上はあるマフラーが、先端から動き出してカリンの首元に収まった。
「……流石にキツいか」
ハチが呆然としている。目の前には、赤黒く染まった虫喰いの死骸が、胴体からふたつに折れ、床にぺちゃんこになっている。
■ 虫喰い
旧東日本を中心に確認されている、異形の近縁人類。
背部から2~8本の黒い副腕が伸び、同様の材質と思われる細長い尾を持つ。外見は人間に酷似しているが、生殖器は確認されていない。
主な繁殖方法は一切不明。胞子濃度の高い環境を好み、主食は虫類。個体の強度は副腕の本数に比例し、頭髪の長さがその成長段階(経年)を示す指標とされる。
極めて攻撃性が高く、人間と接触した際の生存率は絶望的に低い。




