カリン:追跡
マフラーを首に巻き直す。ちらりと見える銃口が引っ込んだ。
「いてぇ!!死ぬ!!!」
ハチの声が小さく反響する。戦車の裏に回る。ホルンが自分の右肩を布で縛り上げている。
「弾は?」
「……ペレット……もう抜いた」
ホルンが右腕をゆっくりと上げる。半分も上げずに止まり、もう一度腕を降ろし立ち上がる。
「診るよ」
「大丈夫……これだけ動くなら出来るから……追って」
ホルンが倒れているハチの口に布を噛ませ、消毒を取り出す。ハチの唸り声が布で勢いを落とされる。
「追うって……」
「エアライフル……回収員だったら?」
「……わかった」
ハチが布を口から離す。
「なぁ、俺らは死ぬのか!?怪我治らないって言ってなかったか!?」
「ガスマスクのない大量吸引でね。うるさいと見捨てるから」
助手席に乗ったミズキは、まだ伏せたままだ。そっと背中に触れようと手を伸ばすと、こちらに気付いて顔を上げた。
「怪我は?」
泣きそうな顔で、ミズキが首を横に振る。
「2人のそばに居てあげて欲しい。どうしたらいいかは、ホルンに聞いて」
「……ごめんなさい」
「大丈夫。まだ終わってないよ」
「ごめんなさい……何も……」
数歩後ろに下がり、泣いているミズキを置いて走る。建物の3階からの狙撃。追える所まで追う。
回収員じゃないことは、多分ホルンも分かってる。問題は、あの時のエアライフルが今ここにある理由だ。
建物の手前まで来る。入口の影に、隠すように何かの機械らしい物が置いてある。ワイヤーアンカーを屋上付近の外壁に打ち込む。
足を置けそうな所を確認し、右手でワイヤーを引っ張って跳ぶ。またワイヤーを掴んで足場を確認。3階の部屋に飛び込む。
ワイヤーを巻き取りながら室内を確認。人は居ない。粒子の動きもない。ガスボンベが落ちている。回収員のとは違う物だ。簡易的な機械とランプがある。
ここから飛び移るのが容易な建物は無い。グラップリングの残骸もアンカーの跡も無い。やっぱり回収員では無い可能性は高い。
路地裏から粒子の動きが見える。僕の位置から離れて行く。速度的に人間だ。1人。
下に見える屋根に飛び込む。ガシャンと音が鳴り響く。先を行く流れが一瞬止まり、進路を変えた。幾つかの建物内に動く流れが微かに見える。人では無い。虫喰いでも無さそうだ。屋根の上を走って粒子の流れを追う。
下の路地裏で、微かに足音が聞こえた。人間で間違いない。こちらの足音がうるさいのか、定期的に進路を変える。
突然足音が消える。粒子の動きも止まったから、足音を消したんじゃなく、動きを止めた。やり過ごすつもりらしい。
そこの真下に行き、路地裏に降りる。箱や廃材が沢山置いてあって、視界が悪すぎる。
耳を済ませる。相手の呼吸は聴こえない。遠くで鳥の声がする。
ナイフを1本取り出して、近くの壁に付いているパイプをナイフの背で叩いた。
キィィィン……
高い金属音が路地裏に響く。一瞬だけ粒子が揺れた場所があった。
ナイフを仕舞い左脇のベルトを調整して締める。適当な石ころを1つ拾う。師匠に教えてもらった「鬼ごっこ」という遊びを思い返す。二人で向かい合って、相手に触れられる前に、相手に触れる遊びだ。
『鬼ごっこにおいて、意識すべきは自身が常に鬼側に立ち続ける事だ』
木箱の裏。粒子が揺れた辺りに石ころを投げる。再度粒子が揺れた。
「僕が、鬼だよ」
木箱から前に出る。男がナイフを突くのを右手で払う。男は体勢が崩れる前にナイフを振りかぶる。その手の肘を右手で止める。男が顔を歪める。男の後頭部を掴んで木箱にぶつける。ゴンッという音の隙間にギシリと木箱が鳴り、男が鼻血を出しながら、ナイフを前に投げ捨てた。
「降参だ……」
そう言いながら男は両手を挙げる。降参の合図だ。それと同じく、相手の油断を誘う動作でもある。ナイフを抜く。
でもその男は、そのまま座り、自分で背中を向けた。
「2人負傷した」
「あぁ、俺がやった」
「装備はそれだけ?」
「そうだ」
「……家族は?」
男が笑う。
「同情なんてしなくていい。ここではそういうルールだろ?」
男の装備は、さっき落としたエアライフルとサイドポーチが複数。服は丈夫で体格に合わせてあり、余計な装飾が無い。
「……なぁ、ひとついいか?」
「何?」
「鬼とはなんだ?」
「……鬼ごっこだよ」
「鬼ごっこ?あぁ、確かに、お前が鬼か」
「知ってるの?」
「当然だ。鬼役が逃げる子役を捕まえる、子供の遊びだろ?」
「逃げる?向かい合うんじゃないの?」
「さぁな。俺のは旧時代の話だ」
師匠だって、旧時代の遊びだと言っていた。混乱してくる。
「君の装備は全部貰う。服も全部」
「お好きなように」
「脱いで」
「殺せば早いだろ」
「旧市街を下着だけで走って帰れ。それが捕まえた僕からの仕返しだ」
男が上着から小さな円柱状の何かを取り出して地面に置く。
「それは?」
「火薬散弾銃の弾だよ。火薬は持ってて損は無いからな」
そう言いながら男は上着を脱いだ。上着の裏脇の部分にもう1本ナイフがあった。それをベルトごと外して地面に置く。
男がズボンからペレットをジャラジャラと落とし、ズボンを脱いだ。
夏とはいえ、こんな土地でこれだけ肌を見せるのはかなり危ない。男が背中を向けたまま、手を挙げたまま立ち上がる。
「これでいいか?靴もか?」
「要らない。もう行って」
「助かるよ。家族は居ねぇが、次見かけたら、お前さんから撃つことにしよう」
「あぁ、そうするといい」
男が走り出す。路地裏を曲がり見えなくなった。足音が遠のいていく。
男の装備を回収する。
■ワイヤーアンカー
主に都市部での垂直登楼に用いられる回収員由来の装備で、カリンも使用している。
腰部ベルトに接続された基部の紐を引くことでアンカーを射出する構造になっている。
射出されたアンカーは内部の逆爪を展開し、建造物への引っ掛けや、生物への固定を行う。
回収時は、ワイヤー内部に通された人工筋繊維「筋繊駆」へ微弱な電流を流すことで筋繊駆が収縮し、連動して逆爪が閉じる仕組みとなっている。
なお、ワイヤー自体の巻き取りは手動式で、基部に備え付けられたハンドルを回して回収する。




