9話 一夜
屋敷の中は父上に任せた。後は、目の前の敵を彼女に近づかせないよう倒し切る。それが、今の俺がこなすべき役割だ。
ロルフは剣を構えた。切っ先の先には、林に隠れた襲撃者たち。間合いを詰めようと足を前に踏み出した瞬間、風切り音が耳を掠める。次の瞬間、頬に鋭い痛みが走った。
手で頬を拭うと、指先に血がついている。ほんの少しずれていれば、目を射抜かれていた。――弓使いがいるのか。少し厄介だな。
ロルフは袖で血を拭いながら、林を睨む。すると今度は、四か所ほどの位置から同時に矢が放たれた。
地面に転がり、かろうじて避ける。石畳に肩が叩きつけられ、鈍い痛みが広がる。だが立ち止まっている暇はない。
ロルフは夜襲対策として用意していたランプを掴むと、思い切り林の中へ放り投げた。
ガラスが割れる音。次の瞬間、火が燃え広がる。
瞬く間に炎は広がり、屋敷の周りを囲むように連続して光が灯っていく。たまらず庭先に出てくる襲撃者たち。全員が黒ずくめの外套に身を包み、フードを目深に被っている。
ロルフは素早く敵を数える。
全部で、9人。
敵を冷静に把握すると、まず厄介な弓使いを排すべく駆け出した。目にも止まらぬ速さで接近し、剣を一閃させる。外套ごと体が斜めに裂かれ、襲撃者が血を吹いて倒れた。
「まず、1人」
低く呟く。
戦況がひっくり返りかねないと気づいた襲撃者たちは、ナイフを持った近接戦担当をロルフに2人ほど差し向ける。そしてその隙に態勢を整えようと、一点に集まる動きを見せていた。
ロルフはその動きを察知し、向けられた刺客の攻撃を躱しつつ、自身の持つ剣を思い切り多数派の襲撃者たちに向かって投げた。
鋭い鉄の投擲は、2人ほどの頭を吹き飛ばし、地面に突き刺さる。鮮血が噴水のごとく立ち昇る。
「3人」
武器がなくなったロルフを、2人の刺客はすかさず仕留めにかかった。2方向から同時に刃がロルフに襲いかかる。その切っ先は確かに左腕、右脇腹を貫き、ロルフはたまらず口から血を零した。
勝利を確信した2人。
しかしロルフは、自身に刺さったナイフから伸びている腕を両手で掴み、そのまま潰した。骨が軋む音。悲鳴が上がる。獲物から手が離れたことを視認すると、ロルフは自身に刺さったそれをそのまま両手に持ち、怯んだ二人の首を一瞬で切り裂いた。
「がはっ、くっ、これで……五人」
ロルフは息も絶え絶えに、残った襲撃者たちの方へ顔を向ける。態勢を整えようとしていた彼らだったが、ロルフの横やりにより上手く集結できていないようだった。
ロルフはその隙を見逃さず、襲撃者の元へ駆けていく。
弓使い優先で潰す――
宣言通り、さらに弓使い1人をあっという間に仕留める。
「ろく、にん……」
しかし駆けた影響か、受けた傷から血が滲み出し、吐血してしまう。すかさず膝をつくロルフ。視界が揺れ、息が上がる。
「がはっ、ごほっ、はぁ……はぁ……」
唇を噛み締め、顔を上げる。そこには、完全に態勢を立て直した襲撃者たちの姿。構えられた二本の弓から矢が放たれる。
ロルフは右方向へ体を転がして躱した。矢が石畳に突き刺さり、火花が散る。
消えゆく意識を叩き起こし、地面に血の軌跡を作りながらロルフは駆ける。道中、降り注ぐ矢の雨。何とか躱しながら襲撃者に辿り着くも、およそ1メートル弱の距離から放たれた矢に右肩を貫かれてしまった。
ほとばしる痛み。ロルフは右手のナイフを落としてしまう。しかしそれでも彼は止まることなく、左手の刃を振り下ろした。
だが、その刃は難なく剣で払われてしまう。その隙に、すかさず後方へ下がる弓使いたち。
構図としては、ロルフの前に剣使いが立ち、その後方から二人の弓使いたちが援護している形になった。
剣使いが強いのか、それともロルフが弱体化したのか。それまで一瞬で終わっていた戦いは、しばらくの間続いていた。鉄と鉄がぶつかり合う剣戟の音が、庭全体に広がっていく。
強者といえど、後方に弓使いが2人も陣取っていたら即座に勝負は決する。しかしロルフは、必ず片方の弓使いの射線上に剣使いが来るよう誘導していた。それにより、ロルフが警戒すべき対象が目の前の剣使いと後方の弓使いの2人となる。集中力を剣3割、弓7割に配分することで、ロルフは彼らの攻防を乗り切っていた。
だが――このままじゃ負ける。
ロルフはそう確信していた。打ち合った当初はかすり傷すら負わなかったはずなのに、剣戟が長引くにつれロルフの体には無数の傷が刻まれていっている。体力の消耗は、ロルフの方が激しい。それに、目の前の剣使いを倒したところで弓使いが二人も控えている。
だからこそ、短期決戦に持ち込む必要がある。
何十回目かの、刃の混じり合い。しかしロルフは、自身の血に滑らせてナイフを落としてしまった。致命的なミス。
口が開き、瞳が揺れる。すかさず相手の剣が振り下ろされる。
しかしロルフはそれを、右前腕の橈骨で受け止めた。刃は肉を切り裂くも、骨で止まる。激痛。だが次の瞬間、ロルフは残った左手で腹に思い切り拳を叩き込んだ。
勝ちを確信した敵の攻撃は、たいてい大振りになる。だからこそ、カウンターが刺さる――
思わぬ衝撃に、剣から手が離れる相手。ロルフはすかさず剣を奪うと、相手の心臓に突き刺した。
そして次の相手に向かおうと顔を上げる。
そこで、違和感に気づく。弓使いが、一人しかいない。
首を振り、周囲を急いで見回す。すると右斜め後方、3歩の位置にいることを確認する。そして手には、矢が握られていた。
すかさずこの場を離れようと翻そうとするが、体が動かないことに気づく。
心臓を突き刺したはずの剣使いが、両手をロルフの体に巻き付けて固定していたのだ。死に瀕する彼の目には、「道連れにしてでも殺す」という淀んだ殺意が映っている。
ロルフは弓使いの動きを潰さに観察し、矢を振り下ろすタイミングで飛び上がった。そして自身の体に巻き付いている剣使いの腕に、矢を当てることに成功する。腕を貫通し、僅かに背中に刺さるも痛みに耐え、弓使いの顔面に思い切り頭突きをぶつけた。
よろめく弓使い。
矢が刺さったことにより緩んだ剣使いの拘束を、ロルフは抜け出すと、剣使いに刺さった剣を引き抜き、弓使いの首を落とした。鮮血が噴き出し、地面を染める。
そして残りの力を振り絞り、最後に残った弓使いを始末する。
「これで……九人」
襲撃者を全員始末できたことに安堵し、ロルフは倒れた。
石畳が冷たい。空が遠い。意識が、薄れていく――
♢
ロルフが目を覚ましたのは、ベッドの上だった。
天井が視界に入る。見慣れた自室の天井。生きている――その実感が、彼の中で広がっていく。
「起きたか」
側にいた父の声が、耳に届いた。
伯はロルフの頭にそっと手を載せ、「よくやったな」と述べながら撫でる。子ども扱いされているようで気恥ずかしいが、その温もりを拒む気にはなれなかった。
父の顔は誇らしげだったが、どこか心配を押し殺して褒めているようにも見える。息子が襲撃者と戦ったのだ。心配しない父親などいないだろう。しかしそれを口にしないのは、きっとロルフの決意に水を差してしまうと感じたため。
ロルフの視線が、床に転がる上級ポーションの空瓶に向く。
「使ったのですか、この高級品を」
驚愕の表情を浮かべるロルフ。上級ポーションは一本で城が一つ買えるほどの代物。グラナート領の財政を考えれば、即座に売却すべき代物。おいそれと使うべきものではない。
「お前を助けるためだ。仕方ない」
伯は淡々とそう答えたが、その目は優しかった。
そう言われては言い返せず、ロルフは黙り込んでしまう。胸の奥にじんわりと熱が広がる。言葉にならない感謝が、喉の奥で詰まっていた。
「さあ、朝食にしよう。リュシア殿も呼んできてくれ」
父に促され、ロルフは体を起こした。まだ体の節々に痛みが残っているが、動けないほどではない。上級ポーションの効果は絶大だ。
執務室へ向かう廊下は、静かだった。朝の光が窓から差し込み、石壁を淡く照らしている。昨夜の戦いの痕跡は、庭以外には残っていない。
扉の前まで行くと、ちょうど開くところであった。
そこに立っていたのは、目の隈がすごいリュシア。髪は少し乱れ、服には皺が寄っている。徹夜したのだろう。
「終わりました」
彼女の声は疲れ切っていたが、確かな達成感に満ちている。その目には、やり遂げた者だけが持つ光があった。
「お疲れ様。よく、やってくれた」
ロルフが労うと、リュシアは顔を上げた。
「なんだか、疲れた顔をしていますね」
その言葉に、ロルフは思わず苦笑する。
「あんたもだろ」
互いに笑い合う二人。疲労に満ちた顔同士で笑い合うのは、どこか滑稽だった。だが、不思議と心地よい。
そしてリュシアは、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「何の礼だ」
ロルフが問うと、彼女は少し困ったように首を傾げる。
「分かりません。ですが、あなたが頑張ってくれたことは分かりますから」
その言葉に、胸が温かくなる。目頭が熱くなる。
「別に……あんたのためにやったわけじゃない」
ロルフは顔を見せないようにして、くるりと背を向けた。
「朝食の用意ができてる。行くぞ」
ロルフは早足で廊下を歩き出す。耳を真っ赤に染めながら。
背後から、リュシアの小さな笑い声が石壁に響き渡っていた。
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