12話 デート
翌日。私とロルフは街に出ていた。
二度目の街並み。喧騒が耳に響き、心地よさを覚える。人々の瞳は生気に溢れており、良い街だなと改めて思う。
前回は命からがら逃げ帰ったこの街を、今日は心から楽しめる――
「まずは腹ごしらえだな」
ロルフが言い、近くの店へ足を向ける。石造りの建物で、入口から美味しそうな匂いが漂ってきた。
中に入ると、温かな空気が頬を撫でる。異国の料理をメインとしているらしく、人々はこの国ではあまり見ないパスタやピザを美味しそうに食べている。
窓際の席に案内され、私たちは向かい合って座った。ロルフはマリナーラピザを頼み、私はカルボナーラを注文する。
待っている間、ふと気づいた。ロルフが耳飾りをしている。小さな銀の飾り。光を受けて、僅かに輝いている。
「意外です。宝飾なんて興味ないと思っていました」
私が言うと、ロルフは少し眉を上げた。
「別に興味はない。ただ、公的な場で身に付ける機会があるだけだ」
「では、何故今着用を?」
問うと、ロルフは視線を逸らした。首筋に少し汗をかき、指を組み替える。
――不思議な反応だ。だが、オシャレしたい年頃なのかもしれない。そう思い、私は話題を流した。
やがて料理が到着する。
カルボナーラの湯気が立ち上り、クリームの甘い香りが鼻をくすぐった。私はさっそく一口、フォークで巻き取り口に運ぶ。
卵とクリーミーなホワイトソース、そして僅かに塗されたチーズの味が混じり合う。思わず頬が緩んだ。たまらず、続けて二口目、三口目と口に運ぶ。
半分まで食べ終わり、水を飲む。すると、ロルフの方からニンニクとトマトの混じり合った良い匂いが香ってきた。
ロルフもピザを美味しそうに食べている。トマトソースが鮮やかで、食欲をそそる。
「そちらの料理も、美味しそうですね」
「食べるか?」
私は小さく頷いた。するとロルフは、皿をこちらに突き出す。
私は皿から一切れもらうと、口に運んだ。トマトの酸味とニンニクの塩味がパン生地と混じり合い、絶妙な美味しさを醸し出している。
「美味しいですね」
「そうだろ。俺の一押しなんだ」
少し自慢げにロルフは言う。その表情が、どこか子どもっぽくて微笑ましい。
「よかったら、こちらもどうぞ」
私はお返しに、カルボナーラをフォークで巻き取り、ロルフの方へ差し出した。
――その瞬間。
水を飲んでいたロルフが、思わずむせた。
「ごほっ、ごほっ」
「大丈夫ですか?」
私は慌てて尋ねる。
「だ、大丈夫、だ」
ロルフは深呼吸しながら、息を整える。顔が少し赤い。
「俺はいいから、全部食べてしまえ」
私が差し出した料理を断ると、ロルフは自分の食事に戻った。私も、何となく気まずくなり自分の食事に戻る。――何か、気に障ることをしてしまっただろうか。
満足して店を出る二人。
「美味しかったです」
「そうだな」
ロルフが短く答える。
食材の価格であれば、きっと王都の方が高いだろう。でも、少なくとも私にとっては今日このレストランでの食事の方が何倍も美味しかった。一人きりで淡々と食べるよりも、ずっと。
「そういえば、今日はどんな劇を観るのですか?」
私は憂鬱になりそうな気分は切り替えるように、話題を変えた。
「対立する家の元に生まれた二人の、悲恋を描いた作品だ」
これまで勉強ばかりで劇はおろか、物語にすら触れてこなかった。それを後悔しているわけではないが、楽しみではある。
劇場に着くと、その規模に圧倒されてしまう。
その建物は、領主の館に劣らない程の規模を誇っていた。それに加え、装飾は華美であり、見栄えだけならこの領で一番だと思えてしまう。
「すごく、豪華ですね」
「グラナート領1の商会<レイムント商会>がスポンサーに付いているからな」
ロルフは複雑そうな顔でそう言った。そういえば、レイムント商会がロルフ達の御用商会だったような。つまり、徴税官の売りつけ先もここということになる。ならば複雑な表情も、納得だ。
「とにかく、入るか」
ロルフに促され、中へ入る。
エントランスの床には高級そうな絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリアが設置されている。光が乱反射し、まばゆいほどだった。――王城並みに豪華だ。
重厚な扉を開き、さらに奥の部屋へ行く。係員にチケットを見せると、席へと案内された。
舞台が目の前に広がる。緞帳が下りており、まだ何も始まっていない。だが、その静けさが期待を膨らませる。
やがて、灯りが落ちる。劇が、始まった。
♢
序盤
劇の主人公は、年上の美人な女性に恋をしていた。しかし相手にされず、悲しんでいる。その様子を見ていた友人に誘われ、気分転換に仮面舞踏会へ忍び込む。
そこのバルコニーで、とある少女に出会った。瞬間、恋に落ちる二人。
デートを重ね、二人はますます熱に浮かされていく。しかし――二人は互いが敵対していた家の相手だと知る。動揺する二人。
それでも主人公は、「好きだ。結婚しよう」と叫ぶ。ヒロインは嬉しそうに、「是非」と答えた。
中盤
お互いの共通の知り合いと貴族を頼り、密かに結婚式を挙げる二人。彼らは幸せの絶頂にいた。
しかし――事件は起きる。
主人公が友人と歩いていると、ヒロインの従兄弟がつっかかってきた。二人は無視していたが、従兄弟が殴りかかってくる。途端、乱闘と化す。
喧嘩の最中、従兄弟が誤って主人公の友人を殺してしまった。その光景に激昂した主人公は、懐のナイフで従兄弟を殺してしまう。
そして、主人公は街を追放されてしまった。
終盤
追放された主人公。悲嘆に暮れるヒロイン。
ヒロインの両親は、ヒロインに別の男との結婚を命じる。
ヒロインは何とかして逃れようと、知り合いの貴族を頼った。その貴族はとある策を持ちかける――その策とは、薬を使って仮死状態になり、霊廟に運ばれる。主人公に連絡し、霊廟まで来てもらう。ヒロインが目覚めたところで、主人公と駆け落ちする。というものだった
ヒロインは受託し、実際に仮死状態のまま霊廟に運ばれた。主人公もそこに現れる。
だが――伝達ミスで、主人公はヒロインが本当に死んでしまったと勘違いしてしまった。主人公は悲嘆に暮れ、毒を煽り死んでしまう。
ヒロインが目覚めると、そこには亡くなってしまった主人公。事態に気づいたヒロインは悲嘆に暮れ、主人公のナイフで胸を貫き、死んでしまった。
この事件を受け、両家は争いを反省し、和解する。
舞台が暗転する。そして、再び光が灯ると、演者達が順々に挨拶していった。
♢
劇場から出る二人。間には、僅かな気まずさが流れていた。
「......悲劇を選ぶべきじゃなかったな。悪かった」
ロルフがハンカチを差し出してくる。
気づかなかったが、どうやら泣いていたみたいだ。私はハンカチを受け取り、涙を拭う。
「悲しかったとか、すごかったとか、色んな感想が渦巻いていて……上手く表現できません」
勉強漬けだった私にとって、今日が初めての物語との出会いだった。だからこそ、必要以上に感情移入してしまい、色んな感情が胸の内に渦巻いている。
ロルフは少し申し訳なさそうな顔をする。
「次は、あんたが楽しめるような計画を考えよう」
その言葉に、私は首を振った。
「不満があるわけじゃないんです。ただ、初めての経験で上手く言葉に表せなくて……」
私は真っ直ぐ、ロルフの瞳を見る。
「だけど、あなたとの時間は楽しかったです」
ロルフは安堵したような顔で、「そうか」と溢した。
夕暮れが街を照らす。昼と夜の境目。空気はどこか静かで、冷たい。
私は寒さに、思わず身を震わせる。するとロルフは、上着を私にかけた。
「悪いです」
断ろうとすると、ロルフは首を振る。
「いい。ちょうど暑いと思っていたところだ」
私は渋々、受け取った。温もりが残っている。少し、胸が温かくなる。
「すみません。もうすぐ夏ですし、薄着でも構わないと思ったのですが」
「確かに、例年に比べると随分と冷えてるな」
ロルフが呟く。
「もう少し暖かければ、最後に氷菓子を買ってもよかったんだが」
「氷菓子、ですか?」
「知らないのか」
ロルフは説明を始めた。
「牛の乳を砂糖と混ぜ合わせながら冷やして固め、蜂蜜をかけて食うんだ」
「美味しいのですか?」
「ああ。夏の食べ物なら一番だ」
味を想像し、頬が緩む。それを見てロルフは、小さく笑った。
「もう少し暖かくなったら、買ってやる」
「楽しみにしています」
私はそう言い、二人で帰路に着いた。城が見えてくる。夕陽に染まった石壁が、どこか温かく見えた。
今日一日楽しかった。心からそう思った。劇。街歩き。誰かとの時間。全てが新鮮で、全てが温かかい。
ロルフの上着を少し引き寄せながら、私は小さく微笑んだ。
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