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イーリス・ブレンヒルトの自由で至福な最高の生き方  作者: 智慧砂猫
第三章 イーリス・ブレンヒルトと狂信の皇国

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第15話

 流石は皇国でも有数の実力者と言うべきか、二人は瞬く間に敵陣の中へ突っ込み、突破して道を切り開いていく。イーリスも後に続いた。


「やるじゃねえか、お二人さん」


「ですが全員を此処で倒しきるのは無理です。行ってください、まだ潜入した方々が、あなたの道を作ってくれているはずですので!」


 他にもまだいるのか、と頼もしさに思わず笑みがこぼれた。


「助かった! 死ぬなよ!」

「私たちを嘗めないで。この程度は二人で十分よ」


 クラウスの動きは大胆で派手だが狙いが的確だ。粗削りな動きに見えて、何もかもが繊細。そのうえ、団長を務めていた経験から他の騎士たちの動きが手に取るように分かり、先読みを外さない。


 逆にハイデマリーの動きは軽やかで繊細。クラウスと違って傷つけることに容赦がなく、敵意に対しては強い敵意で返し、命を奪う覚悟で攻撃する。


 タイプの真逆な二人だが、よく似合っている。まるで番になった狼のようだとイーリスは二人を見て楽し気に笑い、皇宮内へ突入する。既に潜入した者がいると聞いて、他の騎士たちの追撃を魔法で躱し、ときには殴ったり蹴ったりして隙を作りながら廊下を進んだ。しかしソロルの魔力による援護もない、限界は近かった。


「速度が落ちたぞ、捕まえろ! これ以上先へ進ませるな!」

「くそっ、やべ……!」


 前からも後ろからも騎士たちが集まってくる。すぐ傍に見つけた階段の先からも、二人の騎士が降りてきた。万事休すか、と思われた矢先────。


「こっちこっち! よかった、会えて!」


 見慣れた騎士の制服に身を包んだ銀髪の少女。手に握りしめていた植物の種をばらまくと、急激な成長と共に巨大な木が通路を塞ぐ。


「お前……リン!? クラウスがだれかいるって言ってたけど……」

「ふっふっふ。見たまえ、イーリス。ボクの成長ぶりは凄いでしょ?」

「いや、なんつうか、ここまで力を扱えるなんて驚いたな」

「いいよいいよ、もっと褒めて。すごく気持ちが良いからね」


 マクシミリアンに影響されたのか、以前よりも自信家になっている。


「少し背ェ伸びたか?」


「それが急に成長始めちゃってねぇ……。それよりも、回り込んでくるまで時間がないよ。先を急ごう。聖堂に用があるんでしょ」


 階下では騒ぎが起きている。あっちから回り込め、こっちから進め、向こうへ行かせるなと。イーリスも急ごうとして、リンの隣に立つ騎士に目を向けた。


「……なんでお前は何も言わないんだよ?」

「置いていったからです」


 怒りが悲しそうにイーリスを見つめた。

 反論はない。怒られて当然だと受け入れつつも、落ち込んだ。


「ごめん、悪かったよ。騙す気はなかった。ただ、その……アタシのせいで起きた問題に巻き込みたくなかったんだ。お前を失う可能性だってあったから」


「それでも私は、あなたに頼られたかった。隣に立ちたかったんです」


「……うん。わかってる」


 ユディットの怒りは間違っていない。イーリスは頬を指で掻きながら。


「守りたいなんて身勝手だった。まだアタシの隣に立ってくれるか?」


 近くにいた騎士が階段をあがってきた彼女たちを見つけたが、ユディットはなんの躊躇も言葉もなく、ただ静かに斬り伏せて、剣を振って血を払った。


「当たり前でしょう。魔女の騎士ですから。……行きましょう、イーリス。私たちの未来を勝ち取りに行くんだろう、最後まで付き合うよ」


「へへっ、流石は騎士様。頼もしいねぇ」


 最初からもっと頼りにしておくべきだったなと後悔しつつも、嬉しさが勝った。どんな結末になろうと受け止められる。ユディットが一緒なら死ねる。


 愛してよかった。そう思った。


「にしても、よくバレなかったな?」


「フラーテル様が先ほどまで一緒にいたので。詳しいことは分かりませんが、騎士たちが私を疑わないように感情を与えたそうです」


「肝心なアイツはどこにいったわけ」


 きょろきょろと姿を探す素振りをみせると、ユディットがくすっと笑う。


「それが、見つかったら殺されると言っておられましたよ」

「当たり前だろ。あのクソ裏切り者。……って、そりゃ私もだけどさ」


 フラーテルだけではない。想像でしかないが、チェティリも裏切っている。でなければ皇都に到着するまでの間に、次から次へと味方が用意周到に待っているわけがないのだ。イーリスは後で説教してやる、と鼻を鳴らす。


「それより遅れないでください。城と違って皇宮は騎士しか出入りしませんから、道案内ができるのは私だけです。聖堂は二階にある大部屋で────」


 廊下を進むにつれて、背後に声も迫ってくる。足も自然と急いだが、途端にぴたりと止まった。目の前を封鎖する数人の騎士がいた。その先頭に立っているのは、紛れもないユディットの父親、ルッツ・ヴァルトシュタインだ。


「……お父さん。テオボルドを見かけたから、まさかとは思っていたけど」


 表情が強張った。だが、対照的にルッツは穏やかな顔を浮かべていた。


「随分と派手にやっているな。だから魔女など信用ならんと言ったのだ」

「これが私の選んだ道です。後悔はない。たとえ否定されても」


 ユディットにとってイーリスはいつまでも希望の輝きだ。傍にさえいれば、他に求めるものは何もない。父親の束縛など既に過去のものとなった。


 だが、想像とは裏腹にルッツが反対を示すことはなかった。


「だろうな。いまさら咎める気もない。行け、見なかったことにしてやる」

「……? ですが、お父さんは殿下の言いなりでは?」

「従う理由がない。まあ、媚びを売るのは得意だったというだけだよ」


 魔女狩りの名目に飛びついて、ルッツは自身がどれほど敬虔な信者であるかを説いた。罪人にも機会が与えられたからだ。そして彼が伯爵であったこと、かつてはジーモンの考え方に対して否定的であったのも加味されて、アドラーから『魔女に報復したいだろう?』と囁かれたのを利用して牢から出てみせた。


 そんなものには、もうなんの興味もなかったというのに。


「ならば、何が目的だったと……」

「さあな。私も自分が何をしたいのかなんてよく分からないが」


 後ろ手に組んだまま、ルッツは周りの部下に顎で指示を出して道を開かせた。魔女を見つめて、自虐的にフッと笑って。


「所詮は私も人の親だった、それだけだ。魔女よ、いまさら改心したとは言わない。今でも貴様がいなければ順風満帆だったと言える。だが、少なくとも私にとって大切なものは見つかった。此処は任せたまえ、鼠一匹通しはせん」


「……ああ、またな」


 廊下を抜けていくとき、ユディットが泣かないように唇を咬んで堪えているのを見た。今まで一度たりとも愛情らしい愛情など向けてもらったことがない父親が、最後に見せた親心だ。いまさらになって、と悔しさと嬉しさの混ざった複雑な感情に思わず目が潤んでしまった。


「終わったら、ちゃんと話してみるか?」

「……いいえ。きっと、お父さんはそれを望んでないから」

「ああ。あれが偏屈親父なりの精いっぱいの愛想だったんだろうよ」

「でしょう。恥ずかしい想いを二度もさせたくはありません」

「ねえねえ、でも泣いてるじゃん。話した方が良くない?」


 リンが言うと、ユディットは優しく笑いながら頭をぽんぽん撫でた。


「言葉だけがコミュニケーションではないんですよ、リン。お父さんは昔から自分のことなんて話しませんでしたから、きっとこれからも変わらないです」


「そっか……。色々あるんだね、親子の形も」


 もう肉親のいないリンからすれば、もっと言葉を交わすべきではないのかという想いもあった。ユディットの幸せそうな顔を見れば、それも吹き飛んだが。


「それより二人とも、聖堂です。この二枚扉の向こう側が」


 もう騎士の追撃もない。相変わらず騒がしさはあるが、イーリスたちを追いかける者はいない。どこかで戦闘が続いているのだ。


 三人は顔を見合わせて、意を決して扉に手を掛けた。


「これが最後だ、行こう」

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