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イーリス・ブレンヒルトの自由で至福な最高の生き方  作者: 智慧砂猫
第三章 イーリス・ブレンヒルトと狂信の皇国

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第13話

 馬車は駆け抜けた。本来であれば皇都まで二日掛かるところを、その半分の時間で辿り着ける速さで走り続け、イーリスに疲れが出ないよう、ほんの数時間だけを休むことになった。


 皇都に近付くにつれて緊張感は高まる。広がっていく曇り空は不安を煽り、穏やかだった雰囲気はすっかり消え失せ、険しさを予感させた。


「……チェティリ、もう十分に寝たから先を急ごう」


 疲労を軽減する魔法を使い、数時間の睡眠で回復はできている。あくびは出たが気合を入れ直して、頬をバシッと叩いたら荷台に乗った。


「皇都の状況は?」

「偵察した限りじゃ、この間よりも警備が厳しくなってやがるぜ」


 門には警備兵が数人だったが、今は十人ほどが待機して検問も厳しくなっている。外からやってくる者よりも、内から出ていこうとする者が多いからだ。皇都内での弾圧が強まり、命の危機を感じて、僅かな可能性に賭けて抜け出そうとする者が跡を絶たない。そのせいか、彼らは死体を大きな麻袋に入れて積んでいた。


 見るも異様な光景を遥か遠くから見て、イーリスはゆっくり目を閉じる。視力を強くしたはいいが、見たくもないものを見てしまった気分の悪さと、いつもよりも注視したことで目に負担が掛かって、その場に座り込んだ。


「惨いな。こんな短期間で、あれほどのことを……」

「あのアドラーとかいう若造、ワシらより命を軽んじているようだ」

「ああ。さっさと食い止めよう」

「つっても、お前。想定してたより数が多いが、突っ切って良いのか?」


 相手は十人いる。殺さない前提で突っ走るのなら、馬車を操る以上はチェティリも手出しが出来ない。突破したとしても、馬車は頼りにできない。となれば、後は己の足で皇宮を目指すことになる。


 馬さえあればすぐ着く距離も、いざ徒歩となると話が違う。見えているのに中々辿り着けない奇妙な感覚に襲われながら、実際に長距離を移動することになる。裏道に入るとしても、イーリスの足はそう速くないのだ。そもそもから逃げ切れるのかどうかが心配になるプランだった。


「問題ねえだろ。お前が囮になってくれれば」

「ワシが死なないからってナメたことを。これでも痛みは感じるぞ?」

「んなもんアタシだって同じだろ。盾になれよ、肉の」

「容赦ねえなァ……。きひひ、まあ構わねえけど!」


 御者台に座り、手綱を握って皇都の門を見据える。


「突っ切ったら馬車を消滅させる。番兵共はワシがひとりで遊んでやるが、その後のことは自分で面倒を見やがれ。それで構わねえな?」


「もちろんさ。頼んだぜ」


 チェティリは返事もせず、頷かず、ただ馬車を走らせた。見張りの番兵たちが彼女たちの存在に気付き、剣や槍を構えた。


「動くな、貴様ら! 止まれ!」

「死にたいのか! 何者だ!」


 兵士たちが前に出る。槍兵は容赦なく馬車を止めるために突き出したが、瞬間にチェティリが霧となって荷台へ移り、イーリスの体を抱えて空を高く跳んだ。兵士たちは、呆気に取られて身動きが取れなかった。


「馬鹿共が、年季が違うわい!」


 ふわっと着地してイーリスを降ろして背中を押すように軽く叩く。


「行け、小娘! 後はてめえが自分でやることだ!」

「わかった! あと頼むぜ!」


 走り去っていくイーリスを何人かが追おうとして、チェティリの背中から広がる黒い霧が壁のようになって、彼らの行く手を阻む。


「────さあて、遊ぼうぜ、ガキ共」


 手に持ったものを見て、屈強な兵士の男たちは畏怖を覚えた。四角い鉄の塊から伸びるワイヤーを引けば、鋸状の刃が回転速度をあげていく。高鳴る心臓の鼓動が如きドッ、ドッ、という音が繰り返し響き、チェティリは歪に微笑んだ。


「そのオモチャでワシと踊ってくれよ」


 きっと荒っぽい手段で時間稼ぎをしてくれるんだろうな、とイーリスは一度だけ振り返り、チェティリの背中を見た。


 価値観は合わないし、ときどき悪戯はするし、出てくるなと言っても勝手に姿を現す。かと思えば必要なときにいなかったりも多々あって困らされてきた。殺すなと言ったら半殺しにはするのは、何度注意しても変わらなかった。


 それでもいざというときは真面目に大悪魔らしく働いてくれる。彼女のひと働きがどれほどの成果を生み出してくれるか、改めて感謝した。


「魔女だ、魔女が出たぞ! あいつを逃がすな!」


 大通りにいた兵士たちがイーリスを指さす。


「ちっ、マズったな……。道を変えるか」


 思っていたよりも大通りに配備されている兵士たちの数が多い。もう少し先の裏道を通れれば良かったが、遠回りをする羽目になりそうだとため息が出る。


 だが、直後に兵士たちは驚きに声を上げた。イーリスに気を取られて、反対側から突っ込んできた馬車を止められなかった。


「イーリス・ブレンヒルト! こっちよ、乗りなさい!」

「はっ!? お前、ラモーナか!?」


 おんぼろな馬車を操っていたのはファーレン侯爵家の令嬢であり、サロン『ツッカークランツ』の支配人であるラモーナだ。いつものドレスではなく、動きやすい男性向けの服に身を包み、ぼろを纏っていた。


「行くべき道があるんでしょう! 少しくらいは道案内をしてあげる!」

「今はゆっくり話してる暇はなさそうだな」


 荷台に飛び乗ると、馬車は一気に駆けだす。兵士たちが必死に追いかけても、相手が馬では追いつけない。しかし、どこへ行っても兵士はいる。入れそうな道を見つけたら、ラモーナは馬車を停めた。


「こっちよ、イーリス。裏道はあなたの方が詳しいでしょうけど、ツッカークランツの裏口から正面に出れば皇宮までの近道になるわ」


「助かる。……でも、どうしてお前が?」


 ラモーナはウィンクして、イーリスにドヤ顔を決める。


「儲けよ、儲け話。最高の取引先と恩を売る相手がいるんだもの」

「はあ、お前は相変わらず……。リスクが高いのによくやるぜ」

「あなたがしっかり決着を付ければ済む話よ。リターンは確実でしょ」


 兵士たちの探す声が聞こえる。馬車を停めた場所から探しに来た。


「急ぎましょ。大通り以外は手薄だから楽だったわね」

「それでも追われてるのには変わんないけどな。やってらんねえよ」

「フフフ……。そうね、でもあなたは選んだ」


 何度か通りに出ては兵士に見つかりつつも、入り組んだ道を抜けて撒き、ツッカークランツの裏側までやってきた。狭く細い通路は他の建物に囲まれて入り組んでおり、お忍びで来る人間が目立たないために用意されたものだ。


 道を知らない人間は簡単に辿り着けず、もう兵士たちの声もずっと遠い。


「今は閉鎖してるのよね。皇都があの有様で客も来ないし、私は元々魔女との関係はあっても中立派だったから、あっちに付くふりをしてたのよ」


「別に向こう側でも困らなかったんじゃないのか?」

「それはそうだけど、そうじゃないのよ、イーリス」


 がらんとしたサロンの中で、廊下を進む靴音が響くのをぴたりとやめた。


「私にも大事なものはあるの。サロンもそのひとつというだけで、全部じゃないわ。それを捨ててまで皇都で生きれば、私には悪意しか残らない」


「……そっか。ありがとな、変なこと言わせちまった」


 自分を選んでくれて嬉しかった。ラモーナの覚悟の重さは眼差しで分かる。要らぬ心配だったが、言葉を聞けばいっそう安心できた。


「ま、私のことはいいのよ。この残った悪意の気持ち悪さを教えてくれた子に感謝しないといけないから、そのために私はあなたのために命を懸ける」


 正面入り口を開ける。多くの兵士たちが既に待っていた。


 情報は瞬く間に皇都へ広がり、彼らはツッカークランツを通じてラモーナが出てくると予見していたのだ。しかし、ラモーナは驚きもせずに、むしろ不敵に笑ってみせた。こんなものは、ただの余興だとばかりに。


「どこへ行くつもりだね、侯爵令嬢。それと魔女殿も」


 兵士たちの前に立っていたのは、いつしか憎らしさすら感じた男。テオボルド・ヴォイルシュ子爵。地下牢に投獄されていたが、アドラーが即位すると共に、女神信仰に篤い男であるという理由から恩赦が出されたのだ。


「まだ生きてたのか……。相変わらず汚いヒゲ面だな、お前」

「ぐっ……! これはファッションだ、センスのない小娘が!」

「うるせえよ、若造。アタシの方が歳喰ってるって忘れんな」

「黙れ黙れ! 貴様を殺せば、今度こそ私の時代が来るんだ!」


 今にも突撃命令を出そうかという瞬間、兵士たちがざわつき始めた。広場にやってくる武装集団がいる。皇都の人間ではない。いかにもごろつきな雰囲気を漂わせる男たちを率いて、ひとりの老人がネクタイを緩めながら────。


「なるほど、今は新時代の境目かね。では魔女殿、我々黒山羊商会に傭兵などお求めになるのは如何かな。初回サービスだ、安くしてあげよう」

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