第2話
これといって何を食べたいという希望もなく適当に注文して、料理が来るのを待ちながら続きを話す。これからは今まで通りの生活ではいかないかもしれない。魔女の時代もそろそろ終わりなのかもしれない、と。
「まあ、お前が一緒にいてくれるのは嬉しいんだけど、それで楽な生活ができるほど状況も良いわけじゃねえし……。長く住めそうな場所があるといいんだが」
「それならエルフを頼ってみるのはどうだい?」
悪くない案だが、リスクが高い。イーリスは首を横に振った。
「確かに連中は人権を認められながら、皇国の法律に従う必要がない特例だ。けどそれを許してたのはジーモンに過ぎない。息子のアドラーは目的のために手段は選ばないような暴君になるだろうよ。今度こそ森が焼き払われちまうぜ」
頼れるなら頼った方が楽ではある。ただしエルフたちが頼ってくれと言わない限りは近寄らない方がいい。彼らの安全のためにも。
納得したユディットも、腕を組んでう~んと頭を悩ませる。
「これまでは黒山羊商会やエーバーハルト公爵家のように心強い味方もいたからね。いっそ問題が起きたときは乗り込んで皇帝の首を獲る……?」
「お前さ、ときどきさらっと恐ろしいこと言うよな」
敵とみるや斬り捨てるのに躊躇がない。彼女の心の中に善性が根を張っていなければ、今頃は殺人鬼にでもなっているのではないかと乾いた笑いが出た。
「まあなんにしても、国家転覆までしたらいよいよ魔女の時代ではあるが、アタシはそんなの望んでない。波風のない穏やかな時間の中で好き放題しながら生きていくってのが自由で至福な最高の生き方なんだよ」
生きていれば必ず大きな問題にはぶつかるものだ。テオボルド子爵家とヴァルトシュタイン伯爵家の共謀によって起きた大規模な横領事件しかり、サンドピットの炭鉱夫たちによるエルフの虐殺しかり。
しかし、決して日の下を歩けなくなったわけではない。イーリスにしてみれば周りと協力しながら解決できれば良い結果が得られる程度の些細な事件だ。国家が敵に回れば、これまで通りの生活を全て捨て去り、愛する俗世を忘れて生きる必要がある。森の中でひっそりと魚でも釣って暮らすかと考えもするほどに。
「楽しそうな話をされていますね。私も伺ってよろしいですか、レディ」
後ろから声を掛けられて、イーリスがめんどくさそうに振り返った。
「悪いが今はご機嫌ナナメでね。また今度……に……あん?」
久方ぶりに会う懐かしい笑顔。皇都では他に顔の良い男が何人いるやらと思うほどの爽やかさを、イーリスが懐かしそうに顔を明るくする。
「お前、クラウスか!?」
「団長! こんなところでお会いできるとは、お久しぶりです!」
騎士団時代の礼儀で立ち上がろうとしたユディットを、クラウスが手で座るように促す。「今はもう騎士団長ではありませんよ」と言った。服装も、いかにも旅行者といった具合だが、屈強な肉体は以前の姿そのままだ。
「新しいリゾート地があると聞いて昨夜に着いたんですが、いやはや、生憎の天気ですることもなかったので、私たちも食事に来たんですよ」
彼の隣には愛する妻ハイデマリーが、以前よりも柔らかい表情を見せる。
「久しぶりね、イーリス。まさかあなたもいたなんて」
「おお……。アタシも会えて嬉しいよ。お前らはジーモンの訃報は?」
静かにユディットが席を用意して、クラウスたちは腰を下ろしてから。
「もちろん、手紙が届いてます。この嵐では出席は叶いそうもありませんが」
「見送りってわけか。じゃあ、新しく即位する皇帝については知ってるか」
「アドラー殿下でしょう。それでお二人も話し合っておられたのでは?」
新皇帝となるアドラーについては、クラウスもハイデマリーも評価を低くする。皇太子という立場から他者への当たりも強く堂々とした性格で、唆されるとすぐに染まり切ってしまう。そうなると手も付けられない。
自分の信じたいものを信じ、否定したいものを否定する。これを暗君と思わずして、どう思えたものか。特にクラウスは何度か衝突もあり、いち騎士として仕えていた頃は流していたが、今は心底嫌いな人間のひとりだ。
「もし住む場所がないなら私が手配してもよくてよ、イーリス。エーバーハルト所有の森があるの。公爵家のモノだから誰も寄り付かないわ」
「……でもお前、公爵家出たんだろ?」
いまやハイデマリーはエーバーハルト公爵令嬢の地位を捨てた人間だ。父親の威厳を借りられるものなのかと疑問視したが、彼女はふふんと鼻を鳴らす。
「お父様は他の誰でもなく私の味方をしてくれるわ。あなたを守りたいと言えば、協力は惜しまない。まあ、あなたにも借りがあるようだから問題ないはずよ」
「借りって……テオボルドの件なら、きっちり取引した話だぜ」
ちっちっ、とハイデマリーが指を振った。
「お父様は自分以外の手柄を横取りするのは嫌いな、正々堂々した方よ。あなたがサンドピットで随分と活躍した話は聞いているわ」
「あ~、なるほど。別にありゃあ黒山羊商会もいたおかげだが……」
ウェイターを呼び、クラウスとハイデマリーも料理を注文する。問題は山積みだが、ひとまずは目の前にある再会を喜んだ。
「あれから随分経ったが、お前らはちっとも老けないな?」
「幸せだからじゃないでしょうか。その節はお世話になりました」
「成り行きみてーなもんだろ。礼を言われることじゃない」
ぶどう酒で口を潤しながら、イーリスは踏み込んだ質問をする。
「ところでよ。お前ら、五年も一緒にいるのに子供はいないのか?」
「イーリス、お二人に失礼ですよ……。男女の仲といっても色々あるのです」
良いフォローだったでしょう、とバチンとウィンクするユディットを見て、クラウスはくすくすと声を殺して笑いながら。
「そろそろどうかなと話してはいるんですよ」
なんのためのフォローだったのだとユディットが愕然とする。それが可笑しかったかのか、ハイデマリーはそっと顔を逸らして肩を震わせた。
「ちょうど定住地を探しながら旅を続けていたんですが……皇国で暮らしていくのは無理かもしれませんね。アドラー殿下が即位なされたら本格的に魔女狩りが始まるのではないかと、私たちも話していたところなんです」
魔女の存在を否定する暴君が生まれれば、その被害は魔女を認める者たちに及ぶのは想像がつく。今までにない弾圧が始まる前触れだとクラウスたちは危惧していた。自分たちは魔女を認める側の人間だったから。
「最初のうちは見せしめもあると思うわ。特に皇都では、魔女を肯定したとか関わりが深いとか、酷ければ女神信仰をしないというだけで処刑されてもおかしくないほど、アドラー殿下の周りは雰囲気が元から最悪なのよ。私たちも、皇国を離れて遠い大陸にある国に移住しないかと検討しているわ」
海を渡った先にある大きな国は、あらゆる人種が纏まった平和な国と聞く。今の皇国で暮らすくらいなら、多少の苦労はあっても移住した方が賢明だ。
アドラーは国家元首と呼ぶには、あまりにも欲望に忠実な人間で、自らの権力にモノを言わせた行動を取ることも多い。メイドに手を出したとうわさが広がったときも否定はせず、『何の問題があるのか』と返して、似たような行動を重ね続けてきた厄介者だ。それゆえにジーモンもこれまで表に出してこなかったが、とうとう皇国にも、後ろめたい歴史の創られる時代が到来を告げた。
「二人も気を付けなさい。いくら死なないと言っても、生き埋めにでもされた日には、誰かが掘り起こすまで虫のように土の中で過ごすことになるわよ」
ご尤も、とイーリスは頷いて肩を竦めた。
「そうならないように努めるさ、何をしてでもな」




