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イーリス・ブレンヒルトの自由で至福な最高の生き方  作者: 智慧砂猫
第二章 イーリス・ブレンヒルトと炭鉱の町の黒山羊

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エピローグ①

 イーリスたちが旅立ってから二週間。サンドピットは黒山羊商会主導のもと、壊れかけていた町の再生計画が立てられた。


 殺人現場となった炭鉱は閉鎖、罪人たちは皇都へ連行された。ついに求めていたサンドピットの復興計画が始まるのだとマクシミリアンは喜んだ。


 さて、領主であったワグナー子爵はというと、当面の間はサンドピットでの滞在になっている。領民の管理不足による権威失墜は領地の没収に値するもので、正式に公認が決まるまでは第三騎士団所有となった。


 特に罪を犯したわけでもなく、隠ぺいに加担したこともないので、皇都への呼び出しが掛かるまではこれまで通りサンドピットで暮らす。その間は黒山羊商会が生活を保障する。なにしろ、すべての責任を彼に押し付けたのだ。それくらいはやってあげようと自分たちから申し出たのだ。


 それは、マクシミリアンが掛けた最後の恩情である。前ワグナー子爵──メアリー・ワグナーの息子には変わりない。出来損ないとは言いつつも、見捨てきれない部分が心の奥深くにあった。


「ねえ、マクシミリアン。これからサンドピットはどうなるの?」

「別にどうもならないさ。昔のように環境を整えはするつもりだがね」


 最初は炭鉱など止めようもないと思っていた。だが、魔女との共闘によって具合良く進んだ話は、想定以上の成果を得られた。かつてのサンドピットを取り戻すに値する。とはいえ、完璧にはいかない。それは仕方ない。


 だから昔に近付け、できるだけ暮らしが豊かになるよう進める予定だ。


「君の暮らす森も、時間は掛かるだろうが、炭鉱が再開されない限りは以前の姿を徐々に取り戻すはずだ。だというのに、リン。君は挨拶もせずに」


「ごめん……。でも、また会えるから。泣いてる姿はもう見せたくないんだ。前より、もっともっと立派な姿で二人に会えるよう自分磨きをしないと」


 町を散策しながら二人は談笑する。こそこそと出歩く必要はもうない。今は自由に歩くことができて、リンはすっかり笑顔を取り戻していた。


「さて、そろそろ昼だ。帰って食事にでもしよう」


 腕時計を見て、リンの頭をぽんと撫でる。


「わーい、何食べるの!? ボクが作ろうか!」

「そうだな。たまには美味い料理が食べたいところだが……む?」


 遠くから走ってくる部下の姿を見て、マクシミリアンは眉間にしわを寄せた。何かあったのだと分かる表情にリンの一歩前へ出た。


「ボ、ボス……! 大変です、商館が……!」

「落ち着きたまえ。深呼吸をして……そう、それでいい」


 ぜえぜえと肩で息をする部下を宥めて冷静にさせてから何があったのかと尋ねる。飛び出してきたのは、耳を疑う言葉だった。


「か、火災です! 誰かが商館に火を点けたんじゃないかって、今、消火活動をしてるんですが……厩からなんとか馬だけは助けたんですが、酷い有様で!」


「すぐ行く。リン、君はこの男と待っていたまえ、現場は危ないからね」


 せっかくの休暇も台無しだなとため息を吐く。リンの頭を撫でてから、商館を目指して走った。だが、突然、あちこちから悲鳴があがり始める。町中に鐘の音が鳴り響き、異常事態に思わず足が止まった。


「なんだ、何が起きている?」


 あちこちを走り回り、逃げ惑う住民をひとり捕まえた。


「君は見覚えのある顔だな。炭鉱夫は皆が皇都へ連れていかれたと聞いたが」

「あっ……へ、へへっ……!」


 全員連れていかれたのではなかったのか。


 不信感が募り、炭鉱夫を地面に転ばせて腕を踏みつける。「痛いっ!」とわめく声も無視して、冷たい視線が突き刺すように睨んだ。


「いいか、時間がない。手短に答えろ。君はどうやって町に残った?」


「はっ、はは……! そりゃあ、町に逃げた奴は何人かいるさ……。炭鉱に向かう前にヤバいと思って隠れた奴らが。そ、それがどうし────ぎゃあああっ!」


 腕を踏み折って、悲鳴をあげる男を蹴り飛ばして頭を踏む。


「では次の質問をしよう、ミスター。この状況はなんだ、君たちの仕業か?」


 見渡せば、町のあちこちでもうもうと黒い煙があがっている。商館どころか、あちこちで火災が発生する状況だ。炭鉱夫たちの仕業かと推測した。


 だが、男はニヤニヤ笑った。さも当然だと言わんばかりに。


「あんたは、俺たちの仕事を奪ったんだ。報いを受けろ……!」

「そうかね。実のところ誰の仕業でも構わないんだが」


 頭を蹴り飛ばすと首が鈍い音を立てて折れた。痙攣する体をゴミのように見つめて、再び商館へ向かう。懸命な消火活動も空しく、建物を激しく燃やす炎は黒山羊商会の歴史をあざ笑うかのように風を巻き込んで大きく揺れた。


「ボス……! ヤバいっす、町のあちこちで火災が!」


「なんとかボスの大切な馬たちは町の外まで何人かに連れて行かせましたが、商品までは……すみません、すみません!」


 必死な部下たちの思い詰めた表情は、彼らなりの努力が報われなかったことを示している。目の前の惨状を見るだけでも十分に理解はできる。マクシミリアンも彼らの煤と火傷の跡を見れば、責める気など起きようはずもない。


「君たちも避難しなさい。私はリンを迎えてから、ひとまず町を出よう。なに、我々は皇都に拠点もある。サンドピットが燃え尽きても少しずつ復興すればいい。だがそれには命がなければな。後でまた会おう」


 急いで道を引き返しながら、ふと思う。


 どこで間違ったのだろうか。せっかく手にしたものが零れ落ちていく感覚に、心臓が潰されそうだ。なぜ、なぜ────何故?


 欲しいものは手に入れられなかった。だからせめて、その名残は大切にすべきだろうと手を尽くした。それの何が悪いことなのか。何が、そうまでして奪われなければならなかったのだろうか。頭が割れそうになった。


「ボス! すみません、リンが!」

「……どこへ行った。貴様が傍にいながら」


 静かな怒りが湧く。待っていたのは部下ひとり。そこにリンの姿はない。


「そ、それが……ごほっ」


 咳き込む部下の脇腹が赤黒く血で滲んでいる。服は破れ溢れる血。臓物が飛び出ないように傷口を両手で抑えて、必死で待っていたのだ。


「さらわれました……ワグナー子爵が……」


 それだけ言い残してこと切れたのを見て、呆然とする。


 彼ならばできなくもない。元々、ワグナー子爵は騎士の家門だ。息子にも同様の訓練をさせていたのは知っている。部下では太刀打ちできなくて当然だった。


「最後までよく私なんぞのために働いてくれた。……礼を言おう」


 ポケットにしまっていた銀の小さなケースから葉巻を取り出して、物言わぬ部下の傍に供える。ベストの襟を正して、静かに子爵邸へ向けて歩き出す。


「(逃げ延びた炭鉱夫と共謀して火を放ったか。地位を奪われるくらいなら故郷を焼き払うと? 信じられん男だ、どこまでも親の名を汚すとはな)」


 せめてもの慈悲と思い、生き延びる道を与えた。本来であれば、わざわざ領地を剥奪されるような没落貴族の面倒を見る理由はない。ひとえにメアリーの息子であったからこその救済だった。


 だが、たとえメアリーの血を宿す子供であったとしても、大切な部下の命を奪うのであれば。そこに与えられるべきは慈悲ではなく罰だ。


 新しい人生を模索することもできただろう。全てを諦める理由はなかった。その十分な時間を与えた。炭鉱夫たちを探し、放火を計画的に実行するまで、何度でも引き返す道はあったはずだ。やはりやめようと思いなおせたはずだ。


 そうしなかった。あまつさえ人の命を奪った。自暴自棄になった者たちが徒党を組んで、自分たちの手の中にあったものすら灰にしようと目論んだ。


「────メアリー。悪いが、今回ばかりはあれを許せそうもない」

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