第22話
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炭鉱の町での騒動は、瞬く間に皇国全土に知れ渡ることになる。そして、世間的にエルフの実在が知らされた。問題は、そのエルフの数が極めて少数で、群れごとに規律が違うために同族でさえ関わるのが難しいことだ。
まず人間嫌いが多いので極力関わらない方が良く、もし友好的な者がいるとしたら、それは町の近くに暮らす者たちだ。離れた場所、深い森で逃げるようなエルフがいたら声は掛けず、放っておくのがベストだとされる。
リンの書き記したエルフの歴史と関わり方は後々、一冊の本となるのだが、その原本はエーバーハルト公爵家が所有しており、サンドピットの集団殺人を裁くために炭鉱夫たちを移送する際に皇都へ持ち込まれた。
────とまあ、それは少し先の話だ。第三騎士団がサンドピットを去り、魔女も無事に一仕事を終え、とうとう港町へ出発する日がやってきた。
「ユディット、荷物は馬車に積んだか?」
「ああ、黒山羊商会の皆さんが手伝ってくれたよ」
予定よりも長い滞在になったことで、ひとつのトラブルがあった。それが列車の運休で、整備不良があったらしくサンドピットを通るのは二日後になった。
そのまま待っていても良かったが、もし急ぐなら馬車を提供するというマクシミリアンの言葉に乗っかった。
「でも、馬車を貰ってしまって良いのかな」
「今回の礼だってんだから、貰っときゃいいのさ」
「皇都に預けたままの馬車はどうするんだい?」
最初は旅に使っていた馬車もガタが来ていたので、せっかくなら皇都で一番良い職人に修理してもらおうと預けたままだ。取りに戻っても良かったが、イーリスはそれを面倒に感じて、うーんと顎を擦った。
「せっかく整備してもらってんだし使ってもいいけど、今回は色々と手伝わせたのに馬車まで、ってのはちょっと贅沢しすぎだよな。……あっ、そうだ」
ぽん、と手を叩いてイーリスが顔を明るくする。
「それならマクシミリアンに金払って引き取ってきてもらおう」
「黒山羊商会に譲るということ?」
「いや、そいつは多分、あいつも断るだろ。アレはリンにやろうかなって」
「なるほど、いいね。確かにメアリーウッドはちょっと遠いから」
「だろ。黒山羊商会がいるなら、これからはサンドピットを出入りするはずだ」
これまでの数年間、生活必需品は大人のエルフたちが、人間のふりをして出入りしながら揃えてきた。残っていたものをリンが大切に使って生きてきたのは生活ぶりを見れば分かる。人間の前には姿を現さない鉄則が彼女を森に閉じ込めた。
だが、もう今は違う。エルフの存在が公になり、サンドピットでは認知された存在になった。黒山羊商会という後ろ盾も得て、リンは自由になったのだ。
「あいつ、あの家がダメになるまではずっと森で暮らすだろうし……」
「そうだね……。あっ、そういえば例の土地と鉱山の権利だけど」
「ああ、どうなったんだ。第三騎士団所有になったんだろ、ひとまず」
「正確にはエーバーハルト公爵家所有になるみたいだよ」
ワグナー領はそう広くない。そして、その周囲を大きく囲むように存在するのがエーバーハルト公爵領だ。ヴェルターが取り込んでしまうのが最も効率が良く、町の状況の改善も他の領地よりはるかに早い。
既に皇帝には『問題解決の暁には領土をお譲り頂きたい』と進言していたらしく、その大きな条件として鉱山開発の即刻廃止が挙げられた。問題が起きた曰く付きの鉱山など使わないに越したことはない、と。
「それで領地を得た場合、メアリーウッドの土地の権利と鉱山の所有権は領主に帰属しないものとして、マクシミリアンと契約したんだって。ただ、商会側は署名をしていないんだ。────君の名前が欲しい、ってさ」
「ああ、そういう……。まあヴェルターが領地を拡げるのは確実だしな」
署名をイーリスが行えば、権利は魔女のものとなり、領地を運営するエーバーハルト公爵家でさえ容易に手出しができなくなる。たとえ公爵家を他の誰かが継ぐことがあっても、公爵家が潰えても、魔女の存在による影響は大きい。
何百年以上も当たり前のように生きるリンには、またとない優れた環境となる。森がいつか再生されるか、あるいは腐り果ててしまうかは分からない。まだまだ未来の話だ。それでも、希望の種は確かに芽吹いている。
「よし、じゃあ出るか」
トランクを片手に宿を出発する。外には大きな幌馬車が停まっていて、黒山羊商会の面々が、魔女の旅路を見送ろうと待っていた。
「ようやく出てきたか、イーリス」
「おう。……リンは?」
マクシミリアンが首を横に振った。
「会ったら行かせたくなくなると言って、森に戻っているよ」
「あら……そいつは残念。もっと話したかったのに」
「なに、我々もついているさ。心配することはない。今のところはな」
少なくとも黒山羊商会で働く今の顔ぶれが変わらない限りは、マクシミリアンが死んだとしても、リンのいる森に誰かが手を出すことはない。
魔女の目を盗んで粗相を働く者がどうなるか、黒山羊商会の対応を考えれば想像をするのは避けた。イーリスは気の良い笑顔でマクシミリアンと握手を交わす。
「あいつのこと頼んだぜ。もしアタシに依頼があれば手紙でも出しな」
「届くと良いのだがね。そちらこそ、いつでも我々を頼りたまえ」
「金さえ積めるならだろ。まあいいや、お前との話は案外楽しめたよ」
歳も離れていない相手との会話は年寄りじみていたが、外見に似合わずイーリスは実年齢の高さから、そういった世間話が大好きだ。
マクシミリアンも存外に性格が酷く悪辣でもなく、暗殺者時代の冷酷さは完全に抜けきっていないものの、丸くなったと本人が言うだけはある。ささやかな友情が芽生えるには十分だった。
「馬車には新鮮な食べ物を積んでおいた。聞くところによれば、君の魔法があれば長期間の保存が可能だそうだね」
「ユディットから聞いたのか、助かるよ。美味いもんは大歓迎だ」
喜んで荷台に飛び乗り、御者台にユディットが座ると肩に腕を掛けて抱き着きながら、馬車の外にいる面々に顔を出す。
「色々と手伝ってくれてありがとな。色々あったけど悪くない時間だった。リンのこと、大切にしてやって。アタシたちの大切な友達だからさ」
イーリスの気持ちの良い笑顔に、男たちはうるうると泣きそうな瞳で、しきりに頷く。彼らは互いにあらゆる境遇で集まってきた仲間だ。マクシミリアンというひとつの旗のもとで生きる彼らが、イーリスの言葉に響くのは当然である。
「では出発します! 皆さま、お元気で!」
「またな!」
馬車が走り出す。遠くで別れの言葉を大声に張り上げる黒山羊商会の男たちが小さくなるのを見届けると、イーリスは御者台に移った。
「ふふ、どうしたの。いつもなら疲れたと言って後ろで寝るだろう」
「良い気分だから風を浴びたくてね」
駆け抜けるように起きた、たった数日の出来事だ。それでも、イーリスの永遠に強く刻まれる数日だった。嬉しいことも、悲しいこともあった。
手を出したのは善意からではない。ただ、気に入らなかったからだ。炭鉱の町に巣食った怪物たちが野放しのままなのが。たとえそれが少女に現実を見せることであったとしても、何も知らないままの苦痛の方が、ずっと痛いから。
「にひひ。これからの旅が楽しみだな、ユディット!」
「そうだね。もっとたくさんの出会いが私たちを待ってるんだ」
────暗い過去も明るい未来で塗り潰せるような、炭鉱の町で暮らす人々の希望を背にしながら、二人の旅は、どこまでも続いていく。
「そういや港町に着いたら、何食べるよ?」
「やっぱり魚じゃないかな。酒蒸しが絶品だと聞いてる」
「お、じゃあまずはそれから食べよう!」




