第16話
ボタ山の中に残った残滓は魔力ではない。濁りきっているが、それが自然と溶け合っていることだけは分かる。つまり、元を辿ればエルフに行き着く。
「探せば骨が見つかるということかね?」
流石にマクシミリアンも目を見開いてしまう。骨くらいは処理していそうなものだと思っていたが、死体はそのままボタ山の中に隠されているという。驚かないはずがない。腐敗臭も酷かっただろうに、とマクシミリアンが眉間にしわを寄せた。彼らはまるで意に介さないかの如く、当たり前に過ごしていたのだから。
「この数年、お前らは炭鉱に視察に行ったりしてねえのか?」
「必要がないからね。実際、彼らは働き者だったから見に行く理由もなかった。真面目がすぎるくらいで、年に一回程度だ。だから、連中がエルフを殺害したと思われるすぐ後に私自身が視察に行った後は誰もいかなかった」
理由もなく視察に行ったところで余計に警戒されるだけだ。不必要な対立を招かないよう、マクシミリアンは慎重だった。それゆえに炭鉱夫たちは死体を掘り返すことなく、上手くいったと思い込んだ。
「ハハ。『真実は時の娘』なんて言葉もあるけど、お前は運が良いな。おかげであいつらは絶対にやっちゃならねえミスを犯したってわけだ」
死体を触っていないのであれば、少なくとも骨は見つけられる。三十人分の骨など、簡単に掘って処分できるほどの数ではない。騎士団が到着してからでは遅い。確実に詰みへ向かっていた。
「これでリンも少しは報われる。仲間の骨を拾ってやれそうだな」
「うむ……。決して喜べることではないが」
殺されたエルフたちの中にはリンの両親も確実にいる。二百年生きていても、人間でいえばリンはまだ子供だ。辛い現実に直面するのは分かり切った話。喜ばしさとは程遠い。幾分かマシな現実というだけ。
「(もしかしたら知らない方が良いのかもしれないが、アタシには黙っているなんてことはできない。そんなものは幸せな生き方じゃない。ただ目を背けて、知らなかったふりをするのは間違ってる)」
苦痛が和らぐことはない。平穏に暮らしてきて、小さな希望に縋りつくリンにとっては、かなりの痛みを伴うだろう。だとしても伝えるべきだと、どこかで生きてくれていれば良かったのにと。そう思わされてしまう。
「気にしすぎではないかな。あの小娘はそこまで弱くはないと思うが」
「あン? アタシには泣き虫に見えたけど……?」
意外な評価にイーリスが怪訝な眼差しを送った。
「そう睨むな。泣いて済むだけなら心の強い人間だ。復讐に走ったり、絶望して自死を選ぶのが普通だよ。それをせずに君の説得にも応じて、嫌いな相手の庇護下に入ろうというのだ。十分に強いではないか」
俯きながらでも前に進もうとする精神など、子供が抱えるべきものではない。リンはそれでも、背負わねば進めない場所に立たされてしまった。にも拘わらず気丈に前へ進もうとするだけの勇気があると高い評価を持っていた。
「我々が子供のときは、ああも力強いものだったかな。少なくとも、私は自分の手を汚すことで欠けた何かを満たそうとしていたよ。君は如何かね」
「……別に。生きるのにがむしゃらだったから覚えてねえよ」
物心つく前から孤独だったイーリスには、リンの大切なものを失う痛みは分からない。出会いも別れも経験してきたが、所詮は他人事だ。寂しかったり悲しかったりしたが、絶望するほどの出来事ではなかった。
その心境をマクシミリアンに見透かされたようで不快になる。
「お前らみたいに、生まれたときに誰かに祝福された記憶はねえ」
「ハハハ、それは私も君と変わらんよ。七歳の頃に人の殺し方を覚えた」
当然の成り行きとしてマクシミリアンが語った。
「私の肉親は、どちらも擁護のしようがないほどの悪人だ。詐欺、脅迫、殺人、強盗。なんでもやるような人間でね。狂った人間がゆえに悪事をやめられない。彼らにとっては生きる糧であり、日常だった」
七歳の頃に、親を通じて人の殺し方を教えられた。強盗を共にさせられた。のちに両親は捕まり罪人として裁かれたが、マクシミリアンは生き残った。
悪人であろうとも我が子は可愛いもので、自分たちが捕まるとなったら息子の安全を最優先に考えた。親がいなくとも生きていけると信じて。
「幸いなことに、私の両親は悪人相手であれば何をしてもいいと考える人間だった。それが私に罪悪感を植え付けず、同じ価値観を抱かせた。だから、独りになってすぐに暗殺ギルドの目に留まった。そうして完成したのが今の私だ」
荒んだ人生だとは思わない。似た境遇の人間ならいくらでもいるだろうし、自分を正しく変えることもできた。だがそうしなかった。彼は自分の価値観に従って生きる方を選んだのだ。それが彼なりの自由だった。
「そんな男でも、愛を知ったなんてロマンチックなセリフを吐くのか?」
突かれてマクシミリアンが自分に呆れて乾いた笑いを吐き、肩を竦める。
「ぐうの音も出ないな。まさか、私が他人に愛情を感じるとは思わなかった。それも怪我を切っ掛けに人殺しをやめてからだとはね」
馬鹿馬鹿しくなる。もっと早くに出会っていれば違ったのか、と。
「いずれにせよメアリーは、私にとって恩人でもあり恋人でもあった。ただ、彼女は貴族で後継ぎのこともあり、私たちは子供を生せなかったがゆえに、共に歩む道を絶たれてしまった。それがサンドピットへの執着に変わったのかもな」
それから馬車の中はしんと静まり返る。がらごろと聞こえてくる車輪の音だけを聞きながら、やがて商館まで帰ってきた。
「退屈な話を失礼したね。これから君はどうするつもりだ?」
「一旦、リンのところへ行くよ。まだ話したいこともあるし……」
「ふむ。それなら何か差し入れでも持っていきたまえ」
近くにいた部下を手招きして呼ぶ。マクシミリアンは果物や焼き菓子を持たせるように伝えながら、全体の仕事の進捗を眺めた。
「(ははあ……マジで商会の運営してますって感じだな)」
よくもまあ疲れた顔色ひとつ浮かべず、とイーリスは深く感心する。ただの暗殺者でもなければ、理屈で生きる老人でもない。今の彼はまさしく商人だ。
「イーリス、聞いているかね?」
「あっ、悪い。何か言ったか」
「馬は要るかと聞いたんだ。森までは遠いだろう」
「……そうだなあ。借りてもいいか」
「裏手に厩舎がある。余っているから、どの馬でも乗って行け」
「おう、さんきゅ。そうさせてもらうよ」
敵に回すと面倒だが味方にすると頼もしい典型例だな、と納得する。皇都の貴族と比べても、よほど優れた人物だと評価を変えた。
言われたとおりに裏手にある厩舎に向かうと、厩務員の男が強面でイーリスを迎える。笑顔が苦手なのか、笑おうとして口端がヒクついていた。
「よう。馬を借りたいんだが、構わないか?」
「こっちに来たってことはボスの許可でしょう、もちろんです。どの馬も立派で足も速いし距離も歩けるんで、安心してください」
顔つきの割には穏やかな話し方をするなあ、と好みのギャップにイーリスは和んだ。炭鉱での出来事は未だに脳裏にこびりついていて不快だったが、馬を優しく見つめる男の瞳が、いくらか拭い去ってくれた。
「くれぐれも落馬しないように気を付けて、ゆっくりどうぞ。いくら不死身の魔女といっても痛いことは痛いんでしょうから」
「おう、ありがとな。昔に比べりゃ鈍くなったもんさ」
久しぶりに跨った馬の感覚はどこか新鮮だ。
忠告は頭の片隅に置いて、颯爽と馬を走らせた。




