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イーリス・ブレンヒルトの自由で至福な最高の生き方  作者: 智慧砂猫
第二章 イーリス・ブレンヒルトと炭鉱の町の黒山羊

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第4話

 炭鉱の町は夜になると他の町と比べても視界が悪い。石炭燃料が生活を支える町では仕方のないことだが、そのおかげで商会の人間が調査を行っても、まるで犯人の姿を捉えられない。霧の中に溶け込んでいるのだと思うほどに。


 だから、マクシミリアンは考える。魔女ならば捕まえられるのではないか。魔法という人智を超えた能力があれば、人を探すくらいは簡単のはずだと。


「君たちが犯人を捕まえてくれるのなら報酬に出し惜しみはしないと約束しよう。どうかね、悪い話ではないと思うのだが」


「出し惜しみはしないってんなら、多少は無理を言っても聞くってことか」


 言質を取ろうとするイーリスに先手を打って、マクシミリアンが答えた。


「もちろん、商会の運営権だの採掘権だのを渡せと言われれば難しいと言うしかないが、そこはそれ。町の住民全員の借金をゼロにするというのはどうかな。君たちにとっては望ましい結末に違いないのでは?」


 住民がこれから先を安心して暮らすために最も必要なことだ。ユディットはその条件であれば飲んでいいのでは、と期待を込めてイーリスを見る。だが隣に立っている魔女の表情は、どちらかといえば否定的だった。


「んなもんに意味あるかよ。借金がなくなったくらいで連中の生活は変わらない。どうせ、ここでチャラにしたって、また膨らんでいくだけだ」


「……どうしてそう思うのだね」


 思いのほか鋭く返されたマクシミリアンが尋ねる。一見は頭が軽そうで賢く思えなかった魔女の言葉が、彼に強い不快さを覚えさせた。


「お前はどのみち、今回の件であいつらの借金が膨れあがったところで損しかない。労働力を外から持ってくるにしても楽な話じゃない以上、今いる連中に頼らざるを得ない。だってあいつらは文句のひとつも言わずにあくせく働いて、夜になれば愚痴をこぼすだけで、実害がまったくないからな。労働力が逃げないって意味では得なのかもしれないが、んなもんはこれまでと何も変わらないだろ?」


 壊れた道具を提供しなければ稼ぎはでない。いくら彼らが給料を前借りして道具を買おうとしても、生きていくうえで食事も睡眠も必要になる。道具の提供をやめれば彼らは働けなくなるし、提供しても給金が発生しなくなれば、それも同じこと。マクシミリアンは『何者かによる道具の破壊を止める』という結果が欲しいだけだ。道具自体は全体の稼ぎから言えば、さほど痛手にはならないのだから。


「上手く誘導すりゃアタシらが釣り針に食いつくとでも思ったかよ。抜け目のない爺さんだ。老い先短いくせに、金の勘定が好きらしいな」


「老い先短いからこそ、金の勘定は大切なのだがね。残り少ない人生を華やかに過ごすためには、愛情だの何だのよりも必要なものだよ、時間のない魔女にとっては関係のない話かもしれないが」


 挑発的に笑ってみせるマクシミリアンに、イーリスは初めて言葉が詰まった。時間の概念とはほとんど無縁で、老化など遠い昔に忘れてしまった魔女にとって、有限な人生を享受する人々の感性は理解の外だった。今、思い出すまでは。


「私は違うと思いますよ、マクシミリアンさん」


 ユディットが、とても不愉快そうに眼を鋭くする。


「人との繋がりがある方が人生は豊かです。腹が立ったときは宥めてくれて、悲しんでいるときは慰めてくれる。嬉しいときは一緒に喜んでくれる。そういう友人がいる方が、お金があるよりずっと大切で必要なものです」


 ヴァルトシュタインでは得られなかったものが騎士団には多かった。忙しくて時間は取れなくても、互いのことを気遣えた。お金はあったかもしれないが、使うことはなかった。ユディットには、それが必要のないものだったから。


「なら君とは相容れないな、ユディット・ヴァルトシュタイン。父君とは気が合ったのだが……あぁ、でも彼は少々、無能が過ぎたようだね」


「父は父です。私とは違って当然でしょう」


 いまさら父親のことを言われても、ちくりともしない。以前まではすべてが支配されたような生き方だったが、それも終わりを迎えた。なにより自分を裏切った人間である以上、ひとかけらの感情も湧くはずがなかった。


「もういいだろ。くだらない喧嘩で時間を浪費したくねえ、仕事の話をしよう。その犯人について、何も手がかりなしで探させたりしないよな」


 思うところはありつつもマクシミリアンは椅子に座って、葉巻を吸いながら。


「もちろんだとも。手がかりと言えるかどうかは分からないのだが」


 机の引き出しから出されたのは、枯れた植物の蔓だ。小さく千切って保管されていたもので、マクシミリアンは複雑そうに眉間にしわを寄せた。


「壊された道具には、いつもこれが絡み付いている。何かの暗号か、あるいは犯行声明か。理由は分かりかねるが、この炭鉱の町ではこれらしい植物を見かけたことがない。魔女であれば、これの正体を辿って犯人を見つけられるのでは?」


「ん~、できないことはないかも。ちょっと触っても」


 構わないよ、とマクシミリアンが手で指す。


 イーリスが手に取った植物の蔓は枯れていて、触れると奇妙な感覚があった。まるで痺れを起こしたような錯覚。実際には起きていないと分かる。


「────魔法?」


 思わず口から零れた言葉に、ユディットもマクシミリアンも目を丸くする。


「イーリス、君以外にも魔女がいる可能性が?」

「世界にひとりだけというのは眉唾だったのかね。これは驚いたな」


 二人の言葉にイーリスは迷わず否定する。


「いや、魔女は間違いなくアタシだけだ。それに感覚は魔力の残滓に近いものを感じるが、なんていうか、澄んでる。清らかなんだよ、川の水に触れたときみたいに。アタシたち魔女の場合、残滓は煙草の煙みたいだから結構違う」


 バツが悪そうにマクシミリアンが葉巻を灰皿に押し付けて火を消す。


「煙草が嫌いなら先に言ってもらいたいものだ」

「別に吸えば良かったじゃねえか。そんなの気にするタイプか?」

「多少は常識的だよ。日頃は愚かに生きているに過ぎない」


 理屈が分からないのでイーリスは怪訝な顔をしながらも、蔓を握りしめて。


「ひとまずこれは預かってくよ。状況が分かっても、犯人を見つけてから此処へ来る。それで問題ないよな?」


「私は構わんよ。他の連中にも、いつ来ても迎えるよう伝えておく」


 依頼を受けたら、ユディットと顔を見合わせて頷く。


「じゃあアタシたちはそろそろ行く。用があれば、宿に来い」

「良い報告を期待させて頂くよ、魔女殿」


 イーリスたちは商館を立ち去り、外へ出た後に炭鉱を目指す。マクシミリアンの対応には不満があったが、炭鉱の人々に罪はない。仲良くなったわけではないが、彼らの気さくな雰囲気が貧しさを吹き飛ばしているのを見て、イーリスは少しだけ手を貸してやるのも吝かではないと思った。


 なにより、マクシミリアンに都合が良い終わり方をするのは気に入らなかった。必ず解決して、彼が不満でも受け入れざるを得ない報酬を求める気だ。


「イーリス。炭鉱には何を聞きにいくんだい?」

「いつも道具が壊されてる時間帯だよ。それだけ分かればいい」


 想像が正しければだが、と注釈を入れつつ。


「犯人は人前に姿を晒してない。何かしらの見つかると困る理由があるんだろう。だから時間帯を確実に選んでる。その時間を特定して、アタシは罠を張る。商会の連中に見つからないように犯人を捕まえたい」


 黒山羊商会を出し抜く最善の手段。イーリスは考え込む。


「アタシたちが頼まれたのは捕まえることだけだ、他に従う理由はない。どんな犯人かまでは正確にわかっちゃいないが、……保護する必要がありそうだな」

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