第20話
会場はまだ賑やかなものだ。誰も彼もが平和を享受していた。これから裁かれようとしているテオボルドも、何も知らずにのんきに酒を飲んで談笑する。あまりにも滑稽で、イーリスはくっくっと声を殺して笑う。
「クラウス、もうじき第三騎士団が乗り込んでくる。それに合わせて会場の出入りができないように封鎖しろ。テオボルドみたいな野良犬でも群れを統率してる」
「不正は第二騎士団全体が関わっているというわけですか」
自分たちの利益に繋がらないのであれば忙しいと言って、簡単に蹴るような第三騎士団が素直に協力するわけだとクラウスは深く納得する。魔女との間に何らかの取引があって、彼らが今回の件を自分たちの手柄にするのだろう、と。
「でも大丈夫だと思いますよ。第三騎士団……特にテーバーハルト公爵が現場の指揮を執るのであれば、我々の想像など既に対処済みかと。もちろん、それでも会場からネズミ一匹逃がさないつもりで仕事はさせて頂きますがね」
話が纏まれば、イーリスはいつまでも自分たちだけが静かなのは周囲に違和感を与えるかもしれない、と魔法を解く。その後にクラウスは現場を離れた。
「上手くいくと思いますか、イーリス?」
素朴な質問を投げるユディットに、イーリスはわざと肩を竦めて。
「さあ、どうかな。十分に舞台は整えたけど、何事も想像のつかない展開はあるものだろ? 失敗はないにしても、厄介なことは起きかねない」
「イーリスに危害を加えようとしたら、迷いなく斬り伏せるつもりですよ」
流石にそこまでのことは起きないだろとイーリスが笑ったが、ユディットはいたって真面目にそう答えた。追い詰められた人間がやることは諦観か、あるいは暴走と決まっている。逆恨みによる凶行は決して許してはならない。
「ま、気合いってのは大事だ。────そら、始まるぞ」
祝宴もそろそろお開きの時間になろうかという頃、ついに会場の扉が勢いよく開かれた。突入してきた第三騎士団に、会場の空気は一変して慌ただしくなる。騎士たちの先頭には、ヴェルター・エーバーハルト公爵が立っていた。
「これは何事だ、ヴェルター!」
なんの許可もなく騎士たちが立ち入ったので、ジーモンが声を荒げた。招かれざる者の無法とも言うべき突入には生誕祭の締めくくりを台無しにされたと思ったが、ヴェルターは変わらぬ冷徹な眼差しで騎士たちを背に従えながら。
「お楽しみであった皆々様方には、大変申し訳ない。しかしながら、どうあれ今回は見逃すわけにはいかない重大な事案が起きまして」
こほん、と咳払いをするとヴェルターの側にいた赤髪の女性が中指で眼鏡の位置を整えて、鋭い眼つきで手に丸めて持っていた羊皮紙を広げた。
「テオボルド・ヴォイルシュ子爵による騎士団の装備費横領、ならびに第二騎士団内にて口裏を合わせて隠蔽工作を行うなど、国家反逆に相当する嫌疑が掛けられています。よって即座に拘束。反抗する場合はその場で処断を致します」
会場のざわつきと突きつけられた罪状にテオボルドが顔を蒼くする。
「ばっ、……馬鹿を言うな! 血迷ったか、エーバーハルト公爵!」
「言葉遣いがなっていないな、テオボルド。お前がいつ俺より偉くなった?」
冷徹な声にテオボルドが口を結ぶ。これには逆らってはいけないと本能で理解させられてしまう。エーバーハルト公爵家の皇国での影響力はヴァルトシュタイン伯爵家とは比べものにならない。テオボルドのヴォイルシュ子爵家など歴史があろうとも吹けば消し飛ぶような小さな家門。まさに蟻のような存在でしかないのだ。
「勘違いしているのが哀れだから教えてやるが、お前の横領の証拠は既に我々第三騎士団が押収してある。嫌疑はあくまで形式的な段階を踏んでのことだ」
「は、何をおっしゃいます、公爵閣下……! 私がやった証拠などがどこにあるというのです、この場で辱めるのはおやめください……!」
会場にいる人間は誰ひとりとしてテオボルドを庇う言葉を吐かない。むしろ、彼のサロンでの悪癖を知る者は多く、最近の羽振りの良さから納得する。これはルッツも庇う気になれず、目も合わないように場所を移った。
「しょ、証拠などでっちあげだ、証拠など────」
「帳簿と第二騎士団の仕入れた武器があんだろ?」
割って入ったイーリスに振り返り、テオボルドが絶句する。
冷たい眼差しを向けたユディットが淡々と告げた。
「どの騎士団も武器の質を見抜く術を持っています。半端なことをしても気付かれないと思うのは、第二騎士団が怠慢に過ごしてきた証左でしょう。観念しなさい、テオボルド。これまでの非礼を詫びようとも許される罪ではありませんよ」
まさか、とテオボルドが目を見開いて鼻息を荒くした。
「き、貴様が……! 第三騎士団に入れ知恵をしたのか、ユディット!」
「呼び捨てにしないでください。私はたまさか証拠に繋がる事情を知っていたに過ぎません。ただの情報提供者。他人を恨むなどお門違いでは?」
もはや逃げ場もなく醜態を晒すだけのテオボルドは、自らが犯した失態を認めざるを得ない。会場は第一と第三騎士団が固めていて、頼みの綱である第二騎士団は既にヴェルターの手によって陥落したのは想像がつく。
「……ぐ、くっ……! こ、こんなところで……!」
捕まれば非人道的とも言える尋問が待っている。洗いざらい吐いたとして、ヴェルターは『それが真実であるかどうかを確かめる手段だ』とさも当たり前のように涼しい顔で拷問を執行する。処刑台に行くにも拘わらず。
テオボルドは恐ろしくなった。ここで捕まれば確実に死ぬ。ただ死ぬのではなく、地獄の苦しみを味わった挙句に。ならば、とついに行動を起こす。
「う、動くなよ! こいつが死んでもいいのか?」
怠慢も甚だしいとはいえ、騎士としての体づくりをまったく疎かにしていたわけでもない。ましてや警備にも加わっていたのだ。ヴェルターたちが捕まえようとするより先に、懐に隠していた短剣を抜いて傍にいた令嬢を人質に取った。
「……な、なんだ? なぜ、誰も動かん……!?」
貴族たちは分かる。誰もが怪我をしたくない。関わりたくない。中には余計なことをして自分の罪まで暴かれてはならないと息を潜める者もいるだろう。ならば騎士たちはどうか。それどころか魔女でさえ動揺するどころかひどく呆れていた。
「あの、申し訳ないのだけれど。わたくしに人質の価値はなくてよ?」
淡々とした声。鋭い眼つき。冷静に顔を見たテオボルドは人質がエーバーハルト公爵令嬢、ハイデマリーであると気付いて驚愕する。
次の瞬間には身体が一瞬だけ宙に浮いて舞った。テオボルドが小さいとはいえ、決して軽くない。それを軽々と倒してみせたハイデマリーに対する感想は称賛と驚愕に分かれた。それも当然、彼女はエーバーハルトの人間なのだから。
「ありゃ喧嘩売る相手を間違えたな」
あまりの酷さにイーリスが苦笑いを浮かべた。
ユディットもうんうんと頷いて同調する。
「ですね……。騎士でないだけのお方ですから」
ハイデマリーはただの令嬢ではない。ユディットと同じく、父親に騎士のなんたるかを叩き込まれており、ただ騎士団に属していないというだけで騎士団長クラスの実力を持っている。騎士であれば知らない者はいないのだ。
騒ぎが落ち着くと、ジーモンが不愉快そうな顔でテオボルドを睨む。
「余はそなたの忠誠心を疑ったことはない。だが、よもや裏切るとは。……こやつをはよう地下牢にでも連れていけ、顔も見たくないわ!」
ヴェルターは胸に手を当ててお辞儀をした後、部下に指示を出してテオボルドを会場から引きずって連れ出す。
「そなたら第三騎士団には頭が下がる思いだ。此度もまた、そなたらに国は救われたと言えよう。これこそ余の生誕祭における贈り物と受け取り、今回の事前の説明もなく会場に踏み込んだことについては不問としよう」
皇帝からの称賛があると、貴族たちも口々にエーバーハルト公爵家を、第三騎士団を讃えた。彼らがいるからこそ皇国の平和は守られているのだと。
ヴェルターはそれを『普段は疎んでいるくせに生意気な連中だ』と受け取りもせず、呆れて静かにため息を吐く。一刻も早く立ち去りたくなった。
「皆々様方に置かれましては、称賛のお言葉、大いに光栄に思います。ですが、残念ながら今回は我々の手柄と呼ぶには些かの疑念があります」
突然、ヴェルターが言った。イーリスが奇妙な空気に小さく首を傾げる。
「何言ってんだ、お前。話が────」
構わない、とヴェルターが首を横に振った。
「今回の件に関しては、ユディット・ヴァルトシュタインの功績によるところが大きい。彼女からの申告がなければ、我々は第二騎士団の不正について知ることもなかったでしょう。讃えるべきはヴァルトシュタイン伯爵令嬢だ」
そうして、皆がヴァルトシュタインについて話を始めると、大きな獲物が餌に食らいつく。さもそれが自らの功績のように。
「わが娘ながらよくやった、ユディット。お前がここまで出来る娘とは」
「……お父様」
ルッツは着飾った笑顔で姿を晒す。テオボルドが消えた今、自分の脅威はないと言わんばかりに、娘が勝ち得た栄光を掠め取ろうとした。────だが、ユディットは握ったものを手放さない。イーリスの手をぎゅっと握って。
「何を仰います、あなたの娘であることを今日ほど恥じる日はない。テオボルドに横領の手段を伝えたのはあなたでしょう、ルッツ・ヴァルトシュタイン」




