第14話
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ハイデマリーの紹介を受けたサロン、ツッカークランツは都市の一等地に建つひときわ穏やかな外観で佇んでいる。それでも華やかさを隠しきれていない、見るものを圧倒する由緒を感じる石造建築だ。
玄関を前に、二人はフードを脱いで建物をみあげた。
「立派なもんだな。周りも大概がデカいが、ここはよく目立ってる」
「いくつかある大きなサロンの中でも、ツッカークランツは人の出入りも激しいそうですよ。招待制ではありますが、大概の貴族は声を掛けられているので」
支配人はとにかく遊ぶことが好きだ。しかし、そこに熱量がなければならない。ただの遊興では面白くない、と賭けを行うようになった。少ない額から大金まで、個々によって賭ける層はまったく異なったが、皆が賭博の魅力に憑かれて、中には毎日のように出入りしている者さえいるほどの人気だ。
「お前も入れるの?」
「いいえ。騎士を務めていると、賭博の招待は基本的にないのです」
「なんでさ。遊びに来たい奴だっているだろうに」
「取り締まる側の人間だからですよ」
そういって、くすくすと可笑しそうに口元に手を当てた。
「基本的に賭博は禁止とされています。なので、暗黙の了解で成り立っているんです。もし賭け事で問題が起きたら、居合わせた騎士に捕まりますから」
「でも、それは黙ってれば済む話なんじゃないの?」
騎士だって人間だ。自分の遊び場がなくなると思えば黙っているのが普通だろう。イーリスはそう考えたが、ユディットは首を横に振った。
「騎士が自分の務めを果たさず遊んでいたなど、公に知れたら大問題です。貴族たちの目もありますから、見逃したという事実だけで弱みになってしまいます。そうならないためにも騎士は自分の務めを果たさねばなりません」
ふーん、と納得しかけてから、イーリスが疑問に首を傾げる。
「じゃあなんで、テオボルドは来てるんだよ。あいつは第二騎士団の人間だろ。まさか、来ているときは子爵として、であって騎士じゃないから?」
「屁理屈ですが、概ねそんなところでしょうね」
ユディットが馬鹿馬鹿しそうに肩を竦めた。
「騎士とはいえ地位のある人間は来ます。上流階級同士のお遊び……要は遊び場に招待を受けたので、子爵という立場での話。そのときは騎士としての務めを果たさずに、貴族としての品格を優先するものです」
国に忠誠を誓う第一騎士団の人間は誘いがあったとしても、まず賭博には関わらない。暗黙の了解で成り立つ貴族の遊び場も、ある種の必要性を勝ち得た場所だ。騎士たちはあえて横目を逸らすが、かといって賭博に手を染めることはない。目の前で問題が起きれば、躊躇なく取り締まるだろう。
だからこそサロンには出入りしないし、できないことさえある。にも拘わらず、第二騎士団の多くは当たり前のように賭博に興じていて、自分たちは許されているのだと大きな顔をする。ユディットはそれが心底から嫌いだ。
「まあ、そう苦い顔するなよ。今日は博打をしようって話じゃないんだ」
「……はい。そうですね、行きましょう」
玄関前に立っている使用人に声を掛ける。中に入りたいのだと伝えると、初めての者は招待状が要ると言った。イーリスは懐からルビーの玉座を取り出す。
「支配人に内密に会いたいと伝えてくれないか」
「そのネックレスは……。少々お待ちください、確認してまいります」
五分も待てば、使用人が戻ってきた。案内致します、と真摯な対応で深くお辞儀をして中へ案内する。向かったのは賭博に使われるのとは別の応接室だ。
「支配人は中でお待ちです。どうぞ、お入りください」
開けられた扉の向こうでは向かい合う豪華なソファの片方に堂々と腰かける、凛とした雰囲気の女性が座っている。長いまっすぐの黒髪を揺らして、横目にイーリスを確認すると嬉しそうに微笑んだ。
「あら、どんな方が来たのかと思ったら魔女様ではございませんか」
「ラモーナ! お前が此処の支配人だったのか?」
イーリスが親し気に呼びかけるので、ユディットが小声で尋ねた。
「どなたです? 私は初めてお会いしますが……」
「ラモーナは生まれたときにアタシが名前を付けてやったんだよ」
懐かしそうにイーリスが言った。
「そちらはどちら様かしら、可愛らしいお方だわ。鍛えているのを見ると騎士様ね? 勿体ないわ、ドレスの方がずっと似合ったでしょうに」
「恐縮です。ユディット・ヴァルトシュタインと申します、ラモーナ様」
胸に手を当てて深くお辞儀する。ラモーナは紅茶のカップをそっと置いた。
「ラモーナ・ファーレンよ。どうぞお掛けになって。エーバーハルト公爵令嬢のネックレスを持ってくるということは、よほどの事情があるのでしょう?」
促されて対面のソファに座り、イーリスがすぐさま本題を切り出す。
「成金みたいに金使いの荒いネズミが来てるだろ」
「……テオボルドのことね。うちのお得意様よ、彼がどうかしたの?」
「ユディットが、アイツと婚約させられてね。破棄するのに弱みが欲しいのさ」
「あぁ、ヴァルトシュタインとヴォイルシュが関係を結んだとは聞いたけれど」
ラモーナが目を細めて、カップに視線を落としながら話す。
「だからといって顧客の情報を売るわけにはいかないわ。此処は先代から任された、紳士淑女の集う由緒正しきサロン。貴族だもの、他人を売るときは細心の注意を払わなければ大きな損を被るものでしょう?」
ファーレン侯爵令嬢、ラモーナ・ファーレンは一筋縄ではいかない人間だ。口が堅く、情報を売るのに必要な対価は金ではなく誠意と理由。貴族令嬢であるラモーナからしてみれば、たかが婚約破棄のためだけに顧客の弱みを晒すのはサロンの信用に関わる問題になる。魔女の頼みといえどもそう簡単に聞きはしない。
射貫くような不敵な笑みにイーリスは堂々と返す。
「なら、どうすれば譲ってくれるんだ。時間は掛けたくないんだけど」
「そうね、今回のことに関しては尤もな理由が必要よ」
「尤もな理由……。まあ、それを言うなら、サロンの運営にも関わる話だ」
ラモーナの表情が一瞬だけ変わった。驚きと興味だ。
今が好機とばかりに、続けてユディットが話をする。
「ヴォイルシュ子爵は最近になって、賭け金が大きくなったはずです。負けた分を取り返そうとするために。ですが、その賭け金が問題なんです」
「何か問題があったのね。羽振りが良くなったのは確かよ、誰でも知ってる」
ユディットは深く頷いて、さらに続けた。
「その資金が騎士団の運営費から流れているようなのです。おそらくはそれ以外にもありそうですが……。それを知らずにしても、受け取ったサロン側の評判は良くないはずです。もしかすると繋がっていた可能性さえ囁かれるかも」
指摘を受けるとラモーナが苦い表情でカップを置き、ため息を吐く。
「冗談じゃないわ。騎士団の運営費ですって? その話が事実なら死刑にも相当する話よ。すぐにサロンにも査察が入るわね。暗黙の了解なんて関係ない。此処は二百年も続いてきた伝統があるのよ、それを壊そうとしているの?」
元々、テオボルドの羽振りが良くなったのは知っている。それほどの資産もないのに、どこからか資金を調達している怪しさから、『何か裏があるはずだ。他の貴族の援助もあるまいに』と、まことしやかに囁かれることもあった。
まさか騎士団の運営費の横領とは、ラモーナにも寝耳に水だ。呆れて言葉も出てこないほどにがっかりする。胸がもやもやして、気分が悪かった。
「たとえなんとなく気付いていても、多少のおいたには誰でも目を瞑るものよ。それが、このサロンでは常識なの。……それをあの男、査察が入るような真似をして、ファーレン侯爵家も軽んじられたものね」
沸騰しそうな怒りを胸に沈めて、落ち着きを保つ。今すぐにでも目の前に連れてきて跪かせたいところだが、借用証ひとつでは裏付けにならない。横領した後の金の流れ着く先としては十分だ。此処は魔女に任せる方が良いだろうと結論付けた。
「いいわ、テオボルドの借用証をあなたにあげる。その代わり、このサロン……ツッカークランツの潔白をあなたが保証することが条件よ。手段は任せるけれど、このサロンの品位を落とさないでほしい。できるかしら?」
難しい注文だ。しかし、そのくらいのことが出来なければサロン側が魔女の私情に協力するメリットはない。イーリスは当たり前のような顔をする。
「誰に頼んでるか分からないなら行動で示してやるよ。ジーモンにも伝えとく。────ついでに正式にサロンを訪ねることにしよう。それだけで貴族連中は取り入ろうとするはずさ。前よりも派手になるかもな?」




