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イーリス・ブレンヒルトの自由で至福な最高の生き方  作者: 智慧砂猫
第一章 イーリス・ブレンヒルトと夢を抱く騎士

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第15話

 サロンの中でもツッカークランツは長い歴史があるが、時代の移り変わりと共に他の貴族たちが主催するサロンが広がっていくと衰退も始まった。それでも、今なお変わらない人々の出入りは影響力の大きさを物語っている。


 そこへ魔女のお墨付きが出るとなれば多少の問題など、目を瞑ってでも訪れる者は増えるだろうとラモーナは予測する。なにしろファーレン侯爵家が魔女と密な関係を持っていると分かれば、その人脈を欲しがる者はいくらでもいるのだから。


 派手に遊べば遊ぶほどファーレン侯爵家の目に留まり、羽振りがよく金の回りが良い人間ほど距離を縮められる。そのうちに賭博に取り憑かれていく人間は、いくらでもいた。最初は目的があって近づいたサロンも、時が経てば勝つことへの快楽と負けることへのいら立ちに絡め取られるようになるのだ。


 いつかは破滅すると分かっていても、もう立ち止まれない。そんな人間を尻目にファーレン侯爵家は勢力を拡大してきた部分も大きい。魔女の助力があるだけで栄光を再び独占できると思えば、借用証の一枚ではむしろ安すぎるくらいだ。


「……それならいいわ。────アダン、入りなさい」

「はい、お嬢様。どのようなご用命でしょうか」


 入ってきたのは招待状を確認していた使用人だ。淡々としていて、イーリスは彼がいかにもラモーナが気に入りそうな男だと改めて思った。


「私の部屋からテオボルドの借用証を持ってきなさい」

「承知いたしました。少しお待ちくださいませ」


 事が上手く運ぶと、テオボルドの件で胸の中に渦巻いた不安はさっぱり消えた。魔女は決して裏切らないと、それだけは何があっても変わらない。連綿と続く魔女の歴史の中で、そのような人間は誰ひとりとていなかったのだから。


「それにしても驚いたわ。あなたが誰かのためにそこまで動くなんて」


 ユディットを見て、イーリスに直球で尋ねた。


「もしかして同性愛者だったりするのかしら」


 イーリスはさもくだらない質問だとばかりに肩を竦めて返す。


「馬鹿馬鹿しい。アタシは人で決めるだけだ、性別なんて知るかよ。エーバーハルトに次ぐ大貴族様が、神殿の下らない説法に感銘でも受けたのか?」


「あら、私はたいして気にはしないわ。珍しいなと思っただけ」


 これまで一度だって魔女が自分から誰かのために、無償の愛を捧ぐかのように手を貸したことはない。ラモーナはイーリスが何をも背負うのを嫌っているのだと思っていたが、そうではないと分かると、興味を惹かれた。


 隣を与えられた騎士は何をどうすれば魔女に気に入られたのか、と。


「ふん、急につまらなくなったよ。アタシたちはこのあたりで失礼する」

「残念。久しぶりに会ったのだからもう少し話していたかったけれど」

「それはまた今度だ。何分と忙しくてな」

「ええ、わかってる。頼んだこと、忘れないでね」


 戻ってきたアダンという使用人から借用証を受け取ると部屋を出る。後ろをついていこうとしたユディットが、ふとラモーナに呼び止められた。


「ねえ、ユディット。どうしてあの人は、あなたに振り向いたの?」


「……さあ、私にもわかりません。ですが、分からないままでいいと思うのです。他人の善意を探り始めれば、私には悪意しか残りませんから」


 思わぬ答えにラモーナは面食らってしまった。他の誰がどう思ってもいい。ただ、自分だけが知っていればいい。善意に対して返すべきものは誠実さであって、その根底を覗くことではないのだと。そのまま、ユディットは他の言葉を持つことなくイーリスを追いかけた。


「何話してたんだ?」

「う~ん、挨拶のようなものでしょうか」

「ならいい、悪いことは言われてないんだな」

「はい。嫌味は言われませんでしたよ」


 外に出ると、息の詰まるような空気から解放されて胸がすっきりする。高名なサロンと言えどもユディットには格式をまるで感じない場所だった。


「できれば二度と入りたくありませんね。苦手です、この場所は」

「お前には向いてないよ。(はかりごと)で頭がいっぱいな連中の世界だ」

「そう思います。でも、イーリス様はラモーナ様と親しいご様子でしたが」

「アタシがあっち側に見えたなら、お前は見る目がないよ。どう思う?」


 ニヤリと笑いかけると、ユディットも同じように笑んでみせた。


「どうでしょう。これでも見る目はある方なんですよ」


 二人はまるで長年の親友のように距離が縮まった。きっかけは魔女の護衛騎士として選ばれたこと。ただそれだけのはずが、周囲をどんどんと変えてくれるイーリスに感化されて、ユディットも変わり始めていた。求めていた自由を満喫して。


「ところで、次は第三騎士団を訪ねるのですよね。となると、お会いになるのはエーバーハルト公爵になるのでしょうか?」


「そのつもりだ。賭博で膨れあがった借金を見たら驚くだろうよ」


 借用証を広げて、その大きな金額に笑みが隠せない。


「サロンに来る客でラモーナに賭けで勝てる奴はいない。テオボルドの奴は喰われたんだ。どこまでも狡猾な奴だ、若いからってナメてると丸呑みさ」


「まさか、彼女がディーラーもなさるんですか?」


 大概は雇った腕の良いディーラーを揃えて、自分はゲームに参加しないのがサロンでは普通の話だ。だがツッカークランツに限ってはそうではなかった。


「何人か雇われもいるが、そりゃあ少額を賭けたり、ルーレットみたいな遊びのときだけだ。デカい勝負になるとラモーナから『ヴァン・エ・アン』を仕掛ける。そのときは、まあ、誰が挑んでも最初の二試合くらいは勝てるんだ」


 トランプの数字の合計を『21』に近づける遊び。最初に対決する二人にはカードが二枚ずつ配られ、その後に山札からカードを一枚、引くか引かないかを決める。引くのをやめた時点で相手より数字が少なければ敗北。ただし、数字の合計が超えてしまったらアウト。相手の数字も同様にラインを超えていた場合を除いて敗北となる。シンプルだが難しい遊びだ。


「それが、ラモーナの接待というわけですね」


 イーリスは頷いて話を続ける。得意な話を語るように。


「ラモーナがやる遊びには、ひとつだけルールが追加されてる。それが、互いに自分の手札を最初に一枚公開するって奴だ。それだけでヒリつく試合になる」


 見えているという一つの情報が、無意識に数字を予想させる。特定の範囲に絞られる勝負は山札を引くことへの恐怖心を煽り、思考を複雑化させていく。進むべきか、留まるべきか。些細な切っ掛けで焦りが正常な思考を鈍らせ、二度ほどの勝ちを拾わせることで、自分を獲物に見せかけるのがラモーナの常とう手段だ。


「多分、テオボルドはこれに引っ掛かったんだろ。元々、資産の少ない人間だ。少額を賭けて遊んでいたところに、ラモーナが罠を仕掛けた。金を賭けた勝負ってのは強い酒を飲んでるみたいに刺激的だ。勝てば勝つほど酔いが回る。それが貪欲な人間であればあるほど、引き際ってものを忘れちまうのさ」


 なんとなくユディットも理解できる。たとえ騎士であろうとも、周りは貴族だらけだ。その手の話はいくつも耳に入ってきた。イーリスの話に耳を傾けながら、聞いていて恐ろしい世界だとなおさら関わりたくなくなった。


「ああいう手合いは負けたときに理由を見つけられない。なぜ、どうして、勝てるはずだった。そんな言い訳をし始めちまう。そうなったら終わりだ。ラモーナはそんな人間の心理を突いて確実に勝ちを拾う。一瞬でも隙を見せれば、後はゆっくり呑みこまれるだけなんだよ。……さて、面白いことになりそうだ」


 見下していた相手に足をすくわれる。上流階級を気取っていた男にとって、それがどれほど屈辱であるかを想像するだけでイーリスは愉快だった。

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