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イーリス・ブレンヒルトの自由で至福な最高の生き方  作者: 智慧砂猫
第一章 イーリス・ブレンヒルトと夢を抱く騎士

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第13話

 ネックレスを受け取ったイーリスは、それを空にひょいっと投げると指を鳴らす。煙と共にどこかへ消えたのを見てハイデマリーは興味なさげに扇子を扇ぐ。


「はやく行きなさいな。他の令嬢方の迷惑ですわ」

「こりゃ失敬。ついでにチーズタルトも頂いていくよ」


 二切れを手に取って、一枚をユディットに差し出す。


「甘いものは控えてるのですが……」

「そんなものは今日までにしとけ」

「あっ、はい。イーリス様が仰るのでしたら」


 仲睦まじい様子を見ながら令嬢たちが戻ってくる。ユディットは照れくさそうに視線を避けていたが、イーリスに愛されている姿を見て羨ましいと思う者が多かった。自分たちは相手にもされないだろうに、と。


 幸いにも、彼女たちの中にはユディットの容姿について何かを思う者はいない。外見主義ではないハイデマリーが集めるだけあって感性は似通っている。もしも小さく嘲るようなことがあればイーリスも咎めるつもりでいたが、肩透かしを喰らった気分になるほど令嬢たちは大人しかった。


「なんだ、思いのほかまともなお茶会だったな」

「ええ。むしろ羨望の眼差しを感じたくらいです」

「アタシが可愛がってやってるんだから当然だ」


 自慢げにふふんと鳴らす。魔女の寵愛を受けられる人間など基本的にはいない。いわばユディットは数少ない例外だ。他の誰かが口を挟もうものなら、今度は魔女の怒りを買う数少ない人間が生まれてしまう。


「ま、とにかくサロンへ行ってみよう。証拠を手に入れたい」


 タルトを食べ終えると手をバシバシと叩いてクズを落とす。ユディットがそれを見て、ポケットに入っていたハンカチを取り出す。イーリスの口端についたクズを優しき拭き取りながら尋ねた。


「証拠と言っていましたが、具体的にはサロンで何を手に入れるのです? 支配人に証言を頼んだとしても、物的証拠がなければ厳しいのでは?」


「その物的証拠を取りにいくんだよ。もちろん、証人もだ」


 子供の世話かとユディットに目を細める。悪気はなさそうなのと、話が逸れてしまいそうなので、ため息ひとつで済ませた。


「さっきハイデマリーが言ってただろ。テオボルドの火遊びの証拠が欲しければサロンへ行けって。あの言い方を考えれば、テオボルドはおそらく分不相応な金額を賭けてるはずだ。その証拠となるものがあるとしたら?」


 そこまで聞けばユディットもピンと来る。サロンでは出入りした記録などは残らないが、確実な証拠として残るものがひとつだけあった。


「────なるほど、借用証ですね」

「正解。その借用証を元に第三騎士団に調査を依頼する」


 第三騎士団の基本的な実務は他の第一・第二騎士団とは違い、査察など内情調査が中心となっている。いざというときは現場へ踏み込むこともあるので、決して弱くもない。そして、第一と第二のどちらにも寄らず、中立的な立場を崩さない。最も信頼できる皇国騎士団。それを率いるのが、エーバーハルト公爵その人だった。


「たいして詳しくなくたって、テオボルドの資産なんぞ大したもんじゃないことは誰でも知ってる。分不相応な金の流れがあるのなら、第三騎士団はこれを見逃さない。奴らの手柄にしてやる代わりに、アタシを手伝ってもらう」


 たとえどれだけグレーな方法で金を持ってこようとも、その実態が明らかにならなければ咎めるのは難しい。言い逃れを許してしまう可能性が高い。確実に仕留めるのであれば、第三騎士団の協力は必要不可欠だ。


「ユディット、騎士団の運営費ってのは基本的には何に使われてるんだ?」


 この手の話なら役に立てるぞ、とユディットが目を輝かせた。


「主に古くなった制服や装備の新調に、手入れする道具の購入。訓練場等設備の新設、修繕費用など欠かせないものばかりです。特に装備費は、どの騎士団も多く申告しています。第一騎士団などでは大規模な訓練もあるので、年に数回、必要なときに申告が行われて国から支給されるのですが……」


 話していて、ふとユディットが眉間にしわを寄せて、浮かび上がった疑問に顎をさする仕草を見せた。


「そういえば、第二騎士団の方々は我々と違って訓練が極端に少なく、現場にも殆どでないのに装備の新調なども度々行っています。質の良いものを仕入れていれば、年に一回か二回程度の新調で済むはずなのに。以前見かけたときは武器が多かったような」


 不思議そうに首を傾げるので、イーリスが尋ねた。


「第二騎士団も訓練場はあるんだろ。連中もしっかりやってる可能性は?」


 その問いかけに答えたのはユディットではなかった。ちょうどそこへ居合わせた騎士の男が、面白そうな話を聞いたとばかりに割って入った。


「彼らの訓練場なら殆ど使われていませんよ、レディ」

「クラウス? お前、もう町の巡回が終わったのか?」

「ハハハ。実はスリを捕まえたので、連行してきたところなのです」

「スリって……。あんなに平和そうな町なのに」

「どんなに平和な国でも犯罪はあります。この町も例外ではありません」


 クラウスがわざとらしく残念そうに肩を竦める。


「それで話を戻しますが」


 周囲の気配を探るようにぐるりと周囲を確かめる。中庭は背の高い植込みも多く、視線から隠れる場所は多い。誰もいないと確信したクラウスが続けた。


大凡(おおよそ)はユディットの言うとおりです。第二騎士団は度々、装備を新調しています。────それも、大概の武器が刃毀(はこぼ)れを起こして」


 その事実はユディットも知らず、目を丸くして驚いた。


「ま、待ってください、団長。だとすると、粗悪品が混ざっていることになりませんか? 騎士団の基準では武器は純鋼であることが義務付けられています!」


 うん、とクラウスは深く頷いた。


「そこがイーリス様の言う運営費の水増しに使われているのではないでしょうか。私としては、ぜひとも打ち合って調べてみたいところですね。そちらの可能性が証明されれば、ヴォイルシュ卿の傷は痛いだけでは済まないでしょう」


 イーリスの想像する展開としては悪くない。彼女は顎をさすり、ゆっくり考えながら、今後の流れを頭の中で整理していく。


「……となれば、やっぱり借用証は必要だな。クラウス、身を隠せるような大きいローブを用意してくれ。目立たないようにサロンへ行きたい」


「ほう。まさかヴォイルシュ卿が出入りしている賭場があるのですか」


 いつもの笑顔だが、今は何を考えているかがよく分かる。騎士である者が賭場へ出入りして賭けを行うのは違法ではない。ただクラウスとしては、同じ騎士団長を務める者の矜持に欠ける行為だ、と内心で非難するほどだった。


「わかりました。では本日はお忍びで町に出られるということにいたしましょう。第二騎士団は城内の巡回が多いので我々は接触できませんが、メイドに声を掛けて用意させます。その方が自然で彼らに意図を勘付かれにくいはずです」


「さすが騎士団長様は気配りが上手いな。頼りにさせてもらうよ」


 ニコッ、と得意げにクラウスが微笑む。


「それでは後ほどお会い致しましょう。いつまでも話していては、そのうち誰かに見つかるやもしれませんので、私は先に失礼します」


 クラウスが立ち去ると、数分待ってイーリスたちも中庭を出た。城内の慌ただしさはメイドたちを見ていれば分かる。三日間の祝宴は年内で最も忙しい。他国からの賓客が来たときよりも、ずっと客の数が多いのだ。


「この忙しさだとクラウスの言った通り、分からなさそうだな」

「ええ。……まさか、ここまで大きな問題が見えてくるとは」

「一度でも甘い蜜の味を知ったら抜け出すのは楽じゃないのさ」


 小馬鹿にするようにイーリスが小さく鼻で嗤った。


「ま、それも明日には全部終わる。何も知らずに朝を迎える奴らの間抜けな顔を拝めないのだけが、ちょっとばかり残念だって思うよ」

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