14.同二十九日、聖ペトロと聖パウロ使徒の祭日。
私たちは無言のまま丘を降りた。十字路で、支援のマルコ隊と合った。マルコは私を見て大声で呼んだ。
「おい、三川閣下! 大勝利だ、大勝! ――つーか、敵の大将はどうした?」
そして面識のないモンゴル人三人を、神妙な顔で見つめた。
「マルコ、こちらはジョチ様のご次子、跡継ぎのバトゥ様です。そしてバトゥ様……」
バトゥは不機嫌そうに私を見た。
「兄貴と呼べないのか?」
笑ってうなずいた。
「――義兄弟のバトゥです。そして兄貴、この方ですが、トゥルイ様の書状をストーリアまで届けてくださった、その方の臣であるマルコ・ポーロ様です。」
バトゥはうなずき、スブタイとジェベはそれぞれ馬を降りた。
ただ耶律楚材は神妙な顔でマルコと目を合わせ、そして二人とも大笑いした。
「まさかといえば、そのまさかでしたね……」
「そうですよ。だから一年間まったく姿が見えなかったわけだ。いかがです、晋卿殿。ご納得いただけますか。」
「晋卿」と呼ばれた楚材は手を頭に当てて、笑いながら首を振っていた。
「また戻られるのですか?」
マルコは頭を掻いて、汗が真夏の昼の陽射しに乱反射した。
「私は理解できますからご安心を。故国なんて、もうありませんが……あるのならいいですね。」
「トゥルイ様はともかく、クビライ様はお喜びにならないでしょうが、しっかりとその活躍をお伝えして説得しましょう。」
「ちなみに、高麗帽子が欲しければ、また贈りますよ。」
マルコはうなずき、一礼した。
そして耶律楚材は、マルコについてバトゥたちと立ち話をしていた。するとマルコは妙な微笑みを浮かべて、惣菜をじっと見た。惣菜は自ら前に進み、耶律楚材の手を舐めた。
「うわ! あっ……! お前か。」
私は何かを理解した。そして耶律楚材を見つめた。
「あはは……」楚材は恥ずかしそうに笑って、話を途中で切った。
「そうですね……お察しの通りかと思いますが……この馬は、クビライ様の愛馬で、もともとこの耶律楚材の名に因んで、ソウザイと呼ばれておりました。」
そして耶律楚材は苦笑した。
「ただ、どうしても誰にも従わないので、ジョチ様のもとに送って、良い騎手を探してもらおうとしたのですが、まさかストーリアの公女……いや、騎士様に懐くとは。」
ジェベは鼻を鳴らし、首を振って、惣菜に近づいた。手振りで私に降りるよう促し、自ら乗ろうとしたが、惣菜が突然飛び出してジェベは辛うじて軟着陸した。
「ほら、ご覧の通り。だからお主とこの馬には、何かしらの天命の繋がりがあるのだと思います。自分にはさすがにわかりませんが、お主自身でその訳を見つけたら教えてください。」
「それに、」顔を赤らめたが、楚材は言い続けた。「お主が好きな名前を付けてほしいのです。――認められた主として、当然のことですが。」
私は黙って、そして微笑んで、ヴォレール殿下の言葉を真似た。
「たぶん、何か本質的なものが通じているのでしょうね。」
惣菜は嬉しそうに地面を掘った。なぜか四つ葉のクローバーが生えているようだった。この子は伏せて、クローバーを食べ始めた。
しばらく立ち話をして、スブタイとジェベはようやく甲冑を脱いだ。マルコの主力もここに到着すると、二人は汗を拭きながら驚いた兵に酒を求め始めた。
二人の初老の男のその様子を見つつ、私たちは城内へ出発した。
城内に近づくと、スブタイが目線でバトゥに合図し、バトゥは察してクナンの首を惣菜のもとに繋いだ。
「こうすれば、叔父の件もクナンの件も、内紛ではなくなりますから……」
前方のジェベが軽くうなずき、両側の髪から川のような汗が土の道に滴り落ちた。
占領されていた村を通過した。一見、傭兵隊が中で戦利品を集計しているようだったが、よく見るとほとんどは馬を試しに乗り回していた。数百枚の金貨を掴んでは空に放り投げ、地面から拾ってまた投げ上げるレオとヤコポが、村の入口にちらほら見えた。監督していたドーリアは不機嫌そうに眺めていた。そして私たちに気づき、険しい顔で手を振った。
「ご覧の通りだ。」
と言いながら、後ろのモンゴル人たちを見つめた。レオとヤコポは声を聞いて慌てて金貨をさておき、こちらに駆けてきた。
「主よ! 三川閣下、ご無事でよかった。ああ……手柄も上げたんですね、これはこれは。」レオは惣菜の前まで走った。ヤコポはその後ろのモンゴル人たちに好奇の目を向けた。
レオが振り返った。「この方々は味方でしょう。さっき、後ろから駆けつけたモンゴルの指揮官たちですね。」
「待て。」私は聞いて、何かが引っかかった。「なぜそこまでわかるんだ。」
レオが視線をそらした。「あの……大聖堂の上から手旗信号で指揮を取っていたので……」
「何だと?」私は怒った。「あんたは城内にいたはずだろう。しかも城内から大聖堂の上は見えないだろう。説明しろ!」
ヤコポが逃げようとしたレオを捕まえ、苦笑した。
「だから、ばれないわけがないと言ったんです。――今日は私が代わりに、ロンバルディア連合だけでなくジェノヴァ国軍まで指揮を取っていました。」
私は深く息を吸い、落ち着かないレオを指さした。
「スピノーラ、前回は訓練中に乱射、今回は戦場離脱ですね。トッレにもお話があります。――賠償を請求しますよ、絶対に逃しません!」
レオはヤコポとともに両手を広げ、「せっかくの大勝利なんだからやめてくれ」と叫んでいたが、私は無視して二の丸へ向かった。
二の丸東門に着くと、味方はすでに休んでおり、捕虜は倉庫に集められていた。二重門の前でティルーンとクレータが私たちを見つけ、喜んで殿下へ報告した。すると殿下が赤黒い甲冑を着けたまま、二の丸本殿から歩いて出てきて、腕を組んだ。
「何です、三川。ずいぶん時間がかかりましたね。」
そしてその目をわずかに開いて、後ろのモンゴル人たちを見た。
「そこの、王者の気品を持つ若者がバトゥ殿でしょう。――うちの三川は、ずいぶんお世話になったようですね。」
バトゥは慌てて馬を降り、礼をした。モンゴルの将軍たちと楚材もそれぞれ礼をして、挨拶と謝辞を述べ、殿下と言葉を交わした。
クレータとティルーンが私を見て手を差し出し、降りるのを助けてくれた。
「貴方様、ご無事でよかった。ヴェローナは捕虜に水と食糧を分けていますが、すぐにお伝えしましょう。」
ティルーンは馬の前の首にようやく気づいて、私と隣のバトゥをもう一度見比べた。
「バトゥ様を解放して、スブタイ以外の千人隊長を討ち取ったのですね。素晴らしいことです。」
私は不意に笑い出した。ティルーンは嫌そうな顔を作り、やや冷ややかな声で続けた。
「器の小さい人。――して、大将は?」
これを聞いて、殿下とバトゥも会話をやめ、こちらにわずかに顔を向けた。
気づかれないうちに、スブタイとジェベはそれぞれ目を合わせ、脱いだ甲冑ごと倉庫に逃げ込んでいた。耶律楚材がその二人を見送った。
私は微笑んで、こう答えた。
「手柄にはなりませんが、乱軍のうちに流れ矢を受けて、死んでおりました。」
殿下は軽く笑い声を漏らした。
「どのような乱軍でしょうか。」クレータがアーモンドの目を細め、不意に問いかけた。すると隣の楚材が馬を降り、髭を整えながら微笑んでこう答えた。
「武士一人、黒駿一匹、弓一張、矢五射のみ。」
バトゥがスブタイを一瞥し、遠くのジェベとスブタイは嘆きながらうなずいた。
殿下と侍女二人の視線は、意味深いものだった。
「光は少し休みなさい。モンゴルのバトゥ・カン様と話が……カン様とお呼びすればよいのでしょうか。」
「ああ、構いません。」ジェベが立ち上がり、手を振った。
「もう決まったことです。このジェベが今回参ったのも、チャガタイ様のご裁定をお伝えするためでした。カンの位を継ぐことが認められました。」
バトゥは喜びとも言えぬ表情で、うなずいた。
「ならばよい。まだ処理されていない戦利品とバイク部隊の捕虜はお返しするつもりですが、敵意の高い跡継ぎだと困りますからね。明日、あなたたち自身で持ち帰ってもよいですよ。」
バトゥは驚きの目で殿下を見つめ、そして真剣な表情で一礼した。
「この仁慈、忘れません。」
スブタイが近づき、顔を掻きながら尋ねた。
「そういえば、ウグデイ勢はどうする。」
殿下は横顔で冷笑した。
「さあな。」
「お願い申し上げます!」ジェベが礼をし、両手を握りしめた。「ぜひとも、このジェベにお預けいただきたい。今さら恥知らずと思われるかもしれませんが、たとえ勝てぬ相手であっても、義兄弟の盟約を結んだ以上、今後は兄弟の約束を改めて確認し、これらの兵士を二度と貴国の土を踏ませぬよう、天神の名のもとに誓います。」
ジェベもスブタイも礼をし、バトゥは頭を深く垂れた。
「ふふ、そうですか。私はウグデイ勢だけは返したくない――と言ったら、どうしましょうか。」
殿下は半ば笑いながら、困惑するジェベとスブタイを見渡し、目がバトゥで止まった。スブタイが「ああ、天神さまよ」と呟いた。
バトゥは歯を食いしばり、ようやく冷徹な表情で固まって殿下に答えた。「構いません。私は、その覚悟ができています。」
「本隊の者たちがいれば、いつでも再起できます。」
ジェベが重くうなずき、バトゥの肩を掴んだ。
「そうだ。先帝を打ち破り、白口黄馬まで射殺されたあの戦いを思い出せ。」
「先帝は仁義をもって、残りわずかな兵で再び立ち上がった。あの時と同じだ。そしてもっと多くの白口黄馬を、それがしがお渡しした。」
「きっとできるだろう。」
殿下は不意に笑って私を見た。すると私は察してうなずいた。
「わかりました。それでは、捕虜のウグデイ勢を当面の援軍として、しばらくお預かりします。」
「え?」モンゴル人たちは驚いたが、すぐに悟って笑い出した。
耶律楚材だけがつまらなさそうな顔で私たちを見ていた。
「参った、この人たちは。」と呟いた。
「それは困りますね。彼らにも財産がありますから……」バトゥが細い髭を触りながら口角を上げた。「そういえば、家畜で賠償するのはどうでしょう。一人につき馬三頭、羊十頭ほど。」
殿下がうなずき、切れ長の目をわずかに動かして私に向けた。
「かしこまりました。後はバトゥ様と……」
楚材が続けた。「この楚材は中書令……秘書官ですが、よろしければこちらにお任せいただきたい。」
答える間もなく、後ろから元気いっぱいの声が聞こえた。殿下はバトゥと引き続き捕虜の返還などについて長い話を続けたが、皆の視線はやはり、後ろから私を抱きしめるヴェローナに集まっていた。
「にぃさん!」ヴェローナは私をぎゅっと抱いて、そしてすぐに離れ、嫌そうな声で文句を言った。
「なんで光にぃさんの背中から、滝のような臭い汗が出ているの?」
仕方がない、真夏だから。
「これは……弟君の妹君でしょうか?」バトゥは殿下との話を切り上げ、少し身を屈めてヴェローナと目を合わせた。
「まさか兄弟姉妹ですか……」と呟いた。
ヴェローナは怪訝な目で私の後ろに隠れたが、バトゥは楽しそうに手招きした。
「ほら、見てください。聖教の修道者ですね。これぞ正真正銘の修道者でしょう!」
「バトゥ……様? バトゥ様も、我が聖教にご関心があるのですか?」
ヴェローナは笑って後ろから出てきた。手を腰に当てている。後ろからトカも姿を現した。
「ああ……バトゥ様。ここでは、ジョンと名乗ってもよいのですよ。」
バトゥが十字を胸に切った。「そうです、我が名はジョンと申します。こちらの聖女様にも、主のご加護をお願いいたします。」
「そうですね。では、聖母マリアの御名のもとに……」ヴェローナは楽しそうにバトゥに祝福を与えた。
「ああ、これはこれは……」スブタイとジェベが神妙な顔で、ただし間違った作法で十字を切った。耶律楚材は感慨深そうに毛筆を懐中から取り出したが、しばらく何かを探してから、やがて諦めたような顔で見守っていた。
「感謝申し上げます。」バトゥは微笑んでヴェローナに頭を下げ、そして言い続けた。「よろしければ、神様の祝福もお願いしたいのですが!」
「え? さっきのは……」ヴェローナが大きな目でバトゥを見つめ、そして何かを察したような複雑な顔で彼を見た。
「なるほど、よいですよ。ただ一つだけお願いがあります。」ヴェローナは穏やかな声で続けた。「我が教会にも移っていただきたいのです。教義自体に大きな差はありませんが、このヨーロッパの民は皆、東方教会とは違って聖母の神聖を信じていますから。」
私は話を遮りたかったが、バトゥは目を輝かせ、笑ってヴェローナの帽子を軽く触った。
「構いません。天神への信仰の形と解釈は、人それぞれです。」
これを聞いて、ヴェローナはようやく微笑みに戻った。そして私を見て笑い出した。
「にぃさん! よく頑張ったね。私は傷ついた人たちを助けに行くので、また後でね!」
そして近づいて、囁いた。
「ヴェネツィア商会の件ですが……」
私は凍りついた。ヴェローナは表情を整えて後ろへ手招きし、城内に戻った。
年長の男たちは父親のような笑顔でヴェローナを見送った。ヴェローナを連れてきたティルーンは、私のうなじに鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、冷ややかな声で命じた。
「風呂したらかえて。」
仕方なく一礼し、ここのモンゴル人たちを殿下に任せて、居室で新しい服と布巾を取り、また惣菜に跨った。
河川敷はすでに大勢の兵士の水浴び場になっていた。やむを得ず北の狩場に入った。そこには滝が一つあり、滝の下に湖が一つあった。
そこで、私は服を脱いだ。
束ねていた髪もようやくほどけて、滝のように腰まで垂れた。
自分の体を見て、複雑な心境で胸を押さえ、水鏡に映る自分自身を見つめた。後ろの森から、鳥の囀りがゆっくりと聞こえていた。
足から水に入り、冷たさに慣れてからようやく全身を沈めた。耳に、声が聞こえた。
「一人前の男子が、細くて綺麗な顔をして。」ヴェローナの冗談交じりの声だった。
「自分の本質を見て、無理をしないことも大事。」殿下の声だった。
「栗毛の牝馬を見つけたと報告した。ところが届けられたのは黒毛の牡馬。」あの「退之」という人物の声だった。
「お前が俺の女になるなら、満足させるぞ。」死人の口が開いた時だった。
「もういいですから! 男の人は、みんなこう騙してくるのでしょう。」ヴェローナの怒りだった。
そして私の心の声だった。
演じるべき役を、演じ切れる。それだけだ。
しかし、いくら認めたくないとしても、体は変わらないのだ。
私は手で胸を抱え、その大きさがやはり気になっていた。
出世のためにも、今の私は男を演じたくない。過去の私なら月のように扱われたはずが、今の私なら女としても、太陽のごとく天下に示してもよいのだろうか。
と思って、深く息を吸った。
そして声が聞こえた。
まさかこんなところまで人が来るとは、さすがに怖い。しかも武器も持っていない、裸の今。
私は慌てて滝の下に隠れた。
そして姿が現れた。――しかし、クレータとヴェローナだった。
これはだめだ。四面の囀りが楚歌に聞こえた。
「どうしよう……」と思うまもなく、楽しそうなクレータはすでに服を脱いでおり、恥ずかしそうなヴェローナもようやく脱ぎ始めた。
この状況では、正体がばれたら最悪の極みだ。私の鼓動は滝の音よりも大きく聞こえた。幸い、滝の水幕の向こう側の私はそう簡単には見つからなかった。
ただ悪い事は常に、最悪まで悪化する。
惣菜が楽しそうにクレータに近づいて、その髪を舐めた。ヴェローナの驚きの声、笑った顔、そしてクレータが警戒して見渡す眼差しが、ここから丸見えだった。
「どこだ! 三川、出てこい!」
ヴェローナが驚いた顔でクレータを見て、馬の上の服を見た。
「クレータ姉さん……その……もしかして光にぃさんが何か事故に……」
「そんなわけがない。」クレータは険しい顔で周囲を見渡した。そして手を胸に当て、湖岸から滝の下へ近づいてきた。惣菜が楽しそうに彼女をこちらへ導いた。
何をするつもりだ。
だめだ。本当にだめだ。私は慌てて顔の半分まで水に潜ったが、すぐにクレータが目の前で止まった。
「ここにいるのでしょう。――自分で出るか、私に引きずり出されるか。」
冷ややかな声。私は終わった。
やむを得ず、手を挙げて滝の水幕から出た。
「へんたいーー」ヴェローナは私を見て、叫び声がローマまで届きそうだった。
「貴方様の首、ここで討ち取ります。絶命詩は……ん?」
クレータの怒りに満ちた声が途切れ、不思議な顔で私の長い髪の先まで見つめた。
「光……さま?」
ヴェローナが私を指差し、目を閉じたまま大声で叫んでいた。「この変態騎士!」
「いや違うんです、話を……」
「神への冒涜な人!」
「それは……」クレータは狩人のような自信に満ちた顔で、軽く唇を舐めた。
ヴェローナとクレータの顔の中で、どちらが怖いかといえば、私の顔が一番怖かっただろう。
「だから話を……」
ようやく落ち着いて、不思議そうに私を見つめるヴェローナ。左手で私の肩をなぜか触っているクレータ。そして真ん中で座り込む、恥ずかしい私。
「つまり……光にぃさんではなく、ひかり姉さんなの……」
「ごめん、黙って騙し続けた。」私は声がほとんど出なかった。
「なるほどね。だからおかしいと思っていた。なぜか毎月のように体調を崩して、誰にも看病を許さないのだから。」クレータは得心した顔でうなずき、私の耳に囁いた。
「でもね、貴方様への気持ちは変わらない。むしろ女同士なら、お互いの理解を深める良い機会ではないですか。」
「え?」目には見えないが、私の顔はたぶん真っ赤だった。急いで右に身を躱した。
「むしろ好都合でしょう……ふふ。」
ビザンツの公女とはこんなにとんでもない人だったのか。
「こ、これはソドムの罪です!」ヴェローナは声を震わせて指差したが、クレータは立ち上がって私たちの真ん中に陣取った。
「あら、ソドムの罪は男たちの罪でしょう。ねぇ、ヴェローナちゃん。」
「そそそそれは……そう、聖アウグスティヌスが、それはだめだと仰ったのです!」ヴェローナは丸くなった。マルコと呼ばれても似合うほどに丸い。それでもクレータは彼女の耳に囁いた。
「あら……アウグスティヌスとは、女遊びをした挙句、私生児まで儲けたあの男のことですよね。そんな崇高な先例を作ったお方に倣って、私たち女同士はどうすればよいのでしょうかね。」
息が吹きかかり、顎を掴まれた。
だ、だめだ、クレータの前では男はさておき、女ですら……
太陽は赤く、鳥の囀りは止まず、森には無数の木々、水は涼しい。
私たちは顔を赤くしたまま、気分転換に話題を変えた。
「そういえば、ヴェローナの出身地は……」
「シチリアという王国です。南イタリアの……それに、1182年の顕現日に生まれたと教会の記録にありました。」
「私はコンスタンティノープルの記録によれば、1179年の9月8日でした。」
ヴェローナは首を傾げ、大きな目でクレータをじっと見つめていた。
「え? なかなかいい誕生日ですね、クレータ姉さん。」
クレータは溜息をついた。「ビザンツ公女としてでなければ、そうですね……そういえば、三川は出自について何も話していなかったけれど……」
「私は……」
私は手で頭を押さえ、記憶をたぐった。
「私が覚えているのは、小さい頃に僧に言われたこと……山城の国で、寿永の改元の年に生まれた……と。」
「やましろ、じゅえい……?」クレータが繰り返したが、意味のわからない言葉に首をひねった。
「日本という国の都で、十九年前の年号です。数え年で二十一歳と言われました。」
ヴェローナは不思議な顔で聞きながら、私の手を握った。
「世の中には、いろいろなものがあるのね……」
「それに、いつ国を離れてここに来たのですか?」
私は眉をひそめた。
「文治の改元の年に、なぜか急いで南洋というところまで連れていかれて、そこで音楽の演奏役として働いて……いろいろな覚えていない国を経て、やがてここで殿下に取り立てられた……」
「そこから男を装って。」ヴェローナが推察し、私はうなずいた。
クレータが高い鼻を押さえて、何か考えているように呟いた。
「取り立てられたとは……」
「ヴェローナも同じだった……」ヴェローナが気づいて続けた。
森が沈黙に包まれた。やがてクレータは首を振って、布巾を取りに行った。
「わからないことが、一気に増えたね。」
そして振り返った。
「でも別に、やるべきことは変わらないでしょう。ね、光ちゃん、ヴェローナちゃん。」
私は不意に呼ばれて、恥ずかしさの中から弱い声で答えた。
「はい。お姉さま。」
「ひかり姉さん……」ヴェローナが呟いた。そして笑って、私の背中に抱きついた。
「いいですね! 姉さん、お姉さん!」
私は慌てて彼女の手を掴んだ。
「だから、他の人の前ではにぃさんと呼ばないと!」
私たちは笑って服を着て、城内に戻った。
不思議そうな顔で、マルコが一頭の馬と二頭のロバの組み合わせを見ていた。私は他の人たちのことを尋ねた。
マルコは肩をすくめた。「キリスト教に帰依した捕虜は教会に、他の捕虜はカン様にお任せした。あのジェベという巨漢が輸送隊を城内に案内していて、スブタイ様は南市で見物しているようだ。ただ一人の……あの、髪型がまともに見えた奴……」
「耶律楚材?」私が助け舟を出した。
「ああ、そうそう。あいつはなぜか、城下で幽霊でも見たような顔をして、突然裏路地に駆け込んだが、諦めたらしく、精錬場に向かったようだ。」
「幽霊なんて存在しません。」ヴェローナが不機嫌そうにマルコを叱った。
マルコは両手を広げた。「あくまでも比喩表現だから勘弁してくれ。」
クレータが私の顔を見て、腰をつついた。
「うわっ?!」
「何か心当たりがあるのでしょう。」
私はうなずき、そして首を横に振った。
「正直なところ、わかりません。」
「おっ、そうだ。今晩は宴会で、改めてモンゴル帝国との同盟の調印だそうです。殿下は三川閣下に任せると仰っていました。うん!」
私は驚いてマルコを掴んだ。
「待ちなさい。まずそれを言うべきだろう?」
マルコが目をそらした。「いや、だから、三川閣下が他の人について聞いたから……」
どこかのジェノヴァ貴族と変わらなかった。
私はクレータとヴェローナと一緒に侍女たちを呼び出し、山崎屋とモンゴルの輸送隊へ酒などを手配した。
ようやく夜になり、同盟の調印を無事に終えた。
無期限の攻守同盟を確認した上で、それぞれの領地とモンゴルの附属国を確認した。各方面の意見をまとめて、いくつかの条項が追加された。
モンゴル側は、ストーリアの金属精錬能力を商人より優先的に利用する権利、ストーリアの手形決済取引を使用する権利、モンゴル商人の登録と補給などが保証された。キリスト教に帰依したモンゴル人五十名と「援軍」の三百名以外の捕虜とその財産は返還された。
他方、ストーリアは、今年モンゴルに服属したルーシ諸国の上納食糧から一万石を援助として受け入れ、モンゴル帝国領内への通商と商会設立が認められた。そしてモンゴルからの皮革・家畜・貴金属などの諸品類の市場を、東の宿場町に新たに開設する約束も交わした。
そしてようやく、宴会が始まった。
マルコと年長の将軍たちとバトゥが酒を競い合ったが、すぐに全員が横になった。私と中書令・耶律楚材だけが首を振り、席で関係文書の処理を始めた。
やがて耶律楚材は筆を止め、嘆息した。
「故国が亡くなった今、ストーリアの健闘を見て、感服いたします。」
ティルーンが跪いて水を差し出し、楚材は一礼した。
「そして、かつて同じ国にいた頃、同じ科挙試験……つまり任官の試験を受けて、しかも優勝を取った人物が、この地にいることを知りました。」
殿下が近づいて椅子を取って腰を据え、楚材に顔を向けた。「どのような御仁でしょう。」
蝋燭台を持ち上げて顔を照らし、また机の上に置くと、ようやく楚材は遠くを見るような目で空を仰ぎ、嘆きながら答えた。
「その人は背が高く、肌は白く、容姿は端正で、眼差しは山の如く、仙人のような天文の知識と優れた儒学の才を持ちながら、英雄の力にもなり得る内政と軍事の奇才でした。なお聞くところによると、亡国のゆえ二度と他国に仕官しないと誓ったとか。――その名は張謙、字は退之、金国中都の人です。」
私と殿下は目が合い、不思議な顔で何も言えなかった。
「ですが、彼から漢詩を一つ託されました。相応しい方と一緒に読んでほしいと……」
楚材の懐から紙が一枚出た。私は近づいて読み上げた。
「江漢争流桃葉晚,卧衾方定馬蹄寒
沙丘禍起山東挙,六鎮鷹揚建業残
豪杰志非崇古義,伊姜命在革新般
人生休效庾开府,痛恨平陽行路難」
訳しながら読み続けた。
「江漢の川が競うように流れ、桃の葉が夕暮れに染まるころ、
寝布団に入ったばかりなのに、遠く馬蹄の冷たさが伝わってくる。
沙丘にて禍が起こり、山東で諸国の兵が挙兵し、
六鎮の英雄は鷹のように舞い上がり、建業の地は荒れ果てた。
英雄豪傑と呼ばれる者たちの崇い志も、古い義を尊ぶわけではなく、
伊尹や姜尚のような名臣の運命も、革新の天命のために在る。
人生、庾信のように嘆くべきではない。
晋の皇帝が平陽へ向かう道の無念さを思えば、ただただ痛恨の念が募る。」
「失礼。これは……」クレータが後ろから聞いて、頭に手をやった。
「そうですね……一つ一つ解き明かしましょうか。」楚材が私のほうを向いて紙を渡した。
「えーと、まず最初の句ですね。江漢とは二つの河で、流れは歴史の比喩として使われたのでしょう。桃の葉は……」
楚材がうなずいた。「楽園の意味でしょう。桃源という、戦乱を逃れた村の伝説がありますから。」
私は不意に微笑んだが、殿下の鋭い目に捉えられた。
「次の句はわかりやすいですね……」私はロビンフッドが駆け込んできたあの日を思い出した。
「そして次。」
「沙丘ですが、秦の始皇帝が崩御すると、本来の跡継ぎの長子が次子によって死を賜わり、そして山東の征服された国々が挙兵して、あの帝国をわずか三代で滅亡に追い込みました。」
皆が黙っていた。
「六鎮とは……」
楚材が続けた。「中華には南北が対峙した時代がありましたが、その北朝の辺境の旧貴族たちが反乱を起こし、やがて新しい国を作りました。ですが……」
私は思い出した。「そして敗れた軍閥の一人が南朝に降っても疑われ、ついにはその都・建業を攻めて、南朝を衰えさせ、やがて滅ぼした。」
「北朝の内紛が、南朝の滅亡につながると……」殿下は考え込んだようだった。
私はうなずいた。「そして次は、英雄は新しい世を作るべきだと……」
「違いますよ、光閣下。もう一度読んでごらんなさい。」
私はもう一度確かめて、微笑んで認めた。
「そうですね……実は、英雄の補佐役、つまり宰相であった伊尹・姜尚こそが、新たな事業を興すべきだと……」
「その通りです。」楚材が筆で「伊姜」に点をつけた。クレータが興味深そうに手を伸ばし、楚材がその紙を渡した。
「そして最後は……」
「『庾信』という人物が、建業――実は建康と呼ばれましたが――それが陥落すると、北朝に抑留されて嘆きの散文を書きました。その中に、晋の皇帝もまた北方の異民族の都・平陽に連行されて宮中の使用人にされ、やがて殺されたことが記されています。――庾信もまた、栄職を得ながら南朝には帰れませんでした。」
「実は悲しいのですね……」クレータが呟いた。
殿下は深い思索に沈んだようだった。
私は不意に口を開いた。「しかし、これは誰を、何を意味しているのか……」
皆が黙った。その静寂が答えなのかもしれない。
「沙丘までは私たちの話だったようですが、その後は……」
ティルーンが深く息を吸って話題を変えた。
「料理が出てきたようです。ヨーグルトだそうですよ。」
楚材は微笑んで受け取った。
私はその紙の裏面にこう書いた。
「大君の 民のまほらに 守らむと ひとつの命 惜しむものかは」
と記して、楚材に返した。
そして私たちは、勝利の一日を宴会で終えた。
翌二十九日、雨上がりの曇りだった。聖ペトロと聖パウロ使徒の祭日。
ドミトリーが報告してきた。
「祭日はうまくいかないかと思いましたが、ハンガリー側で待機していた商人がモンゴルとの同盟の件を知って、どうしても入城したいと申しております。」
私は受け入れを許可し、今季の商会登録料をきちんと徴収するよう命じた。
「失礼いたします。」ハイデも秘書官室に入り、手紙を差し出した。
優美な書体で、古典的な文法。手紙にはこう書かれていた。
「尊敬なる秘書官へ、
一匹の男の責任を果たせよ、高貴なる女性を守る日がお訪れたり。
そして風雲急を告げたら、また今度お目に掛かり致す。
そなたの友人、ヘリワード・ロビン」
私はうなずき、ハイデの身の置き所についてしばらく話した。
そしてヴェローナが礼拝堂から出てきて、私の隣に座った。
「ひかり……にぃさん。」ヴェローナはハイデを意識して、慌てて呼び方を変えた。「外交文書ですが……そちらに。」
私はハイデを見送り、読み始めた。
いずれもハンガリー軍に阻まれていたものが、昨夜ようやく西側が解放されて届いたらしい。
見てみれば、皇帝は内戦に突入し、北イタリアと北ドイツで一進一退だという。あくまでも勝利者側の通告によればの話だが。
そしてラテン十字軍はブルガール人に宣戦布告を送ったが、なぜか戦にまでは至らなかったようだ。
北方面では――ガーリチ公国の家系が途絶えたようだった。
そして殿下からの呼び出しの鈴が鳴った。
「にぃさん、一緒に行こう。」
私はうなずき、クレータに留守を任せて、ヴェローナとともに殿下の書斎へ行った。そこには苦しそうな顔をした傭兵隊長の二人がいた。
そうだ。金帳汗国との戦いは、すでに終わった。
しかし、我らの戦いはまだ終わらない。
文治十六年、A.D.1201の真夏、聖ペトロと聖パウロ使徒の祭日。金帳汗国と同盟を結んだストーリアは、次の標的へと踏み出した。
復讐だ。




