11.June.1 ガーリチ公ウラジーミル薧。
注曰く:諸侯の死は「薧」と曰く。ウラジミールには嫡子がなかったので、ルーシ諸国の西南におけるガーリチ公国のロスチスラフ家は、これで途絶えた。因みに、北のウラジミール大公国の大公・「大巣」フセヴォロドが保護者だった。隣国の事情だから、史書に載せた。
又、去年、キエフ大公の東のチェルニーヒウ大公・ヤロスラフが薧した。イーゴリ公が其れを継ぐ。
目が覚めると、もう寝床に寝かされていた。頭がひんやりとして、外着は脱がされており、ヴェローナが冷水を浸した布巾で額を冷やしてくれていたようだった。
「光にぃさん! 良かった……」ヴェローナはほっとした様子だった。
私は動きたくなくて、紅色の天井をじっと見つめ、呆然としていた。なぜ話したくないかといえば、半分は疲れ切っているから、半分は情けないからだ。
「にぃさん。ヴェローナは、とても心配していた。にぃさんは家族だから。」ヴェローナは大きな目で私を見つめて、口をぎゅっと結んでいた。
その無邪気な目が心配を伝え、その口は私の強がりを責めていた。
「ごめん。ヴェローナ……でも、自分は頑張りたいと思うから……」
ヴェローナの目尻が下がり、鬱々とした表情で、私から目をそらした。頭の下の白い枕を見ているのだろうが、ただ私を見たくないだけだと思う。
「にぃさん……いつも通りですけど……」
ヴェローナは何か言いたげだったが、やがて唇を結んで、柔らかな手で私の額に水をかけ、無言のまま黙り込んだ。
「ヴェローナちゃん……本当に、ごめん。」私は詫びたいのだが、言葉はこの体ほど無力だった。天を仰いだまま、人の手で看護される私には、詫びですら口先だけだった。
「何のために……」
ヴェローナは首を振って、手を私の肩に向け、白い下着を脱がせようとした。
私は慌てて、ヴェローナの手を掴んで止めた。
「ヴェローナ、私は、自分で……」
「できる……のですか。」ヴェローナは嘆いた。そしてこう呟いた。
話を続けようとした時、扉の外から声が聞こえた。ヴェローナが開けると、レオだった。
レオは、先ほどの無礼を気まずそうに詫びて、「お加減はいかがですか」と簡単に挨拶を交わした。
そしてジェノヴァの近況について話し始めた。
「先月、あの皇帝フィリップをシュヴァーベンまで追い出しましてね。危うくミラノが落城するところでしたが、あの日こそ我が弩兵の力を示す時でした。一日で十五万本の矢を放ち、ドイツ兵がまるで歯が立たず、わずか一日で総崩れですよ。いやぁ、実はあなた方ストーリアのおかげでしてね。あの傭兵料のおかげで、矢を早めに補充できたのです。」
レオの自慢話とはいえ、倒れたまま聞かないわけにもいくまい。腹の痛みは消えないが、やむを得ず私は座り、微笑んでうなずきながら、レオにとって楽しい時間を過ごさせた。
ヴェローナはしばらく黙って見ていたが、話が一段落すると、レオを送り出した。
体がますます重く感じられた。
ヴェローナは軽く嘆息し、声を発した。
「光にぃさん。ヴェローナ……私を、家族と思うのですか。それとも……ただの修道女だと思うのですか。」
答えようとしたら、すぐにまた扉の外から声が聞こえた。ヴェローナは不機嫌そうに「お入りください」と告げたが、クレータを見ると少し笑みが浮かんだ。クレータは頭を下げ、後ろのヤコポが大袈裟な顔で両手を広げ、私のほうに歩み寄った。ヴェローナは窓辺に退いた。
「三川閣下! まさか重病の中で私たちをあんなにあっさり破るとは。素晴らしいとしか言いようがない、さすが騎士様だ。我らミラノの勇者にも引けを取らない。感服いたします。」
言いながら大袈裟な身振りをしていた。
感情的にはありがたいが、また座らされた私には、早く終わらせたい気持ちしかなかった。
相変わらず、ミラノの戦況を話していた。聞けば、ミラノ軍が陣形の崩れたフィリップ軍に斬り込み、軍旗を二つ奪ったという。「大した手柄だった」と言って、ヤコポが親指で曲げた中指と人差し指を往復させ、大きな口笛の音を作った。
「いやいや。それでも、褒賞金は一切なかったのです。ストーリアとは比べものになりません。」感謝の気持ちを込めた話を聞いて、私もヴォレール殿下の御恩を讃えた。
ヴェローナは窓辺から戻り、まだ話を続けたがるヤコポを扉まで送った。
クレータはその様子を見て呟いた。
「貴方様は、無理しないほうがいいですよ。」
ヴェローナは扉を閉め、クレータをちらりと見て軽くうなずいた。私は顔を横に向け、無気力に二人を見ていた。
そして扉の外からまた声がした。マルコらしい。ヴェローナは深く息を吸い、扉を開けた。
マルコは慌てた様子で私の手を掴んだ。クレータが無言で彼を座らせた。
命に別状はなく、ただ疲れて腹が痛くなっただけだとマルコに伝えた。マルコは安心した顔をして、またどこからか聞いてきた「霊薬」を教えてくれた。なぜか百草丸とまったく変わらないもので、中にはキハダの皮が入っているらしい。
このあたりではキハダを一度も見たことがないと言うと、マルコは残念そうだった。私は感謝し、そしてマルコからいくつかの白樺皮の文書を受け取った。見てみると、やはり本日の配給物資の調達書だった。
「ヴェローナに任せてもよいのですが」と言われたが、私はただ座ったまま、手のひらをヴェローナに見せて、自ら署名捺印したいと示した。
すると、ヴェローナはまた一つ息を吸って、扉を開け、印鑑を取りに行った。
クレータが私を一瞥し、そのアーモンドのような目から不安が読み取れた。
「時には、ヴェローナに任せてもよいのでは。」と、ようやく堪えきれなくなったように本音を漏らした。
私は苦笑しただけだった。殿下の命令がない限り、自分で責任を果たさないなどということは……
それにヴェローナが戻ってこない間、マルコと世間話をした。なぜか、毎日配給している物資が、毎日の人数分より三十石ほど多く支給されているらしい。
「誰かが生活に困って、やむを得ずしたのかもしれません。」マルコはそう推測した。
私は首を横に振った。
「それは違う。城内にいる以上、少しの不足もないはずだ。――不正をしている民か……もしくは兵士か。」
「あっ、そうだ。確かに、修道女たちの記録した人数を合計すると、登録より多いように思いますが。」
私は考えたが、頭が朦朧としていたので、考えるのをやめた。マルコは私の苦しそうな様子を見て、この話をやめた。
ちょうどその時、紅色の扉がまた開いた。ヴェローナが戻り、墨を詰めたペンと印鑑を持ってきた。署名捺印を終えると、マルコは礼をして、静かに扉を開けて退室した。
疲れのあまり、私は身を滑らせ、布団にくるまった。ヴェローナは目を閉じ、開き、そして私の顔を見た。
「ようやく、先の話の続きが聞けますね。ヴェローナを、修道女と思っていたか、妹と思っていたか、そもそもただの使用人と思っていたか。」
「もちろん、妹だと思っているよ。」思わず、本音を吐露していた。
ヴェローナは唇を噛み、手のひらで私の顎を支えた。
「なら何故、体液の熱元素を取り除くぐらいのことも、許してくれないのですか。」
クレータは神妙な顔で私を見ていた。
「にぃさんは、私の大切な家族、たった一人の家族なのに、私には何も話してくれない。そうでしょう。」
ヴェローナは横顔を向けた。その顎の先と唇の端を結ぶ線の上にある綺麗な鼻が、今はわずかに震えていた。
私は辛うじて顔を右に向け、彼女の顔を見て、その動揺を共有した。
「にぃさんはとても凄い考えを持っています。まるでヴェローナの実の兄のようです。」
ヴェローナは泣いていた。私は手を布団から出して掴もうとしたが、ヴェローナは自分の手を胸に当てた。
「その実の兄は、十隻のガレー船を代価として、ヴェローナを異教徒に売りました。そうですよね。名ばかりの『婚姻同盟』です。」
私は何も言えず、堪忍袋の緒が切れたヴェローナを無力に見ているだけだった。
「彼が私に、光にぃちゃんのように、その『大義』だとか、民のためだとか、もう聞き飽きた言い訳をしたばかりでした。」
ヴェローナの声が崩れた。彼女は布巾を強く絞っていた。
「兄ちゃん……だから私は複雑だったのです。にぃさんがあの婚姻同盟を拒絶するために、民のためと言って出発した時。」
「まるで聖ヨハネのように見えた。まるで私は、似たような場面で、似ていない形で、もう一度家族を失うところだった。」
私がいて、ヴェローナがいる。けれどヴェローナの目は虚ろで、まるで寝床に向かって独り言を言っているようだった。
クレータがヴェローナの涙を拭い、悲しそうな顔で私を責めていた。
「昨日からずっと思っていた。まさかって。まさかの……似たような形……でした。」
「そういえば、ヴェローナが神に身を捧げたいのは、このような醜い男たちの顔を見たくないためですよね。」
私の心も重い。けれど何と答えればいいのか。
「ヴェローナ。信じてくれ……私は、ずっとあなたの家族だから。」
ヴェローナは歯を食いしばり、目を大きく見開いた。その声には動揺だけでなく、怒りも含まれていた。
「もういいですから! 男の人は、みんなこうして騙してくるのでしょう。」
「家族、民草、大義……本当に目に見えるヴェローナはどこにいるの? 本当に手を差し伸べてくれる人はどこにいるの?」
クレータは手を止め、布巾を強く握りしめた。
「私利のために、命すら顧みず、大義を唱えているだけなのでしょう? そうなのでしょう?!」
私はびっくりした。ヴェローナの息には、ヴェールを吹き飛ばすほどの勢いがあった。小さな胸が黒い修道服の下で激しく上下し、しばらく経って、ようやく落ち着いた。
そして彼女は布巾を傍に置き、立ち上がった。
「三川閣下……」ヴェローナは背を向け、無感情な声とともに歩き出した。「ご自愛ください。」
私は彼女を引き止めたかったが、扉が軽く開き、重く閉じた。声を発する前に。クレータが急いでヴェローナを追った。
いいえ、ヴェローナ。それは全部、誤解だ。私は本気であなたを家族だと思っている。けれど、にぃさんとして……
私は頭が痛くなって、仕方なく、自分で布巾に水をつけ、下着を脱ぎ、体を拭いた。クレータを入れるわけにはいかなかった。
クレータの看護も拒んで、三日間の休みを経た。ヴェローナは来ず、修道に専念しているらしかった。
個室はさほど暑くはないが、実務を監督したくて城から出た。
夏の気配がようやく目に見える。林檎の木も涼しげな緑になり、未熟の果実とともに、赤と黒の城内を彩っていた。
何事もない日には、早朝の涼しさが残るうちに各所の衛兵と挨拶を交わし、民の不満がないか伺った。ないと聞いても、不信感が拭えない。午後の配給時間にもう一度確認しよう。
昼までは訓練、そして昼食は城内で。午後はしばらく帳簿を持って二の丸の倉庫に向かい、物資の点検と帳簿の確認をした。
日が落ちる前に、いくつかの食糧配給所の状況を確認し、数件の揉め事があったので裁きを行った。いずれも「この塩肉はあぶらが足りない」だの何だのという屁理屈ばかりで、仕方なく少しだけ脂身を追加してやるという措置で済ませた。
ただ、複数の配給所を回ると、なぜか見覚えのある顔が何度も目についた。頭を低くしていたが、私は手で捕まえて顔を確かめた。やはり、食糧を横領する無頼漢がいたのだ。しかも五人も。衛兵とはこういう時のために養っているものだから、全員を無事に捕らえた。
身元を確認すると、いずれもかつてここを通っていた商人の従者だった。つまり、働ける身で食糧をもらえる市民だったのだ。もっとも、すぐに市民ではなくなるが。
私は彼らを縄で繋いで町中を引き回し、西門前に到着した。
少し疲れた体を左足に預け、深く息を吸ってこう言った。「籠城の最中に物資を横領するのは、敵に通じるのと同じだ。」
罪人たちは、死罪に等しい宣告を受けたと悟り、大いに恐怖して命乞いをした。「たった数日分の食糧だ」とか、聞き飽きた理由ばかりだった。聞きたくもないので、地下牢に押し込んで殿下に報告した。
夜になると山崎屋に入り、体力を回復しつつ、ここの人たちの世間話をこっそり聞いて、歌い手の歌を楽しんだ。
歌い手は太鼓を使い、急で不穏ながらも激しい旋律で歌った。
「カルパティアの
両川の筋
その赤黒い城を
治める者よ
その人の名は
どこにも知られ
その方の顔は」
高い声調をやや低めにして、囁くような魅惑の声で歌った。
「見せない」
そして曲を繰り返し、詞が変わった。
「トランシルバニア
ダキアの東
その長い古い
道の守護よ
その地の名は
ストーリアと呼ぶ
その町の言葉は
三千も数え」
一度止まって、私は拍手しかけたが、歌い手は突然に太鼓を連打し、高い声調で悲歌を歌い上げた。
「あゝ失楽園も 時がなーがーれー」
いい詞だった。まるで河が海に注ぎ込むような感覚がした。
「河川敷が変わり
魚は詰まり」
その詞をもう一度繰り返し、太鼓を強く打つと、皆が喝采を送り、拍手した。
私は考えた。歌を聞いても、城内の揉め事を見ても、酒場で聞く話にしても、生活の不便に不満を漏らす者は多いが、殿下への文句はさほどなかった。だが、やはり殿下のお顔が見えるほうがよいのだろう。
十三日は満月。体には大したことはない。似たような症状は、数日前の病でもう経験していた。
その夜、私はようやく勇気を出して、晩祷の前に城内の小聖堂へ行った。懺悔室に入ると、幕の向こうから少女の声が挨拶して、告白を促した。
「私は最近、体調を崩していました。毎月のように痛むほどでした。しかし一人前の男ですから、誰にも言えませんでした。」
幕の向こうは静かだった。
「私を看護してくれた、優しい姉と妹にすら、その痛みを打ち明けられませんでした。実の姉妹ではありませんが。」
私は静かな、まるで人もいない懺悔室の中で頭を下げ、呟いた。
「そして私の仕事は、多くの人のためだと信じていますが、自分の身だけでなく、身近な人たちのことも顧みない、危ない仕事でした。」
「けれど、人を守り、愛され、満足していました。」
「いずれ死ぬ時、誰も傷つけたくないから、身近な人に距離を置き、感謝すら伝えません。弱く見られたくないですから。」
「寝床でも公務に専念しました。ようやく、あの優しい妹が怒り、寝床の私には目も向けなくなりました。」
「私はあんなにも多くの人のために働いていたのに、一番身近な妹だけにはひどい目に遭わせてしまった。感謝の気持ちも伝えないまま、強がりの私に無視されたまま、堪忍袋の緒が切れたのです。」
「教えてください。私は何をすべきでしょうか。」
私は静かに、答えを待った。
しばらくして、少女の哀れを帯びた声が幕の向こうから流れた。
「あなたは、そのご自身にしか背負えない罪をもって、多くの人を守り、愛されているのではありませんか。」
「しかしいつか、この愛は身近な人にも伝わると信じます。」
「それを罪だと自覚する日がいつ訪れるのか。心してお待ちしております。」
「ですから、今、わたしは許してあげることができません。」
私は驚いて、見えないながらも幕を見上げた。幕の後ろから、息を吸い声が聞こえたようだ。
「ですが、あなたが神に罪の赦しを願うならば、きっと許されるでしょう。」
幕の向こうから赦罪の言葉が述べられ、私は手を胸に押し当てた。まるでそうすれば、この胸の痛みが和らぐかのように。
「アーメン」と応じ、一礼して退室した。




