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騎士の私が大公の娘を演じてモンゴルと婚姻交渉に行ったら、暗殺事件に巻き込まれて国ごと包囲された ~La Storia:三川光の「春秋Annales」~  作者: 三川光
文治十六年、金帳汗国の役

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11.June.1 ガーリチ公ウラジーミル薧。

注曰く:諸侯の死は「薧(こう)」と曰く。ウラジミールには嫡子がなかったので、ルーシ諸国の西南におけるガーリチ公国のロスチスラフ家は、これで途絶えた。因みに、北のウラジミール大公国の大公・「大巣」フセヴォロドが保護者だった。隣国の事情だから、史書に載せた。


又、去年、キエフ大公の東のチェルニーヒウ大公・ヤロスラフが薧した。イーゴリ公が其れを継ぐ。

 目が覚めると、もう寝床に寝かされていた。頭がひんやりとして、外着は脱がされており、ヴェローナが冷水を浸した布巾で額を冷やしてくれていたようだった。


「光にぃさん! 良かった……」ヴェローナはほっとした様子だった。


 私は動きたくなくて、紅色の天井をじっと見つめ、呆然としていた。なぜ話したくないかといえば、半分は疲れ切っているから、半分は情けないからだ。


「にぃさん。ヴェローナは、とても心配していた。にぃさんは家族だから。」ヴェローナは大きな目で私を見つめて、口をぎゅっと結んでいた。


 その無邪気な目が心配を伝え、その口は私の強がりを責めていた。


「ごめん。ヴェローナ……でも、自分は頑張りたいと思うから……」


 ヴェローナの目尻が下がり、鬱々とした表情で、私から目をそらした。頭の下の白い枕を見ているのだろうが、ただ私を見たくないだけだと思う。


「にぃさん……いつも通りですけど……」


 ヴェローナは何か言いたげだったが、やがて唇を結んで、柔らかな手で私の額に水をかけ、無言のまま黙り込んだ。


「ヴェローナちゃん……本当に、ごめん。」私は詫びたいのだが、言葉はこの体ほど無力だった。天を仰いだまま、人の手で看護される私には、詫びですら口先だけだった。


「何のために……」


 ヴェローナは首を振って、手を私の肩に向け、白い下着を脱がせようとした。


 私は慌てて、ヴェローナの手を掴んで止めた。


「ヴェローナ、私は、自分で……」


「できる……のですか。」ヴェローナは嘆いた。そしてこう呟いた。


 話を続けようとした時、扉の外から声が聞こえた。ヴェローナが開けると、レオだった。


 レオは、先ほどの無礼を気まずそうに詫びて、「お加減はいかがですか」と簡単に挨拶を交わした。


 そしてジェノヴァの近況について話し始めた。


「先月、あの皇帝フィリップをシュヴァーベンまで追い出しましてね。危うくミラノが落城するところでしたが、あの日こそ我が弩兵の力を示す時でした。一日で十五万本の矢を放ち、ドイツ兵がまるで歯が立たず、わずか一日で総崩れですよ。いやぁ、実はあなた方ストーリアのおかげでしてね。あの傭兵料のおかげで、矢を早めに補充できたのです。」


 レオの自慢話とはいえ、倒れたまま聞かないわけにもいくまい。腹の痛みは消えないが、やむを得ず私は座り、微笑んでうなずきながら、レオにとって楽しい時間を過ごさせた。


 ヴェローナはしばらく黙って見ていたが、話が一段落すると、レオを送り出した。


 体がますます重く感じられた。


 ヴェローナは軽く嘆息し、声を発した。


「光にぃさん。ヴェローナ……私を、家族と思うのですか。それとも……ただの修道女だと思うのですか。」


 答えようとしたら、すぐにまた扉の外から声が聞こえた。ヴェローナは不機嫌そうに「お入りください」と告げたが、クレータを見ると少し笑みが浮かんだ。クレータは頭を下げ、後ろのヤコポが大袈裟な顔で両手を広げ、私のほうに歩み寄った。ヴェローナは窓辺に退いた。


「三川閣下! まさか重病の中で私たちをあんなにあっさり破るとは。素晴らしいとしか言いようがない、さすが騎士様だ。我らミラノの勇者にも引けを取らない。感服いたします。」


 言いながら大袈裟な身振りをしていた。


 感情的にはありがたいが、また座らされた私には、早く終わらせたい気持ちしかなかった。


 相変わらず、ミラノの戦況を話していた。聞けば、ミラノ軍が陣形の崩れたフィリップ軍に斬り込み、軍旗を二つ奪ったという。「大した手柄だった」と言って、ヤコポが親指で曲げた中指と人差し指を往復させ、大きな口笛の音を作った。


「いやいや。それでも、褒賞金は一切なかったのです。ストーリアとは比べものになりません。」感謝の気持ちを込めた話を聞いて、私もヴォレール殿下の御恩を讃えた。


 ヴェローナは窓辺から戻り、まだ話を続けたがるヤコポを扉まで送った。


 クレータはその様子を見て呟いた。


「貴方様は、無理しないほうがいいですよ。」


 ヴェローナは扉を閉め、クレータをちらりと見て軽くうなずいた。私は顔を横に向け、無気力に二人を見ていた。


 そして扉の外からまた声がした。マルコらしい。ヴェローナは深く息を吸い、扉を開けた。


 マルコは慌てた様子で私の手を掴んだ。クレータが無言で彼を座らせた。


 命に別状はなく、ただ疲れて腹が痛くなっただけだとマルコに伝えた。マルコは安心した顔をして、またどこからか聞いてきた「霊薬」を教えてくれた。なぜか百草丸とまったく変わらないもので、中にはキハダの皮が入っているらしい。


 このあたりではキハダを一度も見たことがないと言うと、マルコは残念そうだった。私は感謝し、そしてマルコからいくつかの白樺皮の文書を受け取った。見てみると、やはり本日の配給物資の調達書だった。


「ヴェローナに任せてもよいのですが」と言われたが、私はただ座ったまま、手のひらをヴェローナに見せて、自ら署名捺印したいと示した。


 すると、ヴェローナはまた一つ息を吸って、扉を開け、印鑑を取りに行った。


 クレータが私を一瞥し、そのアーモンドのような目から不安が読み取れた。


「時には、ヴェローナに任せてもよいのでは。」と、ようやく堪えきれなくなったように本音を漏らした。


 私は苦笑しただけだった。殿下の命令がない限り、自分で責任を果たさないなどということは……


 それにヴェローナが戻ってこない間、マルコと世間話をした。なぜか、毎日配給している物資が、毎日の人数分より三十石ほど多く支給されているらしい。


「誰かが生活に困って、やむを得ずしたのかもしれません。」マルコはそう推測した。


 私は首を横に振った。


「それは違う。城内にいる以上、少しの不足もないはずだ。――不正をしている民か……もしくは兵士か。」


「あっ、そうだ。確かに、修道女たちの記録した人数を合計すると、登録より多いように思いますが。」


 私は考えたが、頭が朦朧としていたので、考えるのをやめた。マルコは私の苦しそうな様子を見て、この話をやめた。


 ちょうどその時、紅色の扉がまた開いた。ヴェローナが戻り、墨を詰めたペンと印鑑を持ってきた。署名捺印を終えると、マルコは礼をして、静かに扉を開けて退室した。


 疲れのあまり、私は身を滑らせ、布団にくるまった。ヴェローナは目を閉じ、開き、そして私の顔を見た。


「ようやく、先の話の続きが聞けますね。ヴェローナを、修道女と思っていたか、妹と思っていたか、そもそもただの使用人と思っていたか。」


「もちろん、妹だと思っているよ。」思わず、本音を吐露していた。


 ヴェローナは唇を噛み、手のひらで私の顎を支えた。


「なら何故、体液の熱元素を取り除くぐらいのことも、許してくれないのですか。」


 クレータは神妙な顔で私を見ていた。


「にぃさんは、私の大切な家族、たった一人の家族なのに、私には何も話してくれない。そうでしょう。」


 ヴェローナは横顔を向けた。その顎の先と唇の端を結ぶ線の上にある綺麗な鼻が、今はわずかに震えていた。


 私は辛うじて顔を右に向け、彼女の顔を見て、その動揺を共有した。


「にぃさんはとても凄い考えを持っています。まるでヴェローナの実の兄のようです。」


 ヴェローナは泣いていた。私は手を布団から出して掴もうとしたが、ヴェローナは自分の手を胸に当てた。


「その実の兄は、十隻のガレー船を代価として、ヴェローナを異教徒に売りました。そうですよね。名ばかりの『婚姻同盟』です。」


 私は何も言えず、堪忍袋の緒が切れたヴェローナを無力に見ているだけだった。


「彼が私に、光にぃちゃんのように、その『大義』だとか、民のためだとか、もう聞き飽きた言い訳をしたばかりでした。」


 ヴェローナの声が崩れた。彼女は布巾を強く絞っていた。


「兄ちゃん……だから私は複雑だったのです。にぃさんがあの婚姻同盟を拒絶するために、民のためと言って出発した時。」


「まるで聖ヨハネのように見えた。まるで私は、似たような場面で、似ていない形で、もう一度家族を失うところだった。」


 私がいて、ヴェローナがいる。けれどヴェローナの目は虚ろで、まるで寝床に向かって独り言を言っているようだった。


 クレータがヴェローナの涙を拭い、悲しそうな顔で私を責めていた。


「昨日からずっと思っていた。まさかって。まさかの……似たような形……でした。」


「そういえば、ヴェローナが神に身を捧げたいのは、このような醜い男たちの顔を見たくないためですよね。」


 私の心も重い。けれど何と答えればいいのか。


「ヴェローナ。信じてくれ……私は、ずっとあなたの家族だから。」


 ヴェローナは歯を食いしばり、目を大きく見開いた。その声には動揺だけでなく、怒りも含まれていた。


「もういいですから! 男の人は、みんなこうして騙してくるのでしょう。」


「家族、民草、大義……本当に目に見えるヴェローナはどこにいるの? 本当に手を差し伸べてくれる人はどこにいるの?」


 クレータは手を止め、布巾を強く握りしめた。


「私利のために、命すら顧みず、大義を唱えているだけなのでしょう? そうなのでしょう?!」


 私はびっくりした。ヴェローナの息には、ヴェールを吹き飛ばすほどの勢いがあった。小さな胸が黒い修道服の下で激しく上下し、しばらく経って、ようやく落ち着いた。


 そして彼女は布巾を傍に置き、立ち上がった。


「三川閣下……」ヴェローナは背を向け、無感情な声とともに歩き出した。「ご自愛ください。」


 私は彼女を引き止めたかったが、扉が軽く開き、重く閉じた。声を発する前に。クレータが急いでヴェローナを追った。


 いいえ、ヴェローナ。それは全部、誤解だ。私は本気であなたを家族だと思っている。けれど、にぃさんとして……


 私は頭が痛くなって、仕方なく、自分で布巾に水をつけ、下着を脱ぎ、体を拭いた。クレータを入れるわけにはいかなかった。




 クレータの看護も拒んで、三日間の休みを経た。ヴェローナは来ず、修道に専念しているらしかった。


 個室はさほど暑くはないが、実務を監督したくて城から出た。


 夏の気配がようやく目に見える。林檎の木も涼しげな緑になり、未熟の果実とともに、赤と黒の城内を彩っていた。


 何事もない日には、早朝の涼しさが残るうちに各所の衛兵と挨拶を交わし、民の不満がないか伺った。ないと聞いても、不信感が拭えない。午後の配給時間にもう一度確認しよう。


 昼までは訓練、そして昼食は城内で。午後はしばらく帳簿を持って二の丸の倉庫に向かい、物資の点検と帳簿の確認をした。


 日が落ちる前に、いくつかの食糧配給所の状況を確認し、数件の揉め事があったので裁きを行った。いずれも「この塩肉はあぶらが足りない」だの何だのという屁理屈ばかりで、仕方なく少しだけ脂身を追加してやるという措置で済ませた。


 ただ、複数の配給所を回ると、なぜか見覚えのある顔が何度も目についた。頭を低くしていたが、私は手で捕まえて顔を確かめた。やはり、食糧を横領する無頼漢がいたのだ。しかも五人も。衛兵とはこういう時のために養っているものだから、全員を無事に捕らえた。


 身元を確認すると、いずれもかつてここを通っていた商人の従者だった。つまり、働ける身で食糧をもらえる市民だったのだ。もっとも、すぐに市民ではなくなるが。


 私は彼らを縄で繋いで町中を引き回し、西門前に到着した。


 少し疲れた体を左足に預け、深く息を吸ってこう言った。「籠城の最中に物資を横領するのは、敵に通じるのと同じだ。」


 罪人たちは、死罪に等しい宣告を受けたと悟り、大いに恐怖して命乞いをした。「たった数日分の食糧だ」とか、聞き飽きた理由ばかりだった。聞きたくもないので、地下牢に押し込んで殿下に報告した。


 夜になると山崎屋に入り、体力を回復しつつ、ここの人たちの世間話をこっそり聞いて、歌い手の歌を楽しんだ。


 歌い手は太鼓を使い、急で不穏ながらも激しい旋律で歌った。


「カルパティアの


両川の筋


その赤黒い城を


治める者よ


その人の名は


どこにも知られ


その方の顔は」


 高い声調をやや低めにして、囁くような魅惑の声で歌った。


「見せない」


 そして曲を繰り返し、詞が変わった。


「トランシルバニア


ダキアの東


その長い古い


道の守護よ


その地の名は


ストーリアと呼ぶ


その町の言葉は


三千も数え」


 一度止まって、私は拍手しかけたが、歌い手は突然に太鼓を連打し、高い声調で悲歌を歌い上げた。


「あゝ失楽園も 時がなーがーれー」


 いい詞だった。まるで河が海に注ぎ込むような感覚がした。


「河川敷が変わり


魚は詰まり」


 その詞をもう一度繰り返し、太鼓を強く打つと、皆が喝采を送り、拍手した。


 私は考えた。歌を聞いても、城内の揉め事を見ても、酒場で聞く話にしても、生活の不便に不満を漏らす者は多いが、殿下への文句はさほどなかった。だが、やはり殿下のお顔が見えるほうがよいのだろう。


 十三日は満月。体には大したことはない。似たような症状は、数日前の病でもう経験していた。


 その夜、私はようやく勇気を出して、晩祷の前に城内の小聖堂へ行った。懺悔室に入ると、幕の向こうから少女の声が挨拶して、告白を促した。


「私は最近、体調を崩していました。毎月のように痛むほどでした。しかし一人前の男ですから、誰にも言えませんでした。」


 幕の向こうは静かだった。


「私を看護してくれた、優しい姉と妹にすら、その痛みを打ち明けられませんでした。実の姉妹ではありませんが。」


 私は静かな、まるで人もいない懺悔室の中で頭を下げ、呟いた。


「そして私の仕事は、多くの人のためだと信じていますが、自分の身だけでなく、身近な人たちのことも顧みない、危ない仕事でした。」


「けれど、人を守り、愛され、満足していました。」


「いずれ死ぬ時、誰も傷つけたくないから、身近な人に距離を置き、感謝すら伝えません。弱く見られたくないですから。」


「寝床でも公務に専念しました。ようやく、あの優しい妹が怒り、寝床の私には目も向けなくなりました。」


「私はあんなにも多くの人のために働いていたのに、一番身近な妹だけにはひどい目に遭わせてしまった。感謝の気持ちも伝えないまま、強がりの私に無視されたまま、堪忍袋の緒が切れたのです。」


「教えてください。私は何をすべきでしょうか。」


 私は静かに、答えを待った。


 しばらくして、少女の哀れを帯びた声が幕の向こうから流れた。


「あなたは、そのご自身にしか背負えない罪をもって、多くの人を守り、愛されているのではありませんか。」


「しかしいつか、この愛は身近な人にも伝わると信じます。」


「それを罪だと自覚する日がいつ訪れるのか。心してお待ちしております。」


「ですから、今(・)、わ(・)た(・)し(・)は許してあげることができません。」


 私は驚いて、見えないながらも幕を見上げた。幕の後ろから、息を吸い声が聞こえたようだ。


「ですが、あなたが神に罪の赦しを願うならば、きっと許されるでしょう。」


 幕の向こうから赦罪の言葉が述べられ、私は手を胸に押し当てた。まるでそうすれば、この胸の痛みが和らぐかのように。


「アーメン」と応じ、一礼して退室した。

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