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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
59/61

この世界の終わり Ⅸ

「嫌な夢だったな……」


 さっき三日月さんの病室で見た夢について思い出し、俺は頭を抱えた。


 自分が自分で無く、別の人間が自分として存在している――夢とはいえ、妙にリアルで怖いものだった。

 起きてからまだ時間が経ってないのもあってか、記憶は鮮明だし、恐怖で気持ちの悪いねばっこい汗が体に張り付いた。


「透明人間になりたいなんて、もう二度と口に出来ないな……」


 そうボヤくのと、家に着くのはちょうど同じだった。


 家の中からは文那が好きなアイドルの曲が流れている。

 いつもと変わらないはずなのに、妙にその事に俺は安堵を覚えた。


「ただいまー」


 鍵を開け、家へと入ろうとした。

 その時だった――


「あ、お兄ちゃん!ちょっと待って!」


 リビングの方で文那の声が聞こえ、俺は玄関で静止した。

 そのまま待っていると、ドタドタと激しい地響きを鳴らしながら文那が玄関へと走ってきた。


「ど、どうした文那。そんなに焦って?」


「どうぞお気になさらず。良いからお兄ちゃん、外に出てくれる?」


「外に?何でだ?」


 脈絡の無い提案に俺は首を傾げる。


「いいからいいから、とにかく外へ出て下さい」


「……?まぁいいけど……」


 こういう時の文那に反論しても、押し問答になるだけで埒が開かない。

 だから俺は身を引いた。文字通り。


「では次、家の鍵を出して下さい」


「鍵を……?無くしたのか文那?」


「いいから」


「……まぁ、いいけど……」


 渋々と家の鍵を差し出すと、目にも止まらぬ速さで文那がそれを奪い取り「どうもですー♪」と微笑むと、自分の体を守るようにして玄関の扉を半分閉じた。


「あのさ、お兄ちゃん。お願いがあるんですけどいいですか?」


「なんだよ急に……お願いって」


 “お願い”という単語に俺は途端に自分が文那に折れてしまったのを後悔した。

 幼少期の頃から、文那のお願いで良かった事など一つも無い。

 体験上、かぐや姫が求婚してくる男達に浴びせた試練と同じくらいの難易度がある。


「いやそれがさぁ、今テレビ見てたらこの後0時からコンビニでミカチの限定グッズ発売されるっぽいんですけどねー」


「…………まさか、それを俺に買って来いと?」


 俺のその答えに服は嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、首を縦に振った。


「うんうん!大正解!流石私の自慢のお兄ちゃん!」


「……嫌だよ、今日は疲れてるんだ。自分で行けばいいだろ」


「えぇ⁉︎お兄ちゃんってか弱い中学生の妹をこんな真夜中に一人のコンビニに向かわせようって言うの⁉︎うっわー!ひっどー!私、警察に補導されちゃうよ?もちろん『可愛過ぎるだろ罪』じゃなくて『保護条例』でね」


「そんなの知ってるよ……。なんだよ、可愛過ぎるだろ罪って……」


「えへっ♪」と文那が戯けた様子でウィンクする。

 悔しい事にまあまあ可愛い。


「というか保護条例で言うなら、俺も補導対象なんだけど、17だし」


「いいじゃんお兄ちゃんは別に。牢獄はなれっこでしょ?」


「俺の暗い過去をそんな簡単に流すな!」


 なんというロジカルハラスメントだ。

 だが確かに3年も少年院にいた分、補導されるぐらい全然大した事がない。


「えー……じゃあいいやー……玲美さんに言おうっと」


 言うと文那はポケットからスマホを取り出し通話アプリを起動した。


「れ、玲美に⁉︎」


 俺は玲美の名前を聞いて思わず叫んだ。


「何?なんか文句あるわけ?」


「いや……別に文句があるわけじゃないけど……」


 さっきの告白の件もあるし、玲美もそんな告白相手の妹と二人きりというのも気不味いだろう。

 それに何より玲美に迷惑をかけるわけにはいかない。


「…………分かった。分かったよ!行くよ!行きますよ!行けばいいんだろ!」


「うんうん!」


 文那が満面の笑みで頷いた。


「従順でよろしい!それでこそ私のお兄ちゃんだ!」


「ほれ、軍資金じゃ」と言って文那は俺に1万円も渡してきた。

 どこにこんな大金隠していたんだ……。


「じゃ、よろしくー!お気をつけてー!」


 要望が叶い満面の笑みを浮かべる文那に「はいはい……」と俺は力無く答える。

 全く……本当に調子の良い妹だ。


「あっ、お兄ちゃん。一応言っとくけど――」


 と扉を閉める直前、ひょこっと文那が顔を出した。


「買えるまでこの扉開けるつもり無いから、死に物狂いで探してきて」


「それじゃ!」と言うと文那は勢いよく扉を閉めた。


「あっ、ちょ……それはないだろ!」


 止める俺、だが無慈悲にもガチャリという鍵を閉められた音が響く。


「くそ……まじかよ……」


 適当に請け負ってしまったが、こうなると本気で町中を駆けずり回る羽目になりそうだ。正直文那なら本当に買うまで俺を閉め出すだろう……。


「今日は玲美に泊めてくれなんて言えないしなぁ……」


 デリカシーが無いと揶揄される俺でも、流石に告白の返事よりも前にそんな事を言えるほど常識知らずという訳では無い。


『私、二階堂の事が好き』


 先程の玲美の言葉を思い出す。


「まさか玲美にそんな風に思われてるなんてな」


 玲美に嫌われるとは思ってこそもう無かったが、まさかそれどころか好意を受けているなんて予想だにしていなかった。

 嬉しい誤算だ。


 明日はどんな顔をして玲美に話しかけようか。

 いや、そもそも玲美は俺とまともに口を聞いてくれるだろうか。

 色々な考えが頭をめぐる。

 だがそれはどれも明るく、夢のような話で俺の心を温かくしてくれた――


「…………⁉︎」


 想像に浸っていた時だった。

 突然、背後から誰かの視線を感じ俺は思わず後方を振り向いた。


「誰も……いないか……」


 時刻は深夜0時前。力は強い方じゃ無いし、男と言えど夜道というのはそれなりの緊張感がある。

 だからきっと、猫か何かが動く物音を勘違いしたんだろう。そう思い、再び歩き出そうとした時だった――



「二階堂ぅ……歩夢くん?」



「……ッッ⁉︎」


 突然、耳元で囁くような女性の声が聞こえ、俺は思わず飛び退いた。


「わ、ごご……ごめんね!びっくりしたよね!」


 いつの間にか俺の横にいた女性が慌てた様子で手を振った。


 腰まである長い白髪。

 すらりと伸びた手足はほぼ脂肪が無く、血管が浮き出そうな程ひどく痩せ細っていて、白い肌は、美しさというよりもーー現実離れした恐ろしさを感じさせるものだった。


 その不気味な姿に、俺は一気に思い出した。

 たしか半年前に病院で俺と話したあの病院の看護師だ。

 そしてその更に半年前には、玲美の家の前で会っている。

 どちらも彼女が一方的に話すばかりで、しかも話の内容が支離滅裂で不気味だったのを覚えている。


「い、いきなり声を掛けちゃうなんて……お、おお驚かせちゃったよね!悪気はないんだ!本当だよ!私はキミを傷つけたりしないもん!」


 前と変わらず吃り気味に彼女は話す。

 声もどこか震えていて、そんなに俺と話す事が緊張する事なのだろうか。


「別に、そんな疑ってはいな――」


「ねぇッッ!」


「……⁉︎」


 いきなり至近距離で大声を出され、俺は驚き一歩後ずさった。

 何なんだよいきなり大声出して……情緒が不安定過ぎる。


「キミってさ、に、に二階堂……歩夢くん……だよね?」


「…………そうですけど」


 本当の事を答えるか迷ったが、俺は自分が二階堂歩夢である事を肯定した。


「やっぱりッッ!」


 再び彼女が歓喜の大声を出した。


「やっぱりそうなんだッ!歩夢くんなんだ!キミが二階堂歩夢くんなんだッッ!やった!やった!当たってた!やっぱり奇跡なんだ!」


 正直、彼女のその喜びようは異常だった。

 まるで生き別れの息子にでもあったかのようら喜び様だ。


「変わらないなぁ歩夢くん、背は大きくなったし声も少し低くなったけど他は全然前と変わらない。あーなのに私ってダメだなぁ、最近シワは増えたし太りやすくなっちゃったし、私ばっかり歳を取っちゃったなぁ恥ずかしいなぁ……」


 女性はぶつぶつと斜め下を向き独り言を言っていたかと思うと、直後、


「ね、ねねねぇ!歩夢くんッッ!」とまた大声を出し俺の方を見た。


「ご、ごごごめんね!歩夢くんがね!大人に……20歳になるまで待とうってね、ずっとね、決めてたんだけど……わわ私、どうしても歩夢くんとお話したくなっちゃって……さっき歩夢くんが病院から出て行くの見えたからずっとついて来ちゃった」


「ご、ごめんね……約束、破っちゃったよね……」と女性は詫びる。


「で、でもいいよね?結婚の約束しただけだもんね!それまで会わないって、約束したわけじゃないもんね?そうだよね?ね?それに私、半年も歩夢くんに話しかけるの我慢したんだよ!偉いでしょッッ⁉︎」


「…………」


 俺は正直、この女性にうんざりしていた。

 俺の言葉など聞かず、一方的に話しかける俺は嫌気が刺していた。


「あの、さっきからアナタは何を言ってるんですか?」


 だから俺は、彼女に冷たく言葉を返した。


「ぇ…………」


 女性は今にも死んでしまいそうな程、か細い声を一言喉から絞り出した。


「結婚とか、約束とか……さっきから全然意味が分からないんですけど、一体どういう事ですか?それに人の後をつけるなんて、それってストーカーですよね?本当は警察呼ぶ事になりますよ?」


「ぁ……ぇ…………」


 女性が何か言おうとしたが、構わず俺は続けた。


「まぁ面倒なのでそんな事はしないですけど、とりあえずもうこれ以後、俺には近付かないで下さい」


 息を吸い、一気に強い口調で俺は話す。


「俺はアナタの事を一切知りません!人違いなので消えて下さい!」


 言い切った。


「…………ッ」


 女性は相当心にきたのか、急に俯き、黙った。

 多少心が痛むが、こうでもしないときっと彼女は俺に付き纏い続けるだろう。


「分かったら早く離れて――」


 そう俺が口にしたのと、彼女が絶叫したのはほぼ同時だった。


「なんなのよ――ッッ!」


「…………⁉︎」


 俺はその甲高く、奇妙な叫びに慄き声を詰まらせた。


「何なの!何なの!何なの⁉︎何なの何なの何なの⁉︎何なの何なの何なの何なのッッ⁉︎」


 一切の隙間なく、彼女は狂気の叫びをあげる。


「私は歩夢くんの為にずっと頑張ってきたのに!歩夢くんと一緒になれるって言うからこんな世界でも頑張って生きてきたのに!死にたかったのに!頑張って生きたのに!ずっとずっとずっと――辛くても生き続けたのにッッ!酷い!酷すぎるよッッ!」


 彼女の叫びにはいつの間にか涙をが混ざり、ぐじゃぐじゃと不快な音が鳴る。


「歩夢くんだけが私の希望だった……歩夢くんだけが私の生きる理由だった……なのに歩夢くんが私を捨てるなんて……」


 ポタリ――


 彼女の涙につられるように、黒い雨雲から一粒の滴が垂れた。


「もう……いいや……」


 そしてその雨粒はすぐに無数の雨となって降り注ぎ始めた――


「もう別にいいや……10年も前の約束だもんね……忘れてたってしょうがないよ。うん。理解したよ」


 ゆらりと女性は体を揺らすと、俺の方へ一歩近づいてきた。


「な、何ですか……?本当に警察呼びますよ⁉︎」


 何なんだよ、この人は……!


 挙動不審な彼女に俺は恐怖を覚え、そう叫んだ。


「でも約束は忘れても、人に酷い事言っちゃダメだよね……忘れたからって、嘘をついちゃダメだよ……」


 女性はぶつぶつと言いながら、俺へとにじり寄って来る。


「本当に呼びますからねッッ⁉︎」


 恐怖に耐えかね、俺がスマホをポケットから取り出そうとしたその時だった。

 視線の端に、月明かりに照らされ光る彼女の手先が見えた。


「……包丁⁉︎」


「ああぁぁぁああああ――ッッ!」


 だが気付いた時にはもう遅かった。

 血の底から放たれるような叫びと共に、女性は俺の腹部にナイフを突き立てた。






 …………。


 ……………………。


 ……………………………。


 5月1日、現在の天気は雨。


 俺――二階堂歩夢の人生は、どうやら17歳という若さでその生涯を終えるらしい。


「……ごふっ!」


 倒れている俺の背中にまた包丁が突き立てられ、俺の口から血が溢れ出す。


 あーあ…なんか、まだやりたい事とかあったんだけどなぁ…まさかコンビニでアイドルのグッズを買いに行った帰りに通り魔に刺されるとか……いくらなんでもダサすぎて死ぬに死ねないな……


「……ッッ」


 背中から突き立てられた包丁が腹部を貫通し、硬いアスファルトにコツンと当たった。


「……あ……ぐっ」


 せめて殺す奴の顔を睨み付け、恨みの目線でも喰らわせてやりたいが、どうやら俺の最後の願いは、叶いそうにもなかった。


「……う……ぁ」


 背中にまた包丁が突き立てられた。

 ポツポツと顔に雨粒が当たる。そしてその小さな粒は、次第に大きな雷雨となって俺に降り注いだ。


「死ねッッ!死ねッッ!死ねッッ!」


 彼女はその間、何度も俺の背中を刺し貫いていた。




 何十分――何時間続いたんだろうか…わからないけれど、満足したようで、通り魔はやっと俺の体を刺すのをやめてくれた。

 ははっ、ありがたいな。これ以上の傷はお嫁に行けなくなる。


「はぁ…はぁ…」


 背中からは興奮めいた荒い息遣いが聴こえる。


「やった!やったやった!死んだッッ!殺してやったッッ!この大嘘つきをッッ!アハハ……アハ……アハハハハハハッッ!」


 狂気に満ちた笑い声が、雨粒に反射し深夜の街にこだました。


「悪いのは歩夢くんなんだからねッ⁉︎約束を破っちゃいけないんだよッッ⁉︎」


 彼女は馬乗りになっていた俺の体から離れると、立ち上がり、見下すように俺を見下ろした。




「アヤちゃん、そこまでだ――」



 星明かりに照らされる月の様に透き通った声が響いた。

 突如、何処からともなく同い年くらいの少女が女性の前に姿を現した。


「はぁ⁉︎あなた誰よッッ⁉︎」


 アヤちゃんと呼ばれた女性が、その少女に向かって叫ぶ。


「…………」


 だが少女は臆する様子も見せず、肩で切り揃えられた黒髪を揺らし、女性へと近づく。

 そして――


「『眠れ』」


「…………⁉︎」


 少女がそう口にすると、白髪の女性はその言葉通り地面に倒れると、寝息を立てて眠りについてしまった。


「二階堂…………」


 少女は白髪の女性から離れ、俺の方へ近づくとそう俺の名前を呼んだ。

 知り合いなのだろうか。なら助けてくれて礼を言わないとな……。


 けど、駄目だ……視界が暗くて……よく顔が、見えない…………。

 それになんか、刺された場所の…痛みも、無くなって……眠く……って…き………

 ……。

 …………。

 ………………。

 ………………………………?あれ?


 なんか本当に痛みが無い気がするんだけど。

 しかも何だろう体がポカポカする――


「『目覚めろ』」


「…………ッ⁉︎」


 少女の声が響き、俺は突然無意識に目を覚ました。


「え⁉︎あれっ⁉︎生きてる⁉︎」


 体の痛みも消えているし、呼吸も普通に出来る。

 俺はペタペタと自分の体を触る。

 だが何処にも傷なんて付いてないし、着てる服は新品同様だ。何なら心なしか家を出た時より綺麗な気がする。


「全く……どこにいるかと思ったら、まさか()()()()()()にいるとはな。相変わらず行動が読めん奴だ、キミは――」


 座り込む俺を見下す感じで、仁王立ちした少女がそう呟いた。


「お、お前は……」


 その何処か聞き覚えのある口調に、俺は少女の方を見上げた。



「やぁ。久しいな二階堂」



 見覚えのあるカチューシャを月に照らし、彼女――三日月弓流は得意げに笑顔を浮かべた。


 その彼女の声が空気を震わせ、俺の鼓膜を揺らし、声として俺に届いた。


「――――ッ」


 体が震える。

 自然と拳に力が入った。

 目の前にいるのは、確かに生きている三日月弓流で間違いなかった――


「三日月……!」


 忘却の彼方へと消えていた記憶達が蘇ってくる。


 そうだ。これが――この得意げに笑い、どこか余裕を感じさせる少女こそが、俺のよく知る三日月弓流なのだ。


 病気にかかり、眠っていない。俺に対し軽口を叩きつつも、俺を救ってくれた俺の尊敬する委員長だ――


「三日月弓流!三日月弓流なのか⁉︎」


「え、えぇ私だが……見れば分かるだろう?」


「三日月弓流!三日月弓流!三日月弓流!」


 俺は喜びの感情を抑えられず、まだ多少痺れて動かない体を無理やり動かし、這う様な姿勢で三日月へと近づく。


「え、待って!無理無理無理!」


「三日月弓流ッッ!三日月弓流ッッ!三日月弓流ッッ!」


「いや待って!本当無理だから!せめて鼻水を拭いてくれ!汚い!」


 三日月は慌てて俺から走り去ろうとするが、俺は必死の匍匐(ほふく)前進を発揮し、彼女を捕まえた。


「うごっ⁉︎」と三日月が変な声をあげる。


「うえぇーーーん!三日月ぃぃいいーーー!会いたかったあぁぁぁあああーーー!」


「ヒイィ⁉︎分かった!分かったから鼻水を拭いてくれーーー!」


 そう言って三日月に拒絶されたが、構わず俺は彼女に抱きつき、泣き叫んだ。


「三日月……怖かったよ……。彩音に殺されそうになるし、それに三日月も病気にかかってずっと眠ってて……」


「……!」


 その言葉に三日月が驚いた様に目を見開いた。


「この世界での私を知っているのか――。二階堂、キミはこの世界にどれほどいた?」


 三日月のその問いに俺は「一年」と消えそうな程の声で答えた。


「一年も……そうか……」


 三日月はそう言った後、しばらく黙り込んだ。

 そしてややあって、再び口を開く。


「そうか……アヤちゃんの事だけでなく、そこまで外の世界の事を知ってしまったのか。私のいない間にこの世界ではそれだけの時間が経っていようとは……辛かったな。二階堂」


「よく頑張った――」


 そう優しく言うと、三日月はそっと俺の頭を撫でた。

 その手の温もりが、どうしようもなく生きてるという感じがして、俺は堪えきれずに年甲斐も無くまた泣き叫んだ。


「三日月……三日月……」


「あぁ、私はここにいる。大丈夫だよ」


 俺が泣いている間ずっと、三日月はそう言って俺の頭を優しく撫でてくれていた――



 xxx



「なぁ三日月……」


「ん……?どうした二階堂。ようやく泣き虫タイムは終わったのか?」


「う、うるせぇ……」


 俺は急に恥ずかしくなり、三日月から離れると涙を袖で拭った。

 いくら嬉しかったとはいえ、同い年の女子に泣きついて頭撫でてもらうというのは結構心に来る。


「それで?何か聞きたい事があるんじゃないのか?」


 と三日月。


「あぁ、そりゃあるさ。どう言う事なんだ。それも超たくさん!」


 俺はこの1年間の事を思い出す。


「何故だか俺は委員長になってて、優宇は自殺を図って、お前は眠ってて……終いには俺は彩音に殺されそうになったんだ!何だよこれ⁉︎悪い夢なのか……⁉︎」


「悪い夢……フッ、言い得て妙――悪くない表現だ。二階堂」


「では私とこうして話せていた世界の方は“良い夢”という解釈でいいかな?二階堂」


「べ、別にそういうわけじゃない!ただ三日月の生きてる方が現実の世界だろって、そう言ってるだけだ」



「それは違うぞ。二階堂――」



 三日月が深刻そうな声で言い放った。


「私が委員長として生きていたあの世界も、私が『神経萎縮性鈍化睡眠症』を(わずら)い眠るこの世界もどちらも現実の世界では無い――」



「どちらも現実の私が見ている()()()()での出来事だ」



 三日月の切れ長の双眸(そうぼう)が真っ直ぐに俺を見据えた。


「は…………はぁ、夢の世界……?」


 首を傾げる俺に、三日月は続ける。


「まぁより厳密にいえば、片方は『夢だけで出来た世界』。もう一つは『現実に即した夢の世界』というところかな」


「厳密に言われても全く意味が分からないんだけど……」


「何だよ夢の世界って、しかも現実のお前が見てる夢……?何言ってんだよ。お前こそなんか夢と現実が混ざって変なこと言ってるんじゃないか?」


「まぁそういう反応だろうな。私も逆の立場だとしたらとてもじゃないが信じられない」


「だが二階堂、それが真実だ」と三日月は言い切った。


「現実のキミ――いや、正確には()()()()()はアヤちゃんに刺され、病院で意識不明の重体で眠っている。だからここは、夢の世界でしかないんだ」


「何だよそれ……何で現実の俺の話で、ソイツの名前が出てくるんだよ!ソイツが俺と関係あるって言うのか⁉︎」


 俺のその質問に、三日月は目を伏せ黙った。


「…………」


「じゃあ現実の俺は――二階堂歩夢は何してるんだ?楽しく文那と暮らしてるとでもいうのか⁉︎」


「…………話さなければ、いけないか」


 三日月が重い口を開くと、一言そう呟いた。


「二階堂、今から私の話す事は全て真実であり変えることの出来ない事実だ。その真実を話せば、キミのその疑問を解消する事が出来るだろう」


「けれど――」と三日月は続ける。


「この真実は、キミの思想や言動――そして人としての在り方の原理を根底から覆す可能性のあるものだ。キミ自身の自己同一性(アイデンティティ)を崩壊させると言っても過言では無い。それでも聞く覚悟はあるか?」


「根底から覆す……そんなにその神楽崎真直っていう奴は、重要な奴なのかよ」


「あぁ……」と三日月は頷くと、俺の答えを待つ様に黙った。


「人としての在り方を覆す程の真実――」


 俺も黙って、思考する。

 三日月がここまで俺に忠告するという事は、それ程までにその真実というのは、俺にとって不都合で知らない方が良い事なのだろう。

 きっとそれは間違いない。

 けれど――


「構わない。教えてくれ、三日月」


 俺はそう三日月に力強く答えた。


「そうか――それがキミの答えか」


 そう言ったあと「フッ」と三日月は笑った。


「きっとキミならそう言うと思ったよ、二階堂。キミは損得勘定を計算出来る程、頭の良い奴じゃないからね」


「ははっ、褒め言葉として受け取っておくよ」


 そう言って俺は無理やり余裕の笑みを浮かべた。

 怖く無いといえば、嘘になる。

 けれど聞かなければずっとこの何も知らないままだ――その事の方が、俺はずっと怖かった。


「さて、じゃあ長話になるし腰を据えて茶でも飲みながら話そうじゃないか」


 そう言って三日月はパチンと指を鳴らす。

 するともわもわと白い煙が俺の目の前を包み、次の瞬間、煙が晴れるとそこには西洋風のテーブルと椅子があった。

 そして丁寧にティーカップに入った紅茶まで用意してある。


「なっ――――⁉︎現実かよ、これ……」


「だから夢だと言っているだろう、二階堂」


 三日月がそう俺に「やれやれ」と言った様子て答えた。

 ここまで現実離れした事が起こると、流石に三日月のその言葉を信じざるを得ないという気持ちになってくる。、


「ここは私の夢の世界だ。“魔女”に邪魔だてさえされていなければ、このぐらいの事容易いさ」


 そう言って三日月は席に着くと、紅茶を一口啜った。


「魔女……?」


 そう疑問にもってすぐ、その人物の事を思い出した。

 魔女――それはこの世界に来る前、俺の体を黒い影で突き刺し殺した彩音に似た容姿の少女だ。


「魔女の事も知っているのか⁉︎」


「無論だ。彼女と私は宿敵のようなものだからな」


 と三日月は落ち着いた様子で話す。


「まぁ落ち着け。キミと神楽崎真直の関係を話す為に、魔女の話は必要不可欠だ。順を追ってその事も説明するつもりだ。だから座って話を聞け」


「……分かった」


 俺は首を縦に振り、西洋式の豪勢な椅子へと着席した。

 すると「さて――」と三日月が口を開いた。


「長い夢の時間もようやく終わりの時が来たか」


 三日月は紅茶の入れられたマグカップを持ち、得意げに笑う。


「さぁ、そろそろ目覚めるとしようじゃないか――」


 そう言うと三日月は話を始めた。

 この世界にまつわる――長い長い夢の物語を。

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