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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
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この世界の終わり Ⅴ

『飛び降りたのは、岬区の私立高校に通う“西園寺優宇”さんと見られています。現在は病院に緊急搬送され、懸命の救命措置が行われています』


 自殺した少年の写真が、テレビ画面に映し出された。


「え…………」



 日本人離れしたブロンドの髪。

 男性だというのに、女性すら嫉妬するであろう端正な顔立ち――


 俺はその映し出された西園寺優宇という少年の顔を見て絶句した。


『だって僕と歩夢は親友だもん!僕を殴って女だなんて言った歩夢を、許しはしないよ!』


『い〜のい〜の、親友なんだからさ!』


 鈴を転がしたような心地の良い声が響く。

 人懐こく微笑むその姿は、深く眠っていた記憶を一瞬にして呼び覚ました。


「優宇――どうして」


「え……?どうしたの二階堂。この人二階堂の友達?」


 心配した表情で玲美が俺を見つめた。


「違うよ……」


 俺は低い声でそう答えた。


「違う……知り合いなんかじゃない。西園寺優宇は俺の――」



「俺の――親友だ」



 考えるよりも早く、体が動いていた。


「ごめん玲美。あと任せた!」


 俺は扉を開けると、靴もまともに履けてないまま外へと飛び出した。


「ちょ!二階堂!どうしたの⁉︎」


 後ろで玲美の叫ぶ声が聞こえたが、俺は構わず走り出した。


 当てがなく走っている訳ではない。

 この岬区で救急車を搬送出来るような大病院は7つぐらいしかない。

 その中でさっき飛び降り場所として映っていた橋――あれは詩道の言う通りここから走って10分程のところにある場所だ。

 そしてその橋から最も近い病院。そこに優宇が運ばれただろう事は距離的に間違いがないはず。

 俺はそう考え、全力で走った。


「うぁ……ッ⁉︎」


 途中、履きかけで走っていたせいで靴が脱げてアスファルトへと転んだ。


「くそ……!こんな時に限ってかよ……」


 しかも運の悪い事に、元々履き潰していた靴のせいなのもあり、今の転んだ衝撃で靴底が抜けてしまった。


 けれどそんな事で立ち止まる訳にはいかない。

 俺のただ一人の親友である優宇の一大事に、何もしない訳にはいかない。

 俺は靴を脱ぎ捨て、裸足のまま駆け出した。

 無様だろうと構わない。元より誰かに誇れるような人生は送っていない――けれどせめて、親友にだけは誇れる自分でいたかった。



 xxx



 20分程走っただろうか。目的の病院へと辿り着いた。


「あの、西園寺優宇は何処にいますか!」


 病院へ入ると、近くにいた髪をお団子型にまとめた看護師の女性へと声をかけた。


「御氏族の方ですか?」


「親友です!」


 俺は迷いなくそう答えた。

 だが看護師の女性は怪訝に顔を顰める。


「御氏族の方でないのなら、御面会は出来ません。お引き取りください」


「そんな……」


 考えてみれば最もだ。

 そんな理由で面会を承諾していれば、優宇程の知名度のある御曹司となれば野次馬が殺到するのは間違い無いだろう。

 だが、だからといって諦める訳にはいかない。


 どうすれば――

 と俺が迷ってた時だった。


「先生!急患の患者さん3号治療室です!」


 階段のところにいる看護師が、俺の手前にいる白衣の男性へと 呼び掛けた。


「急患――優宇はそこか!」


「あ、ちょっと貴方――」


 俺は看護師の静止を無視して、優宇のいる3号治療室へと走った。


 俺は案内図を見なくてもこの病院内の位置を把握していた。

 この病院に来た事など無いはずだが、それこそ誰かの見舞いにも来ていたんだろうか――


 優宇のいる集中治療室へと着くと、そこには優宇の関係者であるだろう多くのスーツの人達でごった返していた。


「くそ……急いでるのに……」


 俺は人混みをかき分け無理やり奥へと入っていく。


「何だ貴様、一体何処の――」


「どけッ!」


 人混みを跳ね除けると、無理やり優宇の病室へと押し入った。


「輸血用の血液はどうした⁉︎」


「それがこの患者さん、Rh陰性型で輸血用の血液が不足していて……」


「Rh陰性……⁉︎そんなの日本に1万人いるかどうかだぞ⁉︎」


 ガラスで仕切られた治療室の奥で、何人もの医者達が治療にあたっていた。


「優宇……!優宇……!」


 俺はガラスに手をつき、優宇の姿を見た。

 医者達の隙間から見える優宇の姿は、全身が鬱血しているのか浅黒くなっており、特に損傷が酷いだろう顔面は包帯で巻かれて何も見えなかった。

 何重にも巻かれた包帯がどんどん血で赤く染まっていく様が、事の深刻さを物語っているようだった。


「死ぬな!優宇……!一生を使って俺に許してもらうんじゃないのかよ!目を覚ませよ!優宇!」


「貴様!部外者のくせにのうのうと!」


 突然、俺は後ろから襟を掴まれると、一気に床へと背中から叩きつけられた。


「くっ……!」


 倒れた衝撃で口の中を切ったのか、下にどろりとした血液が触れた。


 俺は床から立ち上がると、目の前にいる男を睨んだ。


「あんた……まさか……」


 俺はその男の顔を見て一瞬立ちすくんだ。

 髪色は黒いが、年老いていながらも整った顔立ちに、どこか女性的な顔立ちは、優宇の親族であるのは間違いようはなかった。


「あんたが、優宇の父親か……」


 優宇の父親――それは優宇の心を苦しめ、凶行まで行わせてしまった元凶。

 そして俺から両親を奪った張本人だ。


「あんたのせいで優宇はずっと苦しんで……俺の両親が……!」


 とても冷静ではなかった。

 優宇が自殺したという状況が、その優宇に何もしてやれなかった自分への無力感が気持ちを逸らせ、暴力へと走らせた。


「お前!何をする気だ!」


 優宇の父親へ殴りかかろうとする俺を、黒いスーツに身を包んだ男が羽交締めにして静止させた。


「おい!離せ!離せよ!」


「この野良犬を摘み出せ。不潔で不愉快極まん」


「はい、西園寺様」


 スーツの男はそう言うと、俺を引き摺り病室から放り出した。


「ぐっ……!」


 乱暴に、何の配慮も無く頭から床へと叩きつけられた。


「次、私に逆らえばこの国では生きていけないと思えよ。小僧」


 そう吐き捨てるように西園寺は言うと、病室への扉に鍵をかけた。


「痛つつ……くそ、何だよアイツ……」


 俺はぶつけた箇所を抑えながら、廊下の奥にある長椅子へと腰をかけた。


「あれ……?」


 そうしてそこで、ふと、疑問が一つ浮かんだ。



「俺は一体…………何をしていたんだ?」



 ここは病院だ。

 景色から見ても、何処となく漂ってる化学臭からも間違いはないはずだ。   

 けれど疑問に思う。


「どうして俺は病院にいるんだっけ……」


 俺は玲美達の為に奏熾と一緒に晩御飯を作っていて、それで皆んなに妹の文那を紹介して、楽しく過ごしていたはずだったんだけど……。


「…………」


 前を通った団子頭の看護師が嫌そうに俺の事を睨んだ。

 俺は何かあの人の気に触るような事をしたんだろうか。


『こちらは、西園寺優宇さんが飛び降りたと見られる歩道橋の真下です。周りには近隣住民の方々で溢れ返っています』


 ふと、病院内にあるテレビから男性リポーターの声が聞こえてきた。


「西園寺……優宇……」


 ぽつりと呟いたその名前。

 俺はその名前を口に出す事で、自分が病院にいた理由を思い出した。


「あぁそうか、確か飛び降り自殺した奴を見にきたんだったっけ」


 自分の知っている近所でこんな大事件が起こるなんて初めてで、それがニュースで映った事に興奮した俺は、一目飛び降りた少年の顔を見ようとここに来たんだ。

 思い出すと、我ながらなんて酷い野次馬精神だろうと思う。


 けれどよく考えてみれば、俺は彼の事など何も知らない。

 顔の輪郭も、どんな声で喋り、どんな風に笑うのかも、彼が好きな物も、彼の嫌いな物も、俺は何も知らない。

 いくら興味本位と言っても、知らない人間の為に俺はここまでするだろうか。


「どうして……」


 ぽた……と真っ白な床に、透明な雫が一滴溢れた。


「何も知らないはずなのに……」


 その雫が自分のものであるのは、心を締めつける違和感から痛感した。


「どうして彼を知らない事が、こんなにも悔しいんだ……」


 この現象は初めではない。

 玲美と初めて会った時も、保泉さんにおもちゃのナイフで刺された時も――宮鷹由莉奈のファンだと言っていた神倉というサラリーマンの事を思い出したり、文那の事を見ているとたまに無性に悲しく泣きたくなる時がある。


 この半年間、何度もあった事だ。

 そして何度も何かを忘れてきた。

 まるでこの世界にはそんな記憶は存在してはいけないとでも神様に言われているように奪われてきた。

 その忘れた何かを思う度、心が欠けたような感覚に襲われたが、その寂しささえも忘れてしまった。


 けれど今回は違かった。

 欠けてしまった心の痛みは、忘却の彼方へとは消えてはくれなかった。俺から奪ってはくれなかった。

 無くなってしまったというその悲しみが、実感として確かに俺の心の中に残った。


「ぅぐ……うぅ…………」


 無くした記憶の痛み達は、涙となって俺の瞳から溢れ落ちていく。


「ごめん……ごめん……何もしてやれなくて……何も思い出してあげる事が出来なくて……」


 それから俺は――誰もいない廊下でずっと、顔も知らない彼の事を思って泣いていた。

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