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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
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この世界の終わり Ⅲ

「何だったんだよあの人……」


 あんな状態の玲美と話す勇気も無く、自宅へと帰る道。


 引っ掻かれヒリヒリと痛む手の甲をさすりながら、俺は愚痴をこぼす。


「これも結局持って来ちゃったし……どうしよ」


 右手には女性が置いてあった封筒と弁当箱3つが入った袋。

 その場に置いとくと腐るだろうと思って持って来たものの、食べるのも如何なものかと途中で気付いた。


「う〜ん……食べればあの女性の玲美への気持ちを無駄にしてしまうし、かといって食べないというのは単純に食材の無駄だしなぁ……」


 目を閉じて歩いている俺は、足元にあるバナナの皮に気づかなかった。


「うぁ―――」と拍子抜けた声を漏らし、情け無く前のめりに地面に倒れた。衝撃でカランカランと音を立てて折角拾い集めた袋の中身が散らばる。


「痛っ……引っ掛かれるわバナナの皮で転ぶわ今日は散々だな……」


「ちゃんとゴミはゴミ箱に捨てろよ!」バナナの皮に八つ当たりし、乱雑に横にあるゴミ箱にバナナの皮を投げ捨てた。


「はぁ……」


 自然とため息が漏れる。

 ダメな日は本当にダメなことが続く物だ。

 取り敢えず目の前に散らばった弁当箱を袋に詰めていく。これだけ何度も落とされれば中身も散々なものだろう。玲美に渡しても逆に失礼になりそうだし、このまま俺が食してしまおう。

 良かった良かった。悪いこと続きだったが取り敢えず問題の一つは解決した。


「……ん?」


 ほっとしたのも束の間、拾い上げようとした封筒の違和感に気付いた。

 茶封筒の内側には、透けてよく見知った模様が見える。

 申し訳ないと思いつつも、好奇心に負け俺は封を破って中身を見た。


「これ……マジかよ。超大金じゃんか」


 俺は手にしたその金額に目を丸くした。

 封筒の中に入っていたのは大量の諭吉様だった。


「1,2……10……15……す、すげぇ!20万円もある⁉︎」


(玲美はこんな大金も拒否したってのか?アイツ実はすごい金持ち?)


 あわあわとその札束の多さに手が震える。


「なんてこった……これだけあれば、カップラーメンが1年分は買えるぞ……ていかんいかん。これは俺の金じゃないんだぞ」


 俺は首を振って邪念を掻き消す。

 いくら玲美が受け取りを拒否したとは言え、それが俺がこの大金を受け取っていい理由にはならない。


「きっとあの女の人、また玲美の所来るだろうしそれまで預かっておくか」


『また来たの』と玲美はあの白髪の女性に言っていた。

 断られても何度も来てるというのなら、再び来る可能性は高いだろう。


 俺がそう思い封筒に諭吉様を戻そうとしたところで、お札とは違う白い1枚の紙が入っているのに気付いた。


 それには達筆な文字で『拝啓 作道玲美様』という書き出しの元書かれた手紙だった。自然と目で文字を追ってしまう。


『お久しぶり。前回会った時は3ヶ月前だったね。もう来るなって玲美ちゃんには言われていたのに、また会いに来てしまってごめんなさい。ただどうしても、直接玲美ちゃん、それに奏熾くんと詩道くんに謝罪がしたくって。


 玲美ちゃん達は、私にとても怒っていると思う。

 こんな私だけがあの事件から生き残ってしまって、玲美ちゃん達の大切なお姉さんに何もしてあげられなかった。そんな無力な私の事を。

 けど本当に信じて欲しいの。私は玲美ちゃん達の力になるつもり。

 それがあなた達のお姉さん――美空に私が頼まれた事だから。


 これは本当に少しだけになるけど、生活の足しにしてもらえればと思います。

 また会いに来るね。元気でいてね』


 その手紙の終わりには『夏川(なつかわ)彩音(あやね)より』と締められていた。


 手紙の内容は理解することは出来なかったが、第三者が興味本位で読んではいけない内容というのは確かだ。


「夏川彩音……あの事件で生き残った……?」


 ただ手紙の中で、その事が気になった。

 夏川彩音という名前――いや、正確には“彩音”という名前と“事件”という文字の組み合わせ。

 随分と昔に、その組み合わせを見聞きした気がする。


 “……彩音さんは…………女子……事件で唯一の…………警察は他の被害者……”


 思い出されるのはテレビに映っていた女性リポーターの声。

 だが本当に随分と昔――小学生低学年ぐらいの頃で、難しい言葉は記憶出来なかった。


「う〜ん……喉元まで出掛かってるんだけどなぁ……なんかむず痒い……」


 答えがすぐ側にあるのに出てこない感覚に少々苛ついていると、


「〜〜♪」


 ふと、静かな住宅街には似つかないポップな音楽が聴こえてきた。


「ん……?ライブでもやってるのか?」


 水のように透明で、太陽のように明るい歌声だ。


 俺は手紙を封筒の中にしまうと、その歌声に惹かれて自然とその音の鳴る方へと向かっていく。


 少し歩くと、公園の中央で3m程の小さな手作りの舞台の上で踊る女の子の姿があった。


「あれは……アイドルのライブか?」


 アイドル、と口に出てしまったが曲は知らないし、観客も数人ほど。それにこんな住宅街で手作りのステージじゃ、どう考えても一般人に毛が生えた程度だろう。アイドルというにはあまりにも程遠い。


「皆さまお聴き頂きありがとうございます!最後の曲は私、宮鷹由莉奈のオリジナルソング――『ひょっこり田舎からジャンピン!』でした!」


 俺が来てすぐ曲が終わると、そのアイドル――宮鷹由莉奈はマイクに向かってそう話した。


 そして「ありがとうございます」と言って自作のチラシを持って観客達に配り始めた。

 そして最後に、奥の方で見ていた俺の前に来た。


「本日はお越し頂きありがとうございます!ユリーナの曲、どうでしたか?」


 眩い微笑みを浮かべる宮鷹。

 その純粋で曇りの無い微笑みは、オーラのような物を感じてしまう。

 それに大きな栗色の瞳、瞳と同じ栗色の髪は動きやすいようポニーテールにまとめられていて、彼女が動く時に揺れるそのポニーテールから香る香りは、少し甘く良い匂いがした。


 顔も整っていて可愛らしい。テレビに出ているアイドルと遜色は無いとも思う。


 なんなら正直滅茶苦茶タイプの顔だ。小動物のような可愛らしい声も俺の心をくすぐる。


「あ、え〜っと……途中からしか聞けてないですけど、その……なんか太陽みたいな感じで、良かったです」


 だから俺は急に話すのが恥ずかしくなり、やや目を背け宮鷹に話した。


「太陽――」と言って宮鷹は少し硬直する。だが、


「ありがとうございます!そんな風に言って頂いて、ユリーナとっても幸せです!」


 そう言って宮鷹は微笑んでくれた。

 気持ち悪かっただろうかとも思ったが希薄だったらしい。


「そ、そう……良かったよ。頑張ってね」


「はい!」と宮鷹は子犬のように元気な声で返事をする。


「ユリーナ、毎日ここでライブしてるので是非また聴きに来て下さい!あなたにまた太陽だと言って頂けるよう、頑張って歌わせて頂きます!」


「う、うん。分かった」


「約束ですよ!はい!」


 そう言って宮鷹は俺の左手をとった。

 細くしなやかな宮鷹の小指が、俺の小指と絡み合った。


「ゆ〜びき〜りげ〜んまん!う〜そついたらユリーナのげ〜きおこ!指切った!」


 一方的に宮鷹はそう言うと「エヘヘ」と照れた。


「…………」


 運命というものを信じる俺ではないが、こればかりは運命を感じずにはいられない。


(うん、絶対また来よう。てか一生推そう。たとえ何千回、何万回俺が生まれ変わろうと)


 そう俺は心に固く決めた。


「じゃあまた、よろしくお願いしますね!ばいリーナ☆」


 ピースサインをしながら手を振るという特殊な別れの挨拶をしながら、宮鷹はステージへと戻った。


「まだまだ駆け出しのひよっこアイドルですが、夢は武道館!精一杯頑張りますのでよろしくナ☆‼︎」


 ステージの上で決めポーズを宮鷹が取る。

 数人ほどの観客からまばらな拍手が上がった。武道館という夢は相当遠そうだが、頑張ってほしい。


 そう願い、俺も彼女に拍手を送った。


「キミも彼女の応援かい?」


 おもむろに、キッチリとしたスーツを着たサラリーマンの男性に声をかけられた。


「あっ、いや……そういうわけじゃ。ただの通りすがりで」


「あぁ、そうだったのかい……。ごめんね、つい勘違いをしてしまった」


 ほのかに香るシトラスの香水、爽やかに髪は短く整えられ、ジェルに固められた前髪と黒縁の眼鏡は雰囲気だけでも相当に優秀な人物であるのが窺えるが、痩せこけ、色味の感じられない肌からは不健康そうだ。


「いやはや、早とちりは良くないねぇ……若い子に宮鷹さんがちゃんと応援してもらえると思うと嬉しくなってしまった……」


 疲労が溜まっているのか少し掠れた声でそう笑うと男性は肩を落とした。


「お兄さんは、彼女のファンなんですか?」


 俺のその質問に「ハハッ」と男性は笑う。


「“お兄さん”だなんて、そんな呼ばれ方をされたのはいつぶりだろう。なんだか嬉しいな。けど僕ももう今年で三十路。立派な叔父さんだよ」


「少し良いかい?」男性はそう言うと胸ポケットから電子タバコを取り出し、こちらに見せた。

 それに頷き承諾すると、公園の脇に逸れた所に一緒に移る。


「ファンか――そうだね。僕はそんな言葉で喩えられる程彼女に入れ込んでいる訳ではないんだ。どちらかといえばキミに近いかも。ただの通りすがりの延長線」


 男性はどこか寂しそうにそう言うと、タバコの煙を吹いた。

 その白い煙はどこへ行くでもなく、空気に溶けてすぐに見えなくなった。


「彼女、アイドルを自称しているけど何処の事務所にも属してないんだ。そのポスターも彼女のお手製なんだよ」


「え、そうなんですか……?」


 売れないアイドルだとは思っていたが、まさかアイドルですら無かったとは予想外だ。


「凄いよね。どこの所属でも無いのに、彼女は武道館を目指しているんだ。自分で考えて、自分で行動している――多分僕は、彼女のその生き方に見惚れてしまったんだと思う」


 そう言って男性はまたタバコの煙を吐いた。


「キミは今、高校生かな?」


「はい。高2です」


「そっかぁ。高校2年生――何でも出来るね。将来の夢とかあるの?」


「いえ……お恥ずかしい事に特には……」


「ハハッ、恥ずかしくなんて思わないで良いんだよ。それだけ決めかねるぐらいキミには無限の可能性があるってことなんだから。大いに悩んで、決めれば良いよ」


「お兄さんは、俺ぐらいの時に将来の夢とかあったんですか?」


 俺の質問に「…………」と男性はタバコを吸う手を止め、目を伏せた。

 ややあってから口を開く。


「いや、僕には無かったよ。夢を持つ勇気が、僕には無かった――」


 いそいそとステージを片付ける宮鷹の方を見ながら、男性はそう話した。


「夢を持つ勇気が無かった、ですか……?」


「うん」と男性は頷く


「僕の家計は名の知れた製薬会社を運営する所でね。僕が夢を持つという事は、その会社を継ぐという一番良いルートから外れるということなんだ。だから僕はそれが怖くて――挑戦して失敗してしまう事が怖くて――両親の言う事に肯定して、その会社にコネで予定通り就職したんだ」


 そう言うと、ため息代わりに男性はタバコを一気に吸ってその煙を吐いた。


「宮鷹さんをみてるとね、思うんだ。彼女のように僕も何かに熱中していたらどうなったんだろうって……多分僕は、彼女にあるはずのないif(イフ)の自分を重ねてしまっているんだ」


 そこまで言って男性は「なんてね……」と言って自虐的に笑った。


「そんな訳ないのにね。僕はただの弱虫の意気地なし。たとえそんな世界があったとしても僕は何も変わらない。誰も信用出来なくて、自分から行動を起こす事ができない弱い自分のままなのにね……」


 直後、ピピピッ、と男性の胸ポケットにある携帯から無機質な着信音が響いた。


「ごめん、ちょっと出るね」


 一瞥し、男性は電話を取る。


「はい、()()です……」


 そう男性は名乗った。


「社長――はい、はい……。そうです鹿島(かしま)の提出した書類にミスが……先方の方は……?分かりました。はい、私が責任を持って対処致しますので」


 神倉というその男性は、目の前には誰もいないというのに電話越しに何度も頭を下げていた。


「はい、もちろんプロジェクトに遅れは出しません。無論です。これは私の善意事業という形で、無給でやらせて頂きます。はい、すぐ会社に戻りますので、はい、失礼致します」


 電話を切って、神倉はやつれた笑みを浮かべた。


「ごめんね、お見苦しいところを。今から仕事が入っちゃったみたいだ」


「だ、大丈夫ですか……?体調悪そうに見えますが」


 今の電話に相当なストレスがあったのか、男性の額には脂汗が浮かび、掠れた声は不健康な雰囲気に拍車をかけた。


「はは、心配ありがとう。でも大丈夫――大人はね、強いんだ」


 そう言って神倉はまた感情を殺した大人の微笑みを浮かべた。


「またね、久しぶりに若い子と話せて楽しかったよ」


 疲労した笑顔でそう言うと、神倉は手を振り去っていく。


「は、はい。さようなら」


 丸まった猫背のその背中は、言葉とは裏腹にとても弱々しいものだった。

 けれど俺は、そんな彼に何の言葉もかける事も出来なかった。

「頑張れ」なんて言葉は、一回り以上も歳が離れた俺が言う言葉ではない。


「もしキミのような人が近くにいてくれたら、僕はもっと変わることが出来たのかな――」


 去り際に、神倉が何かを呟いた。


「え……?」


「いや、何でもないんだ」


 だが神倉はそう言って笑うと、今度こそ俺の前から姿を消した。


 それから数日、俺は宮鷹由莉奈のライブを見に足を運んだが、神倉というあの男性の姿を見る事は無かった――

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