表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
52/61

この世界の終わり Ⅱ

長かった玲美ちゃん攻略編も終わり、ようやくこの世界の話の終わりに入れる喜び。

「え…………」


 教室に、乾いた音が響いた。

 俺の右手には痺れる感覚。

 そして目の前には、自分の左頬を抑える保泉の姿があった。

 彼女の左頬は赤く腫れ、痛々しさが俺にまで伝わってきた。


「謝れよ――」


 人をここまで憎いと感じるのも、人に手をあげるのも随分と久しぶりの事だった。


「作道さんに謝れ」


 腹の奥底から溢れるドス黒い感情に飲まれ、今にも激昂しそうになってしまう感覚がある。


「え……怖いな二階堂くん……どうしたの?酷いよ、そんな叩くなんて。痛いじゃん……」


 いつもと同じおどけた様子を見せる保泉だが、平手打ちされたショックで今にも泣き出しそうな表情をしていた。


「な、なんで……?なんでそんなに怒るの二階堂くん?事実じゃない?だって作道さんは親がいないから素行が悪いし、成績も悪いんだよ?守る価値無くない……?」


 狼狽する保泉に、俺は静かに一言だけ言い放った。



「保泉さん――俺にも、両親はいないよ」



「ぁ……」


 その言葉に保泉は驚き目を丸くした。


「違うの……違うのよ二階堂くん……私は別に、二階堂くんにそう言いたかった訳じゃ……」


 狼狽した様子でそう訴える保泉。

 だが俺を含め、誰も保泉の言葉に耳を貸す人はいなかった。


「私……私、ホントに二階堂くんを助けたいってそれだけで……だから悪気は無くって……ッッ!」


 保泉と目があった人間は、全員気まずそうに目を背けていく。


「――ッ!」


 そのいたたまれない状況に、保泉は唇を噛み何かをグッと心の奥に堪えた表情をすると教室から走り去っていった。


 俺は他の生徒達と同じように、ただその状況から見て見ぬふりをした。


 そして一限目の始まる前、保泉は早退したと先生から報告があった――



 xxx



「ねぇ見た?あいつの慌てる顔ちょースッキリしたよね‼︎マジ爽快って感じ‼︎」


 放課後。

 俺はややテンションの高い玲美と共に帰路を共にしていた。


「でさでさ二階堂、明日アイツ学校来るか100円掛けない?私はちなみに来ない方に――」


「玲美……」


 はしゃぐ玲美言葉を、俺は低い声で遮る。


「そういう言い方は良くない。保泉さんがあんな事をしたのは俺のせいなんだ。保泉さんも被害者なんだよ……」


 俺が最初から保泉さんに向き合っていれば、保泉さんの気持ちを邪険にしていなければ今回の事は防げたはずなんだ。

 みんなの注目が集まってる中であんな退場の仕方をすれば、彼女の心の傷は相当なモノだろう。

 頬の傷は時が経てば治るだろう。

 けれど傷ついてしまった心がもう戻る事はない。

 取り繕う事は出来たとしても、一度出来た心の傷は癒える事は無い。


 俺は彼女に一生の傷を負わせてしまったんだ。


『親がいないクズなんて、庇う必要ないよ!』


 今朝のあの言葉――保泉さんが本心で言った訳じゃないのは分かっている。

 だが俺は、それでも彼女に手をあげてしまったんだ。


 彼女のあの言葉は、玲美も、それに奏熾と詩道――なにより文那の事も(ののし)られた気がして許すことが出来なかった。


 委員長になっても、人の為にといくらお膳立てしても、そんなの言い訳でしか無い。

 俺は自分のエゴで人に手をあげてしまった――最低な人間だ。


「はぁーーー…………本当何やってんだろ俺…………この歳にもなって殴ることでしか解決出来ないとか子供過ぎるだろ…………」


 自分への恥ずかしさやら無気力やら怒りやらがごっちゃになって、俺は思わずその場にうずくまった。


「ちょっ……こんな所で座り込まないでよ……一緒にいる私が恥ずかしいじゃん」


 玲美が周りを気にした様子で俺へと話しかける。

 不良っぽく見えるところもあるが、やはり根は普通の少女だ。


「だってしょうがないじゃないか……今朝の事思い出すとさ……」


「はあぁぁぁぁ…………」とため息が無意識に溢れる。


「二階堂――ちょっと良い奴過ぎるんじゃない?」


「良い奴なもんかよ。保泉さんを叩いてあんな見せしめみたいな事して傷つけたんだぞ……」


「まぁね。確かにそれは事実。二階堂はか弱い女の子を叩いて黙らせた最低DV男よ」


「やっぱそうだよなぁ……DVかぁ……」


 言葉にして真実を告げられるとやはり心に来る。

 そうだよな、やってる事は完璧DV男と変わらないんだよな……。


 落ち込み再びため息をつく俺に「けど――」と玲美が口を開いた。


「二階堂が最低DV男なのには変わりは無いけど、少なくとも私はスッキリした。だから、ありがとう」


「え……?」


 玲美から聞いたことないその御礼の言葉に、思わず顔をあげ玲美を見た。


「二階堂は誰かの敵になったかも知れないけど、私からすれば、悪役を成敗してくれたヒーローだよ」


 と言って玲美が珍しく微笑んだ。


「人間なんて完璧じゃないんだからさ、みんなに好かれる事なんて出来ないよ。あそこで二階堂が保泉の味方をしてたなら、私は今二階堂の敵だった――世の中そんなもんだし、折り合いつけるしかないよ」


「玲美――励ましてくれてるのか?」


「ま、そゆこと。二階堂には今日お世話になったしね。少しぐらいは玲美さんのカウンセリングサービスぐらいはしてあげますよ」


「カウンセリング――ありがと、なんか元気出た」


「そうでしょ。初診は無料だけど、次回からは1万円受診料に貰うから」


「高ッ⁉︎ぼったくりもいいとこだろ……」


「ならもうかからないようにしな!そしたらお金使う必要ないでしょ?」


「たしかに」と言うと同時に、俺の鼻が鳴った。


「ほら、早く帰るよ」


「あぁ」


 頷き、俺は玲美と再び歩き始める。


(折り合いをつける……か)


 それは今の俺には難しい。やはり心のどこかで、全ての人に好かれたいと願ってしまう。

 けれどいつかは、何かに優先順位をつけないといけないんだろう。


「元気だしなよ。今日は気分良いし私が貧乏な二階堂に手料理作ってあげるから」


「本当か!」


 嬉しい。

 女子から手料理振る舞ってもらえるとか普通にテンションが上がる。


「何食べたい?和食、洋食、中華とかそれなりに何でも作れるよ」


「マジ⁉︎じゃあ無難に肉じゃがが良い!」


「え?なんか普通じゃない?切って煮込むだけだよ?」


「それが良いんだ。家庭の味って気がするだろ?」


「うっわ……なんかキモい……」


「何故……⁉︎」


(家庭の味って死語だったのか?それとも肉じゃが自体がキモかったのか?)


「なんか私に家庭の味求めるとか、二階堂と私が夫婦――」


 そこまで言って玲美は、


「い、いや別に何でもない!」


 といきなり会話を遮った。


「……ん?どう言う事だ?」


「何でもないって言ってんの!今の無し!要望通り肉じゃが作ってあげるから黙って!」


「は、はい……」


 俺はすっかり体に染み付いた癖で、玲美へすぐに言い包められる。


 まぁいいか。蹴られて無理やりひれ伏せられる昔より全然マシだ。


「楽しみだなぁ肉じゃが。俺も多少料理は出来るんだけどそういう凝ったのは作れなくてさ、妹もあんま料理出来るタイプじゃないしだから――」



「ねぇ――」



 玲美の家の前あたりまで来たところで、おもむろに玲美が口を開くとその場に立ち止まった。


「どうした玲美?」


「ごめん。やっぱり今日は無し。明日にして」


「え……?どうしてだ?なんかあったのか?」


 俺は玲美の方を向きそう問いかけた。

 玲美は俺の方には向いておらず、自分の家の前へと視線を向けて静止していた。


(誰かいるのか……?)


 夕日に照らされ、黒い影が玲美の家の前にあるのが見える。


「別に何も。いいから早く帰って――」


 玲美から漂う圧倒的拒絶のオーラ。

 何を言っても聞いてはくれないだろう。


「……うん。分かった。じゃあまた明日な」


 俺はそう言って手を振り、そそくさとその場を後にした。

 そして、角を曲がり玲美の死角へ回ったところで止まった。


 あの玲美のただならぬ雰囲気。

 家の前にいる人物が玲美の性格を歪めてしまった張本人の可能性もある。


「だとすれば、見過ごす訳にはいかないよな」


 玲美が俺がいなくなったのを確信し、家の前へと行った所で俺もすぐに後をつけ、二人を視認できる位置で電柱の後ろに身を隠した。


「あなた――」


 家の前にいる人物を見るなり、玲美の表情は凍りついた。


「あ……お、おお帰りなさい。玲美ちゃん」


 (ども)り気味な声で、その家の前にいる女性が玲美に話しかけた。

 人と話す事が苦手なのか、女性の視線は玲美の顔からやや左端へと向いて地面に向けて喋っている。


 染めているのか相当なストレスなのか、その女性の腰まで伸びた長い髪は白く輝き、肌も雪のように白く血が通っているようには見えない。まるで同じ人間じゃないみたいな、不思議な雰囲気の女性だ。


 服は髪色と同じ白いワンピース。顔立ちや雰囲気から一回り程年上だろうという印象を受ける。


「あなた……もう来るなって言ったよね……」


 静かだが、怒りのこもった声で玲美が口を開いた。


「で、でも……玲美ちゃんと、それに奏熾くんと詩道くんの事心配で……みんなまだ学生でしょ?ご、ご飯とかちゃんと食べれてる?わ、私持ってきたから食、食べてほしくて――」


 女性は酷く慌てた様子で手に持った紙袋を差し出した。


「れ、玲美ちゃんのお姉ちゃんお料理上手だったから、それよりは私なんかの作るのは美味しくな、無いとは思うんだ……けど、が、頑張って栄養つくようにって作ったから……あとねこれ――」


「うるさいッッ!」


 玲美は叫ぶと、女性の手から紙袋をはたき落とした。

 紙袋から封筒と三つの弁当箱が落ちる。

 キツくバンドで締められていた弁当は中身こそ溢れはしなかったが、虚しくステンレス製の音を響かせ地面に落ちた。


「あなたが作った物なんて食べれるわけないじゃない!毒が入ってるかもわからない!」


「そ、そんな事し、しないわ!し、しし信じて玲美ちゃん!」


 女性は地面に散らばった物を拾い上げながらそう喋る。


「信じられるわけがないじゃない!まずあなた、私達の家に『もう来ない。これで最後だから』って約束したよね⁉︎」


「そ、それは……玲美ちゃんが心配だったから……玲美ちゃんは美空の大切な妹さんだから……」


「やめてッッ!あなたがお姉ちゃんの名前を呼ばないで!」


 玲美のその怒号に女性は「ご、ごごごめんない……」と狼狽した様子で謝罪した。

 けれど玲美はその言葉に耳を貸さず、自宅の扉を開けた。


「二度と来ないでッッ!もう私達家族に付き纏わないでッッ!」


 そう言うと、玲美は衝撃音を響かせ扉を勢いよく閉じた。


「…………」


 閑静な住宅街は、すぐに静寂に包まれた。


「……また、駄目だった……」


 地面に項垂れたまま、女性は弱々しく呟く。


「私が屑で糞でどうしようもない人間だからだ……緊張すると上手く喋れないし……誰も私の言う事を聞いてくれない……私が気持ち悪くなかったらもっと上手く出来てたのに……玲美ちゃんごめんなさい……奏熾くんごめんなさい……詩道くんごめんなさい……」


 女性は親指の爪を噛みながらブツブツと玲美達に向け謝罪している。

 爪の破片がボロボロと地面に落ちていく。


「私があの子達のお姉ちゃんにならないといけないのに……美空の代わりに私が頑張らないといけないのに……どうしよう美空……私、私じゃやっぱり分からないよ……ごめんなさい……怒らないで美空……」


(傍観しているのも気がひけるし、手を貸すか)


 そう思い立ち、俺は静観するのをやめて女性に近づき声を掛けた。


「大丈夫ですか……?」


「え…………⁉︎ぁ……は……ぃ……」


 女性は酷く狼狽した様子でそう答えた後、すぐに俺から視線を逸らし俯いた。

 極度の人間不信なのだろうか。

 ワンピースの袖先から覗く腕は棒のように細く、まるで栄養が通っているようには見えない。風が吹けば折れてしまいそうだ。

 だがそれに比べて胸元は異様に大きい。だが服の隙間から見える鎖骨部分には脂肪が無く皮しか無い。不健康そうなのには変わりはなかった。


「ごめんなさい。俺、あいつの友達なんですけど少し玲美、キレやすいところがあって……」


「れ、玲美ちゃんの友達……そ、そそそうですか……」


「貴方は?玲美のお知り合い……なんですか?」


 知り合いと言ったところで少し言葉に詰まった。

 知り合いではあるだろうが、先程までの不穏なやり取りをみるに玲美とこの女性はそんな言葉で片付けて良い関係ではないのだろう。


「お、お知り合いっていうか……その…………わたしは……………ただ…………」


 女性は地面に独り言のようにそう呟くと、そこで言葉を止めた。


「…………」「…………」


 気まずい静寂が空間を支配する。

 やはりあの質問は良くなかったらしい。


「ご、ごめんなさい。答えづらいなら別に良いんです。迷惑でしたよね……」


 俺は愛想笑いを浮かべ、落ちている弁当箱を袋に詰める。


「な、何なのこの人…………なんで私に話しかけてくるんだろ…………気持ち悪い…………気持ち悪い…………早くどっか行ってよ…………」


「……?」


 地面にブツブツと呟く女性に、俺は首を傾げた。


「玲美ちゃんの友達なら私も友達ってわけ?なんで男ってこうやってデリカシーがないんだろ……最悪汚物底辺存在しないで欲しい……早く目の前から消えないかな……」


(この人、心の声が漏れてるのに気づいてないのか?それとも俺に嫌がらせをする為にわざと言ってるのか?)


 俺としては善意で物を拾ってる分、正直心地良いものではない。



「あの、そういう言い方されるのは不本意なんですけど――」


 俺は女性に手を伸ばす。



「触らないでッッ!」



「……痛っ⁉︎」


 女性は突然叫ぶと、俺の手を長い爪で引っ掻いた。

 突如走った鋭い痛みに俺は思わず尻餅をついた。その隙に女性は立ち上がると、なりふり構わずその場から逃げ去っていく。


「あ、待って……!」


 俺はすぐに叫ぶが、女性は止まる事なく俺の前から姿を消してしまった。


 結局その場には、散らかった弁当箱と一枚の封筒と放心する人間一人が取り残された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ