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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
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一場の春夢 Ⅳ

「おにぃーちゃん!」


「……⁉︎」


 深い眠りについていた頃、文那の大声により俺は意識を覚醒させた。


「よっ、朝だぞ」


 その言葉を聞き、窓の方を見る。

 窓からはカーテンの隙間から朝日が溢れ、1日の始まりを表していた。


「ふあぁ……そんな時間か……」


「眠そうだね。昨日割と早く眠ってなかった?」


「早くとこには着いたけど、眠れなかったんだよ」


 もう一度大きなあくびをし、俺は昨日の事を思い出す。


 昨日――玲美と奏熾が喧嘩をした日、俺は二人に土下座をして謝った後、居た堪れなくなりそのまま作道家を後にした。

 家に帰って文那と何か色々話をした気がするけど、正直あまり覚えていない。

 結局その後布団に入り寝転がったものの、玲美達の事を考えると気持ちが落ち着かず、全く眠れなかった。


「全く……お兄ちゃん仮にもクラスの代表なんだからさ、そんな眠そうな顔して学校行っちゃダメだかんね」


 やれやれ、とまるで母親のように呆れる文那。

 既に制服へと着替え終えている文那は、床に置いていた学生鞄を拾い上げると再び口を開く。


「じゃあ私、先学校行ってるから。ちゃんと身だしなみ整えてから学校行くように」


「分かった。気をつけてな、文那」


「ほいほい。お兄ちゃんこそ遅刻しないよう、お気をつけて下さいませ」


 そう言って文那は部屋のドアまで行った後、立ち止まって俺の方を振り返る。


「あと朝食の目玉焼き、フライパンの中にあるから。ちゃんと食べてきなよ」


 そう言い残すと、文那は部屋を後にした。


「ほんと……口は悪いけど出来た妹だ」


 文那がいなくなった事でしんと静まり返る部屋。

 その静けさが、前にどこかで感じたような気がして、俺は孤独というのを肌で感じた。


「早く行こう……」


 その恐怖に駆られるように、俺は急いで身支度を済ませると学校へと向かった。



 xxx



「なんか元気ねぇな。大丈夫か二階堂?」


 朝。

 教室の机で頬杖をついていると戸塚が話しかけてきた。


「昨日ちょっと色々あってな……寝不足」


「ほほぉ。元気がいいですなぁ青少年くん」


 ニヤニヤと何かを言いたげに戸塚は笑う。


「そう言うのじゃないって……」


 何故高校生の思春期男子というのは、こうも下ネタと結び付けたがるのか……。

 自然と漏れるため息。

 そのため息を付いた直後、教室前方の扉がガラガラと音を立てて開かれた。


「…………」


 教室の空気が変わったのを肌で感じた。

 さっきまで談笑が響き合い賑やかだった教室が、一瞬で静寂に包まれた。

 玲美は教室に入ると、何の気も無しに窓際の自分の席へと座った。


「すっげぇ――初めてみた」


 呆気に取られた表情で玲美を見つめる戸塚。


「何をだ?」


「何をって……そりゃあ作道さんが遅刻しないでちゃんと登校してるとこに決まってんだろ。一年の時も一緒のクラスだったけど、始業式の日から遅刻してきてたぜ?」


「どういう心境の変化だ?」と訝しげに玲美を観察する。


 玲美が初めて学校にちゃんと来た理由――多分それに心当たりがあるのはクラスで俺だけだ。


『俺が玲美の事を信じてる。ただその気持ちだけは信じて欲しい』


 昨日俺が玲美に言った言葉。

 それが少しでも伝わって玲美がこうして学校に来てくれたというのなら、それはこの上ない喜びだ。


「ねぇアンタ――」


 おもむろに振り向いた玲美が俺を睨む。


「ジロジロ見ないで、見せ物じゃないんだけど」


「ご、ごめん!」


 慌てて頭を下げ、玲美へと謝罪する。


「キモ…………」


 ボソッと傷つく言葉を残し、玲美はスタスタと自分の席へと行くと乱暴に椅子を引き、座った。


「はは〜、作道さん本当二階堂に対してはキツイな」


 そう言って笑う戸塚。


 どういう理由があって玲美がああなってしまったのかは分からないが、少なくとも玲美は今日、こうして学校に来てくれた。

 俺の気持ちが伝わっているのだと、信じたい。


『キモ…………』


 先程の玲美の言葉が痛く頭に響く。

 伝わっているのだと……信じたい……。



 xxx



 昼休み。

 授業の鐘が鳴ると同時にそそくさと席を立ち上がる玲美。

 俺はそれを見て、すぐに立ち上がり玲美に近づく。


「玲美、一緒に食べようぜ!」


 文那特製の弁当を抱え話しかけた。


「冗談言わないで、誰がアンタなんかとそんな事」


 玲美の表情がいつにも増して強張る。


「アンタ勘違いしてるみたいだけど、昨日の事と今日私が学校に来たのは関係無いから。ただの気まぐれだし、自惚れないでよ」


「別に俺はそんな……ただ玲美と一緒に弁当食った方が楽しいかなって、それだけで――」


「はぁ?何でアンタが私と弁当食べて楽しくなるわけ?アンタと私、全然仲良くないよね?」


「いや、そうなんだけど……そうじゃないというか……」


 歯切れの悪い俺の返答にいらついた玲美が「チッ」と舌打ちをする。


「アンタの目的なんて言われなくとも分かってるわ――」


 俺より背の低い玲美の視線が、俺を睨んだ。


「私が学校に来ただけで成果は充分でしょ?これ以上アンタのポイント稼ぎに、私を付き合わせないでよ」


「ポイント稼ぎって、そんな……」


 瞬間、ザザザと壊れたテレビのような不快な音が頭に響く――


『まぁ委員長はそうやって先生から点数稼ぎとかしてるのかもしれないけど、俺は別にその邪魔をしよとは思わないからさ、放っといてくれよ』


 久しぶりの感覚――記憶に無い記憶だ。


 夕暮れの学校の廊下。

 目の前にいるのは見知らぬ黒髪の同い年くらいの少女。


 その少女は俺に、何かを訴えている。

 だが俺はその少女に酷い言葉を掛けていた。

 その言葉に、一瞬少女の黒い瞳が動揺したのが見える。

 だが少女は臆する事なく、俺に何か話し続けた。


 いつの記憶だ?

 俺はこんな事を言っていたのか?

 それにこの女の子は一体――



「おい、二階堂」



 突然、肩を叩かれ俺は意識を現実へと引き戻される。

 背後を振り向けば、そこにあったのは心配そうに俺を見つめる戸塚の姿だった。


「大丈夫かよお前、顔真っ青だぞ?」


 言われて、自分がたまのように汗をかいているのが分かった。


「あれ、玲美は……?」


 いつの間にか玲美が消えていた事に気付き、俺は辺りを見渡す。

 教室には友達同士で机を合わせ談笑する生徒がいるが、その中に玲美の姿は無い。


「作道さんなら、さっきお前と話した後教室から出てったぜ?お前目の前にいただろうよ」


「いや急に貧血で……気付かなかった……」と俺は弱々しく首を横に振る。


「作道さん。やけに怒って出てったけど、お前また何を怒らせるような事言ったんだ?」


「怒らせるような事を言った訳じゃない。ただ……玲美と一緒に弁当食おうって、言っただけなんだが……」


「弁当を一緒に――」


「ふむ」と顎に手を当て何かを考え込む戸塚。

 そしてしばらくすると、


「まぁ二階堂。作道さんと付き合いたくて早る気持ちは分かるが、あんま急ぎすぎんな」


 ポンッと諭すように戸塚が俺の肩に手を置き微笑んだ。


 ダメだコイツ……完璧に何か間違った認識をしてしまっている。


「戸塚……お前何か勘違いしてるぞ。俺は別に玲美と付き合いたいとかそういうわけじゃ――」


「はいはい分かってる分かってる。みーんな本音を隠す時はそう言うんだよ」


 話す俺の言葉を遮り「アハハ」と随分と楽しそうに戸塚は笑う。


 全く話を聞いてねぇ……コイツ。


「オーケーオーケー!まぁそういう恋愛絡みなら俺、結構得意だからさ!アドバイスしてやるよ!」


「だから求めて無い――」


「じゃあ先に屋上で場所とってるから、早く来いよな二階堂!」


 言うが早いか、俺の返事も聞かずに戸塚は弁当を持って教室を出て行ってしまった。


「はぁ……」


 思わずため息が溢れる。

 全く面倒な奴に見られてしまった……。

 ただ俺は、玲美と二人で話したいっていうそれだけだっていうのに。

 ただ話して、笑って、その笑う玲美の顔が見たいっていうただそれだけで――


「ん……?」


 ふと思考が止まる。


 俺は一体、玲美とどうなりたいんだ?


 玲美に近づこうとしたきっかけ――それは小さな玲美と一緒に家族として過ごす夢を見たのが原因だ。

 あの夢があったから、俺は玲美にどこか心を惹かれてこんなにも関わりをもとうとしているんだと思う。


 だがその後はどうする?


 仲良くなるきっかけを持てたとして、一緒に弁当を食べれるようになって、一緒に帰れるようになってそれで俺は――


『歩夢……触って……』


 刹那、ベッドの上で制服を着崩し、恍惚とした表情で俺の顔を見つめる玲美の姿が浮かんだ。


「ち、違う違う!何考えてんだ俺⁉︎遂に脳がイカれちまったか⁉︎」


 一瞬流れた妄想を頭を振って必死で揉み消す。

 こんな事を考えているような状況じゃないし、俺が玲美に近づく理由は、決してそんな邪な理由じゃない!

 俺はただ、玲美と仲良くなりたい。

 友達になりたいっていう――そう、超健全な理由なんだ!


「二階堂くん、どうかした?」


 突然、横からクラスメイトに話しかけられる。


「ん……?君は……」


 少し日焼けした肌、肩ぐらいまで伸びた黒髪、制服の袖を肩まで捲った独特な着こなし。

 鼻腔をくすぐる香りはミントのような爽やかで運動部系の匂いがする。

 その独特な格好と香りで、俺は彼女の名前をすぐに思い出す事が出来た。


保泉(ほずみ)……(きょう)さん」


「アハハ!何その深刻な物言い!まるで記憶喪失だったみたいじゃん!」


 保泉は口に手を当て、こちらまで元気になるような快活な笑いを浮かべた。


「あ、アハハ!ちょっと最近歳のせいか、ボケが始まっててな」


「アハハ!何それ!二階堂くんギャグのセンスあるね!」


「笑ってくれたなら、よかった」


 俺の記憶があやふやな事に保泉はさほど気にしていないようだ。

 心の奥で安堵の息をついた。


「それで保泉さん、俺になんか用だった?」


「あ、それがね……えと……」


 ん?どうした?

 両腕を後ろに隠した保泉が急にもじもじと体をくねらせ、歯切れも悪くなった。

 トイレでも行きたくなったのだろうか。


「いや実はさ、今日たまたま友達の有洲(ありす)が休みでさ……だからぁその……さ」


 と、そこで保泉が急に腰を九十度に曲げ頭を下げると、俺の前に袋に入った弁当を差し出した。


「私と一緒に、お弁当食べたりなんかしてくんないかな!」


 少し焦ったような早口で、保泉はそう言い切った。

 運動部だからなのか、その保泉の大きな声量に若干圧倒されながら、俺は答える。


「あぁ……それが先に戸塚と食う約束しちまっててさ、ダメなんだ」


 三人で食べる事も出来るが、戸塚と話す内容が内容だ。

 俺と玲美との話を、あまり他の人間には広めたくは無い。


「だから、ごめん。また今度一緒に食おう」


「…………」


「ア、アハハハハ!な、何その真面目な返答!まるで私が告白して振られちゃったみたいじゃん!」


「ちょっとやめてよね〜」と冗談めいた口調で保泉は笑う。


「まぁ先客がいたっていうならしょうがないよね!私さ、一回二階堂くんとちゃんと話してみたいからさ、次予定無かったら二階堂くんから誘ってよ!」


「あぁ、分かった」と返すと、


「約束だよ」と言って、保泉がおもむろに片腕の小指を俺の方に差し出した。


「指切り」


 頷き、俺は保泉の小指に自身の小指を絡める。


「指切りげんまん、嘘ついたら絶対こ〜ろす!指切った!」


「はぁ⁉︎約束の対価重過ぎだろ⁉︎」


「アハハ!このクラスカースト一位の杏ちゃんとの約束は、それぐらいに重いって事だよ!」


 と言って保泉はニシシといたずらっぽく笑った。


「じゃあ私、待ってるから!絶対誘ってよね!」


 保泉はそう言ってくるりと軽く回ってみせると、教室を後にした。


「さて、俺も行かないとな」


 そう言う俺の足取りは、さっきより大分軽くなっていた。

 最初は戸塚の行動なんてただのお節介だとも思ったが、よくよく考えてみれば戸塚は非常によくモテる人物だ。

 そんな人物から直々にアドバイスをもらえるのであれば、これ以上に頼もしい事はない。


 きっとどうにかなるだろう。


 そんな期待感を胸に、俺は戸塚の待つ屋上へと向かった。

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