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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
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消せない罪、与えられない罰 V

 父に蹴られた衝撃でキリキリと鈍い痛みのある腹部を抑えながら、僕は机に座り、豪徳寺とのやりとりを思い返していた。

『俺は明日、この写真をマスコミに流すつもりだ』

 豪徳寺はそう言っていた。

 僕はずっと、自分の罪を償いたいと思ってこの2年間を生きてきた。

 なら今、豪徳寺がマスコミにその情報を流す事で、僕は警察に捕まり、きっと僕のその願いは成就する。

 今止める事は、本当はただ、僕は罪から逃げたかっただけなんじゃないか。その疑問が、答えの出ないままぐるぐると僕の頭を駆け巡っていた。

 だが気にかかる事があった。

『坊ちゃまが、幸せになる事です』

 いつか柏木の言ったその言葉が、僕の中であの時引っかかった。

 僕が捕まってしまえば、僕のために犠牲になってしまった彼の行いが無駄になってしまうのでは。そう思った。

 だがこれは、本当は僕が罪を償う恐怖から逃げているだけなんじゃないのだろうか。

 そうしてまた、振り出しへと考えが戻った。

「僕は……僕は、どうすれば……」


「坊ちゃま、顔色が悪いようですが、体調が優れませんか?」


「柏木……帰ってきていたのか」

「ノックをしてもご返事が無いようだったので、申し訳ながら勝手に入らせていただきました」

「そうか……ごめん。考え事をしていて……」

「こちら、イギリスより取り寄せました茶葉で仕立てたハーブティーでございます。心を安らかせる効果がありますので、ぜひお飲みになってください」

「……ありがとう。でもどうして」

 その疑問に、柏木はすぐに答えてくれた。

「扉の隙間から部屋の灯が漏れ出ていましたので、坊ちゃまは小さな頃から、必ず部屋の電気を消して眠る方ですので、何か悩み事にふけり、気付かないのではないかと思い立ち、お持ちいたしました」

「ふふっ……流石、柏木は僕の事をよく分かってるね」

「長いですから」

 冗談っぽくそう言って柏木は笑う。

 それを横目に、僕は机の上に置かれたそのハーブティーを一口飲んだ。

 淹れたてのお茶は温かくて、冷え切った僕の体だけでなく、その心までま癒してくれるようだった。

「……」

 ポツリ、と涙が僕の頬を伝いお茶の上に落ちると、緩やかな波紋をたてた。

「どうされました……坊っちゃま」

 心配そうな顔つきで、柏木が僕の顔を覗き込む。

「……柏木は、どうして僕にそんな優しくしてくれるんだい?」

「どうして――。そうですね……当たり前過ぎて、深く考えたことがありませんでした」

 数秒したのち、ゆっくりと柏木は言葉を紡ぎ答えてくれた。

(わたくし)はこの屋敷の執事として仕えて、もう50年になります。晴臣様のお父上であります、先代の万代(ばんだい)様の頃から雇われ、有難いことにずっとこの屋敷に身を置かせて頂いております」

 昔を懐かしむように頷き、柏木は話を進める。

「優宇様はその万代様の大切なお孫様であり、晴臣様の御子息であります。丁重に扱うのが、執事として当然のことでございます」

 執事として当然のこと。

 分かっていた答えではあったが、物悲しい答えだった。

 自分と柏木の関係は、やはりそこからは抜け出せてはいなかった。

 そう思ったすぐ、柏木は話を続けた。


「ですが……それだけでは無いと、私は思っております」


「え……?」

「私はこの歳になっても家内を持たなかったため、子供というものを持ちません。仕事にかまけた結果、いつの間にかこんな老いぼれになってしまいました」

 珍しく、自嘲を含んだ笑い方を柏木はした。

「自分の人生を振り返り、後悔をしていたそんな時……優宇様がお生まれになられました。あまりにも可愛くて可愛いくて、他の執事が担当するはずだった優宇様のお守りを、執事長の特権を利用して、その執事から奪い取ってしまいました」

 悪戯っぽく柏木は笑った。

 その表情に、思わず僕の顔も(ほころ)ぶ。

「そんな事をしていたのか」

「後にも先にも、あれ程意地になったのは初めてでした」

 柏木が自分のためにそんな事をしていてくれたなんて、と胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。

「優宇様はとても素直で頭もよく、それに奢らず誰に対しても優しい。その優宇様の成長を隣で見守ることで、親というのは、きっとこのような気持ちなんだろうと、厚かましながら、優宇様を通じ、そんな事を感じてしまいました」

 そこで柏木は一呼吸置いた。

「ですから坊ちゃまは、(わたくし)にとって自分の子供のような存在だったのです。そこに執事だからなど、余計な言葉はありません」

「柏木…………」

 柏木のその優しさに触れた事で、胸の奥からこみ上げてきた熱が顔を熱くし、大粒の涙となって僕の瞳から零れ落ちていった。

「柏木……ごめん、僕は……何も知らなかった」

「私の事を、聞かれてしまったのですね……?」

 僕のその取り乱した様子から何かを察したように、柏木そう問いかけた。

 僕は涙を流しながら、その問いに頷いた。

「いいのでございます……私ごときが西園寺家のお役に立てるのであれば、それはとても光栄で、名誉ある事でございます」

「そんなの……そんなの嘘だよ……」

 嗚咽を抑えながら、僕はそう言葉を紡いだ。

 自分の愛する甥を殺人犯に仕立てられ、その甥の母である妹夫婦を遠い異国の地に飛ばされ、家庭をに崩壊させられた。

 それがいくら敬愛する人による出来事だったとしても、その気持ちだけで抑えられる怒りや哀しみであるわけがない。

 ただそれを……柏木は『僕』だからと、それを言ってしまえば迷惑が僕にかかると知っていたから、ずっと黙って僕に接してくれていた。

 その献身的な心遣いがとても温かくもあり、冷たくもあった。

「坊ちゃま。私がいつの日か言ったことを、覚えていらっしゃいますか?」

 おもむろに、柏木がそう話を切り出した。

「彼の分まで幸せに……ってこと?」

「そうでございます。法というものは、私にはよく分かりません。けれど罰を受けるだけが、償いの方法では無いと私は思います」

 優しく諭すように、柏木は話始める。

「罪人は、坊ちゃまだけではありません。私もあの子の人生を奪ってしまった一人でございます。私の勝手な都合で……あの子は人生を潰されてしまったのです。私が罰を受けることであの子の時間が戻るなら、私はどんな罰でも受けましょう」

 そう言った後、

「ですがあの子の失った時間は……私がどんな罰を受けようと、戻ることは無いのです」

 哀しそうに、そう言った目を伏せた。

「……うん、そうだよね……僕が罰を受けても、彼の失った時は、戻りはしないんだよね……」

「ですが私は、私なりの方法でこの罪を償っていこうと考えています」

 力を込めた声で、柏木がそう告げた。

「方法っていうのは?」

「あの子の失った以上に尊い時間が、これから送れるよう私は全身全霊を持って、あの子を支えていくつもりです。失ってしまった時間は戻りません。ですが、これからの時間は、一緒に作り上げていく事が出来ます」

 そこまで言って、柏木は僕に微笑んだ。

「それが私なりの、償い方です」


『坊ちゃまが、奪ってしまった彼の分まで、幸せになるのです』


 ようやく、柏木の言っていたあの言葉の本当の意味が、理解することが出来た。

「僕も……出来るのかな。まだ、彼の為に生きる事は、間に合うのかな。彼の作ってくれたこの時間を、彼の分まで幸せに生きていく事は出来るのかな」

「えぇ、もちろんですとも」

 優しくそう言うと、昔から変わりのない微笑みを僕に見せてくれた。

「ねぇ柏木、その子の名前は、何ていうんだい?」

 興味本位。本当にそれだけの気持ちだった。

 僕の罪を被り、服役した少年。

 その彼がどんな人物なのか、名前だけでも聞いてみたかった。

「二階堂歩夢と、申します。家族や友人を大切に想う、とても優しい自慢の甥でございます」

「二階堂歩夢……」

 まるで心に刻み込むように、僕はその名前を口に出した。

「うん、とても良い名前だ」

 二階堂歩夢――僕は彼の為にも、幸せにならなくちゃいけない。

 彼の作ってくれたこの時間を、無駄になどしてはいけないんだ。

 お茶を飲み干し、僕は席を立つ。

「行かれるのですね」

「理由は、聞かないのかい?」

 その問いかけに柏木はゆっくりかぶりを振ると、微笑んだ。

「坊ちゃまが決められたことです。私はそれが正しいことだと信じております故」

「ふふっ、そうか。ありがとう柏木」

 部屋の出入口に向かう僕より少し早く柏木は歩くと、扉を開けた。

「行ってらっしゃいませ。坊っちゃま」

「うん、行ってくる」

 頷き、僕は玄関へと向かう。



「何処に行くんだ!優宇!」

 玄関の扉に手を掛けたところで、背後からそう怒鳴る父の声が聞こえた。

 振り返ると、スーツ姿の父が僕を見下し、睨み付けていた。

「けじめをつけてきます。もう人前で物怖じしなくともいいように、立派に前を向いて歩けるように」

 その言葉に、父は血相を変えこちらに近付くと、胸ぐらを掴み怒鳴りつけてくる。

「まさかお前――出頭するなどと馬鹿げた事を言うわけではないだろうな!お前の犯した罪のせいでどれだけの人間に頭を下げたと思っている!どれだけの恥をかいたと思う!」

 目を血走らせ、睨みつけるその瞳は、息子に向けられるそれではもはや無かった。

「俺には俺の大切な物があるんだよ!親父から受け継いだこの会社を……お前一人に潰されてたまるか!」

「そんなことはしないよ、父さん」

 父の手を掴み、遠ざける。

 こんな風に父に逆らったのは、初めてだった。

「……⁉︎」

「僕は僕のやり方で罪を償います。もう決して、父さん達に迷惑をかけるような事はしません。ですからどうか、父として、息子の僕を見送っては頂けないでしょうか」

 恐怖を堪え、僕は真っ直ぐに父の顔を見据えた。

「…………勝手にしろ」

 小さくそう呟くと、父は鼻を鳴らし廊下の奥へと消えていった。

「ありがとうございます。お父さん」

 呟き、家を出た僕はスマートフォンを取り出し、メールで豪徳寺に近くの霞浦公園に来るよう伝えた。

「幸せな学園生活を送る……」

 決意したその誓いを声に出し、僕は強い意志で霞浦公園へと走った。



 xxx



「どうしたよ、急に呼び出すなんて」

 夜中で人もいなく静まりかえった公園で、黒一色の装いに身を包んだ豪徳寺が立っていた。

「あの写真を、消してほしい」

 僕のその言葉に、豪徳寺は陰惨な笑みを浮かべた。

「ハハッ!やっぱお前はそうするだろうな。罪からは逃げたいもんな!」

 腹を抱え、下品に豪徳寺は笑う。

「頼む……」

「おいおい西園寺優宇様、頼むってなら図が高いんじゃねぇか?人に物を頼む時のやり方を教えられてこなかったのか?」

 豪徳寺のその言葉に、僕は恥を忍び両膝を地につけ、額を地面へとつけ土下座した。

「お願いだ。その写真を消してほしい」

「アハハハハッ!言い様だ!あの西園寺家の長男坊が、俺に平伏してやがるよ!」

 スマートフォンのシャッターを切る音が、夜の公園に響く。

「でも気に食わねぇんだよな……こうやって命じた事を何の感情も無くやっちまうお前がよ!」

「うっ……」

 背中を豪徳寺に踏み潰されたのだろう、という鈍い感触が走った。

「何の感情も無いなんて……そんな事はない。僕は彼のためにも、やらないといけないことがあるんだ」

 そう言葉を紡ぐと、体が熱くなっていくのを自分でも感じた。

「僕は……僕はッッ!彼の分まで、幸せな生活を送るんだ!」

「テメェみたいな殺人鬼が、まともな生活なんて出来るわけねぇだろ!」

「それでも……やらなきゃいけないんだ!彼の残してくれたこの時を、無駄にしてはいけないんだ!奪ってしまった彼の人生の分まで幸せに生きる――それが僕の償い方なんだ!」

「あぁーーそうかよッッ‼︎」

 蹴り上げられ、圧縮された肺から空気が無くなり思わず咳き込む。

「そういえばお前……その女みたいな顔、気にしてたよな」

 不敵な笑みを浮かべると、豪徳寺は僕の胸倉を掴み、ポケットから取り出したバタフライナイフの先端を突き付けた。

 街頭の白い灯が、それを不気味に光らせる。

「傷の一つでもつけりゃあ、箔が付いてカッコいいんじゃねぇか!」

(もうダメか……っ)

 だがこれで豪徳寺の気が治るなら、これで彼の犠牲を無駄にしないで済むのならそれでいい。

 恐怖から目を閉じ、そう覚悟を決めた時だった。


「女の子を虐めてんじゃねえッッ‼︎」


 怒鳴り声と共に、突然現れたボサボサの髪をした少年が豪徳寺に飛び膝蹴りを喰らわせた。

「がはっ……‼︎」

 その衝撃で、数度回転した後、豪徳寺は地面に叩きつけられる。

「大丈夫か、あんた?」

 豪徳寺を蹴り飛ばしたその少年が、僕の方へと振り向く。

 月夜に照らされる彼のその姿は、僕の目には物語に出てくるヒーローのように頼もしく映った。

主人公は遅れてやってくるもの。

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