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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
35/61

消せない罪、与えられない罰 Ⅳ

「でっさー、すげぇんだよ!後半後1分って所で円堂が――」

「マ〜?凄すぎねそれ?」

 ガラガラと音を立て、僕は自分の教室である3年A組の教室の扉を開ける。

「……」

「……」

 僕が教室に入ると、さっきまで楽しそうに談笑していたクラスメイト達が一斉に静まりかえった。

 蔑むような視線が、一斉に僕を見つめる。

 僕はその視線を気に留めないフリをしながら、窓際の一番奥の自分の席へと向かう。

 あれから――僕が東郷を殺したあの日から、僕の日常は何も変わりはしなかった。

 元より東郷による嫌がらせも僕、西園寺優宇の問題だ。

 彼が居なくなったところで、世界が変わるわけじゃ無い。 

「おい西園寺、ホームルーム終わったら裏に来い」

 席に着くなり、クラスメイトの豪徳寺がどすのきいた低い声でそう言った。

 東郷の鋭い目は、運動部らしく丸刈りで邪魔の無い分、余計鋭く見えた。

「……分かってるよ」

 歯切れ悪く僕がそう答えると、豪徳寺は中央の自分の席に戻り、友人と談笑を始めた。

 結局僕は、孤独のままだ。



「オラッ‼︎」

「ぐっ……」

 約束通り、朝のホームルーム後に教師達の目が届かない校舎裏に行くと、そこで僕はキツい一撃を頬に喰らった。

 内側の肉が切れ、舌に血の味が滲む。

「テメェ今日も平然と来やがって……あれ程来んなって言ったよな!死ねっつったよなぁ⁉︎」

 ただ校舎裏で殴られ続けるそれは、もはや虐めというより、リンチに近いただの暴力だった。

「何か言ったらどうだ!殺人鬼がよぉ‼︎」

 豪徳寺は、東郷の取り巻きの一人だった。

 僕を嘲笑い、嫌がらせを行うのは東郷の役目だったようで、彼と僕に直接的な接点はなかった。無論、僕が東郷を殺めるまでは。

 いくら父と母が金で示談したと言っても、そんなもので人の感情が抑えられる程、金銭の力は強くは無いし、世の中は甘くは無い。

 ただ僕は、一人の人間の命を奪った。

 これは紛れも無い事実だ。

 そしてその人間は、僕にとっては侮蔑に値する人間であったが、それと同じように他の誰かからすれば、敬愛に値する人物だったのだ。

「テメェ東郷をあんな目にあわせといて、なにまだのこのこと平然に学校に来てやがる‼︎」

「…………」

「黙ってんじゃねぇ‼︎」

「うっ……」

 腹部を踏みつけられた圧迫感で、今朝食べた物を吐き出したくなるのを必死に堪えた。

 僕は毎日繰り返されるこの苦しみに堪え―続けている。

 これは必然だから。僕の求めた罰のように感じられたから。

 東郷を尊ぶ人間に殴られる事で、自分の罪が少し軽くなるように感じられる――そんな気がした。

 逃げる事は、してはいけない。



 xxx



 1ヶ月後。

「がはっ……っっ……」

 いつもと変わらず、この日も僕は東郷により虐めを受けていた。

「ほんと相変わらず眉の一つも動かさねぇ。つまんねぇやろうだよテメェは」

 苛ついた様子で豪徳寺がそう吐き捨てる。

「だからよぉ……俺は今回、とっておきの物を見せてやるよ」

 今までにとは違う陰惨な笑い声をあげると、豪徳寺はスマートフォンに映された一つの画像を僕に見せつけた。

「それは……!」

 その画像を見ただけで、自分の血の感覚が引いていくのが分かった。豪徳寺により殴られ、強烈な痛みを発していた感覚も消え去った。


 その豪徳寺のスマートフォンに映し出されていた画像は、僕が東郷に跨り、ナイフを突き立てている様子だった。

「悪事千里を走るっつー事だ。お前の家を脅す時に使おうと思って、撮っといて正解だったな」

「…………こんな物が、まだあったなんて」

「おぉおぉイイ表情じゃねぇか。それだよ、その絶望に染まる顔を俺は見たかったんだよ」

 混乱する僕の様子を見て、豪徳寺が唾を撒き散らしながら、腹を抱えて笑った。

 だがそんな事はどうでも良かった。

 自分の犯した罪の証拠。そんな物が残っていた事への頭の整理がまだ追いついていなかった。

「もうお前を殴るのも飽きたしな。俺は明日、この写真をマスコミに流すつもりだ。楽しみにしとけよ」

「マスコミに流すって……それは――」

 そこで僕の言葉は止まった。

 僕は、豪徳寺にどうして欲しいんだ?

 その疑問が頭をよぎったのだ。

「お前が殺人鬼として報道されるの、楽しみにしてるぜ!」

 そう言い残し、彼は教室へと戻った。

 取り残された僕は、その後放心し、その後の授業についても何も集中する事は出来なかった――



 xxx



「「おかえりなさいませ。西園寺優宇様」」

 扉を開け家に帰るなり、広い玄関の脇に立ったメイド達が、一斉に寸分の狂いもなく同時に僕へと頭を下げた。

「ただいま……」

 そう言ってメイド達を見渡したとこで、ある異変に気付いた。

「あれ、柏木はどうしたんだい?見当たらないようだけど」

 僕のその問いに、若い執事が、歳とは不相応な程安定した声色で答えてくれた。

「執事長でしたら、本日は大事な用件があるとの事でお出掛けになられました」

「大事な用件……?何だいそれは?」

「申し訳ございませんが、お答え出来かねます」

「次期当主の僕でも、かい?」

 あまりこの文言は使いたくなかったが、事情を聞き出すためにはしょうがないと自分に言い聞かせた。

 だが僕の目論みとは異なり、たじろぐ様子も無く若い執事は続けた。

「はい。この件については、執事長より厳格に仰せ使っておりますので、たとえ優宇様であってもお答えは出来かねます」

(柏木がそこまで言うのか……)

「まぁいい、わかったよ。出迎えありがとう」

 僕はそう言うと、自室に向かう。

 柏木が居ないなんて、想定外の事だった。

 豪徳寺の件を、僕はいの一番に信頼のおける柏木に相談しようと思っていた。

(早く帰って来てくれるといいんだけれど……)

 焦る気持ちと共に、リビングに繋がる扉を通りがかったところで、中から父が会社の秘書と話す声が聞こえた。

「柏木は何処だ……?先程から見当たらないようだが」

「本日は()()()との面会のため、席を外しております」

 機械のような無機質な声色で、秘書の桐生(きりゅう)が答えた。

 まだ三十路にもいっていない女性だというのに、風格のある女性だ。

「……あぁ、そういえばそんな事があると言っていたな。今日だったか、彼の出所は――」

 飄々としてそう言った後、父が煙草に火をつける音が聞こえた。

「人を殺しても2年で出所とは、人の命なんて軽いものだな。こんな事ならあいつ優宇の社会経験のとして、入れてやってもよかったかもな」

「優宇様が禁固刑となった場合、西園寺グループに多大なる損益が被ると考えますが」

「そのぐらい分かっている。長年秘書をやっているのだから、冗談かどうかぐらい、見極められるようにしたらどうだ」

「申し訳ありません」

 気持ちのこもっているとは、とても思えない声色で桐生はそう言った後、話を切り出した。

「一つ、質問を宜しいでしょうか」

「あぁ、構わんが」

「どうして優宇様の代わりに犯人と仕立てたのは、柏木様の御氏族の方だったのでしょうか」

「……⁉︎」

 桐生のその言葉に、体を剣で貫かれたような衝撃が走った。

(僕の代わりになったのが……柏木の親族……?)

 だが僕の頭の整理がつかぬ間に、父が話を始めた。

「そんなの、考えればすぐ分かるだろ。どこの馬の骨かも分からん奴に罪を被せ、口を塞ぐのが面倒だからな。それに示談金を渡すとはいえ『この事実を世間に公表する』と言って私達の会社を脅し、金をせびろうとしようとするのは目に見えている。口封じを行なっている以上、こちらが下手に出るしかないと向かうは分かるはずだからな」

「利用しやすいがために……柏木様の御氏族を選んだと」

「使える駒は使え、親父のよく言っていた言葉さ」

 笑いを含んだ声で、父はそう言い放った。

「柏木を使うのは簡単だった。他の執事の家族を使うと言ったら、目論み通り柏木は自分から名乗り出てくれた。親父が何故柏木をずっと雇っていたか、ようやく理解出来――」


「どうことですか!父さん!」


 頭の整理はまだついていなかったが、いてもたっても居られなくなり、僕はリビングへと押し入った。

「……優宇。帰ってきていたのか」

 さも鬱陶しいといったような口調で父はそう言うと、僕の方も振り返ることすらしなかった。

「今の話、本当なんですか?柏木の家族が僕の罪を被ったって……それを父さんが脅したって……」

「聞いていたか……別にお前の気にするような事じゃない。早く部屋へ戻れ」

 父の口から煙草の煙を含んだ、白い溜息があがる。

「柏木の家族を奪ったというのに……なのに柏木を僕の隣にずっと置いていたというんですか⁉︎そんなのあんまりです‼︎」

「戻れと言っている‼︎二度も言わせるな‼︎」

 乱暴に灰皿に煙草を押し付け火を消すと、父が立ち上がり僕を見下した。

 幼い頃から刻み込まれた恐怖。

 それが自然と僕の体を強張らせ、喉が渇き、声が出なくなった。

「……っ」

「柏木の雇い主は俺だ。故に柏木は俺の所有物に過ぎない。それをどうしようが、俺の勝手だ」

「そんなの……間違ってます。柏木は物なんかじゃ――」

 震える声で訴える僕の腹に、父の蹴りが入れられた。

 学生の頃に合気道をやっていた父の蹴りは重く、鈍い痛みが全身に走った。


「黙れ――ッッ!元はといえば、誰のせいでそんなことをするはめになったと思う!お前があのカスの未練を晴らすという下らん理由で、人を殺したせいだろう!」

「…………」

 カス――母の事をそんな風に言う父を咎める言葉は、ただ嗚咽へと変わってしまう。

「晴臣様、神倉グループの取締役の方から御電話です」

「チッ……分かった」

 乱暴に桐生からスマートフォンを受け取った父は、蹲る僕を心配する事もなく、奥の部屋へと消えた。

「優宇様、今の内にお部屋にお戻り下さい。気持ちは分かりますが、晴臣様に何を仰られても、無駄かとお思われます」

「…………」

 桐生のその言葉に、僕はただ頷く事しか出来なかった。

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