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死んでていいから生きててほしい  作者: やりいかのフリット
37/61

消せない罪、与えられない罰 Ⅵ

「大丈夫か、あんた?」

 ぼさぼさの黒髪の少年が、僕の方へ振り向く。

「う、うん。おかげさまで。ありがとう」

「気にするな。勝手に助けただけだ」

 一言そう口にすると、少年は視線を倒れる豪徳寺へと向けた。

「痛つつ……何者だテメェ‼︎急に蹴り飛ばしやがって‼︎」

「女の子に刃物を向ける、お前のような下衆野郎に名乗る名などない」

 少年はやたら冷めた口調で話す。

「ああっ⁉︎気取ってんじゃねぇぞ‼︎」

 豪徳寺の攻撃を少年を前に、少年は目を閉じて微動だにしなかった。

 そしてーー

「ぐうぉっーー⁉︎」

 普通に顔面を殴られ、吹っ飛んだ。

「え……?」

 普通にクリティカルヒットしたそのパンチに、殴った豪徳寺ですら目を丸くして驚いた表情を見せていた。

「ク……ククク……。全然痛くねぇなぁ……」

(めちゃくちゃダメージ受けてる‼︎)

 言葉とは裏腹によろよろと体を左右に揺らしながら立ち上がる少年に、思わず心の中でツッコミを入れてしまった。

「何だよお前、全然大したことねぇじゃねぇか!」

「それはどうかな……?」

 少年は唇の端を吊り上げ不気味に笑うと、腰をかがませ前のめりの姿勢になると、高速(のような雰囲気)で豪徳寺との間合いを詰め、

「喰らえ!二階堂流殺人拳!虎唔肢木亜(トラゴエディア)‼︎」

 そう叫ぶと、強力な()()()を繰り出した。

「痛っっ……!蹴りじゃねぇか!しかも名前がクソだせぇ」

 予想外のその攻撃は見事に豪徳寺のこめかみを叩いた。

 ガタイの良い豪徳寺でさえも、その無茶苦茶な攻撃を受けた衝撃で片膝をついた。

「身の程を弁えたか。阿呆め」

 少年は腕を組み仁王立ちすると、豪徳寺を上から見下した。

「くそが……せこい手使っただけのくせによ……」

「ククク……そんな態度を俺にとっていいのかな……?」

 不気味に笑うと、少年は黒いコートのポケットから何かを取り出した。

 自分の顔の所までそれを上げたところで、外灯がそれを照らし、見ることが出来た。

 少年が取り出したのは、一般的な果物ナイフよりひと回り大きいサバイナルナイフと呼ばれる物だった。

「俺はついさっきまで、人を殺した罪で院にいたんだ。俺の機嫌を損ねたらどうなるか分からんぜ?」

 笑いながら少年は舌を伸ばし、ねっとりと手に持つサバイバルナイフを舐める。

 その切っ先で自身の舌を切ったのか、ナイフから赤い鮮血が滴り落ちる。

「一人殺っちまったんだ……それが二人になっても俺は構わねぇぜ?その命……刈り取ってやろうか?キヒヒヒ」

 少年のその狂気に当てられ、豪徳寺の顔が青ざめていくのが夜の中でもはっきり見えた。

「こ、こいつ本当にやべぇ……イカれてやがる」

 遭遇した事のない恐怖を感じた豪徳寺は、そう言い残すと一気に背を向け逃げ出した。

「ま、待て!写真を……!」

 逃げる豪徳寺にそう叫ぶ。

 謎の少年に見入ってしまい、本来の目的を完全に見失っていた。

「写真がどうかしたのか?」

 先程までとは違い、至極人間じみた口調で少年が僕に問いかけた。

「あいつの持ってる写真……。あれを僕は消さなくちゃいけないんだ。そうしないと、僕のために犠牲になってくれた人が無駄になってしまう……」

「分かった。任せろ」

 少年は猛烈な勢いでサバイバルナイフを振り回しながら豪徳寺を追いかけた。

「おらテメェ!スマホ置いてけ!」

「ヒ、ヒイィィ‼︎こんなのやるから勘弁してくれ‼︎来るなぁ‼︎」

 今にも泣き出しそうな声で叫ぶと、豪徳寺はスマートフォンを投げ捨て、消えていった。

 その落ちたスマートフォンを、少年が拾い上げる。

「なんだこれ……ホームボタンねえじゃん。どうやってつけるんだ?」

 うーん、と暫く唸ったあと、

「まぁ……壊せば解決か」

 少年はスマートフォンを地面に投げつけ、踏み潰した。

 壊れた事を証明するように、豪徳寺のスマートフォンから嫌な煙が上がる。

「おう!仕事はきっちりこなしといたぜ!」

 手を振り、満足げに少年がこちらへと向かってくる。

「あ、ありがとう……」

 先ほどまでの少年の狂気じみた行動が脳裏をよぎり、ぎこちない感じで僕は答えた。

「ははっ、そんな怯えなくていいよ。さっきまでのは演技だ」

「演技……?」

「そうそう、つい昨日までマッドサイエンテイスト……?とかいう奴が主役のアニメを見ててな。それが格好良くて真似してみたんだ!ここまで騙せるなんて、俺は俳優になった方がいいかもな!」

 ちなみにこれも、と言って少年はサバイバルナイフを僕に見せると、持ち手についているボタンを押した。

 するとナイフの先端から血糊が流れ出た。

「サプライズグッズなんだ。けっこう高かったんだぜこれ」

 ニシシ、といたずらっぽい笑顔を僕に向ける。

 快活な印象を受けるし、それが自然な感じもする。どうやらこの言葉に嘘は無さそうだった。

「いっつつ……それにしても、随分と乱暴しやがる奴だなアイツ……」

 少年が殴られた頬を抑える。

「だ、大丈夫?ごめんね……僕のために怪我をさせてしまって……」

「大丈夫だ。さっき言ったろ?俺が勝手に助けただけだって。あんたのせいじゃない」

 少年は白い歯を見せて笑う。

 頬の傷は地面で擦ったのか流血していた。

「でもダメだよ!ちゃんと治療しないと、そこから悪いウィルスが入ってしまったら、もしかしたら手術にだって発展してしまう恐れもあるんだから!ほら、座って!」

 半ば強引に僕は少年の手を引き、子供達が砂遊びをする遊具のヘリに座らせた。

「勝手に助けただけだって言ってるのに……」

「なら僕も、勝手に助けるだけだから」

 そう言うと、少年は黙って受け入れてくれた。

 僕はポケットから簡易的な治療キットを取り出す。

 豪徳寺に相当殴られる覚悟はしていたので、それなりの準備はしておいた。無論気休めにしかならない物だが、こんな風に役に立てて良かったと思う。

「なぁあんた……」

 消毒液をガーゼに浸していると、少年がおもむろに口を開いた。

「あんたとあの男は、どういう関係なんだ?」

「……そのことか」

 口籠る。

 何と答えたものか。自分は殺人犯で、豪徳寺はその殺された人間の敵討ちに来ただけ。

 そんな風に答えれば自分が悪者なのは明らかだ。

(馬鹿だな僕は……また自分の保身か……)

 そう考える自分に嫌悪した。

 結局僕は、変わらなかったのだろうか。

「別に無理に答えてくれなくてもいいが」

 黙る僕に、少年がそう諭した。

「ううん……大丈夫」

 そう答える。

 身を挺して守ってくれた彼に、事情を話さないなんていうのは自分として許せることでは無かった。

「僕は……昔ある罪を犯したんだ。けど僕は臆病だったから、違う人にその罪を被せてしまって……。さっきの男はその僕の罪を知っていたから裁きに来たんだ。“お前の罪を世間に晒す”って」

 詳細は伏せ、僕は彼に経緯を打ち明けることにした。

「でも僕は、その罪を晒される訳にはいかなかったんだ。僕の隠した罪は、あまりにも時間が経ち過ぎていた。今僕が裁かれてしまえば、僕の罪を被ったあの人の犠牲が、無駄になってしまうから……。僕は犠牲にしてしまった彼に報いるためにも、幸せにならないといけないんだ」

 何と言われるだろうか……助けなければ良かったと(なじ)られるだろうか。

 そんな心配とは裏腹に、少年の答えはひどくあっさりしている物だった。


「強いな」


「え……?」

「強いよ、あんた。一生その罪、背負っていくんだろ」

「うん、そのつもりだよ」

「なら、やっぱりアイツ殴っといてよかった。あんたのその強い信念を、守ることが出来て良かった」

 そう言って、優しい笑みを僕に浮かべた。

 この少年と話していると、どこか不思議な感じがした。

 もちろんこの少年が不思議な人間というのも一因だろうが、それ以上に、言葉には表し難い何か別の物がそうさせているんだろうなと感じた。その感覚は、嫌な感じじゃ全然なかった。

「でもその罪――いつかはちゃんと赦してもらえよ」

 少年がそう話した。

「赦すって……?どうやって?」

「そんなの当たり前だろ?その罪を被せちまった奴に謝るんだよ」

「そんなこと……だって僕はこの罪を一生背負うって――」

「そんなの最初は自分を動かす原動力になるかも知れないけど、いつかはただの足枷になって、あんたを動かし辛くするに決まってる」

「…………」

「背負う覚悟があるなら、赦される対価があっていいと俺は思う」

「赦される……対価」

「その対価が何なのかは、俺には分からない。もしかしたら暴力に訴えられることでしか解決しない事なのかもしれない――けどそれしか無いなら、あんたは殴られろ。そして絶対赦されて、誰かの為じゃなく、自分の為に幸せになれ」

「自分のために……幸せに」

 考えても見ないことだった。

 もちろん彼の分まで幸せになろうというのは決めていた。

 けれどそれは、言われてみれば自分の幸せを掴むのではなく、彼の為に掴むという半ば脅迫めいた幸せの掴み方だったのかもしれない。

(本当の幸せ……)

 それは一体何なんだろうと考える。

 浮かんでくるのは、顔の無い少年と笑い合い、話し合う光景。

 そこで分かった。

(あぁ……僕はきっと、罪を被せてしまった彼と友達になりたいんだ。赦されて、一緒に過ごしてみたいんだ)

「人生は一回きりだ。自分のために生きた方が絶対にいいぞ」

 笑った後、少年はポケットからある物を僕に手渡した。

「これは餞別。もし行き詰まったら使うといいぜ」

 手渡されたそれの意味が分からず、はてなマークが頭上に浮かぶ。

「……オーディオプレイヤー?」

「この中にはな、俺の集めてた音が入ってる。雨粒が地面に当たる音だったり、道を歩く足音だったり、色々だ」

「音――歌じゃないんだね」

 問いかけると、少年は真夜中の空を見ながら答えてくれた。

「俺が少年院に入ってから、周りの言葉は変わっちまってな。表では励ましの言葉をくれていたのに、裏では悪罵を垂れていた。そんな事が多くなった…… そのせいで俺は言葉っていうものが信じられなくなったんだ」

 虚なその少年の瞳には、でも綺麗な白い月が映っていた。

「けど、どんな時でも“音”が変わることは無かった。音だけは、ずっと昔と変わらないままでいてくれた。世界は何も変わってない。だからきっとまだ希望はあるって、その集めた音を聴いて俺は勇気づけてもらってたんだ」

 ニシシ、とそこまで言って急に少年はいたずらっぽく笑った。

「まぁ、あんたに効果があるかは分かんないけどな」

「ううん……ありがとう。大切に使わせてもらうよ」

「おぉ!出世払いな!」

 そう笑う少年に、だが僕はある一つの疑問が生じた。

「あれ……?でも少年院って、それは演技だったんじゃ――」

「いや……あの言葉遣いとかは演技だけど、言ってた事は本当でな。俺は今日までの二年間、殺人の罪で少年院に入れられてたんだ」

「殺人の……罪」

 その言葉に衝撃を感じ、血の気が引くのを感じた。

「ま、待て待て!そう驚くなよ!冤罪だ冤罪!」

「……冤罪」

 殺人……二年……冤罪。

 僕はある考えが頭に浮かび、急激に喉が渇き、緊張しているのが焦る中でもはっきりと感じられた。

「そうそう。なんか急に家に警察が来てさ、お前を殺人罪でどうたらこうたら〜って、“やってない”って何度も言ったんだが、何故か俺のやったっぽい証拠ばっかりあがってきてな……何も言い返せなくなって、結局捕まっちまった……」

 僕の罪を被った少年――その子の名前を、僕は知っていた。

「ねぇ……君の名前、聞いてもいいかな?」

 早まる気持ちを必死に抑え、僕はそう口にした。

「え?俺のーー?」

 そう言った後、少年はゆっくりと口を開いた。


「俺は、二階堂歩夢」


「…………」

 一瞬、頭の中が真っ白になった。

 何を言えばいいか、どうする事が正解なのか。そんな事を考えようとした。

 けれど考えるよりも早く、感情が動いていた。

「ふふっ……ふふふ」

「ど、どどどうしたよ急に泣き出して⁉︎」

 自分は父に似て、利己的な人間なのかと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。

「いや、いいや……違うんだ」

 体の奥から溢れてくる熱によって生まれた涙を指ですくう。

「ただ……君の名前があまりにも、綺麗だったから」

 これは神様の悪戯か。

 まさかこんな形で、僕の罪を被せられた少年と出会う事が出来たなんて、それにその少年とこうして肩を並べ、話を出来るだなんて。

「綺麗だなんて……初めて言われた」

「ねぇ二階堂歩夢くん――」

 だとしたら神様というのは、相当なロマンチストらしい。

「僕、絶対に幸せになるよ。そしていつか彼に赦してもらって、その子と友達になるよ!」

「あぁ、それがいい」

 二階堂歩夢は、優しく微笑んだ。

 僕は心に決めた。

 きっといつか、彼と本当の友達になると。



 xxx



「これが……全部だよ」

 ふぅ……と長話を終えた優宇は一呼吸を置いた。

「ごめんね歩夢……今まで、ずっと黙っていて」

 自分の罪を被せた存在――それが一番の友人である西園寺優宇だった。

 その真実に、俺は怒りよりも、驚きの方が大きかった。

「あの時の美少女、優宇だったんだな」

 考えのまとまらない俺の口から溢れたのは、そんなしょうもない言葉だった。

「うん、そうだよ。お久しぶり」

 にこりと優宇は笑ってみせた。

「髪色……今と随分違うが、どうしたんだ?」

「あぁ、これ?」

 優宇は月明かりに照らされる金色の髪を撫でる。

「僕はあの時決めたんだ。もう自分に嘘はつかないって。父が、母が、どうあろうと、僕は西園寺優宇として生きるって決めたから」

「…………優宇は、立派だな。ちゃんと前を見れたんだな」

 嫌味でもなく心からそう感じた言葉を紡ぐと、地面を見た。

 雨でぬかるんだ地面は、黒く染まっていて今の自分と同じようだった。

「ねぇ、歩夢――」

 下を向いたままの俺に、優宇が話しかけてくる。

「歩夢が文那ちゃんを殺しただなんて、僕はそんな事を歩夢がしたとは思えない」

 けど……と強く言って優宇は話を続けた。

「もし歩夢が文那ちゃんを殺してしまったと、そう感じているなら…… 僕は……一人の人生を滅茶苦茶にしてしまった罪人だ。歩夢と一緒だよ」

「歩夢の隣には、ずっと僕がいるよ!」

 だから……。喉の奥から振り絞るような声を出し、優宇は直角に頭を下げ、俺の前に右手を差し出した。

「僕と一緒に学校に戻ろう!歩夢がいなきゃ……僕の罰は成立しないんだ‼︎そしていつか……もし許してもらえるなら、また友達になってほしいんだ‼︎」


 この手を差し出す行為には、一体どれほどの勇気がいるのだろう。

 震える優宇のその手を見つめ、俺は考えた。

 あの陰惨な事件の濡れ衣を着せた張本人。

 それを言ってしまえば、今まで積み上げて来た友情などというただの二文字の言葉は、簡単に崩壊してしまうだろう。

 だが優宇はそれを知ってなお、打ち明けてくれたのだ。

 前を向くと――自分のした罪を背負うと決めた優宇には、そんな事必要ないというのに。

 俺を元気付けようと、そんな事のために自分を犠牲にして、差し伸べてくれたんだ。

(こいつは俺の為に、一生をかけてくれたんだ。なら――そろそろ自分の道を歩ませてあげてもいいよな)

 自分にそう問いかける。

 返ってくる言葉は無いが、答えは分かっていた。


「優宇……顔を上げろ」


 立ち上がり、優宇を見下ろす。


「……?」

 顔をあげた優宇は、きょとんとした表情で「どうしたの?」といった様子だった。

 心が痛むのを必死に抑え、


 俺はそんな無防備な優宇の顔面に、容赦なく本気の拳を叩きつけた。


「うぁっ……‼︎」

 衝撃で砂の地面に叩きつけられた優宇は、数回転がったのち、顔を歪めこちらを見た。

 俺はそんな優宇に、容赦なく悪罵を垂れる。

「全くよぉ……俺は少年院に入ったせいでコソコソと生きる羽目になるし、あの事件を知ってる奴からは人殺し人殺し罵られるし、父親と母親もお前のせいでどっか知らない国に行かされちまって貧乏生活。妹と寂しく二人暮らしだ……」

 優宇は瞳を潤ませながら、唇をきゅっと噛み、じっと俺を話を聞いていた。

「なのにお前は変わりなく金持ちで、大好きな趣味に没頭して、挙げ句の果てには濡れ衣を着せた人間と話して……何て幸せそうに学生生活送ってやがんだ!」

 紛う事なき、本心だ。

 だがこれは優宇を傷付ける。そんな事などはなから分かっている。けれど、どうしても言わなけねばならなかった。

 本心でぶつからなければ、これから前に進む事は出来ない。

「そんなお前をぶん殴る事が出来て……本当清々したよ!」

 言い切った。

 安堵のため息が、微かに俺の口から漏れる。

 本当に、清々した。

 二年間、何処にぶつけていいかも分からなかったその恨みを、ようやく晴らすことが出来た。

 これで俺の昔の夢は叶った。俺を陥れた奴をぶん殴ってやりたいというその夢は。

「…………」

 深く、深呼吸をして胸に手を当てる。

 脈は正常。呼吸も落ち着いている。

 ずっと俺の胸の辺りを覆っていた重い石ころは、どうやら無くなったようだ。

 だからもういい。

 俺も、次に歩むさ。


「さぁ優宇……俺を殴れ」


 そう言って、俺は優宇に左頬を差し出した。

「友達だろ?殴られたなら、お前も殴り返せ。友達ってのは、いつも対等だ」

「友達……?僕と、歩夢が……?」

「あぁ、友達だ。入学式の時に約束しただろ、忘れたか?」

「…………ううん」

 優宇はかぶりを振り、立ち上がった。

「ううん!ううん!そんな訳ないよ……覚えてるよ!」

「なら……やってくれるな?」

「うん!もちろんだよ!だって僕と歩夢は友達だもん!僕を殴って女だなんて言った歩夢を、許しはしないよ!」

 笑った拍子に、闇夜の中でも輝く白い歯が見えた。

 やはり優宇は、笑っていた方がずっといい。

「ははっ、それでこそだ!」

「じゃあ……いくよ」

 優宇が腰を低くすると、構えた。

「あぁ、来い!」

 掛け声と共に、優宇がこちらに向かってくる。

 その様子が、何故かスローモーションのようにゆっくりに見え、その長い時間の中で、優宇と出会った時の思い出が蘇ってきた。



『僕とーー友達になってください‼︎』

 高校の入学式を終えた後、突然クラスメイトの一人がそう俺に言うと、律儀に直角に頭を下げ、右手を差し出して来た。

 地元では知らない人がいない程の大富豪ーー西園寺家。

 その跡取である人物のそんな突然の行動に動揺したのは、今でも深く心に残っている。

『……え?俺?相手間違えてないか?』

『ううん!君だよ、二階堂歩夢くん。僕は君と友達になりたいんだ』

『変な奴だなぁ……もしかして執事の事を“友達”と仰ってます?』

 その言葉に、優宇は慌てて顔をあげ修正した。

 その慌てようは、お堅い金持ちの息子という俺のその人物に対するイメージを払拭した。

『違うよ!そんなんじゃないよ!僕はただ本当に……君とーー二階堂歩夢くんと友達になりたいって、そう思ってるんだよ‼︎』

『俺と友達……』

 その時の俺には、何で優宇がそんなに俺にこだわるのか分からなかったけれど、今になってようやく理由が分かった。

 全く、こんなシナリオを用意するとは、運命の神様がいるのなら、それは相当ロマンチストらしい。

『ふーん、まぁ別に友達になるぐらい構わないけどさ』

『じゃあ……!』

 始まりは、確かにただの罪滅ぼしのようなものだったのかもしれない。

 けれど始まりなんて関係無い。

 俺が勇気あるこの人物を親友と認め、優宇が俺を親友と認めてくれている。

 その事実だけで、充分だ。



「ぐぉっ……‼︎」

 刹那、刺されたような痛みが左頬に走る。

 華奢な身体からは信じられないほど、力強い拳だった。

「ご、ごめんね歩夢!やっぱり痛かったよね……手加減した方が……」

 おろおろと、いつものなよなよしい優宇が心配そうに俺の顔を覗き込む。

「ハハッ、いいんだいいんだ。俺も本気だった。本気でぶつかってもらわなきゃ困る」

 殴られて頬がヒリヒリと痛むというのに、何故か俺の口からは笑みが溢れていた。

「優宇……これで俺とお前は対等だ。もう何の柵もありはしない。もしその事を掘り返して、俺がお前を責めるような事があれば、その時は容赦無く俺を殴ってくれ」

「うん!うん!絶対に殴るよ!」

「ははっ……頼りにしてるぜ」

 真っ直ぐに彼を見つめ、俺はその差し出された手をとった。

「『改めてよろしくな。優宇』」

「『うん、よろしくお願いします!歩夢!』」

 触れ合った時に感じた温もり。

 その温もりは、長い長い(しがらみ)の渦を、溶かしてくれるようだった。


 消せない罪、与えられない罰。fin


優宇が自分が助けてくれた時の話をしている時の心境。


「でね、二階堂流殺人拳・トラゴエディアってその少年が言っててね……」

(死ねええぇぇぇえええ!あの時のハイテンション厨二病の俺死んでくれええぇぇぇぇえええ‼︎)

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