君と歩む Ⅱ
「この中に、お菓子、またはそれに準ずるものを作った事がある人はいますか?」
学校が終わり、作道家へと集まった彩音,委員長,神倉,優宇の四人に俺はそう問いかけた。
「ううん!全然だよ!」
「全くないな」
「食べ専もち!」
三人は恥じる事なく威勢良くそう発言した。ただ優宇だけは、
「たこ焼きなら、作ったことあるよ」
と照れながら言った。
先生、たこ焼きはお菓子に入りますか?
「……なるほどな、ほぼ全員経験なしか」
「ていうか意外だね〜、あゆっちお菓子作りとか出来たんだね。何作れるの?せんべい?」
制服の上からエプロンを掛けた彩音がそう言って小首を傾げた。
「なめんな、あんな伝統工芸品作れはしねぇよ……玲美に教えてもらってたからな、クッキーとかそういうものは作れるんだ」
「えぇ〜‼︎そんな可愛いの作れるんだ‼︎なになに〜、誰か想いの人にあげようとしたのかな〜?お姉さんに教えてごらん」
まるで近所の噂好きのおばさんのように彩音は絡んでくる。
「別にそんなんじゃねえよ。ただの気晴らしだ」
そう言って適当に彩音をあしらった。
ユリーナのお渡し会に行った時に「これ手作りなんで」と言って、ユリーナの記憶に残りやすくしてもらうためのために教えてもらった、とかそんな事、口が裂けても言えるわけがない。
「さぁお前ら気合入れてけよ!俺はクッキー作りに関しては超厳しいからな‼︎」
空気を変えるため、俺は珍しく声を張った。
だが直後、このままじゃ誰も俺に聞いてくれないな。と思い立ち、
「けど、分からないことがあったら優しく教えるから、ちゃんと聞いてくれよ‼︎」
と付け加えた。
その掛け声に、優宇だけが「わかったよ!」と言って喜んでくれていた。
うーん、いまいち盛り上がらないな。掛け声が悪かったか?
そう思考していると、前にいた彩音が突然掛け声をあげた。
「みんなー!頑張るぞー‼︎あゆっちなんかにマウントをとらせるなー!」
その掛け声に対して、
「「おー!頑張るぞー‼︎」」
とみんなは元気に返した。
うんうん、みんな気合充分みたいでよかった……。
こうして涙のクッキー教室は幕を開けたーー
クッキー作りを始めて数十分ーー最初に声を掛けてきたのは、委員長だった。
「なぁ二階堂、ちょっといいか?」
「ん?どうした委員長」
プールの監視員のように腕を組みながら、全員のテーブルの見える位置にいた俺は、すぐさま委員長へと近づいた。
正直、誰も呼んでくれなくてめちゃくちゃ暇だった。
「それが、この目分量ーーというのがわからなくてだな。私の視力は1.8なのだがこの本の作者が私と同じ視力とは限らないだろう?どうすれば目分量なんだ?」
「そんなもの適当でいいんだよ。目分量ってのはそういうこと。というか、例え委員長と作者の視力が違くてもそこは全く関係ない!」
「そんな話があるか!本を出版している立場の人間が、そんなあいまいな言葉で本を出し、顧客から金を巻き上げる卑屈な事はするわけないだろう!」
「委員長は料理本の著者を神聖化し過ぎだ。あいまいな言葉を繰り返してカサ増しをし、結局答えに辿り着いていない本なんて世の中に山ほどある。だからそんな怒るな」
そこまで言って、話がずれてることに気付いた。
「というかだな、そんなの全く関係ない。この“目分量”が伝えたいのは、甘くしたいなら多く入れて、控えめなら少なめにいれろ、って事だ」
「とは言うがなぁ……どのぐらいからが甘くて、どのくらいからが甘くないのかがわからないしな……」
本当細かいことを気にするやつだな……。こんな目分量一つごときにこんなに時間をかけるような性格ーーはたして息苦しくはないのだろうか。
「う〜ん、どうしたものか」
そう委員長にどう教えるべきか迷っていると、まぬけな声が俺を呼んだ。
「あゆっち〜、問題発生だよ〜助けて〜」
奥のテーブルで作業をしている彩音が、わざとらしく体をくねらせながらこちらに手を振っていた。
「アヤちゃんが呼んでいるぞ。早く行ってやれ」
委員長が砂糖と睨めっこをしながらそう口にした。
「いいのか?目分量のことは」
「別にいいさ、自分でなんとかしてみるよ」
「わかった。分からなければ言えよ。すぐ近くにいるから」
そう言い残し、後ろ髪を引っ張られる思いで委員長を残すと俺は彩音の元へと駆け寄った。
「どうした彩音?」
そう言って心配して駆け付けた俺に対して彩音の発した言葉は、あまりにも空虚。あまりにも殴りたくなるものだった。
「なんかぁほっぺにクリームついちゃったみたいなんだけどぉ、とってくれなぁい?」
そう言って彩音は砂糖の数倍甘ったれた声を出しながら、俺にクリームのついた右頬を近づけてくる。
「いや、自分で取ればいいだろ。場所わかってんなら」
「い〜や〜だ〜!とって欲〜し〜い〜のっ!」
「なんでそんな意地をはる……」
「だってこういうのはお約束でしょ!女の子の顔についたクリームを男が取ってペロリ、王道だよ?」
なんだよそのお約束……。パンをくわえた女子高生が男子高生とぶつかるぐらい浸透してるものなのか?
「わーった、わーったよ。取ってやるから静かにしろ」
俺は人差し指で彩音のクリームをすくい取る。
うーん、これをペロリが王道……。
さっきの彩音の言葉が浮かび、人差し指についたクリームを見つめる。
スタイル抜群で、性格も気さくで明るく、男子生徒からの人気が学年一位の辰波彩音の頬についていたクリームをーー
いらねぇな。
どんなに考えても、別にそのクリームが特別なモノとは思えなかった。なんなら人の肌に触れた事で角質とか細菌がついただろうそんな物、ただの汚物だった。
俺は人差し指を振るいクリームをゴミ箱に投げる。
「えぇーーー⁉︎捨てちゃいますぅ⁉︎」
彩音が素っ頓狂な声を上げる。
それを無視し、シンクの上でで綺麗に手を洗った。
「えぇーーー⁉︎洗っちゃいますそこぉ⁉︎うら若い乙女の柔肌についてたクリームですよ⁉︎」
「うら若いって……たかだかクリーム一つでそんなに騒ぐなよ」
はぁ……人の顔についたクリーム舐めるとか、そんなの絶対ありえねぇ……。
手を洗い終えシンクから目を離すと、頬にクリームをつけた優宇の姿が横目に入った。
「優宇、お前顔にクリームついてるぞ」
「えっ、本当?どこかな」
優宇はクリームを混ぜる手を止め、自分の顔をペタペタと触りクリームを探すが、絶妙に位置を外していた。
「取ってやるよ」
煮えきった俺はそう言って優宇の顔からクリームをすくい取ると、手を洗ったばかりという事もあり綺麗だろう、という判断からそのすくい取ったクリームを舐めた。
「あゆっち……」
瞬間、低い声が俺の真横で聞こえた。
「いつか、誰かに後ろから刺されるよ……」
「なんでだよ!」
「何でもですぅ!察してくださいー」
ふんっ!と彩音はバツの悪そうにそう言うと、そっぽを向いて去って行った。
はぁ……全く機嫌のころころ変わる面倒な奴だな……というか、もう誰かに背後から滅多刺しにされてるんだよな。まさか、クリームが原因だったりしないよな?
そんな事を考えながら、俺は神倉の様子を見に神倉のテーブルへと近づいた。
「あ……ん…んん…うぅ……」
テーブルに近づくと、そこにはミキサーをかけながら喘いでる神倉がいた。
「何してんだ、お前は……」
俺の存在に気付いた神倉は、油田でも見つかったかのように喜んだ。
「あっブラザー!来てくれたんだね‼︎この時を1000年待ってたよ‼︎」
「1000年待ってたら、クッキーもただの石だよ……」
いつもの要領でツッコミをいれる。
神倉の相手も慣れたものだ。
「それで、何か困ってることはあるか?喘ぎ声が勝手に出るとかなら、それは病院に聞いてくれよ」
「そうな病気は患ってないよ!ただ悩みといえば、このミキサー、中々に力が強くって抑えるのが大変でね!もしかしたらエクスカリバーみたいに選ばれし者じょないと使えないとかそういうーー」
と言って束の間、混ぜていたクリームがボウルから飛び散ると神倉の頬についた。
「キャッ!」
冷えたクリームに、神倉は驚き声を出した。
何故か女子高生のような声を。
「……女子か、お前は女子なのか」
はぁ……とため息をつきながらも神倉の頬から生クリームをすくい取る。捨てて洗おうと思ったのだが、神倉のテーブルは部屋の一番奥にあり、洗面台まで歩くのも面倒なので指についたクリームをそのままなめとった。
「じーーーーーー…………」
憎悪と執念が入り交ざった視線を感じ、振り返る。
「やめろ彩音、俺をそんな目で見るな」
「いいえー、何にも見てませんけどー」
唇を尖らせそっぽを向くと、彩音は自分のテーブルへと戻って行った。
「はぁ……」
俺の疲れを代弁するように、大きなため息が思わず出てしまった。
集中が続かずふざけだす彩音、ボウルと睨み合いを続ける委員長、ミキサーで喘ぐ神倉、そして何処からかたこ焼き機を取り出しそこにクッキーの生地を流し込む優宇ーー
本当にこんなメンバーで文那が帰ってくるまでにお菓子を作り終えられるか、という不安が俺の肩に重くのしかかった。




