人の心は裏腹模様 Ⅳ
「うーん…まったくわからない……」
ーー学校を出た時に蒼かった空は、いつのまにか赤く染まり、細切れの雲が東に向かって流れ始めていた。
「今ごろ玲美たちと遊んでた時間のはずなんだけどなぁ…」
文化祭の準備が始まって一週間後の放課後ーー俺は星空先生からの頼みで、投票はしたものの相変わらず学校には姿を見せない神倉の様子を見に来ていた。
『学校から徒歩5分だからすぐつく。ほれこれ住所な』と言って先生から地図の書かれたメモを貰ったのだがーー
もう学校を出てから2時間が経とうとしていた。
「グーグルマップに頼って生きてきた現代人への罰だな…」
まさか星空先生にスマホを没収された事がこんなところで効いてくるとは……あと1時間探しても見つからなかったら一度学校へ戻ろう……。
「あのー……」
地図を見て唸っていると、サングラスにマスクーーそれに麦わら帽子という、いかにも怪しい装いをした女性……?だと思われる人物に声をかけられた。
「何かお探しですか?」
飴で子供を釣って、連れ去っていそうな容姿だが……まぁ背に腹はかえられないか。
「実は、クラスメイトの家を探してて」
「なるほどぉ、クラスメイトさんですか。ご住所とかはわかりますか?」
「えぇーっと…」
俺はメモを見せ、住所とそこにいるのが神倉という姓だと伝えた。
「あぁ!神倉さん‼︎それならこの近くですし、私が案内しますよ」
「ほんとですか!ありがとうございます!ーーお姉さん…ですよね?」
いかんせん顔が隠れてるし、暖かい季節だというのにロングコートを着ているせいでボディーラインもわからなかった。
だが、透き通るような綺麗なその声は、俺に女性だと認識させた。いや、それ以上にーー
「あっ、ごめんなさい…そうですよね、こんな格好じゃ失礼ですよね…」
サングラスしか取ることは出来ないですが…と呟き、女性がサングラスを取ると、くりくりとした大きな瞳を露わになった。
「マスクは…風邪を引いてるもので、申し訳ございません」
そう言ってエヘヘと可愛らしく笑う顔は、女性というよりも少女といった感じった。俺と同い年ぐらいだろうか。
「では気を取り直して、出発おしんこー‼︎」
女性は静かな住宅街である事を気にすることなく、そう大声で言う。
「…おー…」
「あれ?そういえばあなたはーーその制服を見るに、咲見ヶ浦高校の方ですか?」
歩いてしばらくすると、そう女性は口を開いた。
「はい。今日は先生に頼まれてこの神倉の所にプリントを届けに来たんです」
「なるほどぉ、そうだったのですね。でも…今いた道は咲見ヶ浦高校からその住所に行くのとは反対ですよ?」
「うっーー実は地図を見て歩くっていうのが不得意で…」
「はっ!そ、それは申し訳ありません…私はとんだ失礼を…」
あわわ、と言った擬音をつけるのがこれほど適当な瞬間があるだろうか、というぐらい女性は口に両手を当て狼狽えていた。
「いやいや、いいんです!いくらなんでも迷いすぎてたのは事実ですし」
「そんな…気を使ってくださるなんて…ありがとうございます」
女性はぺこりとわざわざ頭を下げた。
「今度そちらの高校に足を運ばせてもらうのですが、あなたみたいな優しい方がいるとわかって安心しました。私、高校にはあまり通えていなくて……馴染めるか心配で……」
「ははっ、大丈夫ですよ!うちの高校はみんな優しい奴らばっかですし」
まぁ、俺は彩音と優宇ぐらいしか会話したことないから想像だけど……。
「ふふっ、そうなんですか。行くのが楽しみになってきました」
そう言ってマスクの下で笑った後、女性は前方の家を指差した。
「あっ、着きましたよ!あの黒い屋根の所が、神倉さんのお家です」
茶色の屋根が並ぶ中で、女性の指差した神倉の家は、一際黒く目立った屋根をしていて、何か異様さを醸し出していた。
「おぉ、ありがとうございました」
神倉家の少し先に目をやると、咲見ヶ浦高校が少し見えた。
本当に近かったんだな……。
「いえいえ、咲見ヶ浦の人とお話しが出来てとても楽しかったです」
では、また今度お会いしましょうーーそう言って少女はポケットからその小さな顔には似合わないほど大きなサングラスを取り出す。
「あ…待ってーーよければ名前を…」
普段の俺は、こんな怪しい見た目の人物との関わりなど今後避けるのだが、何故だかこの女性の名前は訊いておいたほうがいいーーそう直感が告げていた。
「あ!ごめんなさい…私ったら…そうですよね、こんだけ仲良くお話をしたんですし、お名前をお教えしないといけませんよね」
女性は身につけていたマスクと麦わら帽子を脱いだ。
やはり暑かったのだろうか、綺麗な栗色の髪の毛についた汗が、夕陽を浴びてキラキラと煌めいていたーー
「遅ればせながら、私ーー」
xxx
「まったく…こんなに近いなら学校サボらず来いよなぁ…」
女性と別れた俺は、神倉邸に着くとチャイムを押した。
「…………」
しばらく待ってみるも、中からは何も反応がない。
「ん……?」
不審に思った俺はもう一度チャイムを押す。だが結果は同じだった。ピンポーン、という音は鳴れど、中から人が現れるようなこと、ましてや中から物音一つ訊こえてこなかったーー
「留守なのか……?」
神倉邸を見渡すと、1階の雨戸は閉められていて、ポストからは郵便物が溢れ出て地面に転がる陰鬱加減が、まるで廃墟を思わせるようだった。
「まさかな……」
ほんの少しだけ、悪寒が走った。
1週間前に俺と投票の件で連絡は取れた…だが…もしかしたら、という事もありえる。
意を決してドアノブに手を掛ける。するとドアノブには鍵はかかっておらず、キィと軋む音を立て、ゆっくりと開いた。
屋内に入ると、ツンとした陰鬱な生臭い空気が鼻腔を刺激した。
屋内には電気がついておらず、窓から入ってくる夕焼け色の光線だけが、不気味にこの家を照らしていた。
靴を脱いで玄関へ一歩出ると、勢いよく埃が宙を舞った。
「…!ごほっ…ごほ……ホントにこんなところに神倉は住んでるっていうのか?」
ギシ、と物音の何もないこの家では、その床が軋む音が神経を逆撫でた。
廊下を進み、左手の方にある引き戸を開けると、そこはキッチンとリビングが一体になっている広い客間だった。
ソファや大型のテレビ、たしかにここには過去に人が存在していた痕跡があった。だがその全ての家電は厚い埃の層が覆われていて、長く誰にも使われていない様だったーー
動機が切迫し、徐々に息が荒くなっていくのを感じた。
一度ここから出よう…。そう思い立った矢先、俺の肩を氷のように冷たい手が掴んだ。
「アなた…だァレ?」
「うわあぁあ⁉︎」
振り返ると、そこには真っ白なキャミソール姿の、長い黒髪の女性が立っていた。腕は血管が浮き出そうな程ひどく痩せ細っていて、白い肌は、美しさというよりもーー現実離れした恐ろしさを感じさせるものだった。
「だァレ?」
黒髪の間から見える血走った眼で、じっと一点を凝視くる。
「お…おれは…神倉くん…の、友達…です」
「ふーン…そウなんダ…」
どす黒い瞳が奇妙に上下して、俺の姿をくまなく調べ上げる。
「ホんと…?」
突然、女性は俺の両肩を掴み上げると、顔をこちらに近づけてきた。
どす黒い瞳を見つめていると、まるで自分の魂が抜かれるような恐怖を感じ、俺はすぐに視線を逸らす。
「ーー‼︎」
あまりの恐怖に叫びたくなる気持ちを必死に抑え、俺は首を縦に振った。
「……そウ」
そう小さく呟くと、女性は俺から離れた。
「潤斗なら…2カいにイる…」
女性はゆっくりとドアの向こうにある階段を指し示した。
「あ…ありがとうございます……」
俺は背を向けないよう、後ずさりしながらドアの方へと後ずさりする。
「潤斗ノ部屋いガイ…ハいッちチャだめダカら……」
「ひいぃい⁉︎」
突然、視界から消えた女性は、いつのまにか俺の背後へと回り込むと、ザラザラとした悍ましい声でそう俺の耳元で釘を刺した。
「わかりましたあぁ‼︎」
俺は女性を押し退け、一目散で廊下へ飛び出ると階段を駆け上った。
なんだよこの家‼︎どうなってんだよ⁉︎あの女の人は誰なんだ⁉︎
2階に上がるとーー目の前の扉には、まるで人の血で描かれたような真紅の色彩で『潤斗』と書かれていた。
「くそっ!なんなんだよ‼︎」
俺は勢いよくドアを開け放つ。
「……ここはーー」
その部屋は、今まで見てきた生活感の無い部屋とはまるで違っていた。
右横にはベッドがあり、左横のガラスケースの棚にはアニメのフィギュアが所狭しと飾られいて、壁一面は宮鷹由莉奈のポスターで覆われていた。
そして何より、机に突っ伏して眠りこけているただの人間みたいな奴がいた。
「ほっ……」
さっきの女性とは違って、寝ているだけで俺を驚かす気配もない事に、俺は心から安堵した。
「おーい神倉、プリント届けにーー」
俺はその人間の顔を覗き込み、恐怖した。
「ひっーー」
神倉潤斗と思われるその人物は白目を剥いたまま意識を失っていたーー
「なっ…なんなんだよここは⁉︎…幽霊屋敷かぁ⁉︎」
恐怖でパニックになりそうな俺よりも先に、外にいる誰かが悲鳴をあげた。
「今度は何だよーー‼︎」
俺は真横にある窓を開け、外を見る。
「さ、紗也⁉︎あんた何してんの⁉︎」
下の道路に広がる光景は、道端で制服を脱ぐストリッパーと、それに怯える女子高生という異様な光景だった。
「紗也‼︎やめなって‼︎」
女子高生の制止など聞く耳持たず、紗也と呼ばれるそのストリッパーは、着ている制服を脱いでいき、下着姿になった。
「うぉーー⁉︎」
俺は窓から顔を背けると、床に座り込み隠れた。
まぁ俺は紳士だからな、女性の裸なんて見ないのさ。決して、後であの二人からの追求が怖そうだからとか、そんな理由ではない。決して……。
「きゃああぁぁああ‼︎」
しゃがみこんでしばらくして、また窓の外から先程とは違う女性の悲鳴が聞こえてきた。
俺はそーっと窓から下を見る。
決してさっきの女性の裸が見たいからとかではない。悲鳴をあげる女性を助けなけねば、という紳士的な心からだ。
「なんなの⁉︎なんで紗也、下着姿になってんのーー⁉︎」
ストリッパーは先程自分で脱ぎ捨てた制服で体を覆いながら、泣き叫んでいた。
「いや〜中々絶景であった絶景であった」
「ーー⁉︎」
突然真横から聴こえたその野太い声に、思わず俺は悲鳴をあげそうになった。
なんと、さっきまで白目を剥いて倒れていた神倉が、起きたのだった。
「さて、記憶が薄れる前にーー」
神倉は俺の存在に気付いてないのか、カチャカチャとベルトを外し、ズボンに手をかけた。
ーー⁉︎こいつもストリッパーかよ⁉︎
「やめろ!さっきのならともかく、野郎のなんてゴメンだ‼︎金やるから服着ててくれ‼︎」
そう叫ぶと、神倉は「うわっ⁉︎」と叫び驚いた。
「えーーえ……?キ…キミの名は?」
「俺は二階堂歩夢ーーお前のクラスメイトだ」
「ク、クラスメイト?そんなファンタジーな存在が僕の部屋に?」
そう言った後「はっ‼︎」とアニメのようなオーバーな仕草をしながら、何かを思いついたようだった。
「もしやーーさっきの女の子の体が戻る時に時空の歪みが生じて、僕はリア充の世界線にいる自分にリープしてしまった可能性がーー‼︎」
「ないない…なんだよそれ……」
思わずため息が漏れる。さっきまで気が張っていた分、この神倉という人間を見てると、少し落ち着けた。
「もしかしてーーキミは僕の親友枠だったりするのかな⁉︎」
神倉は俺の話も聞かず、妄想を続ける。
「いいや、親友じゃねぇ。ただのクラスメイトだよ」
「なんだモブか」
くっそ!こいつ超ムカつく‼︎
「ったく……俺は文化祭の件でお前にプリントを届けに来ただけだ」
俺は鞄から先生から預かったプリントを取り出すと、神倉の机に置いた。
「な〜んだぁ……世界線移動じゃないのかぁ……」
「はぁ……世界線移動とかそんなスピリチュアルなもんが現実で起こってたまるかよ……」
ほんと……死んだのに生き返るとか、同じ境遇の奴に殺されかけるとかそんなスピリチュアルもう起こらないでくれるとありがたい……。
「ふっふっふ〜、それはどうかな少年。世の中奇跡も魔法もあるんだよ‼︎」
神倉は何処かで聞いたことのあるような台詞をドヤ顔で言った。
「はぁ……悪かったよ。まぁあるかもな、世の中広いし」
というか、俺の存在自体が奇跡と魔法の証明みたいなもんだし……。
「さては少年ーー疑っているな?」
「いや疑ってねぇよ…肯定しただろ…」
だが俺の言葉を聞くこともなく、神倉は妄想を広げていく。
「しょうがないな少年ーーでは、ボクが特別に魔法のデモンストレーションをしてあげよう‼︎」
「だから疑ってねぇってのに……」
どうやら神倉は相当俺に何かを見せたいようだ……。プリントを渡してすぐに帰りたかったんだけどな……。
「では、まずは少年の好みの女性を訊こうか!ロリ、JC、JK、OL、熟女、人妻色々あるよ‼︎ちなみにボクは、ロリ巨乳さ‼︎聞いてないか‼︎」
「本当だよ、訊いてねぇよ……まぁ強いて言うならJKだな。歳近い方が親近感持てるし」
「JKーー女子高校生。ふふっ、中々お目が高いなぁ少年‼︎」
「そうかよ。それはありがとな……」
今の質問に何の意味があるんだ?まさか俺好みのAVをくれるのを魔法とかいうオチはやめてくれよ……。
「では二つ目にして最後の質問だ!君はJKに何か言ってもらいたい言葉はあるかい?」
「なんだその質問…」
「いいから、早くぅ‼︎」
「あぁあぁ、わかったよ。ちょっと待て……」
目を閉じ、思考するーー
女子高生に言われたら嬉しい言葉かーー
「大好き…………とか……」
恥ずかしい……恥ずかし過ぎる……愛に飢えてるのかな、俺……。
「なるほどーーストレートな告白はアオハル女子の特権だからね。ボクは少年のその考え、好きだよ」
「それはどうも……」
「では少年ーー窓の外を見よ‼︎」
「えっ…窓?」
恐る恐る窓から顔を出すと、もうストリッパー女子高生は消えていた。少し寂しい……。
「ターゲットはぁ……そうだな、あの清楚系黒髪セミロングJKにしようか‼︎」
神倉は右の方から歩いてくる少女を指差した。
「あれってーー」
整えられた前髪にキリッとした目つき、そして咲見ヶ浦高校の制服に、2年生である事を表す胸元のピンクのリボンーーうちの委員長様であった。
「もしかして、少年の知り合いかい⁉︎」
「知り合いというかーー俺達のクラスの委員長だよ」
「おほー!ボクの委員長か!そんな子に言ってもらえるなんて少年が羨ましい!ボクが言われたいぐらいだけど……今回は少年に華を持たせてあげましょう‼︎」
「はぁ?お前それどういうーー」
「では‼︎」
話してる途中にも関わらず、神倉は話をぶった切ると急に倒れた。
「おい!どうしたんだ神倉!返事をしろ‼︎」
白目を剥いて倒れた神倉は、強く揺すっても糸の切れた人形の様に動かなくなってしまった。
「さっきもこんな風に倒れてたしーー発作なのか?」
早く救急車をーーと思った矢先、窓の外から俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「お〜い!二階堂く〜ん‼︎」
思わず鳥肌がたったーー何故なら今、俺を“君”付けで呼んでいるその声は、委員長の声だったからだーー
い、委員長が俺を“君”付けだと⁉︎一体どういう風の吹き回しだ⁉︎
俺は恐る恐る窓から外の景色は伺う。
そこには、かつて見たことのないほどの満面の笑みでこちらに向かって手を振る委員長の姿があったーー
あっ、わかったぞ!これは俺に向けられたものじゃないんだ。きっと屋根の上に二階堂って苗字の奴がいるんだろう。
俺は窓から上半身を乗り出し、上を見るーーそこには、清々しい程の空が広がっていた。
「うん!今日はいい快晴だ!」
「お〜い!二階堂歩夢く〜ん‼︎」
委員長はついにフルネームで呼び始めた。どうやら本当に俺に対して笑いかけていたらしい。理由は全くわからないがーーいや、委員長みたいないつも仏頂面の人間が笑う時というのは、主に怒っている時だ。
委員長が怒っているのだとしたら、心当たりがあまりにもありすぎる。
「や……やっほ〜……委員長〜」
俺は努めて明るく、委員長の神経を逆撫でないように、笑顔で手を振った。
委員長は俺と視線が合ったことに気付くと、ニコリと笑い、大きく深呼吸した。
あっ、これ殺されるやつだーー
そう思い身構えていた俺に向けられた言葉は、予想とは遥かに違うものだったーー
「歩夢くん……大好きーーーー‼︎」
そういえば、今日の天気予報は夕方から雨だということを、今思い出したーー




