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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
【信仰都市】幕間の物語

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幕間の物語<呪いの子>

 ―――ネヴ・スルミルは先の大戦にて敗北した。完膚なきまでの敗北、ともすれば殺されて当然の行いの果てに友であるグルーヴァとの戦いで負けながらも生かされ、最終的に自身と同一の名を持った英雄による自己的な理由と少女の慈悲によって醜くも生かされ続け、暗闇の住まう地下室に時が来るまで幽閉された。


 男にとって生きているという行為はそのものが罰であり、苦痛であった。


 信仰を無くした友に生きて欲しいと願いながらも、その心の奥底に潜んでいた本質は父への憎悪であり、そこに至るまでの過程全てが無駄に思える程の身を焦がす呪いは信仰都市において在り得ざる黒白を齎し、黒き天使はその憎悪を借りて現出した。


 ―――故に、その青年にとってネヴ・スルミルの存在はまさしく弟を救う為の足掛かりだったのだろう。


「起きているな、ネヴ・スルミル。幾つかお前に聞いておかねばならない事がある」


 地下牢にて一人考え事をしていたネヴはその声がした方へと振り返り、その腰に備えられた一冊の本が初めに視界に移ると、顔を見るまでも無くその人間が何者であるかを理解する。


「ガルナか。お前ほどの人間が何を聞きたいかは知らんが、時間の無駄になるとは思わなかったのか?」


「あぁ、お前が懇切丁寧に全てを説明してくれる訳が無いのは知っている。だからこそ彼女を連れてきた」


 そう言ったガルナの後ろから幼い少女の姿をしたかつての信仰の神アマテラスが現れ、少女は地下牢に囚われたネヴに視線を合わせることなく言葉を発する。


()()じゃ、ガルナの問いに対して偽りを話すことをアマテラスの名において禁ずる。全てを話し、打ち明けよ、ネヴ・スルミル」


 ―――英雄ネヴ・スルミルが存在の譲渡の間際に残した死後も続く呪いによる干渉を受け、その体に刻まれた紋様が赤く胎動し、牢の中で男はもだえるように呻き、その最中に呪いを掛けられたのち、ネヴ・スルミルの譲渡によって送られた記憶の中にあった言葉を思い出す。


『これから君に残す呪いは大きく分けて三つ。一つは自分の意思によるありとあらゆる方法による自害を禁じるというものだ。これがある限り君は如何なる精神干渉を受けても死ぬことは出来なくなるだろう。君が死ぬには後述する別の呪いによるものしか受け付けないように魂と肉体を造り替えておくからね』


 それは意識下にあっても、仮に無意識状態に陥って尚変わることの無い不変の呪い。それは最早そういうものである、と解釈する他ない男にとっての摂理となり、絶大な効果を持った束縛の呪いにより男は今後一切の自死を禁じられ、ハデスの後を追う事すら許されなくなってしまった。


『二つ。アマテラス、天間雫、両名に対して殺意及び危害を加えることを禁じる。これはまぁ、あくまで保険のようなものだ。地獄という異界で無数の悲鳴と魂に触れあっていながら狂う事が無かった君には不要なものかもしれないが、万が一、気でも狂って二人を殺されたらたまらないからね』


『―――そして三つ。これがまた色々と大変でね、君にはこれから一生をかけて人を救うようにさせたいのだけれど、死というのは往々にして救いになりかねない。君にとって生きることが何よりも罰であるように、君がこれから救う人間達の中には死が救いになる者も居るかもしれないと考えた時、呪いの内容を人に危害を加えないこととした場合、その人間を救う事が出来なくなってしまう』


 死が救済になるなどあり得ない、などと今更綺麗ごとを言うつもりは英雄にも男にも無い。人の美しさと同時に醜さにも長い間触れあってきた彼等だからこそ理解出来る一種の諦観であると言ってもいい。


『その中で僕は自己による解釈ではなく、その定義を僕が最も信じることの出来る二人に委ねることにした。というより、考えるまでもなく簡単なことだったと気づいたのさ』


 記憶の中だと言うのにどこか得意げに笑う英雄の姿に男はため息を付きたくなるような感情を覚えながらも受け入れる他なかった。元より男には呪いを拒む権利も呪いの指向を定める決定権もない。


『さて、前置きはここまでにしておいて本題だ。三つ目の呪い、それは―――アマテラス、天間雫両名の命令に絶対従う事。彼女たちが安易に人を傷つけるなと命令したのなら君は今後命令の訂正が入るまで初対面で人を殺すことも出来なくなり、君を殺すしかない状況にまで陥ることも無く、君を強制的に人を救うことしか出来なくさせることも可能だ』


 複雑化した問題を全て解決させたのは最もシンプルな解答だった。ネヴに人を救わせたいのならアマテラスにそう命令するようアカツキを介して頼み込めばよく、仮に天間雫が彼の死を願うのなら死ねと命じるだけで彼の命は容易に地の底に墜ちるだろう。


 まさしく呪いと呼ぶに相応しいその行為は大勢の人間を苦しめ、死に至らしめたネヴにのみ掛けることを許された行為であると言っても良い。何故ならばその呪いは掛けられた者の人権、心情、感情全てを踏みにじる最低な行いに他ならないのだから。


『これで君に掛けた呪いの全ては話した。勿論、この事はアカツキにも伝えてあるから隠そうとしても無駄だよ。いいかい、ネヴ。外に居る人間が君をどう思うかなんて関係ないし、中には君の過去を知り、可哀そうだと思う奴等も居るかもしれない。―――けどね、君は最低で最悪の人間だ。絶対に許されちゃいけないし、だからこそ君は生きる苦痛を味わいながら人の為に戦う事しか出来なくなるんだよ』


 記憶の中にある英雄が見せた、二度目の純粋な呪いだけを込めた瞳が男を射殺すようの細められ、現実に戻っていくことを示すように霧散したその姿を最後に、男は微睡の淵から目を覚ます。


「意識を失っておったのか。呪いが完全に浸透しきっておらんかったんじゃろうな」


 それほどまでに英雄が男に掛けた呪いは強力で、かつて地獄の泥を一身に浴びていた彼でも耐えられぬほどの怨嗟を男の魂に植え付けたと言うことなのだろう。恐らくはアマテラスがまだ神格を有していても彼に掛けられた呪いを解く術は無い。


「ガルナ、これで奴は包み隠さず全てをお前に話すじゃろう」


「あぁ、助かった。...すまないな、お前もあまり乗り気では無いだろうに無理やり連れてきてしまった」


「何、お前達には返しても返しきれんほどの借りがある。私の感情など後回しにして勝るほどの恩がな」


 信仰都市を地獄とネクサル・ナクリハス率いる教団の一派から守り、アマテラスにとって最も大切だった子供達の為に奮闘したアカツキ達への返礼としてアマテラスはガルナに天使にまつわる情報を提供することにしたのだ。


 英雄ネヴの記憶を断片的にだが保持していたアカツキによって地獄の主ネヴ・スルミルが一時的とはいえ天使を降ろしたことを知り、その当事者から話を聞き出すに辺り英雄の掛けた呪いの一つが効果的であると提案したのもまたアマテラスによるもの。


 個人の感情などよりもこれまで信仰都市に尽くしてくれた彼等に恩を返す方が大事だとアマテラスは判断した上でこうして友と同一の名を持った人間と向かい合った。


「...俺に、あの男の影を重ねるな。貴様が何を想っているかは知らんが、―――俺はネヴ・スルミルだ。英雄になるよう望まれ、ついぞ英雄にすらなれず父に捨てられた呪われた子。俺を生かしてみろ、きっとお前達は後悔することになるぞ」


「そうじゃな。確かに私はお前に奴の影を重ねているのじゃろう。...この期に及んで、何を期待しているのじゃろうな、私は」


 この男を生かしていれば、いつか彼が戻ってくる気がして、ネヴの存在が彼の存在の証明になっている気がしてアマテラスはあの場でネヴ・スルミルを庇うような素振りを見せた。それが人の呼ぶところの情であることはアマテラスも理解している。


「...だが、それでいいのじゃ。私は神格を捨て、一人の人間となった。であるのなら、感傷も感情も、人並みの情もあっていいのだと、奴ならそう言ってくれるだろうから」


 その愛しい記憶の面影にアマテラスは薄く微笑み、ネヴがその事に対し何も言わない事から話はそこで終わったと判断したガルナは次いで質問を投げかける。


「お前がその身に宿した天使と呼ばれる存在は一体どこから来た。奴等は何故人類に対して敵意を抱いている」


 アマテラスの命令によりガルナからの質問に対し虚偽を述べることが出来なくなったネヴは意識を正常に保ったまま、自身の口で知りうる情報を話し出す。


「どこから来たのかは知らない。敵意を抱いている理由もな。一つ、言えることがあるとすれば敵意何て生温いものじゃない。俺の体を借りて現れた存在にあったのは『憎悪』だ。俺の父への憎しみがトリガーとなり、器の適性を満たしたのかもしれない。...少なくとも、奴等はアシャやグルーヴァが昔言っていた異界の常識に在る天の御使いとは違うのだろうな」


「異界の天使?この世界ではない、別の世界にも天使と呼ばれるものが存在するのか?」


「...アシャもグルーヴァも英雄、引いては異世界からの来訪者に他ならない。奴等の居た世界にも天使と呼ばれる存在が神話やお伽噺で語られており、何でもその世界では天使は神に仕える聖なる存在として広く知られていたらしい」


 英雄としての性質上、彼等がこの世界に流れ着く依然の記憶にはやや不備が見られ、時を経るにつれその記憶はまるで上書きされるように消えていくのだという。


 現に少年期のアシャやグルーヴァは時折自身の居た世界の事を話していたが、それは一年、また一年と経つうちに信仰都市を守る英雄としての自覚と世界の摂理によってまるで隠されるかのように話さなくなっていった。


「...この世界の天使と異界の天使の相違点を探すならあのアカツキとかいう小僧にでも聞け。奴もその違和感には気づいている筈だ。―――本当に、異世界から来た人間であるのならな」


「無駄じゃよネヴ。今更アカツキ達の仲を引き裂くような物言いをしても彼等は強い絆で結ばれている、今更外部の、それも敵対関係にあったお主の言葉ではどうもならん」


「どんな内容かは知らないがお前は天使と言う存在に因縁があり、その事をアカツキにも言っている筈だ。であるのなら何故奴はその違和感を口にしない、仲間の為を想うのならどんな些細なことであれ情報の共有をするべきだろうに」


「ふん、大方あいつの事だ。やれ、この情報が正しいのか、本当に問題の解決に繋がる話なのか悩んでいるだけだろう。本当に必要な事ならば時期に奴の方から話しに来るだろう」


 ネヴのどこか的を射たような発言に対してガルナは何も考えることなくその疑惑を否定し、その上でアカツキへの信頼を言葉にする。その事になぜかアマテラスが腕を組んで胸を張り、ネヴはどこか呆れた様子で言葉を続けた。


「本当に知りたいのはそんなことじゃないだろう、記録者。どうせ隠し事など俺には出来ん。腹の探り合いをする必要もないだろうに」


「...そうだな。では単刀直入に聞く。その天使はどうやって消滅した」


 彼の体に一時は天使と言う存在が乗り移り、その猛威を振るっていたのだとしたら如何にしてネヴは再び自我を取り戻し、弟が今も尚その身を蝕まれ続けている天使と言う上位存在を後遺症も無く排除できたのか。


 一度天使と戦ったことで異質なその力の存在を僅かに感知できるガルナがここまで近づいて尚ネヴから天使の存在を感じないのならば、きっと彼は完全に天使から解放されたということなのだろう。


 ガルナがアカツキの旅に同行した理由、あと二年と少しでその体を天使に造り変えられてしまうガヴィナを救う為に学院都市を出て外の知識を知ることでどうにか対処できないかと思っていたが、よもや初めて立ち寄った都市で天使からの解放と言う解決手段を見つけられるとは思ってもいなかった。


「...そうか。天使になった、或いはこれからなる人間が居り、その人間の為にここまで来たのか」


「あぁ、特に隠すつもりもない。()だ。世界で唯一血の繋がった大事な家族の為に、俺は最後まで側で終わりを待つのではなく、共に未来(さき)を生きる為に側を離れ、天使の血からガヴィナを解放する術を探す為にアカツキの旅路に加わった」


「―――――――」


 ガルナの覚悟と決意が秘められた言葉を聞いたネヴは一瞬もうこの世界から居なくなった妹とハデスの姿を思い出し、その憂いを悟られぬように視線を下に降ろす。


「...すまない、そもそもお前の弟とは条件が違うのだろう。確かにアレの存在を突き詰めていけば天使と呼ばれる存在(モノ)なのだろうが、降ろされたのは存在と言うより、天使の持つ力のみだった。アレには人格と呼べるものは無く、ただ世界を滅ぼす事のみしか考えていなかった。お前の弟は完全な状態で天使を降ろしたのだろう?」


 シズクもハデスも確かに奇跡と呼べるものを起こしたに違いない。だが、そもそもの前提が違う。不完全と完全の違いはその存在の強固さと魂との深い癒着にある。


 カース・スルミルへの憎悪に宿ったのが不完全な天使の力だけだったが故に対処でき、恐らく一度天使としての記憶や肉体も降ろしてしまったであろう彼の弟とは状況が違う。


「だが。方法はもう一つ提示できる」


 ガルナの弟が完全に天使を降ろし、深く溶け合ってしまっているのだとしたらそちらの方法の方がまだ可能性はあるとネヴは踏み、口にする。


「―――大予言者クラヴァ―・リストロミアを探せ。奴の魔法は俺と深く融合したハデスの神格を引き剝がし分離させている。恐らくは同じことがお前の弟にも出来る筈だ」


 天間雫とは違い完全に同一となったハデスとネヴを再び二つに分けた大予言者の魔法。その狙いは恐らくあの場で()()に憑りつかれていたアカツキからその存在を取り分ける為に行使されたのだろうが、その大予言者は必要なモノのみを切除し、アカツキの内に居た英雄はそのままにした。


 魔法の効力も、その精度も遥かに高みに在る筈だ。その存在を持ってすればガルナの望む願いは果たされるだろう。


「ガルナ」


「分かっている、アマテラス。―――何故そこまで話した?お前への命令は偽りを話すことを禁じるもの、そこまで言う必要は無かっただろう」


 その情報が真実なのだとしたらガルナにとってはこれ以上とない朗報になる。それゆえに冷静さを保ったままガルナは情報の正誤を見極めるべくネヴのどこか協力的な発言の真意を追求する。


「お前が俺の目的を阻んだ敵であることに変わりはない。―――だが、お前が弟の為に、愛した家族の為にそれを為そうとしているのなら、同じ兄として手を貸してやることにした。それだけの話だよ」


「...ネヴ?」


 どこか様子のおかしいネヴに対しアマテラスが首を傾げると男は目を反らし、「これで話は終わりだ」と強引に話を切り上げてそれ以上語らう事をしようとはしなかった。


 地下室から地上へ戻る間にガルナとアマテラスは先刻の異変について話し合う。


「どう思う、ガルナ」


「情報の正誤はともかく、奴の様子についてなら大方予想出来ている」


「それは何じゃ?」


「―――存在の譲渡だ。英雄ネヴ・スルミルはその名と記憶を奴へと返し消滅した。恐らく奴は英雄ネヴ・スルミルの記憶を記録としてではなく、実体験したかのように覚えている筈だ。その中にはきっと英雄の善性、未練なども含まれている。その一部が今回表に出てきたと考えるべきだ」


 今回は家族がキーとなり、彼の中に渦巻く英雄としての記憶が彼に僅かな慈悲と感情を思い出させた。まさに呪いと呼ぶに相応しい人格の再編が今まさに行われているとガルナは予想する。


「だが、それも直に統合され、安定化するだろう。...それと、奴はお前の知る英雄のようにはならないだろうとだけは言っておこう」


 思わせぶりな発言で叶いもしない幻想を抱かせてしまわないようにガルナは言葉を付け加えた。


 アマテラスが英雄ネヴ・スルミルにどのような感情を抱いていたかはあの場に居合わせたアカツキとガルナだけは知っている。あの状況で彼女がネヴを庇うような言い方をしたのも、全ては彼女が英雄ネヴ・スルミルを愛していたからなのだろう。


 それを決して誰に言う訳でも無いが、その想いを知る人間として残酷ではあるがはっきりと彼女が抱く可能性を否定する。それこそがアマテラスの為になることを知っているが故の優しさだった。


「分かっておるよ」


 その気遣いとガルナの言葉の返しとしてアマテラスはそう言い、太陽の差す地上へと続く階段を上がっていった。




       ◀▶ ・ ◀▶ ・ ◀▶ ・ ◀▶ ・ ◀▶       




「おーい、アニマー?」


 昨晩から様子の見えない愛刀こと、神器アニマ=パラトゥースの姿を探してアカツキは街外れに在る小さな草原に足を踏み入れる。


 神器とその所持者にある繋がりを辿ってきたのだから、アニマがこの草原のどこかに居ることは間違いないのだが、少女のようなあの姿では探すのも一苦労するだろう、とアカツキが思っていたところ、不意をつくように後ろから強い力で押され、アカツキは勢いよく前から地面へ倒れ込む。


「ちょっ―――!!」


 一瞬教会の残党を疑い、手に魔力を込めたが、次いで背中に乗っかってきた少女の自慢げな鼻息と軽い体重にアカツキは安堵したように笑う。


「隠れ鬼は私の勝ちだね!アカツキ!!」


「隠れてたのはお前だし、タッチするのは鬼の方だよ。ったく、元気なのは良いけど何も言わずに居なくなると心配するだろ」


「心配してくれるの?」


「当たり前だろ!神器とはいえ今のお前はガ...。子供だ!!子供を心配しない奴がどこに居るんだよ」


「...私、アカツキよりも年上だし、私から見れば今のアカツキの方がガキだよ?」


 唐突に言われた本当の事にアカツキは返す言葉が見つからず、わざわざ訂正した言葉遣いを踏み抜いてきたアニマに畏怖と共にどこか懐かしさを思い出す。


 どこか、覚えてもないくらいの昔、それこそ自分が五才やそこらの子供だった時の友達と居るような、そんな懐かしさと安心感。それがこの世界で数多くの戦いを共に戦い抜いてきたことを抜きにしてもおかしなことであることにアカツキはもう気づいている。


「お前はさ、俺の事どんくらい知ってるんだ?」


 草原の中、地面に突っ伏しながらアカツキは今にも千切れてしまいそうな糸を手繰るようにアニマへ質問をする。それが自身の欠落、引いては知り得てはいけないであろう何かに抵触するということも理解した上での質問だった。


「お前の母ちゃんの腹の中に居た時から死ぬ時まで!!」


「...どこでそんな言葉覚えてきたんだよ。というか、一応シリアスな場面なんですよアニマさん」


 まるで容量を得ない、というより意図的に話題が進まぬようにしているアニマにアカツキが突っ込むとようやくアニマが背から離れ、草原の中で後ろに手を組み、土を払って立ち上がろうとするアカツキの方へと振り返る。


「―――全部、本当の事だよ!!」


 その純朴さが、あどけなさがアカツキの知らない郷愁を駆り立てる。

 そこには暖かなベッドは無くとも二人の子供が寝るのに十分な布切れがあり、川のせせらぎと揺れる小麦の光景がアカツキの胸をしめつける。


 ―――いつも、昔のことを思い出そうとするこうなってしまう。

 その痛みが、苦しみが、今の自分をどこか遠くへ連れ去っていくようで、離れていく感覚と叫ぶ自分の声で必死にそこにある何かを隠そうとする。


 けれど、今は何とか痛む胸を押さえ付け、苦し紛れに笑って見せる。


「―――そっか、じゃあ良かった」


 何も、良くなんて無いだろう。それに何が良かったのかなんてアニマはおろか自分でも分かっちゃいない。本当に苦し紛れの一言に相応しい脈絡のない言葉には幾ら長い時を生きる彼女でも戸惑ってしまうだろうに。


「―――大丈夫だよ、アカツキ」


 しかしアニマは、アカツキが自身の中で消化できない葛藤や苦しみ、不安感に押しつぶされてしまいそうな事を自身の神器としての能力を使わずとも理解し、自身の記憶に在る頃から少し成長した、けれど当時よりもまだ幼さを残したアカツキを正面から抱きしめ、その頭に手を伸ばす。


「よしよし、痛いの痛いの飛んでけ~」


 張り詰めた糸のようにピンと張った心の線が少女の言葉で僅かに緩んでいく。確かに感じる温もりと心臓の音がアカツキがここに居ることを証明するように脈を打ち、何も言わずにアカツキの両の瞳からポロポロと涙が零れ落ちていく。


「今は全部思い出そうとしなくていいよ。ゆっくり、色んな事を知りながらちょっとずつ前に進もう?だって私達は生きてるんだもん、焦らなくても大丈夫」


 少女にとって、その出会いも別れも忘れ難い事ではあるが今のアカツキには真実を知る為の心の余裕が無いように見える。恐らくは自分を、神器アニマ=パラトゥースを多用したが故の心の消耗と潜在的な不安感によるものだ。


 それらを取り払い、彼が自分の意思で全てを知ろうとした時に時間を掛けてアニマの記憶に在るアカツキという人間の一生を語りつくそう。だからそれまでは穏やかで、満ち足りないけれどどこか愛おしい未来(いま)を生きていく。


 それこそが、人の夢が見た幸せの延長線であることを願って。

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