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遥か彼方の浮遊都市  作者: しんら
【信仰都市】幕間の物語

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202/202

幕間の物語 <究明>

 英雄ネヴ・スルミルによる存在の譲渡が行われてから一夜明け、その場に居合わせたアマテラスとガルナ、そして英雄の依り代として機能していたアカツキ自身の口から昨夜の出来事の情報共有が行われ、猿轡と手足を縛る光の鎖とガルナによる空間の固定により徹底的なまでに身動きを奪われたネヴの前にその被害者となった三人の子供達が立つ。


「...この人が、母さんを殺した人間」


 信仰都市において人器を用いて洗脳を行い、母を姉に喰わせると言う凶行を為した憎き敵をネオが見下ろし、その横では黒羽が口元を押さえ、何かを思い悩むような素振りを見せるが、この状況でいの一番に行動を起こすであろうとガルナが予想していた雫はと言えば冷静を装っているからなのか何の感情も見せずネヴを見つめている。


「奴を殺すことでベルメリヨン・セレーノスという呪いの神が再び器を得る。そうなれば英雄は人口の半数が死ぬと明言していた辺り、その脅威をどうにか出来るだけの作戦も戦力も現状の俺達には無いだろう」


 そのことに少し安堵しながらガルナは一先ず話し合いの余地があることを確認し、現状の整理を行う。


 ネヴ・スルミルという人間にまつわる話はとかくややこしい。英雄の方のネヴ・スルミルは目の前に居る人間の名前と役割を目の前の男自身の実父に人器メモリアルという神器の模倣作によって埋め込まれ、元あった名と使命を上書き、或いは侵食された形でこれまでネヴ・スルミルとして生きてきた。


 その全てを彼自身に返還し、死にかけの彼を救ったのには英雄の個人的願望を叶えるための建前としても、多くの人間を不幸にしてきた人間を生かすに足る理由としても十分であるように思える。


 ―――世界の記憶から抹消されるほどの脅威を持った呪いの神ベルメリヨン・セレーノス。()の存在は幼神ハデスとネヴを融合させ、ネヴに神格を与えると同時にその死と共に自身を復活させる呪いを掛けた。


 恐らくは自身の復活に必要なエネルギーとそれに足る贄を求めての行動、何の気なしに復活できるほど甘くはなかったことの証明ではあるが、仮に地獄の力を失っていなければ彼を殺さなければなかった以上、再現性の高い復活方法であったと言えよう。


 しかしそれも英雄と二人のネヴ・スルミルに共通した一人の妹とアマテラスの手によって暗闇から救い出された初代巫女シズク、そして友であるハデスの手によって事なきを得るに至ったのだ。


「はい!ガルナ君の言っている事は正しいですよ。かの神はその危険性故、一度教会が神器メモリアルを用いて世界そのものの記憶の改竄を行っています。呪いと言う信仰都市内でおいてのみ発生する概念が世界に波及することと、その存在そのものが残した遺恨を断ち切る為の対処療法としてね」


「教会ですら封印するしかなかったってことか...。―――って、なんであんたがここに居るんだよ」


「酷いよアカツキ君!もう君は私の『自由』の庇護下、リリーナちゃんやワーティーちゃんと同じように私の子供も同然なんですから多少過保護になるのも当然です」


 昨夜は居なかったウーラの姿にアカツキが疑問を呈し、そのことにウーラはやや造り物臭い起こり方を見せる。


「はいはいはい。分かりました」


 ウーラのどこか煙に巻いたような物言いにこれ以上言及することが時間の無駄であることに早々に気付きアカツキが見切りをつけるとウーラは一瞬残念そうな顔をしたのちにこの場に訪れた理由の一つを話し始めた。


「それにまあ、教会の人間としてはこの場に居合わせる必要がありますしね。なんせ彼は教会から指名手配されている神格の元保持者なんですから」


 神格。神に至る為の資格であり、信仰都市内でのみ確認されたその異常を教会は危険視し、仮にも彼等が崇める創世の女神が汚されぬようにとすべからく死刑を全信徒に伝達したのだ。


 ウーラは教会から『自由』を与えられ、その行動に制限が掛かることは無いが、仮にも教会に属する一信徒としてここに訪れた、とでも言いたげな雰囲気だ。


「雫と黒羽もな、そんであんたはその事を教会に報告してないしむしろ肩を持っている始末だ。説得力がないぞ」


「冷たい!クレアちゃんクレアちゃん、なんか今日のアカツキ君、私に当たりが強いよ~」


 腰にすがって泣き言を言うウーラにクレアは呆れた笑いを見せながらその頭をヨシヨシと言いながら撫でる。


「多分ネオ君の事でアカツキさんも多少思うところがあったんだと思いますよ。確かに大勢の人が救われることに変わりは無いんでしょうけど、あんな小さな子に全部背負わせたウーラさんや、見てる事しか出来なかった自分にも腹が立っている。...そんなところでしょうね」


 アカツキの心情を説明しながら尚も自身の頭を撫で続けるクレアの笑みが僅かに暗いものに変わった事に気付いたウーラは糸で縫われた金色の目を開き、その憂いを含んだクレアの顔を見上げる。


「...アカツキ君の事、良く知っているんだね」


「分かろうとしているんです。アカツキさんったら色んな事私に隠すんですよ!」


「......」


 いつもと変わらない反応、彼女らしい健気さ、しかしウーラは確かにその金色の瞳でクレアの深奥に潜む闇を捉える。


 ―――進行が早い。彼女とアカツキとの間に結ばれた依存の儀式、農業都市においてクレアを救うべくヴァレク・スチュワーディの考案したその儀式を乗っ取り、依存先を自身にすり替えて人形になるだけだったクレアを人に戻したアカツキの献身、その結果と依存の儀式が齎す効果が相乗し、信仰都市での危機もあってクレアの魂が僅かに歪みつつある。


 稀代の天才、こと魔法の発明において右に出るものは居ないとされた程の子供がとある事件を発端として大きく歪み、その結果として生まれた儀式は魔法では再現不可能な魂そのものへの干渉を持ってクレアという少女に指向性を植え付けた。


「クレアちゃんはアカツキ君の事をどう思っているんです?」


 この場にウーラが現れたのは信仰都市で起きた数多くの異変の大本となったネヴの顛末を見届ける為もあったが、最も危惧していたのはヴァレクの考案した未知の術式の効果とクレアの心の均衡にある。


 アカツキやガルナ、信仰都市の問題を解決するに辺り分散していた彼等の記憶は既に()()()()()()()大抵の事はこの金色の瞳が把握している。


 だからこそ、その黄金に濁りを見せたクレアの心の内を見透かすことが出来ず、ウーラはわざとらしい演技で接触を行ったのだ。


「...どう思っているか、ですか?―――どう、思っているんでしょうね」


 しかし、それも杞憂に終わる。これまで危うさを持っていた心が一瞬桃色に染まり、僅かに頬を赤らめさせたクレアの顔を見てウーラはクレアが自身と同じような過ちを犯さない事を知る。


 アカツキの事を考えた途端に陰りは姿を消し、その心が朱に染まる。多分、相性の問題もあるがこれはクレア自身が持つ善性の影響が大きいのだろう。


「そうですか。じゃあ私がやることはあと一つだけですね」


「...?」


 ウーラとクレアの問答を他所にネヴの周りではガルナによる説明が今も尚行われており、ネヴ・スルミルという人間が辿った道を知ったネオと雫の顔が僅かに暗くなる。


「これで話は終わりだ。こいつはハデスと言う本来であればこの都市に自然発生するはずだった神の為に信仰をアマテラスから奪取せんとし、お前達の人生を狂わせた」


「...あいつはこう言ってたよ。お前達がこいつを殺すならそれを止めはしない。たとえ世界にどんな損害が出ようとこいつが狂わせた人間に殺されるのなら、その一人が救われるならそれで良いってな」


 縛られたままのネヴは何も言わない。ここで殺されるのならそれで良いとでも言うように抗う素振りを見せず、その事にアマテラスは僅かに下唇を口を噤みながらも噛み、物言わぬ自身の記憶に在るネヴという人間の写し身のような青年を庇う口ぶりを見せる。


「雫、お前の気持ちは痛い程理解している。大事な人間を、母親を喰わされるなどとても正気の沙汰ではない。狂っていたのじゃ、全部な。お前達の幸せを狂わせたのはこいつじゃが、こいつを狂わせたのは...」


「―――カルヴァリア・スルミル。信仰都市で起きた凶事の全てはその男に帰結するわ。ここはいわば彼の実験場、彼の行動も恐らく呪い(スルミル)の祖たるカルヴァリアにより、ある程度コントロールされていたのでしょうね」


 正義の番人とも言えるリアがアマテラスに代わり説明を行い、ガルナ同様にネヴの死を止める側に立つ。だがそれをリア自身は絶対の正しさとは言わない。俯瞰的に見た正義と主観で見る正義には必ず違いがある。


 正義の都市の頂点に立つのであれば絶対の一を持ち合わせていただろうがリアはその座を自身の意思で降り、そこに多くの弟子達を残していった。正しさを語る権利など今の自分にはないが、何を正義と為すかは今の自分で決めている。


 そんな彼女がネヴを殺すべきではないと遠回しではあるが言っているのだ。だが、同様に雫の事を牽制する様子は見せない事から、現状の全ては彼女の手に委ねられていると言ってもいい。


「───全く、何を暗い顔をしてるんですか」


 どこか重苦しさの漂うその場で、やはり彼女だけは翳りを見せずに少し離れた場所からゆっくりと歩きながら戻ってくる。


 その金瞳に相応しい輝きを遠い昔に恩人から預かったウーラには未来に悩む子供達を導く役割がある。その為にこそ危険を冒してまでここに来たのだ。


「貴方達は自分の意思で道を切り開き、未来に絶望ではなく希望を見出した。そんな人達がそんな顔をするものじゃありません!それに...」


 ウーラは知っている。もうこの都市には呪いが吹き溜まることはないことを。


 誰かを踏み台にしてまで生き足掻いた過去の先人達の願いと、2人の少年少女が歩んだ道のりの果てに掴んだ奇跡の未来(さき)


「───どうしたいかはもう決まってるんでしょう、雫ちゃん」


 ウーラは笑う。最早何も心配することなんてないかのように。


「...うん。私は───天間雫は、母を殺し、祖父を奪い、多くの人間を踏み台にしてまでハデスの復活を成し遂げようとした貴方を()()()()()()


 たとえ、どれほどの年月が経とうと雫がネヴを許すことはない。それをしてしまえば母への想いは偽りになり、過去は過ぎたこととして消化される。


 それだけは、何があってもやってはいけないことなのだ。


 故に、雫は目の前でかつての自分と同じように諦観を見せるネヴに顔を近づけ、その事に一瞬黒羽が心配したように手を伸ばすが、隣に立つアマテラスがそれを制する。


「───だから、一生誰にも許されないまま生きていこうネヴ・スルミル。それが、私達の罪なんだから」


 襟元を握られ、吐息がかかるほどに近づけられた少女の瞳、そこにネヴは同じ名前をした妹の姿を幻視する。


 大地を侵す呪いの中、スルミル家を囲う結界の結界花園で笑う幼い子供達、そこには自分が居て、グルーヴァが居て、アシャが居て、シズクが生きていた。


 遠い昔、まだ運命というものを知らなかった少年達は遠い未来で英雄として語り継がれ、始まりの三人はやがて一つの歪みを生み出し、それを正すべくかつての友はその魂を燃やし、消費し、奇跡の一端を担った。


 許されてはならない。生きていてはならない。故にこそ、許されぬまま生きていけと彼等は言う。


 万人の望む結果は訪れない。悪逆は生かされ、信仰都市に渦巻く因果は何一つとして解決せぬままに終わりを迎える。


 ―――それこそが、カルヴァリア・スルミルの望む不死を果たすための道のりであることも知らずに。


『───だからこそ、我等が居るのです』


 暗い石室の中、その右手に刻まれた呪いの痕から生じた青髪の女が目を覚ます。


 死の自覚はあった。

 英雄アシャは地獄の門と同期し、その肉体の滅びと共に門を破壊。その後残った魂をエネルギーとして教会の総本山へ破壊した地獄の門が持つ空間の異常性を利用して転移させ、そこで信仰都市の問題に教会が踏み込むことを躊躇うだけの被害と時間を稼ぐ。


「...それなのに、どうして?」


 元より信仰都市の英雄としてこの世界に流れ着いた時点で結末は分かりきっていた。私はこの都市の為に望まれ、この都市の為に命と心を呪いとして消費する。


 無意識の自覚。それは私が英雄であり、何も残さないまま、かつてのあの子に気持ちを伝えることが出来ぬままに死ぬということ。


 それが出来ていれば道は如何様にでも変わっていただろう。復讐に走るのではなく、そこに失った何かを埋めるだけの幸せを見出すことであの男、カース・スルミルの呪縛からネヴを救い出すことが出来ていたかもしれない。


 ───でも、出来なかった。だって私は英雄であり、愛を知らぬまま死ぬことが定められている。そんな女に出来ることは、あれしか無かったのだ。


「...何とも酷な歩みでしたね、英雄アシャ。カルヴァリア・スルミルの計画において原初の在り方を持った英雄は脅威そのもの。故にこそ彼は莫大な年月を不老の齎した時間でカバーし、世界そのものの機能を歪ませたのです。―――ですがその不可逆性は私の『救済』が既に取り払いました」


 特定の地域において現れる英雄と呼ばれる一騎当千の猛者達はカルヴァリア・スルミルにとってイレギュラーでありその事を疎ましく思った彼の手で、その継承を不十分なまま次代に譲り渡す他なく、結果的に彼等から生殖機能を剥奪されるように仕向けられた。


 それも全ては彼が不死を獲得する為の策略。異界から多くの人間が流れ着くというその土地由来の異常性を利用し、カルヴァリア・スルミルはかつて神降都市に狂気の神を降ろし、不老を獲得した。


 その犠牲として1度都市は滅び、消えぬ呪いによりその土地は人の生きていけぬ地獄へと変貌し、カルヴァリアは教会の保持する神器メモリアルによる世界の記憶からの一斉消去による存在そのものの消失という人為的な対処を待たずして、創世の女神そのものから存在を否定されている。


 だが、どうやってか世界の修正という絶対の事象を逃れたことで彼は存在の消失に耐性を獲得し、以後教会も手出しできぬ巨悪と化した。


「不老を得た彼はまさしく塵も積もるような時間を掛けることで、呪いに侵された大地の表面を異界に転移させ、英雄の機能を弱体化、再び神を降ろすための下地を創り上げた。それこそが信仰都市、神なき世界に神を降ろすという偽りの願いを植え付けられた実験場」


 全ては彼の思い通りに進んでいた。しかし、そこに混沌と狂気を持ってかつての自身が降ろした神を再び呼び出そうとしたことが凶を為す。


 信仰都市において初めて訪れた神に最も近い力を持った存在はカルヴァリアの手でも制御できない暴威を世界に齎し、のちに地獄と呼ばれる空間に転移させた信仰都市の大地の表面の下、今の信仰都市の大地となる場所を再び呪いで包み込んだ。


 一度目の計画の修正、神降ろしと並行して呪いの対処を行うよう人器メモリアルに埋め込み、カース・スルミルはその過程で我が子と英雄をすげ替え、そこから生じた歪みはやがてアマテラスというカルヴァリアも知らぬ神を誕生させ、英雄ネヴ・スルミルによる都市の復興が呪いと共に救いを信仰都市に見出させた。


 たとえ新たな神であろうと願いを叶えるその機能を持ってさえいれば計画に支障は無かっただろう。しかしあろうことか英雄はその神に倫理と道徳、人間性を埋め込んでしまった。


 その時点で万象を叶える神の誕生は為されることは無く、一度はその機構をリセットしようとしたカルヴァリアの前にもう一柱の神が現れる。


 人為的に召喚されたアマテラスとは違い、自然発生したそれは神らしい力も持たぬ、吹けば消えてしまう程の神格しか持ち得なかったが、その傍らに居た人間には確かに利用する価値があった。


「現にネヴ・スルミルの生み出した歪みは雫を遠い軸の彼方へ届け、カルヴァリア・スルミルはそこで万象を叶える神を生誕させた」


「...何を、言っているの?」


「何をとは異なことを聞きますね。情報の共有ですよ、貴方はこれから私の仲間と言うものになるのですから」


 戸惑いを見せる英雄の残骸にキリスはさも当然のように言葉を続ける。


「これでも信仰都市の一件には私もひやひやしていたんですよ。アカツキを誘導させたはいいものの、私の想定以上に信仰都市の内情は入り組んでいましたからね。故に、私もウーラのような私兵が欲しくなった、それだけのことです」


「...そう。じゃあ次の質問。―――どうやって肉体の蘇生と魂の定着を行ったの?魂と言う曖昧なものを定義させた信仰都市内での呪法ならまだしも、魔法や貴方達教会が持つ聖法にはそんなものは存在しない筈よ」


 現に蘇生や魔法による肉体の損傷の回復を教会は禁じており、かの一族はその為だけに滅ぼされた。それを禁じる側にある教会の人間がどうしてそんなことを出来ようか。そう考えていたアシャは彼の羽織っている衣服に刻まれた枝の紋様を見て目を見開く。


「...大司教?」


 それは教会において最高戦力たる証であり、創世初期より語り継がれる伝承の生ける証明者の表れ。信仰都市においては最も危惧すべき存在だ。―――だというのに、体を焦がすほどの使命感も、恐怖も感じない。それが今は何よりも恐ろしくて仕方ない。


「あぁ、名乗るのが遅れてしまいましたね。私は救済者キリス・ナルド。世界ではなく、個人に救いを与える定めを持つ信仰の徒。貴女の魂を消滅から救い出し、そこから不純物を取り除いたのも私の権能によるものです。もう貴女には英雄の持ちうるデメリットは存在しませんよ」


「術式の論理と、再現性は...?」


「ありませんよ。大司教が教会より与えられた使命とそれに準ずる権能は魔法や聖法とは違い、個人の解釈に依ることが大きいのです。分かりやすく言えばその者がこれまで辿って来た生き方が大きく影響する原初の魔法でしょうか。貴方も知っている『自由』のウーラであれば真実を見通す金色の瞳がそれに該当します、勿論彼女の持つ三つの組織もその権能あってのものですよ。私であればあんな無法は許されていません」


 教会に所属していながらそれを上回る戦力を持つウーラの特殊部隊は教会の創設者が彼女に与えた『自由』あってのもの。しかもそれが彼女の『自由』の解釈次第で敵に回る可能性もあるのだから、教会にとっては末恐ろしい存在に違いないだろう。


 そのようなことが起こらぬように聖人がその三つの組織に出資し、組織内で使用される金銭の全てを三人の聖人が払い、逆に彼等が得た利益の全ては教会に帰属するような仕組みを取っている。仮に離反すれば彼等は指名手配となり、まともな軍備もないままに六人の聖人と教会の全勢力を相手取る事になり、そうなれば僅かに教会に分があるだろう。


「ですから、これから貴女には名目上は教会の信徒として私の右腕になって貰います。...そんな事を言っても貴女が安易に受け入れないことは分かっていますがね」


「よく分かってるわね。たとえ使命なんて無くても、これまで教会が信仰都市を滅ぼそうとし、多くの命を奪ってきたことに変わりはないでしょう?」


 ここに自分の望むものなど一つも無いとでも言うように女は石のベッドから起き上がり、キリスの方を見る。そこには確かに生前の記憶が、過去の遺恨が残っていた。


 英雄としての力はそのまま残されたようだが、使命を失った今も彼女に教会側に寝返るデメリットはない。これまで教会が信仰都市にやってきた行いを見れば決して相容れることは無いということは分かり切っていた。


 故にこそ、キリスはアシャにそれを受け入れさせるための条件を提示しなければならない。


「―――私が死ねば『救済』の座は貴女に譲りましょう。それを持ってすれば失われた貴女の友人も、神の器として消費された幼子をも蘇らせることが可能になるでしょう。全ては貴女の救済の定義に依りますが、その者達と関係の無い私に比べれば幾分かはマシでしょう」


 その一言にアシャが口元に手を当て、悩む素振りを見せる。

 眉間に僅かに寄った皺と閉じられた瞳からは大いに悩む様子が感じ取られ、キリスは提示した条件が彼女を引き留めるに足る理由になったことを確信する。


 結果は見えている。英雄で無くとも彼女が教会を憎むように、彼女は友を―――家族を愛している。


「...分かったわ。キリス・ナルド、貴方の策略に乗ってあげる」


「交渉成立ですね」


 そういって差し出された手をアシャは掴み、そこに人間らしい暖かさと僅かな希望を感じ取り、信仰都市の結末がどうなったのかを案じながら立ち上がるとキリスは思い出したように呟いた。


「あ、言い忘れていましたけど貴女自身が私を殺すのは無しですからね?」


「チッ」


 軽い冗談のつもりで言った言葉にアシャが舌打ちをするとキリスは少し先の事が不安になりながらも、教会と信仰都市、お互い憎しみ合うしか無かった人間達にとってのスタートとしては良い結果になったと思うようにし、アシャを連れて石室を後にする。


 ―――全ては原初の呪いを討つために。自身のみしか救わない悪辣なる呪いの祖を下す為ならばキリスはその魂も、人生で最も憧れた人間の肉体すら惜しむことは無い。

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