■■■の物語<幸せは彼方となって>
神器アニマを連れて街に戻ったのと時刻を同じくして、地下牢から戻ったガルナ達と宿屋の前でアカツキは出会い、雫達の待機する部屋までの道すがら話をする。
「んで、ネヴから天使の話は詳しく聞けたのか?」
「ガヴィナを救う手立てを手に入れたわけではないが有用な情報は仕入れることが出来た。情報の精査を行う必要はあるがな」
「でも、嘘をつかれないようにアマテラスに協力してもらったんだろ?だったら情報は正しいんじゃないのか?」
「奴自身がそれを正しいとは思っていてもその情報自体に誤りがあったらどうする。奴以外の人間からも詳しく話を聞き、その上で情報が正しいかどうか判断するべきだ」
ガルナの冷静な分析にアカツキは「そっか、確かに」と言いながら考える。
確かにガルナの言う通り、ネヴには嘘をつけないようアマテラスの命令が下っているが、そもそもネヴの知っていた事が勘違いや間違いであり、当人が真実だと思い込んでいたに過ぎない場合、問題が生じてしまうのは目に見えている。
やはり大事な時こそ冷静に、ガヴィナに残された時間は少ないが、その二年ちょっとでより可能性の高い方法を模索するのがガルナのやり方なのだろう。
ガルナの立てた作戦なら無条件で信じれてしまうアカツキにはその事に異議を唱える必要など無く、雫達の居る部屋のドアノブに手を掛けて、扉を開く。
「ただいま~。皆、ちゃんと大人しく待って――――たぁ?」
まだ目が覚めていないナナはまだしも、その部屋には雫と黒羽とネオの三人の家族に加え、クレアとリアを加えた計五人が居る筈だったが、そこにクレア、黒羽、ネオの姿は無く、代わりに加わった三つの影があった。
「あ!アカツキ君帰って来たんだね、も~折角宿屋に来ても居ないんだもん、びっくりしたよ!」
その一人はアカツキも見慣れた教会の最高戦力たる大司教の一人であるウーラ、しかしそんな彼女が連れてきたであろう若い青年と、眼鏡を掛けた図書館に居る司書のような女性、二人の人間には一切見覚えが無い。
「なあ、別に今更お前に普通を求めることはしないけど人を呼ぶなら事前に...」
「アカツキ、止まれ」
何の説明も無く客人を連れてきたウーラを咎めながら、躊躇いも無く部屋に踏み入ろうとしたアカツキを咄嗟にガルナが止める。
振り返ってみれば、そこには冷や汗を流しながら、異常な程の警戒心と恐怖で魔力を抑え込めないガルナの姿があり、周囲の物体に空間干渉をしてしまった結果なのか、鋭いノイズがガルナの周囲の空間に走っていた。
それだけではない。よく見れば部屋の隅では怯える雫を背にしたリアが剣に手を掛け、いつ戦闘が起きてもいいような臨戦態勢に入っており、ようやくそこでアカツキはウーラの連れてきた二人の方じっくりと観察する。
ガルナとリア、そして怯える雫の視線が向く方向には一人の青年が座っており、年は十代半ばと思われる若い白髪の剣士だが、どこか大人びた雰囲気も感じる落ち着いた様子の青年だ。
特段、恐れる必要も見えない人間にどうして周りが殺気立っているのか分からず、アカツキは肩に載せられたガルナの手をゆっくりと下ろし、青年へと近づいていく。
そう、何も恐れる事など無いのだ。
―――だって、彼の胸元にある狼の胸章は学院都市においてアカツキを正しい方向に導いてくれたユグドと同じものなのだから。
「初めまして、俺はアカツキ。多分バーサーカーの人、だよな?」
その事に少し驚いた様子を見せる白髪の青年と司書の女が差し出されたアカツキの手に対し何も出来なかった中、嬉しそうに微笑んだウーラが手を出すように青年へ促すと、一拍遅れてその剣士はその手を取った。
「初めまして、アカツキ。僕の名前はエア。『自由』の大司教ウーラの名の下、魔獣討伐を専門とする特殊部隊バーサーカーの団長だ」
「やっぱり...。って、団長!?」
予想通りの出来事と想定外の出来事が同時に起き、アカツキが驚いていると、その握られた手の間にバーサーカーの胸章を付けた女性が割って入る。
「団長はあまり身内以外の人と話すのが得意ではありませんので、以降は私が変わってお話を。同じくバーサーカー所属、団長の通訳兼副団長を務めていますルヴィ・エーデルワイスと申します、是非ルヴィと及び下さい、アカツキさん」
「つ、通訳?」
「はい。エアは...。じゃなくて団長は口下手な部類に属する人間かつ、ユグドさんのような荒くれ者を束ねる団長に相応しい、剣を交える事でしか話せない前時代的な人間ですので」
「......」
「否定しないんだ...」
どこか気の抜けたその問答にガルナの隣に立つアマテラスが警戒を解くよう促し、リアはこれまで沈黙を貫いており、自身と匹敵する理外の力を持っていた青年が初対面でただ気まずくて黙っていただけの事を知り、その状況を唯一楽しんでいたであろうウーラの方をじっと睨む。
その視線を受けてウーラが舌を出し、リアは自身の背後で縮こまっていた雫に安全な事を伝えて手を伸ばした。
「もう大丈夫よ雫ちゃん。貴女を狙ってきた教会の人間じゃないみたい」
「...で、でも。あの人は、怖いです。何でアカツキさんがあんな普通に話せているのか分かりません」
潜在的な恐怖、或いは一部の突出した力を持った人間が持つ嗅覚とでも言うべきか、雫は一目でエアという青年が持つ暴力的な力の奔流に気付いてしまった。
青年にその気は無くとも流れる魔力は常に主人を守る盾と矛を成し、研ぎ澄まされた剣気はその剣を抜かずとも、見た者に青年が遥か高みにあることを知らしめる。
あれが、『自由』のウーラが抱える三つの特殊部隊。世界に点在する圧倒的な力を持ちながらも、身の回りの人間から忌み嫌われ、本来であれば教会の掲げる安寧の為に後の世で粛清されていたかもしれない人間達の集まり、その中でも組織を統べる人間として選出された最強の存在。
信仰都市において度々現れる英雄、その中でも最強と目されたグルーヴァでようやく五分五分の戦いが出来るかといった、まさに天に選ばれし寵児なのだろう。
「エア君、エア君。怖がられてますよ」
「一々言われなくても分かってるさ。...というか、初対面に限らず彼等の反応の方が僕にとっての普通だよ。今更その事で落ち込む気は...。毛頭、無い」
「ウーラさん、そうやってまた団長を揶揄わないでください。というか事前に私達が来る事を話してなかったウーラさんが悪いんですからね?」
「だって面白いものが見れそうだったから...」
それもまたウーラらしいと言えば聞こえはいいが、毎回その面白そうに振り回され続けている側からすればそれはもう立派な迷惑行為だ。如何に彼女に大恩があり、命の恩人で在ろうと───。
「もう。今回だけですからね」
それもまた何度目か分からないルヴィの『今回だけ』を良いようにウーラが反省の色を見せることは無かった。
「それで?何か用事があってここに来たんだろ、その用事ってなんなんだ?」
「はい。それでは説明致します。先の学院都市での一件では私達バーサーカーの中から三名の人間が加勢、教会より要請が出る前に学院都市で秘密裏に製造された人工魔獣、仮称『影』を討伐しました」
「まあ確かにエイ...。か?」
風景と同化することで溶けるように消え、無数の鋭い尾ひれを持ち、分裂を繰り返し学院都市近辺で何度も人を襲っては成長を続けたその化け物には一度アカツキ達も学院都市への道すがら襲われており、学院都市の存亡をかけた最終局面で再度出現、最終的にユグド、ワーティー、シーナの三名によってアカツキがクルスタミナと最後の戦闘をしている最中に討ち取られている。
その際、ミクを筆頭に大勢の人間が屋敷に進行する魔獣の足止めを行い、被害を最小限に済ませることが出来たのもアカツキも聞き及んでいる。その際、ユグド達が力を持った集団に属する者として破ってはいけない筈の幾つかの規則を破った事も。
「如何に都市と友人の為とは言え規則を破ったことに変わりはありません。ウーラさんという『自由』の冠位を持つ方の庇護下とは言え、本来であれば私達は世界から排斥される側、故に力を持って生まれた者として、規則こそ重んじなければいけないのです」
「まあ。そうだよな」
シーナ達はクルスタミナ戦後にも、自分達の今後を頑なに語ろうとしなかったが、この数か月でこの世界の常識にも少しは詳しくなった今なら彼等がどれだけの危険を冒して助けに来てくれたかは分かる。
「ユグドのおっさん達はどうなったんだ?」
「重大な規則違反ではありますが、ウーラさんの口利きと団長からの慈悲で今は遠方の都市にて長期任務に携わせています。そこでの作戦を経て教会からの信頼を取り戻して初めて、私達のホームである本部に戻る事が出来る筈です」
その間、規則を破る発端となったアカツキとの接触は禁じられ、今後も教会の監視が付くのは避けられないが月日が経てばまた会えるとも教えてもらい、アカツキは安堵に胸をなでおろす。
「悪い、話を逸らさせちまった。都市に訪れた理由を話してくれるんだったよな」
「いえ、一応その事とも関係のあることですし...」
「...?」
ユグド達の規則違反に関わる何か、それが予想できなかったアカツキが首を傾げると、ルヴィから次いで提示された、人の記憶を閉じ込めた透き通るような青い石により映し出された映像を見て言葉を失う。
そこには立派な王城のような建造物、その以前と以後が映し出されていた。
一つはその建造物が完全な状態で残っていた頃の映像、もう片方の映像ではその上部の一部が何かの爆発によるものか、吹き飛んでしまっている。
仮にその映像が、ユグドがアカツキを助ける為に犯した重大な規則違反、それに付随したものだとしたのなら。
「まさか...これ」
「はい、どこかの馬鹿な団長とユグドさんが城内にも関わらず戦闘行為を行い、その際に崩れたのが右の映像になります。補修も考えたのですが老朽化や様々な理由が重なって、それも出来ずに現状は結界を二重三重に張り、外部からの侵入を抑えた上で放置されています」
そこまで言われたのなら鈍感なアカツキにも、バーサーカーの中でも一際特筆した力を持つ彼等がここまで来た理由が分かった。
ユグドが学院都市で追い詰められていたアカツキを助ける為に彼等の居城を破壊し、その補修を出来ないとあらば次に彼等が考えたのは―――。
「魔獣壊滅部隊バーサーカーの拠点をここ信仰都市の中枢に移し、不安定となった信仰都市内の情勢を鎮静化させると共にカルヴァリア・スルミルによる侵略や複数の問題に対処するよう私達は教会から命じられました。今回はその視察と、アカツキさんへの招待状を届ける為に来たのです」
「招待状?」
ルヴィより手渡された枝葉の紋様の蝋で封をされた、一通の封筒を受け取ってアカツキは何も言わず窓際へ移動し、窓から差し込む太陽の光で中を透かすことで何とか中身を確認しようとする。
「ねぇねぇアカツキ、どうして開けて見ないの?」
「いいかアニマ、大抵こういう手紙って言うのは厄介ごとに繋がる伏線と言うかフラグみたいなもんなんだ。しかも多分差出人はバーサーカーの大本、教会からのものなんだろう。開けるべきじゃないとは思わないか?」
「確かに...!アカツキは頭が良いね」
「だろ?」
アカツキの冗談のように見えて、本人にとっては真面目な行動と、アニマの純粋さが加わり手の付けられなくなった光景を前に、ガルナはため息を付きながらアカツキから手紙を取り上げ、何の躊躇いも無く封を破って中を確認し始める。
「おい!開けたら絶対に厄介事に巻き込まれるぞ!!」
「教会からの手紙だとしたら中身を見ようと見まいと俺達に決定権はない。第一、教会からの連絡を安易に無視をすれば、最悪俺達まとめて牢屋行きだろうに」
ガルナの言葉でアカツキはこれまで成り行き上、戦う事が多く、敵対関係にあった教会が、この世界の運営を行う指導者の集まる組織であることを思い出す。
かつては突出した力を持った人間を世界を脅かす存在になる前に処刑し、その権威と信仰を持って、多くの人間を導きながらも、大勢の人間を殺してきた彼等には凡そまともな人間性を期待するべきではないとガルナは言いたいのだろう。
如何にこれまで魔法というありふれた脅威を持った人間が跋扈する世界で、その平和と安寧を築き上げてきたとはいえ、それを行える時点で彼等の大半を人間らしい感性を持っていないということが知れるというものだ。
「...確かに」
「...確かに!」
そんな事を考え、言葉にしたアカツキに同調して同じ仕草で呟いたアニマを無視し、ガルナは取り出した招待状の全容を読み上げる。
「『アカツキ及びその同行者に信仰都市救済の功労者として聖人アダムの名のもとに断罪都市エルグリウスへ招待する。人数の制限は無く、必要とあらば護衛をつける事も認可する。差出人アダム・シェミチカザム』」
その文を読み上げたのち、ガルナはその裏側に何か書かれていないか念入りに確認し、封筒の中に他の手紙が入っていないか確認するが、そこには追加の記載が為されたものや、暗号らしきものは見当たらなかった。
「それだけ?本当にただの招待状だったってことか?」
「本当にそう思うなら花畑にでも行っていろ」
「おい!遠回しにお前が悪口言ってるのは気づいてるからな!!」
流石に馬鹿にされたことくらいは分かっていたのか、喚き散らすアカツキを軽くあしらった後、ガルナはこの手紙の違和感と教会の企んでいるであろう事をウーラへ指摘する。
「教会はアカツキを暗殺、或いは『審問』に掛けるつもりか」
「審問...ってなんだ?」
「死刑宣告のようなものだ。掛けられる人間は勿論だが、その内容も常軌を逸していると言っても良いだろう」
断罪都市は名の通り罪を犯した者、教会に反した者に刑を執行する都市であるのと同時に、教会有数の裁判を執り行うことの出来る場所でもある。
そしてその中で最も残酷かつ無慈悲な裁判、掛けられたものの殆どがその場で処刑を実行される『審問』が存在するということもガルナから説明を受ける。
「はい!半ば強引と言うか、隠す形でアカツキ君を引き入れようとしてた事くらい分かっていたんでしょう。私がアカツキ君用に新設しようとした部隊は認可が未だ降りていません。―――とは言ってもアカツキ君が私の庇護下にあるのは事実ですし、教会は安易に手を出し辛い。だから農業都市での一件やアカツキ君の持つ神器やらを理由に『審問』をかけるつもりなんでしょうね」
その時間稼ぎと称したアカツキへの招待は、表向きは信仰都市での戦いを労うつもりでも、その実、教会がアカツキへ抱いている感情の表れとも言える。
教会が自分をどう思っているのかくらいは本人にも分かるのか、アカツキは困ったように笑い、その手を握るアニマが共感を通じてその心情を汲み取り、その目が鋭く細められる。
「ウーラ」
「はい。何でしょうか、アニマちゃん」
「───約束、覚えてるよね?」
その年頃の子供が放つにはあまりに鋭く研ぎ澄まされた殺気と怒気を受け、ウーラは茶化すことなくアニマへと説明を行い始める。
「えぇ、勿論です。アカツキ君をむざむざと殺させる訳にはいかないのはこちらも同じなのです。断罪都市には三日ほど滞在して頂きますが、その後、部隊新設までの期間を都市壊滅部隊の拠点が置かれている極北都市に移動する手筈になっています。そうなれば幾ら教会と言えど手出しは出来ないでしょう」
アカツキ達のあずかり知らないところで話をしていたのか、ウーラに釘を刺すような物言いをしたアニマがその言葉を聞き、「じゃあ安心だね、アカツキ!」と再度少女らしい仕草で主を見上げると、そんならしくないウーラの態度に疑問を持ったルヴィが小声でウーラに話しかける。
「あの小さな子とお知り合いだったんですか?」
「あの子は神器アニマという創世以前から生きていた少女だよ。ともすれば私よりも長生きですし、出自は不明だけど、創設者のご友人であることに変わりはない。...立場上の問題以外にも色々あるしね」
教会の創設者にして、教会の前身を築いた偉大な人間により『自由』という何にも勝る命題を与えられたウーラにはその者への深い信頼と信仰があった。
創設者と神器アニマが旧知であることは創設者本人から知らされており、ウーラには神器アニマ、その生前に当たる人間だった頃の彼女とも面識がある。
今は神器などいう世界を維持する為の触媒に押し留められているが、神器となった経緯を知れば、彼女がそれを崩す側に立っていてもおかしくはなかっただろうとウーラは思っている。
故にこそ、今も尚世界を見守ってくれている彼女への敬意を忘れることなどあってはならないのだ。
「―――神器?」
「......。あ」
数百年ぶりのアニマとの会話、それもこちらの不手際を叱責するような言葉にはさしものウーラも緊張し、ルヴィが持つ生来の好奇心と探求心を忘れてしまっていたことに後になって気付いてしまう。
そんなウーラの後悔を他所にルヴィはキラキラと目を輝かせており、もう止めるのは不可能だと諦める。
「伝説の十三の概念!!創世の女神より人類が賜った奇跡の具現にして、世界を救った武具である神器!!貴女はその一つなのですか!?」
「...え。う、うん、そうだよ?」
突然詰め寄るように顔を近づけてきたルヴィにアニマが若干引き気味に応対するが、そんなアニマの態度を気にも掛けずルヴィは言葉を続けた。
「まさか本当に存在するなんて、それも人の姿で!!これは凄い事ですよウーラさん。歴史上類を見ない大発見です!!」
「うんうん、そうだね。ルヴィちゃんはそのままアニマちゃんとお話ししててね~。その間にこっちも話は進めておくから」
アカツキの手を離れ、ルヴィから質問攻めをくらっているアニマを他所にウーラはアカツキと今後の対策を話し合い始める。
「さっきも言った通り、これからアカツキ君達には断罪都市に行ってもらう事になっちゃった。これが他の聖人からの招集だったならやりようはあったけど、今回はアダム様が祝宴まで用意してくれているみたいだから無下に出来なくてね」
「理由はそれだけか?だとしてもお前が危険を冒させてまでアカツキを断罪都市まで連れて行かせるに足る理由には満たないと思うが」
これまで、先んじて教会の思惑をアカツキ達に助言として伝えていたウーラにしては後手に回るような出来事に、ガルナがその旅に同行する者として説明を促し、そのことにウーラは相変わらず勘の良い、というよりも思慮深いガルナに苦笑する。
「ガルナ君は鋭いね。今回、私がアダム様の頼みを断らなかったのは今後のアカツキ君達の旅に支障が出ないようにするためだよ」
「...どういうことだ?」
「私の率いる特殊部隊はね、その強すぎる力を教会が少しでも御する為に活動資金の全てを一人の聖人が管理してるんだ。バーサーカーであれば12番目の聖人が、都市壊滅部隊のシヴァであれば6番目の聖人が後ろ盾となる形で今まで存続できたの」
表向きは教会に属するとはいえ、世界を滅ぼしかねないその脅威が今日まで認可され続けていたのも、特殊部隊の上げた功績の一部と、シヴァやバーサーカーが依頼や都市からの要請により入手した資金の全てが彼等に還元するという形を取っているからだ。
継承を繰り返す後、金と利権に塗れていった聖人達らしい理由ではあるが、その醜さが無ければ今の特殊部隊は無い。如何に他の聖人が彼等を危険視し、排斥しようとしてもその恩恵に預かる聖人たちがその解体を許さないだろう。
「要は出資をしてる訳だ。まあ、そりゃあ手放せないよな」
その脅威を飼いならし、他の聖人よりも多くの見返りを得る事が出来るのならむざむざ手放すわけがない。
教会の内情が清廉潔白であることに今更期待していた訳ではないだろうが、こうも腐っているとなるとアカツキには益々教会に付き従う理由が無くなってしまうだろう。
しかし、既に神器の保持者として目を付けられ、先の信仰都市戦でネクサルが介入してきたように、今後教会の魔の手がアカツキに伸びるのは自明の理。そこでウーラは部隊を新設するよう裏で動きながら、今後、最も安全にアカツキが旅を出来る環境を整える為の方法を模索した。
「―――第三の聖人アダム・シェミチカザムを新設する部隊の後ろに付け、その影響力と権限をアカツキの優位に働くようにしようという訳か」
「その通りです。現在の聖人は1と2が不在、13の席は空白となっています。であれば現状最も権威があるのはアダム様であり、そんな方の後ろ盾があれば今後円満に事が進むと私は考えたわけです」
「...言うが易しとはまさにこの事だな。そのアダムという聖人に媚びを売れと言いたいのか?」
アカツキの事を思えば、神器メモリアを巡る騒動の中心にあったネクサルの事や、大勢の信仰都市の民を傷つけた教会に媚びへつらうなど、靴を舐めるに等しい屈辱だろう。
「必要であれば、と言いたいところですがそこまでは私も言いません。アダム様でなくとも誰かしらの聖人が付けばそれに越したことはありませんし、こちら側から干渉しなくとも一部の聖人は積極的にアプローチしてくることでしょう」
中には第八の聖人であるリアトリスのような排斥主義者も居るが、バーサーカーやシヴァが近年その力を伸ばしていることから大半は『審問』に掛けるよりも、その恩恵に預かる為に新設する部隊を率いるアカツキに接触してくる事だろう。
「選り取り見取り、モテ期ってやつですよ。良かったですね、アカツキ君」
「嬉しくないモテ期が存在したことに俺は驚きだよ」
ウーラが言いたいのはバックに付く聖人の中から少しでも上位、或いはアカツキ側に優位に働く条件を提示した聖人を選び、今後の旅に支障が出ないようにしろということなのだろう。
「...それでも教会に所属すること自体俺にとっては出来ればしたくないことだよ。ネクサルの件もあってその気持ちは強まるばっかりだし」
人器メモリアを道具としてか見ていなかったネクサルはその人格を意図的に分離させ、それをクルスタミナに譲渡することで神器を人の持つ業で汚し、信仰都市においてその負の感情は具現した。ともすれば教会に属すること自体メモリアに対しての冒涜に繋がるのだろう。
「けど、今の俺なら分かるんだ。あいつらは過去になんか捕らわれてないで今を生きろって言うんだろう」
神器メモリアとその核となった魂の実兄にして、かつて世界の半分を闇に沈めた破壊者サタナス。後世においてはその大部分を脚色され、教会によって都合の良いよう悪役にされた人間の半生にも満たない一部ではあるが、それを覗き見たアカツキは知っている。
彼は決して誰かを傷つけたいが為に世界を敵に回したのではなく、寧ろ誰かの為に世界と戦ったのだろう、と。
「だから、俺の感情なんて後回しにすることにした。少しでもクレアやナナ、ガルナ、それにリアが生きやすくなるなら俺は教会の手先にでもなんにでもなってやるさ」
「アカツ...」
「―――駄目です!」
何かを言いかけたガルナの言葉、それを遮りながら、しかし確かにガルナが口にしようとしたことが、これまでエアに怯えて端で様子を伺っていた雫によって、自己犠牲を厭わない英雄のような思考を持った人間に贈られる。
「アカツキさん、もし誰かの為を想って行動するならそこにはアカツキさんも居なくちゃいけないんです。誰かを尊ぶために自分を犠牲にすることに意味や大義はあっても、助けられた人間達にとっては呪いになってしまう」
かつて、その言葉を言ってくれた弟を無下にした愚かな姉は誰も望まぬ救世主となりかけ、それを止めんが為に黒羽とアマテラス、そのほかにも多くの人間が命を賭けながら少女を再び人間へと戻した。
その願い、行く先の果てにはきっと輝かしい功績と人々の賞賛があるだろう。しかし、その人間が最も想い、助けようとした者であればあるほどにそれは残酷な事実として横たわる他ないのだ。
「雫...」
かつてネオと共に雫を想い、その行く手を阻む為に残酷な決意を固めた少女の腕を握りしめたアマテラスがその名を呼び、あの時のように涙を流すのではなく、確かな覚悟と決意を持って、共に彼女と歩む一人の人間として、その手を取る。
「アカツキ、私達はお前達に感謝しているよ。だから、これからいう言葉をどうか忘れないでくれ」
それはきっと、遠い昔から今も続くこの世界において、誰もが夢見た光景。誰かが誰かの為に在る世界に最も近い景色がそこにはあった。
偽りの女神?異教の神を信じる異端者?それが何だ、これ以上に輝くものが果たして教会の誰に用意できただろうか。
少女達は紡ぐ。誰かの為に在りながら、自分の事は顧みなかった少年に。
そのあまりに険しく、幾度も挫折と絶望を繰り返しながらも、尚折れなかった希望の先達。信仰都市において過ちを積み重ね続け、その果てに導き出した最も美しき祈り。
『―――幸せになってください、アカツキさん』
言の葉と、アカツキの内を揺蕩う記憶が重なりあう。それはきっと彼の青年が残していった記憶に残った在りし日の記憶にして、忘却の彼方に消えていった悲しき願い。
思い出して、滲み合う。重なり合って、祈り合った人間の姿。
紫紺の髪に、澄んだ水面のような、綺麗な水色の瞳をした人間が彼方へと祈りを込めて、その存在を光に歪める。
―――それは私達の罪。それは我等が犯した最も許されざる神への冒涜。
あぁ、全く。何とも愚かしく、浅ましい。
世界を繋いだ13の器、それを持って形無き神は天から地へと堕とされ、その女は遥か彼方に座す浮遊都市にある神座へと至った。
「―――――」
これは始まりからして間違っていた物語。信仰に殉じ、信仰の為に在った一人の女が辿った軌跡をなぞる世界の再演。
創世の女神が建てたとされる光の柱から脱却し、その庇護下を離れた一つの世界に用意されていたただ一つの道こそ、かつての世界が歩んだ、今へと通じる世界への道筋そのもの。
ここは信仰都市。人が神を降ろし、人が神となった場所。
これまで、出会うたびに忘れてきたアカツキをこの世界へと誘った女神。そして、これまで何度もアカツキの現実を侵食するように現れた、顔を乱雑に黒で塗りつぶされた女の姿が重なり、その歪な記憶を補完していく。
「......え?」
天間雫という、創世の女神となった人間と同じ道を辿った少女を起点として、全てが繋がり合うことでアカツキは知る。世界がひた隠しにしてきた真実にして、かつてその身で黒を内包した青年が世界を闇で覆った理由。
―――創世の女神。教会の崇める彼の存在は、人がその概念を歪め、人が生み出したものであることに。
以下、信仰都市の簡単な補足と作者の独り言になります。それでも良いよと言う方は是非お読みください。
はい。ということで、これにて幕間の物語も終わりです。信仰都市編終盤の、夢であり辿ったかも知れない未来の信仰都市で、神成澪が再度巫女となる過程のことだったり、信仰都市に伝わるとされている予言書のお話だとか、幾つか書いていないというか、実力不足で書き切れなかった箇所もありますが、それらは追々本編に絡めて書きたいと思っています。
今回、信仰都市を書くにあたって、学院都市編でアレットが一言だけ言及していた巫女という存在のお話を書くこと自体は最初から決まっていました。
今までもそうでしたが、全てが見切り発車の状態でプロットとかも組まずに頭の中で思い描いていたものだけを頼りに書いていたので、三年越しに執筆活動に復帰し、再度信仰都市編を書くにあたってとても苦労しました。本当、昔の自分を呪ってやりたいくらいには。
ですがまあ勢いと思い付きだけで書いている事は今も変わらないので、時折自分でも色んな話を見返したりして設定の齟齬がなるべく生じないようには頑張っています。
それでも初期考案というか、頭の中で組み立てていた話では、雫は当初、天眼の巫女と言うかっこいい二つ名を持った巫女にする予定で、その名残としてアマテラスを宿した時や神格を宿した時に彼女の目を赤くする描写が残っています。
内容もこんな深く込み入ったお話では無く、単純にアカツキの中にある神器メモリアの残響をどうにか出来ればいいかなみたいな感じにする予定だったので、雫にこうも焦点を当てて話すことになるとは思いませんでした。
その系列で言えば最も自分の予定と違った人物像になったのは地獄の主であり、英雄に役割と名前を奪われた、本来のネヴ・スルミルと言ってもいいと思います。
確か、初登場は雫の過去の回想で、その時は人の命を何とも思っていない所謂、噛ませ役のような悪人にしようと思っており、神成澪の死と、その死骸を喰らい次世代の巫女を生み出す行為を見世物にする、今からは考えられないくらい薄っぺらい悪党だったのを覚えています。
ですが英雄の方のネヴ・スルミルの登場から、彼の書き方は一変しました。英雄と同一の名前を持ち、英雄の死体を使って信仰都市で巫女継承の儀を執り行っていたのは、信仰を集めきれず、消えていくだけだったハデスを再び目覚めさせる為。
ある一つの目的を成し遂げる為ならそれ以外の全てを捨てれる人間として書く様になり、その祈りとは別に、自身の生き方を歪ませた元凶であるカルヴァリア・スルミルを殺すことを願いとさせました。
今回の信仰都市のお話を書くにあたって意識的に『祈り』と『願い』は別個のものとして扱うようにし、彼には二つの目的があるようにしました。
それも最終的には本人でも気づかなかった本当の想い、心に燻る最も大きな感情である、自身の父親であり、自分から全てを奪ったカース・スルミルへの殺意というものを隠す為の良い訳でしかなかった訳ですが。
その点、黒羽は未来の彼に救いはなかったものの、最初から最後まで一貫して雫の為に居る少年として書き終えたと言えます。唯一当初の予定と違ったところで言えば雫と殺し合って、死ぬことにはならなかった事でしょうか。讐章の後書きにも書きましたが最終的に信仰都市編はバッドエンドかそれに近い、何かしらの消失を伴った、ちょっと暗めのお話にしようとしていました。それこそ、黒羽が地獄の底に落とされて、雫だけが助かった、みたいな感じの。
しかし、これもまた恥ずかしいお話なのですが、一度個人的な理由で三年ほど執筆活動を離れてしまい、その間の自分の考えだったり、人から聞いた話を基に再構成、救いのあるお話として書き終える事にしようと思い、自分でもこれ蛇足じゃないか?と思いながらも雫を未来の信仰都市に行かせたのは記憶に新しい事です。
そうまでして信仰都市編で自分が伝えたかったものとしては『生きるのに理由なんて無くていいんだよ』ということでした。
※以下、かなり暗いお話。見る方によってはとても嫌な気持ちになる可能性があります。飛ばしたい方は【ここから】という場所まで流してください※
これは自分では無く、他の方から聞いた話なのですが何でもその人はお金を溜めて三十代後半には外国に生き、安楽死したいというものでした。その方だけじゃなくて他にも一人か二人、将来のお金の事や、年を取る事に希望が持てず、早く死にたいと言っている人も居ました。
自分としては釣りが好きですし、年を取ってもゴルフで余生を謳歌したいという楽観的な考えがあり、そうは思えませんでしたが、それもまたその人にとっては真摯な願いであることも確かで、そんなことは駄目だよ、と言う事が出来なかったのを覚えています。自分自身、心身共にあんまり強い方じゃないので、その気持ちも理解できましたし。
ですが、これまた幸か不幸か私には昔の楽しかった記憶だったり、何かを楽しむ気持ちがあった訳で、生きることが辛くなっても生きることに疑問を感じたことはなかったと思います。
ですから、その言葉を聞いて再度生きることについて考えるいい機会になり、それからメンタルの復調などで執筆活動を再開するにあたり、その事が前面に出過ぎた結果、自分でも蛇足とも思える未来の信仰都市のお話が生まれ、頭の片隅でその話が引っ掛かりながらも書き続けた結果、自分なりのアンサーとも言えるお話に仕上がったとも言えます。
それに蛇足とか言っていますが、書くのは楽しかったですし、ジンだったり、シラハだったり、自分でも癖に刺さる人物を書き上げることが出来ましたしね。
※※※【ここから】※※※
とまぁ、なんやかんやあって3年ぶりに書いた『hello』から信仰都市編は路線変更と言うか、当初の予定から大きく逸れたお話になりました。
ここでまたまた補足すると、夢と未来のネヴ・スルミルが言っていた『協力者』や未来の神成澪の友人兼付き人であるナツキや、雫にとって忘れがたい傷跡を残したシラハの友人であるジンは今の雫のいる世界では存在しません。彼等はカルヴァリア・スルミルが万象の神を生み出すための過程として埋め込んだ架空の存在です。そもそもそんな気の許せる友人が居たのなら、シラハは一人で妻子を逃がす為に死んでいないし、神成澪もあそこまで不器用にはなっていません。
『もしもレイやシラハに友人が居たら』『もしも次世代の巫女である天間雫が居なかったら』という、まさしく夢のようなもしもの世界であり、それを『あり得たかも知れない未来』に貼り付けたのが灰色の少年です。
といっても灰色の少年に悪意はなく、本来であれば幸せに溢れた、もしもの夢を見せる程度で済んでいたのを、カルヴァリアが介入、改竄した結果、別の世界線に浸食、その結末に明確な滅びを迎える夢を、ある『滅び』を生み出し、その反動で命という概念が消え去った未来にある滅びた筈の信仰都市を上書きする形で設置されました。
正義の騎士ディケス・アルダンテという人間が雫を悪と断じたのはその為です。だって、その世界に生きたものからすれば、命と歴史の上書きなんてとてもではないが許容できるはずがありませんから。
自分でも分かっています。影響を受けすぎました。
あと話すことと言えばダオの事でしょうか。彼は地獄の主ネヴ・スルミルとの戦いの前座であり、妻である2代前の巫女と、その妻が拾い育てた先代巫女のレイを蘇らせるべく、生者と死者を入れ替える反転の儀式を行い、それを内側からクレアにより破壊される形で魂が肉体に戻ることは無く、フェードアウトしました。仮に肉体に戻っていても地獄の主の方のネヴに刺されていたので結果は変わりませんが。
ですが、彼には誰に憎まれようと儀式を行うに足る理由と意思がありました。神器メモリアを模倣して作られた人器メモリアル、それを獲得してネヴ・スルミルの記憶の一部を読み解いた彼は巫女継承の儀式が必要のなかったものだと気づき、嘆きました。
7年周期で前任の巫女の体を余すところなく次世代の巫女となる少女に喰わせるという悪魔のような所業も、全ては信仰都市を存続させる為には仕方のなかったことであり、祭司という役割に縛られている以上、彼に選択肢はありませんでした。
そこまでして自分の心と愛する者の命を犠牲にしたのに、実はそれが必要のない事だ、と突然言われたら常人であろうとなかろうと発狂すると思います。そうならなかったのは人器メモリアルで回収したその記憶にあった生死を反転させる『リバース』という呪術があったから。過去に失ってしまった大切な存在を取り戻す為に彼は祭司と言う役割を変質、縛られた運命から初めて脱却した人間として確立されました。
ここでまた補足というか、自分への戒めとして残しておきます。呪術とは過去、信仰都市で死んでいった人達の魂を負のものと定義し、それをエネルギーとすることで発動するもので、アシャが用いる『呪法』は己の心を対価に支払うことで発動します。
見返した限りでなるべく訂正はしましたが、後半、自分でも度々『あれ?どっちだっけ?』となりながら書いていました。
とまぁ呪術と呪法の違いの説明と、似たような力を似たような言葉にするなと言う自分への戒めはここまでにして、補足に戻ります。
先の説明でも何度か登場した『灰色の少年』ですが、彼には信仰都市編を通じて、狂気の神だったり異界の賊神だったりの幾つかの通り名はありながらも、本来持つ名前は一貫して伏せたままにしてあります。
名前は五文字且つ短絡的なものですが、狂気と言う概念そのものとなるに辺り、創造主である少年から貰った名前も捨てている、という経歴があるためです。
彼もそうですが信仰都市編は『物語の先取り』というイメージで書いてもいました。なので途中一話だけ現れて、その話で即刻退場した『博士』のことについても、完全に触れない訳ではありませんが、全てをお話しできるのは少し先になってしまうと思います。
とまぁ、長ったらしく語ってしまいましたが取り合えず自分が書きたかったことだったり、軽い補足はこれで終わります。次回からはいよいよ新たな章に突入します。役七年ぶりの新章、まだまだ書きたいお話があるので今度は失踪したりしないようにして、なるべく短く終わらせたいと思っています。...多分。
あと一応最後に言及と言うか、まあ時勢的に触れておこうと思っていることを書いておきます。
今作『遥か彼方の浮遊都市』においても、それ以外の作品においてもAIは一切使用していません。日常生活で何気なく使う分には便利ですが、好きというか、やりたくて執筆活動をしているので今後もAIに書かせるということはしないと思います。
それもあと数年後、仮にAIが主流になっても、メモ帳というか設定を記録する場所として使用する可能性はありつつも、そこだけは前時代的でありたいと自分で思っていますから。好きで書いてる訳ですしね。
あと、AIそのものを完全に否定したい訳でも無いのであしからず。ゲーム好きとしてはVRと同じくらい、今後の発展を期待してもいますので。
では。




