⑨勇者、断罪の時
次話が最終話になります。
魔王に謁見した翌日。
俺は魔王城で一晩を過ごした後、正式に停戦協定の書状と聖剣の借用書を手に入れることが出来た。今日ほど聖剣が、個人所有のスキル扱いで良かったと思った事はない。
魔王は紛れもない王だった。
本当は日帰りでその足で帰る予定だったが、急な訪問にも関わらず毒味付きの食事まで用意してくれた上、浴場や手土産まで持たせてくれた。
帰りは魔王領の領境まで馬車を出してくれるという厚遇っぷりだ。
「貴様のような戦士を手ぶらで帰したとなれば、余の恥である」
服は着せてくれたが、恩は着せなかった。
あれが王というものなのだろう。
魔王軍の練度が高いのも納得だ。
とにかくこれで、外堀は埋めることが出来た。
ただ……まだ一番大きな問題が残っている。
ここで対応を間違えると、最悪、俺は死ぬことになる。
さあ、最後の勝負だ。
俺はバルゴに戻った後、そのまま覚悟を持って、ミルとメルのいる森に向かった。
◇ ◇ ◇
二人が住む洞窟は河原から少し離れた森の斜面にある。バルゴからそう遠くないとはいえ、人里から離れた禁忌の樹海の中だ。他の人間と出会う事はほぼ無いだろう。
俺が訪ねると、二人はタイミングよくいつもの河原の近くを散歩していた。
二人の少女は俺を見つけると、パッと顔を輝かせる。それだけで、魔王城に飛び込んで来た苦労が全て報われた気がした。
「あっ、お兄さん。お帰りなさい」
「……ただいま」
「あれ、なんか緊張してる? ……クスクス、分かった。昨日会えなかった分、イジメて欲しいんだね。いいよ? ほら、今日もぐちゃぐちゃにしてあげる」
「やめろ! 今はちょっと待って!」
小悪魔モードのメルを慌てて制止したが、少しだけ遅かった。
突如バリッ、とした殺気が辺り一面に飛ぶ。
「えっ、何今の? なんか一瞬もの凄い魔力を感じたんだけど!?」
「あわわ、お姉ちゃん、怖いよう……」
「……悪いけど、今はお家モードでお願いします……」
怯える二人を宥めながら、俺は魔王とのやり取りを一つ一つ話していった。
魔王軍の認識としては、もう俺は勇者をやめた事。
聖剣も預けてきた事。
俺が狙われる事は無くなった事。
そして……魔王の手土産の件。
「ほら。これがその権利書だ」
二人に見せたのは、魔王領の一部を勇者とその親族に無償で貸与するという権利書だ。
担当者から説明を受けたのは魔王城から比較的近くの、住宅地からは少し離れた場所らしい。尤も、勇者の顔は割れてないらしいのだが、その辺りも含めて考慮してくれたのだろう。
つまりは魔王様からの、粋な計らいである。
「これで魔王軍でなくても、魔王領で棲家を持てるぞ。まあ、別に今すぐにここを引っ越せって訳じゃないけど、もしここに何かあった時に自分の土地に戻れるっていうのは、悪くないんじゃないかって思ってさ」
二人はその説明を一部始終、黙って聞いてくれた。
そして一通り話が済んだ後、まだ実感が持てないという感じで、ゆっくりと口を開いた。
「お兄さん……」
「……お兄ちゃんは何でここまでしてくれるの? メルが前に故郷の話したから?」
理由なんか山ほどあった。なんだって良かった。
二人の事が好きだから。
二人にもっと、幸せになって欲しいから。
安心して暮らして欲しいから。
美味しいものを食べて欲しいから。
そもそも、俺がマゾだから。
ただ……そう。
一つだけ挙げるなら。
「俺を人間に戻してくれたから、かな」
「どういう事?」
ミルとメルが顔を見合わせた。
「細かい事はよく分からないけど。まあ、取り敢えずこれからは三人で暮らせるって事だね!」
ミルがそう言った時、再び空気がびりついた。
並の冒険者なら、それだけで失神するほどの殺気。
「勇者様、おめでとうございます。……御三方とも、大変仲がよろしいようで」
虚空から突然響く声に、二人が震え上がる。
「ひやっ! 声!? 何なのよぅ、さっきから!」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん! 怖いよう!」
「その件なんだけど……実はもう一人増えるか、あるいは減るかって問題があって……」
俺は声の方を向いた。
完全に気配を遮断するはずの結界なのに、殺気が溢れ出ている。
聖剣のない今、間違いなくこの場の最強戦力。歩く慈愛。そして災害。魔族過激派宗教の2世。そして、俺の最愛の人。
「初めまして、ミルさん、メルさん。リリアと申します」
そう。
聖女リリアである。
◇ ◇ ◇
『リリア……話がある』
一昨日の夜。
俺はリリアに、ミルとメルの事を話した。嘘をついて会いに行っていたことや、自分の性癖についても、包み隠さず話した。
それだけじゃない。
勇者としての使命を果たす事に嫌気が差してしまった事、魔王を倒しても、それは人族の勝利という結果だけで、争いは無くならないと知ってしまった事。勇者をやめるため、魔王に個人的な停戦交渉を申し出ようと思っている事。リリアにも教義や聖女を降りて欲しいと思っている事。
そして……双子と暮らしたい。リリアとも暮らしたい。俺はどちらも愛していて、どちらか片方だけを選ぶ事は出来ないと思っている事。
リリアは時折り顔を青くしながらも、黙って聞いてくれていた。その間、俺を責めることもしなかった。
強い女性だ。俺はリリアのそういうところが好きだった。
だが。
全てを聞いた後。
リリアが唇を噛み締めながら、静かに口を開いた。
「許しません」
……でしょうね。
仕方ない。
こうなったのは全て俺の責任である。
俺は、死を覚悟した。
俺が殺されるのは仕方ないとしても、せめてミルとメルが逃げる時間くらいは稼がないと。そう思った。
ただ、リリアから出てきたのは意外な言葉だった。
「取りあえず、魔王との話が纏まったら一度、その二人に会わせてください」
◇ ◇ ◇
すまない。ミル、メル。
最悪、三人とも死ぬ事になるかもしれない。
せめて二人の逃げる時間だけでも、稼がなければ。




