⑤勇者、敗北する
バルゴに戻る頃には辺りはすっかり暗く、深夜になっていた。
ボロボロになった俺を見て衛兵が心配したが、下見をしている最中に魔王軍の敵幹部二人と交戦し、こちらに被害が及ぶ心配はないとだけ簡単に伝えておいた。
やめろ。
そんなキラキラした目で俺を見ないでくれ。
宿に帰るのが憂鬱だった。
上手い言い訳を探すため、なるべくゆっくり歩いて戻ろうとした時。
「勇者様!」
夜中だというのに、門の手前でリリアが一人で待っていた。そして俺の姿を見つけるや否や、駆け寄って胸に飛び込んでくる。
「よかった……! 起きたら居なくて、女将さんに聞いても、『夕飯には戻る』って言ったまま全然帰ってこないって……。まさか、一人で魔王領に行ったんじゃないかって私、心配で、心配で……」
「ごめん……心配かけて……」
「衛兵さんに聞きました。魔王領の偵察に一人で出て行ったって……。でも、そんなにボロボロになって……勇者様、何故一人で行かれたのですか? 私、そんなに頼りになりませんか……?」
「そんな事はないよ。リリアは最近ずっと頑張り過ぎていただろ? だから、ここにいる間はゆっくりして欲しかったんだ。それにこの怪我だって、見た目ほど大した傷じゃない。これはそう……秘密特訓、ってところだ。リリアを守って、魔王を倒す為の」
嘘である。
どうせ、もう取り返しのつかない所まで来てしまっている。
それに俺は当然、明日も行くつもりだ。下手に真実を伝えるより誰も傷つかない優しい嘘の方が、俺にとってもリリアにとっても幸せだろう。そうに決まっている。
「秘密特訓……貴方という人は、本当、どこまでも勇者なのですね。分かりました。でもせめて怪我は私に治させてください」
「……ああ……すまない、助かるよ……」
治さなくて良いのに。
そう思ったが、泣き笑うリリアを見ているとそんな事は言えなかった。罪悪感で胸が潰れそうになる。
それにしても、胸と言えばミルのさっきの息止めは凄かったな……。肺が壊れるかと思った。
一生分の快楽が一度に押し寄せてくるようなあの多幸感。思い出すだけでまたおかしくなりそうだ。
「あの、ところで勇者様……今日はどうされますか……?」
「あ、ああ、悪い。特訓のし過ぎでフラフラでな。ごめん、今日は早く休もうかと思う」
「そ、そうですよね! やだな、私ったら何言ってんだろ。……恥ずかしいです」
顔を赤くする聖女を見る。
俺はリリアを愛している。自分をマゾだと自覚しても、その事実は変わらない。
「リリア……あの、良かったら今日は一緒のベッドで眠らないか? それくらいなら、別に宿にも迷惑はかからないだろ」
「えっ? はっ、はい! えへへ……ありがとうございます、勇者様……」
最低だ。
俺は本当に最低だ。
すまない、リリア……
翌日。
結局、一緒に寝るだけでは終わらなかった。
聖女が特訓に付き合うと言い出したからだ。
危険だからダメだと言っても聞かないので、実力行使に出ることにした。
「あひっ、勇者しゃまぁ……しゅごいよおぉ……」
聖剣の力をフルに使い、無尽蔵に溢れ出すマナを叩き込んだ。これで聖女は暫くは起き上がれないだろう。
ベッドでふやける聖女にキスをしてから「行ってくる」とだけ告げて、昼前には部屋を出た。
全力疾走。
バフを乗算し、昨日の三倍の速度で川辺に向かう。
双子は居るかも知れない。
居ないかも知れない。
だがもうどちらにせよ、俺には行かないという選択肢は無かった。
馬よりも早く風のように走り、昨日より早く目的地に着いた。
『惨めに待ってた分だけ、沢山イジメてあげる』
メルの言葉を思い出す。
そうだ、ただ待つだけじゃダメだ。
何故かそう思ってしまった。
昨日までの自分には無かった発想。
俺は気付かないうちに双子サキュバスに魔術か何かを仕込まれたのかも知れない。
……でなければ、自分からこんな事をするはずがない。
程なくして、ミルとメルが現れた。
二人は俺を見るなり目を丸くする。
「うっわ……お兄さん、それは勇者としてどうなの? 流石に引くわー……」
「あははっ! お兄ちゃん最低だね。そんな無様なポーズでメル達のこと待ってたの?」
そう、俺は服を全て脱いだまま、餌を待つ犬のように『服従のポーズ』で二人を待っていた。
以前、ある貴族の接待でそういう店に連れられた時に、貴族が娼婦の一人にやらせていたポーズを、俺は覚えていた。
あの時は、人の尊厳を金と権力で踏み躙る貴族の傲慢さに、怒りで身体が震えたものだ。
だが今は違う。二人に蔑まれて、罵倒される喜びに震えていた。知らなかった。
服従するのがこんなに気持ちいいなんて、知らなかった。
特にメルは気に入ってくれたようで、軽くスキップしながらこちらに駆けてくる。
俺の前で立ち止まると、ジロジロと眺めながらくるりと一周した。
「ねぇ……お兄ちゃん、お兄ちゃんってホントに勇者様なの? 人族の希望なんでしょ? 今の姿を見たら他の人がどう思うとか、ちゃんと考えてる?」
俺の耳元で小鳥が囀るような美しい声で囁く。
当然、本心からの心配ではない。その証拠に今も悪魔のような笑顔で嗤っている。
「あれ……でもよく見たら……」
しかし突然、俺の顔を見てメルが真顔になる。
ミルも気付いたように笑顔が消えた。
「……ねえ、お兄さん。何でミル達がつけたキスの跡まで消しちゃってるの?」
「それは……」
肝が冷えた。昨日、リリアにまとめて怪我を治してもらう時に一緒に消えてしまったのだ。
「説明して、お兄さん。……ミル達の事は遊びだったの? その程度の気持ちでここに来たの?」
「……違います、俺は本気です。跡はその、仲間が勝手に消しちゃって……」
「ふーん……」
悲しそうな顔をするミルを見て、メルが後ろから俺の髪の毛を乱暴に掴み上げた。
やばい。
目がすわっている。
「すんすん……あれ、おかしいな。お兄ちゃん、他の女の匂いがするよ? 昨日あんなに虐められたのに、違う女の所に行ったんだ。その人に会うために大切なキスの跡、消しちゃったんだ。私達よりその女の方が大事なんだね」
「違います」
「違わないよ?」
メルはそのまま俺の事を地面に引き倒した。
勇者である俺の精気を吸ったからか、昨日より格段に力が強くなっている。
「あはっ。楽しそうだねお兄ちゃん。お姉ちゃんなんか、今日すっごく楽しみにしてたのに。お姉ちゃんがお兄ちゃんの事を考えてる時間に、お兄ちゃんは他の女と遊んでるんだよね」
「違うんです……信じてください……」
「ちょっとメル、余計な事言わないでよ! メルだって昨日は『お兄ちゃんがー、お兄ちゃんがー』って、ずっと言ってたじゃん!」
「〜〜〜! 言ってないもん!」
ああ……俺は何て幸せ者なんだ。
そして、そんな二人の信頼を裏切ってしまった自分が許せない。
「……これはお仕置きが必要みたいだね」
そういうと、メルは亜空間から鞭を取り出した。
ただの鞭ではない。大蛇の皮であつらえた、本物の鞭だ。無防備の状態でこんなもので叩かれたら、タダでは済まない。
ゴクリ、と生唾を飲む。
「ねぇ知ってる? 鞭の傷って残るんだよ。内出血して、水脹れして、みっともない印が身体に残り続けるの。お兄ちゃんが誰の玩具なのか分かるように、今からこれで100回、お兄ちゃんにマーキングします。ふふっ、抵抗しちゃダメだよ……まあ、しないんだろうけど」
そういうとメルはヒュン、と鞭を走らせた。
ベチン! というけたたましい音と共に俺の肋骨に鞭が刺さる。
「〜〜〜〜っ!!!」
想像以上の激痛に身を捩る。
内臓も、骨も無事だ。見た目程の威力はない。
それでも、焼けるような痛みが全身を貫く。
痛い。
痛い。
ベチン!
身悶えする俺に容赦のない追撃が走る。
「あっっっ……!!」
「ねえ、誰が勝手に転がって良いって言ったの? あーあ、これでまた1からやり直しだね」
「お兄さん、頑張れっ♪ ……じゃあ、頑張れるように私からはコレあげるね!」
「痛っ……」
そういって、ミルは俺の首筋を噛んだ。
いや、違う。
これはキスだ。
だが、今までのキスとは何かが違う。
「それはね、サキュバスの隷属のキスだよ。お兄さんが心の底から『私達のものになりたい』って思ってたら、どんどん頭の中から気持ちいいお汁が溢れ出ちゃう。でも、お兄さんは勇者だもんね? そんなキスくらい全然平気だよね? あ、勿論消しちゃダメだよ?」
「ふぁ……ひゃい……」
これはマズい……頭の中でとめどなく何かが溢れてくる。何も考えられなくなる。
気持ちいい。
気持ちいい。
気持ちいい。
ベチン!
「ほらほらー。寝転がったままだといつまで経っても終わらないよー。それともマゾだから、最初からそっち狙いなのかな?」
「あはっ、お兄さん壊れちゃった♪ 淫魔の女の子に嫉妬されたと思って嬉しくなっちゃった? ばーか。勘違いして舞い上がってるお兄さんを見て遊んでただけ。今日一日で死なないと良いね、お兄さん♡」
ベチン!
ベチン!
「おっ、あっ、あっ、おっ、おっ」
死ぬ、しぬ、魔王討伐のまえにしんじゃうっ! でもきもちいいよぉっ! すきっ、メル様もミル様もすきいっ!
……俺の意識はそこで途切れた。




