②勇者、聖女と結ばれる?
水浴びを終えてリリアのところへ戻ると、既にあらかた野営の準備は終わっていた。
簡易式の結界とテント、火の用意までしてくれている。
特に認識を阻害する結界はリリアが編み出した独自の魔術式が組み込まれていて、結界の外の相手はこちらに気づく事も出来なければ、攻撃することも出来ない。
準備に時間が掛かるのが難点らしいが、今日まで俺たちが二人だけでも生きて旅を続けて来れたのは、この結界による所が大きい。
「随分とゆっくりでしたね、勇者様」
「あ、ああ。悪い、待たせてしまって」
優しい声色だったが、先程のことを思い出して声が少し裏返った。ただリリアは少し目を丸くした後、ふっと優しく微笑む。
「ごめんなさい、責めてる訳じゃなくて。何だかすごくスッキリとしたお顔をされていたので。最近、勇者様が何か辛そうだったので、少し安心しただけです」
「……そうか。ごめん、そうだったかも知れないな」
仲間の戦士を失ったすぐ後、心の傷も癒えないままに霊峰に登り、聖獣と呼ばれる人喰い虎を倒した。連戦の緊張もあって、思えばここ十日ばかりはまともに寝ることすら出来ていなかった。
だがそれにしては、今はやけに晴れやかな気持ちだ。それがどうしてなのかは……うん。
あまり考えたくないな。
「いえ、良かったです。……私達には少し休息が必要かも知れませんね。森を抜けて拠点に着いたら、数日は滞在して英気を養いましょう」
「ありがとう。リリアも俺に出来ることがあれば遠慮なく言ってくれ。水浴びに行くなら、その、着いて行くぞ。まあ幸い、あの辺りには魔物は居ないようだったが」
……双子の淫魔の事は、リリアには黙っておいた方が良いだろう。
彼女はもともと人族の信仰がある神殿に属する司祭で、こう言っては何だが魔族を殺すのに一切の躊躇いが無い。
親子だろうが姉妹だろうが、禍根を残さないよう「やるなら徹底的」というのが教義だそうだ。
あまり他人の事に口を出す主義では無いが、もし今後リリアと一緒になるような事があれば、その時は改宗を勧めたいと思っている。
「ふふ、大丈夫です勇者様。お気持ちだけで私は十分満たされていますから。では水浴びに行ってまいります。先に寛いでいてください」
そういうと、彼女は先ほど俺が帰ってきた道に消えていった。
俺はリリアに多少の罪悪感を覚えながら、先程の出来事また思い出していた。柔らかい双子の感触と、甘い言葉に脳を焼かれたようだ。今も全身の感覚に強烈に焼き付いている。
「くそっ……くそっ……」
散っていった仲間に示しがつかない。
ましてや魔王討伐など、夢のまた夢だ。
「ごめんな……リリア」
悶々とした気持ちを吐き出しながらその場にいない彼女に謝罪する。何の意味もない行為だった。
……もうあの双子に関わるのはやめよう。そう固く心に誓った。
だがそれからリリアが戻ってきても、まだ気持ちだけが燻っていた。
肩を並べて飯を食べる時。
テントに入って寝巻きに着替える時。
普段は目で追うくらいだった彼女の仕草が、今日に限ってやたらと気になってしまう。
言葉を交わさずテントにいるだけのこの瞬間でさえ、俺は理性を保つのに必死だった。
「あの……どうかしましたか勇者様?」
それは突然だった。
寝袋に入って、ランプの灯りを消そうとした時に突然リリアが声を掛けた。
出来るだけ彼女の方を見ないようにしていた事が裏目に出た。心配して近づいた彼女に気づく事が出来ず、顔を覗き込むのを許してしてしまった。
「私が戻ってきてから、ずっと難しい顔をされてますよ?」
「いや、何でもない」
嘘を隠すためにまた嘘を吐いた。三年間一緒に過ごしてきた仲間、それ以上に大切なはずの人に対して、あまりにも情けない。
「なら良いのですが……もし、何かあれば遠慮せずに言ってくださいね」
そう言って、リリアの白くて細い指が俺の頬に触れる。心臓が強く跳ねる。
「あら……ここ、少しだけ赤くなってますね」
「何でもない! 大丈夫だ!」
そこは夕方にミルが俺にキスをした場所だった。
ふいに出た大声に、聖女がビクッと震える。
「あ……ゴメン。大声を出して」
「いえ……良いんです。すみません、私が近づきすぎたみたいで」
良かった、気づかれてない。
リリアは自分のせいだと思ったらしい。
透き通るような白い絹のような肌は赤く染まっていた。ランプの灯りでテラテラと、少しだけ湿った額と首筋が光っている。ふいに思った言葉が口をついて出る。
「……綺麗だ」
「……はい? えっ? えっ? 勇者様!?」
今度こそ俺は、紅潮したリリアを真っ直ぐに見つめた。少し強引に細い腕を掴むと、今度は反対に自分から距離を詰める。
「い、いけません、勇者様、こんな場所でっ……」
「リリアの結界があるから大丈夫だ。そうだ。お前はいつだって俺のそばにいて、守ってくれた。本当に感謝してる」
「勇者様……」
リリアも少しだけ距離を詰める。
狭いテントの中で、もう顔を傾ければお互いの唇が触れる、そんな距離だった。
「魔王を倒してからでないと、ダメだと思ってたのに……勇者様は今日、本当におかしいですよ」
「魔王なんて関係ない。……俺は今日、君に伝えたいんだ。どうやら、俺は君の事が好きらしい」
言った。
リリアの言うとおり、魔王を討伐してからじゃないと言えないと思っていたのに。
裸のまま、ミルとメルに抱きつかれてキスをされたその日の夜、俺はリリアを求めて告白をしているのだ。
「……遅すぎです。三年間ずっと待ってたんですからね」
それでも、目の前の人は泣きながら顔をくしゃくしゃにして笑っていた。リリアは美しかった。嬉しかった。心が満たされた。
そうだ。
後ろ暗さなど感じる必要はない。むしろアレは今日のこの瞬間を後押しする為に、必要な儀式だったのだ。
「私も大好きです。来てください、勇者様」
その言葉が引き金だった。
俺はリリアの腰を引いて静かに顔を傾ける。
反らした腰を軸にしながら、二人とも同じ方向に倒れ込んだ。
昼間にあれだけ返り血を浴びたというのに、華奢な聖女の体は一点の汚れもなく、真っ白だった。
「……綺麗な体だ」
ムードも何もあったものではない。
ただ、それ以外の言葉が出なかった。
「すみません……本当は今日、こうなれば良いと思ってたんです。ごめんなさい、勇者様……ごめんなさい……」
聖女は両手で顔を隠しながら、震えた声でそう答える。俺は返事の代わりに出来るだけ優しく手を退けて、唇を塞ぐ。
「嬉しいよ」
「んっ……勇者っ、さまぁ……」
そうして俺たちはお互いの体を重ねたまま、テントの灯は一日中消えることは無かった。
禁忌と呼ばれる森の真ん中で俺たちは結ばれた。
そう、これで良かった。
俺にとってリリア以上に大切な人など、この世界に居ないのだから。




