①勇者、姉妹と出会う
若干の性的描写があります。苦手な方はブラバ推奨です。
「あれが魔王城か」
霊峰の稜線を下りながら、見下ろす先に魔王領が広がっている。
禁忌の樹海と呼ばれる森の先に、濃霧でぼんやりと隠れた巨大な城の輪郭が見えた。
「……とうとうここまで来たんですね、私たち」
隣に立つ聖女リリアが噛み締めるように言った。
三年。
神託を受けて王都で勇者に認定されてから、もう三年の歳月が経つ。
それまで剣を握った事もなく、虫くらいしか殺した事もなかった俺が勇者とは、運命とはつくづく残酷なものである。
魔王軍との激しい戦いの中で、魔王討伐の旅に出た仲間はもう俺とリリアしか残っていない。
「怖いか?」
「……はい。少しだけ」
「だよな。俺もだよ」
そう言ってから、顔を見合わせて笑う。
多分、弱音を吐けるのはこれが最後だろうとお互いに分かっていた。
「まあ勝つにしろ負けるにしろ、この旅もこれで最後だ。運良く生き残れたらその時は二人で世界中を見て回りたいな。今度は剣も杖も持ち歩かなくても良い、そんな旅を」
「……そんな事を言われたら、絶対に死ねないじゃないですか」
半ば告白のような青臭い台詞にも、彼女は真剣に頷いてくれた。これまでの事を振り返ったのだろうか。目には少しだけ涙が浮かんでいるように見えた。
彼女の事は勿論、大切な仲間だ。
だが、最近は本当にそれだけなのか。
自分の気持ちが少しだけ曖昧だった。
ふとした時に見せる美しい金髪を耳にかける仕草。
お茶を淹れた時に見せる笑顔。
気付いたら自然と目で追うようになっていた。
この使命が終われば、その気持ちに名前をつける事も許されるのだろうか。
だからこそ魔王を倒して平和になった後も、もっと彼女と一緒に旅がしたい。その為にも二人で生きて帰る。
「地図ではこの先に人族と亜人族の最後の防衛拠点があるみたいです。今日は禁忌の樹海で野営になると思いますが、明日からはここで少し休めると良いですね」
「美味い酒があると助かるんだがな」
「どうでしょうか? ご所望とあらば神に祈っておきますよ」
「そいつは良い。頼むよ」
俺は笑って頷くと、荷物を持ち上げた。
霊峰を抜けて禁忌の樹海までは殆ど一本道だった。
禁忌といっても、何か特別な理由があるわけではないらしい。ただ、好き好んで魔王領と目と鼻の先にある、危険な魔物が彷徨う森に来る物好きはいないと言うだけの話だ。
「フッ!」
森に入るや否や、襲いかかってきたワーウルフの群れを聖剣で薙ぎ払う。獣人の成りそこないと言われているが、なまじ人に近づいた分、群れると力の差まで見えなくなるらしい。
ものの数分、十匹目のそれを片付けたところで辺りがしん、と静まり返った。
普通なら冒険者すら立ち入らないような森の魔物も、魔王軍の幹部を幾度となく退けてきた俺たちにとっては準備運動にもならなかった。襲いかかってきたそれを片っ端から作業のように黙々と処理していく。
旅を始めたばかりの頃は、魔物を殺す度に自分の感情が少しずつ死んでいくことが怖くてたまらなかった。だが、最近はその事を恐れる気持ちすら、もう大分薄れている。俺が魔物のようになる日もそう遠くはないのかもしれない。
「……少し早いけど、今日はこの辺で野宿にしようか。近くに川もあるし、血の匂いも少しはマシになるだろ」
まだ少し日は出ているうちに休んでおきたい。
そう言うと、リリアも頷く。
「ではここいら一帯に結界を張っておきますね。ここの準備は私一人で大丈夫ですので、勇者様は先に身を清めて来てください」
「助かる。いつも悪いな」
「いえ。偶には勇者様もゆっくりしてください」
今更この辺りの相手に遅れをとる彼女でもない。俺は微笑むリリアに背を向けると、念の為に周辺の警戒をしながら小川の方に歩いた。
依然として強い魔族の気配は無い。
そうして数分も歩くと、小川が見えてきた。
俺もリリアも返り血であちこち汚れている。
身体を洗うのは血の匂いが魔物を引きつけるからと言う理由もあるが、それよりもこちらの気分的なものの方が大きい。
特にこれから街に行くとなれば尚更だ。ここで体を洗えるのは助かる。
そんな事を考えながら服を脱ぎ終わった時、不意に後ろの方で物音がした。
「誰だ?」
「クスクス……お兄さん。こんな所で裸になっちゃって、何してるのー?」
振り返ると、さっきまで誰もいなかったはずの木々の隙間から、赤い髪をしたツノの生えた少女がこちらを見て意地悪そうに笑っている。
「ねえお兄さん。ミルと少し遊んでいかなぁい?」
人族にしては整い過ぎていて、かえって不自然に見えるその顔立ち。だが、小さく左右に生えたツノとエルフのように尖った耳を見てすぐに正体を察した。
「淫魔か」
「あれ? 見たことあるんだ? お兄さん強そうだもんね。名前の知れた冒険者さんかな?」
驚かない事を不思議そうにしながらも、こちらが色香になびかないと見るや否や、その淫魔はすぐに亜空間から大鎌を取り出す。
「ねえ……そんなに殺気ださないでよ。ミルに殺されるか、気持ちいい事して大人しく解放されるか、どっちが良い? ミル、こう見えて結構強いよ? お兄さん、ミルの好みだから、あんまり痛い事はしたく無いんだけど」
「本当に強いなら実力差も分かりそうなもんだがな。ほら、来い。お嬢ちゃん」
こともなげに言うと、ミルと自称するサキュバスは明らかに不貞腐れた様子で頬を膨らませる。こちらは真っ裸なのが少し躊躇われるが、そんな事を気にしている場合でもなかった。
「むー。お兄さん、生意気だね。じゃあそのみっともなくぶら下げてるもの、切り取ってあげるよ!」
サキュバスはそういって襲いかかってきた。だが、振り上げた鎌の軌道はあからさまに首を狙っている。
拍子抜けだった。
早いだけで、明らかに戦闘慣れしていない動きだ。鎌には魔力も通っていないので避ける必要も感じない。
首筋に刃が当たる。
これがその辺の冒険者なら胴体まで断ち切られていただろう。だが俺は勇者だ。
切先が触れる瞬間、少しだけ身体に魔力を通す。
硬質化した肉体はかすり傷一つ付かず、代わりに金属を叩いたような鈍い音だけが響いた。
「えっ、嘘!? なんで!?」
「勇者を舐めすぎだ」
驚く彼女の隙をついて左手で鎌を払い落とし、右手で首元を掴んだまま地面に叩きつける。
「ぐえっ」
少女が蛙の潰れたような鳴き声を上げた。
あまり良い気はしないが、襲いかかってきたのはそっちだ。
「悪いな。せめて苦しませずに殺してやる」
そういって首の骨を折ろうとしたその時。
「お姉ちゃん!」
声の方に目を向けると、先程ミルが姿を現した場所から、全く同じ顔立ちをした青髪の少女が悲痛な顔をしながらこちらに飛び出してきた。
それを見て察してしまった。
この淫魔の姉妹は、双子なのだと。
「お姉ちゃん、今助けるからね!」
「……メルっ、来ちゃダメっ……逃げて……!」
ミルは首を絞められながらも姉を救うために飛び出した妹を止めようと、必死に声を振り絞る。
その姿が一瞬だけ、死んでいった昔の仲間に重なった。無意識に指先に込めた力が抜けていった。
その隙をミルは見逃さなかった。
ありったけの力で人差し指を引き離すと、そのまま尖った歯で指を噛む。
「……っ離せ!」
「いてっ!」
思わぬ反撃に怯んだフリをして、俺は手を離してやった。
「お姉ちゃん!」
「メル!」
二人はひしと抱き合うようにお互いの無事を確かめ合う。俺は今度こそ、自分の体から戦意が抜けていくのが分かった。
魔族にも家族はいるのだ。
こんな当たり前のことをここ数ヶ月、いや、もっとだろう。考えないよう、忘れるようにしていた。
まさか魔王城に乗り込もうって時に思い出すとはな。
だが不思議と悪い気はしなかった。
この二人を見て、俺は少しだけ自分が人間に戻れたような気がしたのかもしれない。
「お前ら、見逃してやるから早く行け。次に見かけたらその時は二人とも殺す」
これでいい。
俺は何も見なかった。
それでいいじゃないか。
「……お兄さん、優しいんだね」
「ねえ、お兄さんは勇者なの?」
そう思っていたのに。
何故か目の前の二人は一向に逃げる気配は無い。
それどころか、先ほどとは違う優しい目で俺のことを見ている。
「……違う。死にたくなかったら余計な事は喋るな。さっさと消えろ」
「違わないよ。だってお姉ちゃんの事、助けてくれたもん」
「ねぇお兄さん……さっきはゴメン。もう悪い事しないからさ。ちょっとだけ近くに行ってもいい?」
うって変わったようなしおらしい態度に気が抜けてしまう。少女達は小動物のように警戒心もなく俺の方に歩み寄る。
「やめろ、魔族と馴れ合うつもりはない」
「むー、別に良いじゃん。どうせミル達なんていつでも殺せるんだし。だから……えいっ!」
むぎゅっ
「やめろって!」
「えへへー」
赤髪のミルが、今度こそ無防備に俺に抱きついてきた。薄いが確かに女の子であると分かるくらいの膨らみが押し付けられる。抱きついた勢いで、ミルの髪の甘い香りがフワリと舞って、血で濁った俺の鼻腔をくすぐる。
流石にもう殴り飛ばす訳にもいかず、肩を掴んで引き離そうとするがミルは一向に離れようとしない。
その様子を見てメルは呆れたように笑った。
「はあ、お姉ちゃんチョロ過ぎ……。でもさ、勇者のお兄ちゃん……裸でそんな風にしちゃってるのは全然説得力ないと思うんだけど?」
「なっ……!?」
思わず前を隠してしまう。
くっ、一体、何でこんな事になってるんだ。
抱きついたまま、ミルが悪戯っぽく笑う。
「あれあれ、どうしたのー? さっきまでの強くてカッコいいお兄さん、どこいっちゃったのかな? 何でソコ隠しちゃってるの? ねぇ……ミルに見せてよ」
「う、うるさい!」
「ふふっ、お兄ちゃん正直だね。でも、こんな可愛い子が二人もいたら男の子はみんなそうなっちゃうよね? ふふっ、そんな状態でこうしたらお兄ちゃんの理性はどうなっちゃうのかな?」
そう言って、メルも俺の事を抱きしめる。
「あっ……」
「あー、今変な声出たねー♪」
「フフ……お兄ちゃん、とっても可愛い」
俺は今、裸で両手で前だけ隠したまま、ミルとメルに左右から抱きつかれていた。こんな所をリリアに見られたら、魔王討伐どころではない。
「頼む……離れて……」
「クスクス。やめて欲しかったら、また明日の同じ時間にここに来なよ。誰にも言わず、一人でね」
「そうそう、もっといっぱいイジメてあげるからさ」
ミルとメルは俺の耳元でそう囁きながら、俺の頬にキスをする。
「じゃあね、バイバイ♪」
俺は二人が去った後も、しばらく呆然と前を押さえたままで、その場に立ち尽くしていた。
『明日またここに来なよ』
何故かその二人の言葉が、いつまでも頭から離れなかった。
第1話をお読みいただきありがとうございます。
励みになりますので、少しでも面白いと感じましたら、下ボタンから★★★★★(1でも5でも大歓迎)、ブクマ、感想もいただけると嬉しいです♪




