第92話 焔の対話
バルドルは、カーヴィー伍長のレガリアを手に、グラヴァンディアと対峙していた。
細身の刃。
その刀身には、深い紅の炎が静かに宿っている。
「さて……続きといこうか」
軽く言う。
だが。
(……長くは持たん)
出血。損耗。
身体は確実に限界へ近づいている。
時間はない。
「人間のレガリアを使うか」
グラヴァンディアが低く嗤う。
「堕ちたものだな」
バルドルは肩を竦めた。
「使えるものは使う。それだけだ」
次の瞬間、踏み込む。
炎を纏い、滑るように間合いへ入る。
斬撃。回避。踏み替え。
流れるような動き。
戦いではなく、舞い。
その最中、バルドルは刃を一瞥した。
「……そうか」
わずかに笑う。
「お前は――紅焔というのか」
炎が、応じるように揺らぐ。
カーヴィー伍長の目が見開かれる。
「……なぜ、それが」
「レガリアは対話だ」
バルドルは短く答える。
「語りかけ、応えを引き出す。それができぬ者に、真価は扱えん」
一歩。
踏み込む。
突き。
炎が、一点へ収束する。
「魔力は散らすな。集めろ」
さらに圧縮。
「紅焔は、拡げる炎ではない」
極限まで絞る。
「――刺す炎だ」
解放。
刃が、一直線に貫いた。
グラヴァンディアの身体を、正確に。
内部へ。
巨体が揺らぐ。
理解が追いつかない。
「なぜだ……!」
バルドルは淡々と続ける。
「形だけ真似ても意味はない。理解が伴わなければな」
刃を引き抜く。
同時に、内部から破壊が走る。
爆ぜる。
軋む。
崩れない。
だが。
確実に削れている。
バルドルの表情がわずかに歪む。
「……自分の後継が、魔力量に頼るだけの愚か者とは」
低く。
「情けない」
その言葉に、グラヴァンディアの魔力が膨れ上がる。
怒り。
憤怒。
石の装甲が肥大し、地面が軋む。
「貴様ァッ!!」
踏み込み。
全力。
叩き潰す一撃。
だが。
バルドルは静かに構える。
その構えは――
カーヴィー伍長が放ったものと、同じ。
「……見ていろ」
踏み込み。
紅焔が収束する。
同じ技。
だが。
別物。
一閃。
線が走る。
遅れて。
断たれる。
グラヴァンディアの巨体が、崩れた。
静寂。
紅の炎だけが、静かに揺れていた。
グラヴァンディアが崩れ落ちた瞬間――
戦場の空気が、明確に変わった。
ヴェイルに、動揺が走る。
ざわめき。
統制の乱れ。
核が失われた。
それが、はっきりと伝播していく。
(……あいつが要やったんか)
未央が舌打ちする。
直後。
残存していたヴェイルが、一斉に後退へ移行する。
撤退戦。
統制を取り戻す前に、離脱を優先した。
空間が、裂ける。
上空。
境界。
黒い亀裂が、ゆっくりと開いていく。
帰還経路。
ヴェイルたちはそこへ向かう。
その瞬間。
空が、鳴いた。
轟音。
光。
次の瞬間――
雷が、形を成す。
龍。
巨大な雷の奔流が、空を駆ける。
咆哮のような電光。
それが、一直線に降り注いだ。
触れたヴェイルは、逃げる間もなく消し飛ぶ。
焼失。
消滅。
残骸すら、残らない。
圧倒的。
戦場の誰もが、その力の主を理解する。
王を護る者。
この国の、最高戦力。
ブリギット・アーウィン中将。
その一撃。
静かに、声が落ちる。
「……外郭の敵を掃討しろ」
命令。
「ドナル、ローナン」
名を呼ばれた二人が、即座に応じる。
「了解」
短く。
迷いなく。
残存するヴェイルと魔物へと向かう。
戦場は、収束へ向かい始めていた。
その中で。
怜と未央は、動かなかった。
視線の先。
そこに、立っている。
紅の炎を纏う剣。
紅焔。
それを握る男。
バルドル。
風が止む。
音が消える。
戦いが終わりかけたこの場で、そこだけが切り離されているようだった。
怜が、静かに口を開く。
「……敵か」
短い問い。
未央は雷鳥を握り直す。
雷の残滓が、まだ指先に残っている。
バルドルは、わずかに笑った。
紅焔が、揺れる。
「さて」
一歩、踏み出す。
「どちらに見える?」
答えは、まだ出ていない。
だが。
次の戦いは、すぐそこにあった。




