第93話 審問
対峙。
怜と未央の前で、バルドルはゆっくりと紅焔を地面に置いた。
丁寧に。
まるで壊れ物でも扱うように。
「降参だ」
あまりにもあっさりとした宣言。
怜は刀に手をかけたまま動かない。
未央も雷鳥を構えたまま、視線を外さない。
「……信用できると思う?」
「思えへんな」
即答。
バルドルは肩を竦める。
「妥当な判断だ」
そのまま、両手を差し出す。
カーヴィー伍長が無言で近づき、拘束具をはめ直す。
バルドルの髪は乱れ、衣服は裂け、血も滲んでいる。
だが。
その声音には、依然として余裕があった。
「なぜ助けた」
カーヴィー伍長が問う。
短く。
バルドルは一瞬だけ目を細めた。
「自分のためだ」
間。
「勝ち筋を見つけただけだ」
それ以上は語らない。
戦場は、すでに収束へ向かっていた。
負傷者の搬送。
残敵の掃討。
報告。
確認。
部隊は休む間もなく動き続けている。
その中で。
呼び出し。
怜、未央、リディア・カーヴィー伍長、そしてバルドル。
臨時の審問会が開かれた。
重い空気。
簡易ながらも整えられた場。
その中央に立つのは、ブリギット・アーウィン中将。
「リディア・カーヴィー伍長」
低く、通る声。
「貴官には軍規違反の疑いがある」
静かに告げられる。
「捕虜の拘束を自ら解除した」
事実。
「意図を説明しろ」
視線が刺さる。
カーヴィー伍長は、迷わない。
「状況的に不可避でした」
短く。
「三対一でも劣勢。突破されれば全滅の可能性が高い」
事実のみを並べる。
「捕虜を戦力として転用する判断を行いました」
沈黙。
ブリギットの視線が、怜と未央へ向く。
「証言を」
怜が口を開く。
「事実です。押されていました」
未央も続く。
「三人おっても、普通に負ける流れやった」
それで十分だった。
視線が、最後にバルドルへ向く。
「……貴様はどう見る」
わずかな間。
バルドルが笑う。
「単純な話だ」
軽く肩をすくめる。
「あの程度の相手に勝てない者をあてがうのは、度し難い」
場がわずかに張る。
「私は、自分の生命を守っただけだ」
そして。
「血の契約を結んだ」
ざわめき。
「現在、私はカーヴィー伍長に絶対服従だ」
淡々と続ける。
「不本意だがな。……使い魔のようなものだ」
カーヴィーは何も言わない。
ただ、立っている。
ブリギットがわずかに目を細める。
「つまり」
「伍長が死ねば、貴様も死ぬか」
「そうなる」
即答。
場の空気が変わる。
論点が、動く。
カーヴィー伍長は結果として、作戦目標を達成し、市民を守った。
そして。
その行動により、敵性個体一体を拘束下に置いている。
ブリギットが問う。
「他の手段はなかったのか」
鋭い視線。
「貴様の実力ならば」
バルドルは、わずかに笑った。
「あるだろうな」
あっさりと認める。
だが。
「それでは意味がない」
一歩、言葉を置く。
「彼女への敬意だ」
カーヴィー伍長の瞳がわずかに動く。
「彼女の選択で、生き残った」
静かに言う。
「ならば、その生命は共有されるべきだ」
そして。
「今や彼女の生命は、私の生命でもある」
視線が鋭くなる。
「害するのであれば――排除する」
明確な宣言。
場が、完全に静まり返る。
しばしの沈黙。
やがて。
バルドルが口を開いた。
「処遇の改善を求める」
唐突に。
だが、自然に。
「グラヴァンディアを撃退した功績としてな」
誰もすぐには答えない。
バルドルは、わずかに肩をすくめた。
「通るとは思っていない」
軽く笑う。
「だが、一つだけ」
間。
そして。
「食事にワインを出してくれ」
沈黙。
ほんの一瞬。
空気が、わずかに緩んだ。




