第90話 鋼壁の踏破
戦線は確実に押し上げられていた。
狙撃部隊の精密な射撃がヴェイルの動きを縛り、その隙を逃さずドナル・マッカランのレガリア《鉄の要塞》が圧倒的な火力を叩き込む。
二門のガトリングが唸りを上げ、空間ごと削り取るような弾幕が敵を押し潰していく。
押し切られると判断したヴェイルは地中へ退避するが、その瞬間、上空から影が落ちた。
ドナルが、あの巨体と装備のまま跳躍していた。
次の瞬間、落下。
轟音とともに地面が爆ぜ、衝撃波が周囲を薙ぎ払う。
クレーターの中心に立つドナルは、そのまま地面へ向けて砲火を浴びせ、逃げ場ごと圧殺する。
だが、砂煙の中から新たな巨影が現れた。ドナルを上回る体格と密度を持つヴェイル。
「……名を聞こう」
「ドナル・マッカラン。王国陸軍中佐だ」
「……ガルディオン」
名乗りと同時に巨体が動く。常識外れの加速で側面へ回り込み、火線をかいくぐる。
「その体で、その機動か……見事だ」
ガルディオンはそう言いながら虚空へ手を伸ばす。空間が歪み、裂け、異界から巨大な砲が引きずり出される。
「貴様らのレガリアに相当するものだ」
「――《トラニオン》」
担ぎ上げられたそれの砲口は、二一〇ミリ。
次の瞬間、魔力を凝縮した塊が放たれ、直撃と同時に地面ごと吹き飛ばす。
爆煙が戦場を覆う。
しかし、その中から現れたのは無傷のドナルだった。足元の地面だけが深く抉れている。
「……なるほど」
ガルディオンは愉快そうに息を吐き、砲を捨てる。
「ならば、拳でやろう」
純粋な力の勝負。ドナルはガトリングの回転を止め、短く応じる。
「いいだろう。ここは俺がやる。全員、他を支援しろ」
命令に従い、狙撃部隊は即座に離脱する。戦場には二つの巨体だけが残った。
同時に踏み込み、拳がぶつかる。
衝撃が空気を裂き、一瞬の拮抗の後、流れを掴んだのはドナルだった。
踏み込みと体重移動で体勢を崩し、腹部へ拳を叩き込む。
巨体が浮き、反撃の打ち下ろしを正面から受け止める。
揺れない。止まらない。
距離を詰め、そのまま連打。重い拳が確実に肉と骨を破壊していく。ガルディオンの膝が落ち、体勢が崩れる。
最後に、全体重を乗せた一撃が顔面へ叩き込まれた。
巨体が砕け、地面に叩き伏せられる。
静寂。
決着。
ドナルは拳を下ろし、低く言った。
「……壁は、抜かせない」
その背後で、戦線は確かに守られていた。
怜、未央、カーヴィー伍長、そしてバルドルは、未央の護符によって展開された結界に守られていた。
半透明の膜が外界の衝撃を受け止め、ひび割れながらも持ちこたえている。
だが、長くはもたない。
未央はすぐに察する。
追撃は確実。
間を置けば、囲まれる。
未央は歯を食いしばり、護符を握り込む。
「怜、捕まっとけ!」
次の瞬間、雷鳴が弾けた。
雷鳥。
電光の塊となって、未央たちは結界ごと地上へと弾き出される。派手すぎる離脱。空気を裂き、視界を焼く閃光。
着地。
衝撃。
土煙。
怜が顔をしかめる。
「……目立ちすぎ」
「しゃーないやろ!! 他に手ぇなかったんや!!」
未央が怒鳴り返す。
余裕はない。
その後ろで、バルドルがゆっくりと立ち上がる。椅子の拘束は外れているが、両手にはまだ拘束具が残っていた。
「やれやれ……この扱いは、些か不当ではないかね」
皮肉めいた声音。
未央が振り向きざまに言い返す。
「誰が好きであんた抱えてんねん! 完全にお荷物やろ!」
「ほう。救助対象に対して随分な評価だ」
「事実やろが!」
その瞬間。
破裂音。
飛来した小石が、バルドルの額を直撃する。
「……痛いな。もう少し丁重に扱ってくれたまえ」
「今のうちに黙っとけや!!」
未央が完全にキレる。
その瞬間、空気が沈む。
怜の視線が前方に固定される。
「……来る」
土煙の向こうに、影。
重い足音。
現れたのは、グラヴァンディア。
圧し潰すような質量をまとったヴェイルが、一直線に迫ってくる。
カーヴィー伍長が一歩前へ出る。
腰のレガリアを抜く。
軽直剣。
細身の刃が、次の瞬間、赤熱する。
火属性。
刀身が炎を纏い、周囲の空気を歪める。
出力上昇。
「迎撃する。ここで止める」
短く、確実な声。
未央は雷鳥を握り直し、怜は風神に手をかける。
グラヴァンディアが踏み込む。
地面が沈む。
距離が消える。
次の瞬間、伍長の剣が閃いた。
炎の軌跡が一直線に走り、迫る巨体へ叩き込まれる。




