第85話 熱烈歓迎、王都名物
夜だった。
広間には、長いテーブルが並べられている。
燭台の火が揺れ、
皿が、ずらりと並んでいた。
重厚。
荘厳。
そして。
逃げ場がなかった。
未央は、席に着いていた。
真正面。
料理。
黄金色のパイ。
こんがり焼けた、美しい表面。
つややかな焼き色。
香ばしい香り。
見た目だけなら。
完璧だった。
未央は言う。
「見た目は、普通やな」
隣で。
怜は、何も言わない。
その沈黙が。
何より不穏だった。
マーラが、にこやかに手を叩いた。
「さあ、始めようか」
優しい声。
完全に優しい声。
「今日は歓迎会だよ」
一拍。
「王都の名物を、たくさん用意したんだ」
未央の背筋に。
冷たいものが走った。
(名物)
嫌な予感しかしない。
マーラは、嬉しそうに皿を指した。
「まずはこれだね」
黄金色のパイ。
「ニシンのパイだよ」
未央は言う。
「ニシン“だけ”ちゃう顔しとるで」
誰も否定しなかった。
沈黙。
未央は、ナイフを手に取った。
ゆっくり。
刺す。
ぶしゅっ
湯気が噴き出した。
同時に。
匂い。
魚。
発酵。
酢。
香辛料。
海。
倉庫。
歴史。
全部。
一気に来た。
未央の動きが止まる。
「……攻撃やん」
怜が静かに言う。
「歓迎だ…」
未央は振り向く。
「どこがや」
だが。
ここは歓迎会。
逃げ場はない。
未央は覚悟を決めた。
「……いただきます」
一口。
口に入れた。
止まった。
完全に止まった。
時間が止まった。
そして。
「――――ッ!!」
声にならない悲鳴。
喉が震える。
鼻が震える。
魂が震える。
未央は水を掴んだ。
飲む。
さらに飲む。
もう一度飲む。
「……すごいな」
低い声。
「戦いや」
その横で。
吾郎が食べていた。
もぐ。
もぐ。
止まらない。
未央が見る。
「お前、平気なんか」
吾郎は、ゆっくり顔を上げた。
泣いていた。
静かに。
本気で。
涙が、ぽろぽろ落ちている。
未央が固まる。
「……なんでや」
吾郎は言う。
「うまい」
一拍。
「温かい」
震える声だった。
彰も、食べていた。
ゆっくり。
丁寧に。
そして。
言った。
「贅沢だな」
短い言葉。
だが。
重かった。
未央は混乱する。
「いや待て」
二人を見る。
「ほんまに言うてる?」
吾郎が言う。
「昔はな」
一拍。
「雨水で腹を満たしたこともある」
静かな声。
彰が続ける。
「三日食えないことも、普通だった」
広間の空気が。
少しだけ変わった。
吾郎が皿を見る。
「温かい飯が出てくる」
一拍。
「それだけで、ありがたい」
未央は。
何も言えなかった。
そして。
もう一度。
パイを見た。
敵。
完全に敵。
そのとき。
新しい皿が運ばれてきた。
白い。
柔らかい。
静かな見た目。
だが。
匂い。
暴力。
未央の顔が引きつる。
「次、なんや」
マーラが嬉しそうに言った。
「ロッテンチーズだよ」
一拍。
「よく熟成してるんだ」
未央は言う。
「熟成いうか」
一拍。
「進化しとるやろ」
匂いが刺さる。
鼻に。
脳に。
記憶に。
未央は後ろに下がる。
本能だった。
だが。
マーラが微笑む。
「逃げないでね」
完全に優しい声。
完全に。
逃げ場がなかった。
未央は覚悟を決めた。
「……来い」
小さく言う。
一口。
口に入れる。
沈黙。
三秒。
五秒。
そして。
「アカン」
即答だった。
その瞬間。
さらに新しい皿が運ばれてきた。
透明な皿。
ぷるり。
揺れた。
もう一度。
ぷるり。
未央の顔色が変わる。
「……なんやあれ」
怜が言う。
「ウナギのゼリー」
未央が固まる。
「なんで固めた」
誰も答えない。
皿が置かれる。
ぷるん。
揺れる。
ぷるぷる。
震える。
未央の手が震える。
「生きとるやろ」
怜が言う。
「死んでいる」
未央が言う。
「信じられへん」
吾郎が食べる。
一口。
そして。
再び。
泣いた。
「うまい……」
彰も頷く。
「優しい味だ」
未央は叫ぶ。
「どこがや!!」
そのとき。
マーラが満面の笑みで言った。
「まだまだあるよ」
未央の魂が抜ける。
次の皿。
黒い。
どろり。
匂い。
濃厚。
重厚。
圧倒的。
「ブラックプディングだね」
未央は言う。
「名前からして怖いねん」
さらに。
別の皿。
瓶。
中で。
何かが動いていた。
「これはね」
マーラが誇らしげに言う。
「発酵ニシンだよ」
未央は静かに言った。
「兵器や」
広間の空気が震えた。
だが。
吾郎と彰は。
笑っていた。
本当に。
嬉しそうに。
吾郎が言う。
「こんなに食べ物がある」
一拍。
「夢みたいだ」
彰が言う。
「みんなで食える」
一拍。
「それが一番だ」
未央は。
黙った。
皿を見る。
山のような料理。
逃げ場なし。
そして。
小さく言った。
「……せやな」
一拍。
「せやけどな」
深呼吸。
覚悟。
そして。
叫んだ。
「量が多すぎるわ!!!!」
広間に。
笑い声が広がった。
その夜。
誰もが満腹になり。
誰もが笑い。
そして。
エドマンドとキアランは。
捕まらなかった。




