第82話 事実です。
王都タラントン――
行政区画の一角。
石造りの落ち着いた建物の前で、未央は立ち止まっていた。
入口の上には、交差した杖と剣の紋章が掲げられている。
「ここが?」
未央が訊く。
ブリギットが短く答えた。
「アーケイン・レジストリだ」
横で怜が補足する。
「魔力登録証を発行するところ。
この世界で身分証みたいなものになる」
未央は建物を見上げた。
アーケイン・レジストリ――
この国で魔術師と戦闘要員を管理する、国家直属の登録機関である。
「役所か」
「だいたいそんな感じ」
マーラが肩をすくめた。
中に入ると、静かな空気が流れていた。
広いロビー。
整然と並ぶ受付窓口。
書類を持った人々が落ち着いた様子で行き来している。
吾郎が小声で言った。
「思ったより普通だな」
彰も頷く。
「めちゃくちゃ普通」
未央が周囲を見回す。
「もっとこう……
いかにも魔法って感じかと思った」
怜が言う。
「制度だからね」
受付の奥から、女性が歩いてくる。
栗色の髪。
整った制服。
柔らかな笑顔。
「いらっしゃいませ、ブリギット隊長」
テレサだった。
怜が小さく手を振る。
「久しぶり」
テレサは微笑んだ。
「ええ。無事の帰還、聞いています」
一瞬、安堵の色が浮かぶ。
そして。
彼女の視線が、未央たちへ向いた。
「こちらの方々が?」
ブリギットが頷く。
「新規登録者だ。三名」
テレサはすぐに理解した顔になった。
「承知しました。
では、こちらへどうぞ」
案内されたのは、奥の小さな部屋だった。
机が四つ。
椅子が並んでいる。
中央の机に、紙が置かれる。
テレサが言った。
「まずは登録用紙の記入をお願いします」
未央が紙を手に取る。
じっと見る。
数秒。
眉がわずかに上がる。
「……読めるな」
吾郎が覗き込む。
「ほんとだ」
彰も言う。
「普通に読める」
怜が言った。
「共通語の表記は、だいたいこんな感じ」
未央がペンを持つ。
「助かるわ」
吾郎が読み上げる。
「NAME……
ORIGIN……」
彰が言う。
「形式はシンプルだな」
テレサが説明する。
「出身地は便宜上、同一地域として登録します」
未央が顔を上げた。
「え?」
テレサは落ち着いて言う。
「HINOMOTOという形になります」
未央が頷いた。
「ああ、まとめられた」
吾郎が言う。
「合理的だな」
彰も言う。
「ありがたい」
未央のペンが止まった。
「なあ」
怜を見る。
「このレガリアって欄」
怜が答える。
「使ってる武器とか、特別な装備」
未央が確認する。
「こっちで言う宝具ってことでええん?」
怜は頷いた。
「うん、だいたいそれで合ってる」
未央が吾郎と彰を見る。
「ある?」
吾郎が即答した。
「ない」
彰も言う。
「持ってない」
未央がテレサを見る。
「空欄でいい?」
テレサはすぐ答えた。
「構いません」
数分後。
三人はペンを置いた。
「書けた」
未央が言う。
テレサが用紙を受け取る。
一枚ずつ確認する。
正確に。
無駄なく。
そして頷いた。
「では、登録処理を行います」
テレサは部屋の奥へ歩いた。
壁際に据え付けられた装置の前に立つ。
金属で組まれた、無駄のない形状の登録機。
用紙を差し込む。
静かな作動音。
内部で何かが動く気配。
短い間。
そして。
カチリ。
小さなカードが三枚、滑り出てきた。
テレサが戻ってくる。
一枚ずつ差し出す。
「こちらが、皆さまの魔力登録証――
レジストリです」
未央が受け取った。
金属製のカード。
手のひらサイズ。
表面には整った刻印。
NAME: Mio TennojI
ORIGIN: Hinomoto
REGALIA: Raicho
REGALIA RANK: C
…
未央が目を細めた。
じっと見る。
数秒。
沈黙。
そして。
「……は?」
低い声。
怜が察した。
「どうしたの」
未央がカードを掲げた。
「なんやこれ」
指差す。
RANK: C
沈黙。
未央が言った。
「C?」
さらに低い声。
「Cて」
吾郎が覗き込む。
「ほんとだ」
彰も言う。
「Cだな」
未央がテレサを見る。
「ちょっと待って」
静か。
だが確実に怒っている。
「これ、どうやって決めてるん?」
テレサは落ち着いて答えた。
「魔力量、制御精度、危険度、実戦記録などを総合的に評価します」
未央が言う。
「雷落とせるで?」
真顔。
テレサも真顔。
「はい」
未央。
「C?」
テレサ。
「はい」
沈黙。
未央がゆっくり怜を見る。
「なあ」
怜。
「うん」
未央。
「風神のランク、いくつなん」
怜は一瞬だけ視線を逸らした。
そして。
「……最初は」
小さく言う。
「B判定だった」
沈黙。
未央の目が見開かれる。
「は???」
一歩前に出る。
「B???」
さらに一歩。
「風神が???」
吾郎が小声で言う。
「やばいぞ」
彰も言う。
「完全に火が付いた」
未央が指を突きつける。
「絶対おかしいやろ!」
怜は内心で思った。
(……今は制御できるようになって
Aランクだけど)
言わない。
絶対に言わない。
未央が睨む。
「今、なんか隠したやろ」
怜。
「してない」
未央。
「顔がしてる」
その時。
後ろから、ぼそっと声がした。
マーラだった。
「私が振ったときは」
静かに言う。
「Sランクだったよ」
沈黙。
未央。
吾郎。
彰。
三人同時に振り向く。
「……」
「……」
「……」
未央が言った。
「あの人」
一拍。
「何者や」
マーラは肩をすくめた。
怜は何も言わなかった。
ブリギットも、何も言わなかった。
ただ。
テレサだけが、いつもの穏やかな声で言った。
「登録は以上です」
事務的だった。
とても。
未央はカードを見つめたまま、
小さくつぶやいた。
「Cて……」
まったく納得していなかった。




