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第81話 帰還そして通過儀礼

 王都――タラントン。

 その名を象徴する建物が見えた瞬間、

 一行の足取りがわずかに緩んだ。


 石造りの巨大な門。

 高く掲げられた王都の紋章。

 長い歴史を感じさせる外観。

 かつては防衛の要でもあったが、

 いまや軍事的な機能は持たない。

 都市の入口として。

 そして観光客を迎える象徴として。

 ただ、そこに在り続けている。

 見慣れた景色。

 それだけで、

 張り詰めていた何かが、少しだけ解ける。

「……帰ってきたな」

 低く呟いたのは、ドナルだった。

 怜は小さくうなずく。

「うん」

 短い返事。

 それだけで十分だった。

 マーラが、腕を大きく伸ばして背筋を鳴らす。

「いやぁ、長かったね」


 その後ろで、

 三人の新顔が王都を見上げていた。

 未央。

 吾郎。

 彰。

 それぞれが、言葉を失ったように立ち尽くしている。

「……マジで」

 吾郎がぽつりと言った。

「ファンタジーだな」

「いや、今さらかよ」

 彰が小さく突っ込む。

 未央は、何も言わず、

 ただ街を見渡していた。

 その目には、まだ現実感が薄い。



 王都タラントン・行政庁舎。

 中庭。

 一行は真っ直ぐにそこへ向かった。

 そして。

 大きな部屋へ通された。

 中央に立つ人物。

 金色の髪を後ろでまとめ、

 整った軍装に身を包んだ女性。

 ブリギットだった。

 腕を組み、

 まっすぐこちらを見ている。

 その視線は鋭い。

 だが、どこか落ち着いていた。

 怜は一歩前に出た。

「ただいま戻りました」

 静かな報告。

 ブリギットは、

 しばらく何も言わなかった。

 全員を順番に見ていく。

 顔。

 装備。

 立ち姿。

 そして。

 最後に、

 三人の見慣れない人物で視線が止まった。

 一拍。

「……全員」

 低い声。

「無事か」

「はい」

 怜が答える。

「多数のヴェイルによる襲撃を受けましたが、全て撃破しました」

 短く。

 事実だけを。

 ブリギットの眉が、わずかに動いた。

「多数、とは」

「確認できただけで十体以上です」

 周囲の空気が、わずかに張り詰めた。

 だが。

 ブリギットは表情を崩さない。

 ほんの一瞬だけ目を閉じ、

 小さく息を吐いた。

「……そうか」

 その声には、

 安堵が混じっていた。

 次の瞬間。

 彼女は姿勢を正した。

「よく戻った」

 はっきりとした声。

「任務の達成、並びに生還を確認する。

 諸君の働きに感謝する」

 形式的な言葉。

 だが。

 その最後に、

 ほんのわずかな柔らかさがあった。

 そして。

 ブリギットの視線が、

 再び三人へ向けられる。

「……説明を求めたい」

 怜が答える。

「私と同じ世界の出身者が三名です」

 沈黙。

 ブリギットの表情が、

 わずかに動いた。

「……三名」

 一拍。

「追加?」

「はい」

 短く。

 確定事項として。

 数秒。

 完全な沈黙。

 そして。

 ブリギットは、

 ゆっくりと額に手を当てた。

「……なるほど」

 低い声。

「頭痛の種が増えたわけだ」

 マーラが小さく笑いを噛み殺す。


 未央たちは、

 意味は分からないが、

 雰囲気だけで少し緊張していた。

 ブリギットは、

 その三人をしばらく見ていた。

 観察するように。

 測るように。

 そして。

 短く言った。

「言葉の問題がある」

 フィンタンへ視線を向ける。

 一拍。

 はっきりと。

「3人に術式を使用する。準備しろ」

 命令だった。

 迷いはない。

 その時。

 未央が小声で言った。

「なあ」

 吾郎と彰を見る。

「今、なんか決まったよな?」

 吾郎がうなずく。

「決まった」

 彰が言う。

「絶対ろくでもないこと」

 フィンタンが一歩前に出る。

 静かに。

 杖を持って。

 怜が振り返る。

 少し申し訳なさそうな顔。

「これから――

 言葉を理解できるようにする術式を使うって」

 沈黙。

 未央が言った。

「……はい?」

 吾郎が言う。

「魔法?」

 怜がうなずく。

「そう」

 一拍。

 マーラが補足する。

「ちょっと頭が痛くなるかも」

 彰が言う。

「どれくらい」

 マーラは正直に答えた。

「人による」

 沈黙。

 未央が小さく言った。

「嫌やなぁ……」


 フィンタンが歩き出す。

 未央へ向かって。

 ゆっくり。

 確実に。

 未央が一歩下がった。

「なんで私」

 マーラが言う。

「目立つから」

「理由になってない」

 さらに一歩。

 背中が壁に当たった。

 逃げ場がない。

 吾郎が言う。

「がんばれ」

 彰が言う。

「最初は安全だ」

 未央が叫ぶ。


「人ごとか!」


 杖が持ち上がる。

 静かに。

 未央が目を閉じた。

 触れる。

 淡い光。

 一瞬。

「……っ」

 体が小さく揺れる。

 額を押さえる。

「いっ……」

 数秒。

 呼吸。

 そして。

 未央がゆっくり顔を上げる。

「……分かる」

 沈黙。

 吾郎が言う。

「マジで?」

 未央が振り返る。

 指差す。

「次」

 吾郎。

「お前」

 吾郎が固まった。

「待て」

 一歩下がる。

「心の準備が」

 フィンタンは止まらない。

 さらに近づく。

 吾郎が言う。

「やさしく頼む」

 触れる。

 光。

「うわっ……!」

 額を押さえる。

「気持ち悪っ……!」

 数秒。

 呼吸。

 そして。

「……分かる」

 彰が一歩下がった。

「最後か……」

 誰も助けない。

 沈黙。

 彰がため息をついた。

「……来い」

 覚悟を決めた。

 触れる。

 光。

 静寂。

「……酔った」

 一拍。

「マジで吐きそう……」

 数秒。

 三人は顔を見合わせた。

 未央が言う。

「意味は分かる」

 吾郎が言う。

「普通に理解できる」

 彰が言った。

「最悪だな」

 一拍。

 そして。

 三人は、ほぼ同時に言った。

「「「もう二度とやらない」」」

 小さな笑いが広がった。

 マーラが肩をすくめる。

「みんな最初はそう言うんだよね」

 経験者の口調だった。

 ブリギットは、

 その様子を静かに見ていた。

 そして。

 小さくうなずく。

「これで、最低限の意思疎通は可能だ」

 一拍。

 彼女は全員を見渡した。

「改めて言う」

 はっきりとした声。


「諸君――よく戻った」


 その言葉は、

 命令ではなく。

 心からの労いだった。

 王都タラントンの空は、

 いつも通り、静かに晴れていた。

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