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幕間 マーラ、はじめての町中華

 ある日。


 戦闘はなく、穏やかな日和だった。

 マーラはひとりで街を歩いていた。

 どこまでも黒く舗装された道。

 通りを埋め尽くす車。

 若者に限らず、上質でユニークなファッションに身を包んだ人々。

 高いビルに囲まれた街並み。

 すべてが新鮮に見えた。

 だが同時に――

 どこか落ち着かない。

 整いすぎている。

 便利すぎる。

 そして。

 少しだけ。

 逃げ場がない。

 そんな感覚があった。


 ふと目をやると、

 スマートフォンが並んだショーケースが目に入った。

 これを使えば、

 いつでも人と会話できるらしい。

 常に人とつながっていられる。

 便利だ。

 だが。

 ――常に、呼び出されうる。

 マーラはガラス越しに

 小さな端末を見つめた。

 王都では、

 連絡は使者だった。

 時間がかかった。

 不便だった。

 だが。

 返事を急かされることも、

 なかった。

「……どっちが贅沢なんだろうね」

 小さく呟いた。

 自分でも、答えは出なかった。



 多くの人々が出入りする

 ファストファッションの店に入ってみた。

 様々なサイズ。

 様々なデザイン。

 大量に並べられた服。

 試着室が

 これでもかというほど並んでいる。

 誰も、

 店員に許可を求めていない。

 自由だった。

 合理的だった。

 そして――

 少しだけ、無機質だった。


 可愛らしく、上質なデザインのスカートを見つけた。

 たまには、

 こういうものを履いてみるのもいいかもしれない。

 そう思った。

 だが。

 ふと、自分の足を見る。

 小キズだらけで、

 鍛えられた筋肉の線がはっきりと出ている。

 戦いの跡。

 生き延びた証。

 ――綺麗ではない。

 だが。

 嫌いでもない。

 マーラは静かに息を吐いた。

「これは、私の歴史だ」

 誰に聞かせるでもなく。

 小さく言った。

 そして。

 スカートを棚に戻した。


 結局。

 黒のブラウスと、

 カーキのパンツを購入した。

 実用的で、

 動きやすい。

 ――私らしい。

 少しだけ、

 そう思った。


 昼食の時間になったようだった。

 人々が一斉に動き出す。

 ワイシャツ。

 黒っぽいスラックス。

 似た格好の人々。

 日本では

 サラリーマン

 というらしい。

 彼らは歩く。

 急ぎ足で。

 時間に追われるように。

 マーラは思った。

 戦場と似ている。

 鐘が鳴れば動く。

 命令があれば走る。

 違うのは。

 ――敵が見えないこと。


「……お腹、空いたな」

 正直に呟いた。

 そのとき。

 視界の端に、

 見覚えのある小柄な姿が入った。

 ツインテール。

 少し忙しそうな歩き方。

 天王寺未央だった。


「……あれ?」

 未央が気づく。

 二度見する。

 三度見する。

「マーラやん」

 指をさした。

「なんでこんなとこおるん?」

 マーラは少し笑った。

「散歩だよ」

 未央は即答した。

「散歩でこの距離?」

 真顔だった。

「どんだけ歩くねん」

 マーラは肩をすくめた。

「気づいたら、ここまで来ていた」

 未央が腕を組む。

「遭難しかけてる人の言い方やな」


 少し間。

 未央が聞く。

「ひとりなん?」

「うん。ちょっとお腹が空いてね」

 周囲を見回す。

「いろんな店があるけど、何の店かわからない」

 未央は一瞬だけ黙った。

 そして。

 深く頷いた。

「任しとき」

 妙に頼もしい顔だった。


 歩きながら。

 未央が聞く。

「何食べたいん?」

 マーラは少し考えた。

「王都にないものが食べたい」

 未央はニヤッと笑った。

「ええな」

 指を折りながら挙げていく。

「パスタ、ハンバーガー、焼肉、寿司、ラーメン」

 その中で。

 一つ。

 引っかかった。

「ラーメン」

 マーラが言った。

 未央が頷く。

「ええやん」

 そして。

 少しだけ悪い顔になる。

「覚悟しときや」


 並んでいた。

 人。

 人。

 人。

「……すごいな」

 マーラが言う。

 未央が頭をかいた。

「昼時やからなあ」

 そして。

 小声で。

「人気店やねん」

 マーラはしばらく列を見た。

 そして言った。

「やめておこう」

 未央が即答する。

「せやな」

 一秒も迷わなかった。

「私も並ぶの嫌いや」


「町中華に行こか」

 未央が言う。

「そこも美味いで。

 派手さはないけど、ちゃんとしてる」

 マーラは頷いた。

「信頼している」

 未央が少し照れた。

「なんやその重たい評価」

 店はほぼ満席だった。

 だが。

 二席だけ空いていた。

 未央が小さく拳を握る。

「勝った」

 小声だった。

 席に座る。

 周囲は賑やかだった。

 鍋の音。

 皿の音。

 人の声。

 マーラは思った。

 これは――

 生きている音だ。


 未央が言う。

「ほな、マーラは中華そばやな」

 マーラが首を傾げる。

「中華そば?」

 未央が説明する。

「醤油ラーメンのことや」

 マーラが頷いた。

「では、それを」

 料理が運ばれてきた。

 だが。

 マーラは止まった。

「……頼んでいないものがある」

 半チャーハン。

 ごま団子。

 店員が笑顔で言った。

「サービスだよ」

 未央が小声で言う。

「当たりの日や」

 マーラはラーメンを一口食べた。

 静かに。

 そして。

 固まった。

 目が開く。

 止まる。

 時間が止まる。

 未央が覗き込む。

「……どした?」

 マーラが。

 ゆっくり言った。

「……おいしい」

 未央がニヤッとする。

「せやろ」

 チャーハンを一口。

 ごま団子を一口。

 そして。

「……甘い」

 小さく呟いた。

 目が。

 完全に。

 輝いていた。

 未央が観察している。

 じっと。

 じっと。

 じっと。

 マーラが気づく。

「……そんなに見なくていいんじゃない?」

 少しだけ照れた顔。

 未央が即答する。

「無理や」

 真顔だった。

「めっちゃええ顔してる」

 マーラは咳払いした。

 姿勢を正す。

 だが。

 口元が緩んでいる。

 完全に。

 隠しきれていない。

 食事を終える。

 マーラは息をついた。

「……食べ過ぎた」

 未央が言う。

「せやろな」

 少し沈黙。

 マーラが言った。

「紹介してくれてありがとう」

 静かな声だった。

「いい店だった」

 未央が少し照れた。

「まあな」

 そして。

 ニヤリ。

「この後、甘いもん行く?」


 マーラは真顔で言った。

「正直に言う」

 未央が身構える。

「もう入らない」

 間。

 未央が言う。

「別腹や」

 即答だった。

 マーラは少し考えた。

 理屈としては

 理解できない。

 だが。

 この文化には

 よくあることらしい。

 そして。

 少し笑った。

「……試してみよう」


 ジェラート屋に到着した。

 色とりどりのジェラート。

 宝石のようだった。

 一口。

 食べる。

「んーーーーーーーッ」

 声にならない。

 顔が。

 完全に。

 緩んだ。

 未央。

 吹き出す。

「なんやその顔!」

 マーラが慌てる。

「……見ないでくれ」

 未央が即答する。

「無理や」

「写真撮りたいレベルや」

 マーラ。

 固まる。

「やめてくれ」

 少し真剣だった。

 未央が笑う。

「冗談や冗談」

 そして。

 少し優しい声で言った。

「でもな」

 マーラを見る。

「そういう顔できるんやな」


 少し。

 静かな間。


 マーラは空を見上げた。

 夕焼けだった。

 柔らかな橙色。

 この世界は。

 騒がしくて。

 便利で。

 少し息苦しくて。

 だが。

 ――悪くない。


 マーラは小さく息を吐いた。

 そして。

 ほんの少しだけ。

 微笑んだ。

 今日は。

 戦いのない。

 ただの一日だった。

 それでも。

 きっと忘れない一日になる。

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