第80話 back to the sunset
朝。
静かな朝だった。
空気は澄んでいて、どこか張り詰めている。
怜は、自室で装備を整えていた。
帯を締める。
刀を腰に差す。
一つひとつ。
確認するように。
手は迷わない。
目は――
決意に満ちていた。
居間に降りると、家族が揃っていた。
母。
父。
妹。
兄。
誰も、騒がない。
ただ。
静かに待っていた。
怜は、まっすぐ立ち。
深く頭を下げた。
「行ってくる」
短い言葉だった。
母が、優しく微笑む。
「ええ」
柔らかい声。
「気をつけてね」
父が腕を組んだまま言う。
「見送りに行く」
当然のように。
妹も、力強く頷いた。
「私も」
怜は、少しだけ目を細めた。
そして。
静かに頷いた。
家の外。
門の前。
マーラが立っていた。
腕を軽く組み。
空を見上げている。
怜に気づくと、小さく手を上げた。
「準備できた?」
いつも通りの声。
怜は頷く。
「うん」
少し間。
マーラが聞く。
「挨拶は済んだの?」
穏やかな声だった。
怜は答える。
「見送りに来るって」
マーラは小さく頷く。
「そう」
納得したように。
「なら、大丈夫だね」
待ち合わせ場所。
そこには、すでに三人の姿があった。
ドナル。
そして。
あの二人。
チンピラの男たち。
だが。
以前とは違う。
姿勢が、少しだけ整っていた。
ドナルが手を上げる。
「来たか」
短い声。
その横で、男の一人が言う。
「世話になったな」
少し照れくさそうに。
怜が聞く。
「どこに泊まってたの?」
ドナルが答える。
「こいつらの家だ」
あっさりした口調。
男が肩をすくめる。
「別に大したことじゃねえ」
そして。
少し間。
もう一人が口を開いた。
「俺たちも行く」
真剣だった。
怜が目を瞬かせる。
「……え?」
男は言う。
「ここに残る理由、何もねえし」
軽く言うが。
目は本気だった。
もう一人も頷く。
「ついてく」
短い言葉。
マーラが二人を見る。
少し考えて。
口元をわずかに緩める。
「まぁ」
柔らかい声。
「悪くないね」
それが。
許可だった。
さらに進む。
広い空き地。
そこに。
三人が待っていた。
フィンタン。
キアラン。
エドマンド。
すでに準備は整っている。
空気が。
静かに張り詰めていた。
フィンタンが言う。
「時間だ」
短い言葉。
だが。
重みがあった。
そのとき。
後ろから声がした。
「ちょっと待ってや!」
全員が振り向く。
未央だった。
息を切らしている。
だが。
目は強い。
未央は、まっすぐ言った。
「勝手に行かんといて」
一歩前に出る。
「うちも同行する」
迷いはなかった。
怜が言う。
「未央……」
未央は、少しだけ顔をしかめる。
「放っておけるわけないやろ」
ぶっきらぼうな言い方。
だが。
本気だった。
一久が、ゆっくり頷く。
そして。
マーラを見る。
未央を見る。
静かな声で言った。
「頼む」
短い言葉。
「怜を――任せる」
重かった。
マーラは、まっすぐ頷く。
「任された」
落ち着いた声。
未央も、力強く言う。
「任しとき」
フィンタンが前に出る。
周囲を見渡す。
人数。
距離。
位置。
すべてを確認する。
そして。
静かに告げた。
「これだけの人数となると」
理知的な声。
「大掛かりな術式が必要になる」
誰も動かない。
空気が変わる。
静かな緊張。
フィンタンが手を掲げる。
「始める」
空気が震えた。
エドマンドが前に出る。
腰の剣に手を添える。
ゆっくりと。
刃を抜く。
澄んだ音が響いた。
「座標、固定」
低く。
正確な声。
剣先が。
空間を指す。
その瞬間。
空気が。
ぴたりと止まる。
揺れが消える。
世界が。
一点に縫い止められた。
そこに。
ドナルが一歩踏み出す。
拳を握る。
筋肉が軋む。
地面が。
わずかに沈む。
「魔力、圧縮」
重い声。
空気が。
急激に重くなる。
見えない力が。
中心へと押し固められていく。
次に。
キアランが動いた。
槍を構える。
レガリア――レグルス。
静かに。
一歩踏み込む。
そして。
振り抜いた。
「――境界、穿つ」
音が消えた。
一瞬。
世界が止まる。
次の瞬間。
空間が。
裂けた。
縦に。
深く。
闇が開く。
道が生まれる。
帰るべき場所への。
門だった。
そのとき。
背後から。
足音が聞こえた。
振り向く。
家族だった。
息を切らして。
だが。
間に合った。
母が、笑っている。
父が、黙って頷く。
妹が、手を振る。
兄が、拳を突き出す。
その姿を見て。
怜は。
大きく息を吸った。
胸いっぱいに。
声を込めて――
「行ってきます!」
大きな声だった。
まっすぐな声だった。
母が手を振る。
父が静かに頷く。
妹が笑った。
兄が叫んだ。
怜は。
前を向いた。
夕焼けの方向へ。
まだ朝なのに。
なぜか。
その先に。
夕焼けが見える気がした。
帰るべき場所。
戦うべき場所。
守るべき場所。
すべてが。
そこにある。
怜は。
一歩。
踏み出した。
仲間とともに。
夕焼けの向こうへ。
第二章完結
次回から第三章はじまります




