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第79話 全軍突撃、戦場は食卓にあり

「……」

 沈黙が続いていた。

 刺身を前にして。

 固まる四人。

 フィンタン。

 キアラン。

 ドナル。

 エドマンド。

 完全停止。

 そのときだった。

「――ちょっと待ってや」

 不意に声が上がった。

 一同が振り向く。

 そこには。

 未央がいた。

 当然のように。

 席に座っていた。

 怜が、率直に言った。

「……なんでいるの?」

 一瞬。

 静まり返る。

 次の瞬間。

 未央が机に手をついた。

「なんでって何なん!?」

 完全にキレていた。

「ちゃんと呼ばれたから来とるんやけど!?」

「いや、だって……」

 怜が言葉を探す。

「普通に混ざってるから」

 未央の眉が吊り上がる。

「混ざるやろ普通!」

 即答だった。

「食事会や言われたら来るに決まっとるやん!」

 正論だった。

 マーラが、軽く笑って口を挟む。

「まぁまぁ」

 落ち着いた声だった。

「人数多いほうが楽しいし」

 少し肩をすくめる。

「いいじゃない」

 未央がふっと息を吐く。

「……まぁ、それはそうやけど」

 少しだけ機嫌が戻った。


 そのとき。

 マーラが、ひとりだけ動いた。

 自然な手つきで箸を取る。

 少し迷いもなく。

 刺身を一切れ、持ち上げる。

 周囲の視線が、一斉に集まった。

 マーラはそのまま口に運び――

 普通に食べた。

 もぐもぐ。

 静かに咀嚼する。

 そして。

 小さく頷く。

「うん」

 落ち着いた声だった。

「悪くないね」

 一同。

 凍りつく。

 マーラはもう一切れ取りながら、さらっと言う。

「前に食べたことあるし」

 少しだけ口元を緩める。

「慣れれば普通だと思うけど」

 余裕のある声だった。

 完全に。

 経験者の顔だった。

 ドナルが、小さく呟く。

「……すごいな」

 素直な感想だった。

 マーラはちらりと周りを見て、

 少しだけ楽しそうに言う。

「ほら」

 軽い調子だった。

「せっかくだし、食べてみたら?」

 静かに微笑んだ。

 食卓に。

 新しい戦いの火種が落ちた。

 ドナルが。

 ゆっくりと手を伸ばした。

「……これ」

 真剣な声だった。

「この醤油というのをつければいいのか?」

「うん、それで大丈夫」

 怜が答える。

 ドナルは慎重に。

 刺身を醤油につけた。

 口へ。

 運ぶ。

 ――次の瞬間。

 ドナルに。

 電流が走った。

 稲妻。

 轟音。

 雷が落ちたような衝撃。

 世界が白く弾けた。

「……!」

 目が見開かれる。

 呼吸が止まる。

 そして。

 震える声で言った。

 低く、しかしはっきりとした言葉だった。

「……美味い」

 静かな感動だった。

 魂からの言葉だった。


 フィンタンが、ゆっくりと頷いた。

「なるほど」

 研究者の顔だった。

「やはり異文化だからと忌避していては、新発見には巡り合えない」

 理路整然とした口調。

 刺身を持ち上げる。

「こういうものこそ――」

 静かに。

 口に運ぶ。

 噛む。

 ――その瞬間。

 天から。

 雷が。

 落ちた。

 ドォンッ!!!

 脳天直撃。

 稲妻が頭の中を突き抜けた。

 世界が白く弾ける。

 次の瞬間。

 フィンタンの顔が。

 崩壊した。

 目が見開かれる。

 口が引きつる。

 頬が震える。

 理知的な表情が。

 音を立てて瓦解した。

 完全に。

 研究者の顔ではなかった。

 ただの。

「無理」

 という顔だった。

 沈黙。

 箸が止まる。

 時間が止まる。

 そして。

 ゆっくりと。

 極めてゆっくりと。

 刺身を皿に戻した。

 数秒。

 深呼吸。

 理性を回収する。

 崩壊した表情が。

 徐々に。

 整っていく。

 眼鏡の位置を直す。

 姿勢を正す。

 そして。

 何事もなかったかのように言った。

「……失礼」

 一拍。

「私には少々、難しいようだ」

 完全に。

 敗北だった。

 周囲。

 全員。

 沈黙。

 ドナルが、小さく呟いた。

「……大丈夫か?」

 フィンタンは小さく頷く。

「問題ない」

 少しだけ間を置き。

「理論上は、理解できる」

 さらに一拍。

「しかし」

 静かに言った。

「身体が受け入れなかった」

 完全に。

 科学的敗北だった。


 その隣で。

 キアランとエドマンドが身構えていた。

 キアランが低く言う。

「……自分はどちら側だ」

 エドマンドが眼鏡を押し上げる。

「そもそも」

 冷静だった。

「これを食べることが必然なのか」

 短い沈黙。

 そして。

 キアランが言う。

「否」

 きっぱりと。

「敵前逃亡は、戦場ではご法度」

 エドマンドが小さく頷く。

「同意する」

 二人は同時に。

 刺身を口へ運ぶ。

 咀嚼。

 そして。

 ――表情が変わった。

「……これは」

 キアランが言う。

「美味いな」

 素直な感想だった。

 エドマンドも続ける。

「特にこの魚」

 サーモンを指す。

「非常に優れている」

 続けて。

 マグロ。

「こちらも評価が高い」

 完全に分析していた。


「すっぱぁ!」

 突然。

 未央が叫んだ。

 全員が振り向く。

 未央は顔をしかめている。

 涙目だった。

 怜が皿を見る。

 そこには。

 ――梅干し。

 怜が聞く。

「なんでそれ食べてるの?」

 未央が答える。

 少し悔しそうに。

「口直しや!」

 力強かった。

「さっきの魚の味、まだ残っとってな!」

 理屈は通っていた。

 だが。

 選択が極端だった。


 その後。

 酒が出された。

 盃が並ぶ。

 笑い声が増える。

 会話が弾む。

 完全に宴会になっていた。

 マーラが盃を持つ。

 少しだけ口をつける。

「……これ」

 目を丸める。

「面白い味だね」

 もう一口。

 さらに一口。

 未央が横から言う。

「強いで、それ」

 マーラが軽く笑う。

「そうなの?」

 もう一口。

 考える。

 そして。

 素直に言った。

「持って帰れたりする?」

 少し期待した声だった。

 怜が笑う。

「できると思うよ」

 マーラの表情が、少し明るくなる。

「じゃあ、あとで教えて」

 そして。

 また飲む。

 少しずつ。

 確実に。

 頬が赤くなっていった。


 しばらくして。

 ふと。

 ドナルの視線が止まった。

 マーラだった。

 着物の襟元が。

 ほんの少しだけ。

 緩んでいた。

 帯も。

 わずかにずれている。

 姿勢が。

 いつもより柔らかい。

 髪が。

 少しだけ乱れている。

 そして。

 頬が赤い。

 目が。

 少し潤んでいる。

 完全に。

 色っぽかった。

 マーラは気づいていない。

 普通に笑っている。

「今日は楽しかったね」

 柔らかい声だった。

 少しだけ。

 ゆっくりした話し方。

「こういうのも、悪くないな」

 ドナルが。

 言葉を失っていた。

 完全に。

 固まっていた。

 エドマンドが。

 静かに眼鏡を押し上げる。

 そして。

 小さく呟いた。

「……危険だな」

 冷静な分析だった。



 それは。

 帰還日前日の。

 本当に。

 楽しい一日だった。

 笑って。

 食べて。

 話して。

 少しだけ。

 騒いで。

 そして。

 誰もが。

 少しだけ。

 この時間が続けばいいと。

 思っていた。



 翌日。

 運命の日を迎える。

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