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第76話 現地調達、人員補充

 乾いた打撃音が、夜の空き地に響いた。

「違う違う」

 マーラが軽く手を振った。

「それじゃただ腕を振り回しているだけ。もっと落ち着いて」

 目の前で、男の一人が大きく息を切いていた。

 肩で呼吸しながら、それでも拳を構え直す。

「も、もう一回……!」

 気合だけは十分だった。

 ドナルが一歩前に出る。

「腰が先だ」

 短い指示だった。

「腕は後からついてくる」

 そして、ゆっくりと構える。

 次の瞬間。

 ――踏み込み。

 風を切る音。

 拳は止まっていた。

 男の顔の、ほんの数センチ手前で。

「今のが正しい」

 静かな説明だった。

 男は青ざめながら頷く。

「は、はい……」

 その隣で、もう一人の男が膝に手をついていた。

「む、無理っす……もう限界っす……」

 完全に息が上がっている。

 マーラは少し離れた場所で腕を組み、その様子を眺めていた。

 そして、ふっと笑う。

「まだ準備運動じゃん」

 軽い口調だった。

 二人の顔が引きつる。

 ドナルが淡々と言う。

「喧嘩の動きでは、格闘はこなせない」

 マーラが言葉を継ぐ。

「プロのボクサーと素人の動きがまるで違うのと同じ」

 少し肩をすくめる。

「見たことはあるでしょ? 同じパンチでも、威力がまるで違う」

 二人は無言で頷いた。

 マーラは続ける。

「力の使い方、重心、間合い、呼吸。全部、最初から覚え直しだね」

 そして、にやりと笑う。


「安心しろ。ちゃんと面倒は見てやる」


 励まし半分、からかい半分だった。

 ドナルが腕を組む。

「構えろ」

 低い声だった。

 二人は慌てて姿勢を整える。

 その様子を見ながら、マーラはふと口を開いた。

「それに、お前たち」

 少しだけ視線を細める。

「思っていたより、素質がある」

 二人は同時に顔を上げた。

「え?」

 驚きの声だった。

 ドナルが短く答える。

「魔力だ」

 この世界で言うところの――

「霊力だ」

 マーラが補足する。

 二人はぽかんとする。

 マーラは続けた。

「意外だったな」

 素直な感想だった。

「そこそこ反応がいい」

 ドナルも小さく頷く。

「下手に適性が高い」

 その言葉に、二人の顔が少し誇らしげになる。

 だが。

 マーラはすぐに続けた。

「だから、厄介なんだ」

 表情は穏やかだが、声は真面目だった。

「お前たちは、結界をすり抜けた」

 二人の顔が固まる。

「す、すり抜け……?」

 マーラは軽く肩をすくめる。

「本来なら入れない場所だった」

 ドナルが言う。

「普通の人間は、弾かれる」

 沈黙。

 二人は顔を見合わせる。

「……俺ら、やばいことしてました?」

 恐る恐るの問いだった。

 マーラは少し考え、そして笑った。

「結果的にはな」

 軽い調子だった。

 だが、すぐに口調を整える。

「だからこそ、ちゃんと教える」

 静かな声だった。

「使い方を知らない力は、危険だ」

 そして、少しだけいたずらっぽく言う。

「それに」

 間を置く。

「せっかく拾ったんだ。すぐ壊れられても困る」

 二人は同時に固まった。

「ひどくないっすか!?」

 思わず声が上がる。

 マーラは小さく笑う。

「冗談だよ」

 だが目は真剣だった。

 ドナルが一歩前に出る。

「もう一度だ」

 容赦のない声だった。

 その後も。

 打撃音と悲鳴が、何度も空き地に響いた。

「ひぃっ!」

「腕が! 腕が取れる!」

 それを少し離れた場所から見ていたエドマンドが、小さく息を吐く。

「……まさか弟子まで現地調達してくるとはな」

 呆れたような声だった。

 キアランも腕を組みながら言う。

「休暇のはずだったんだが」

 マーラは聞こえているのかいないのか、軽く手を振った。

「暇つぶしにはちょうどいい」

 さらっと言う。

 二人の弟子が絶望的な顔をした。



 その頃。

 怜は、駅前のカフェにいた。

 放課後の時間帯。

 店内は学生や会社員でほどよく賑わっている。

 コーヒーの香りと、食器の触れ合う小さな音が混じり合っていた。

 テーブルを囲んでいるのは、久しぶりに会う学友たちだった。

「ほんとに久しぶりだよね」

 向かいに座った友人が、ストローをくるくる回しながら言う。

「もう大丈夫なの?」

 怜は軽く笑って頷いた。

「うん。だいぶ良くなった」

 その答えに、全員がほっとした表情を浮かべる。

 会話は自然に弾んだ。

 最近の授業。

 新しい先生。

 テストの難しさ。

 クラスの噂。

 どれも、以前と変わらない話だった。

 怜は静かに笑う。

 楽しかった。

 本当に。

 だが。


 ――また会えなくなる。


 その考えが浮かぶ。

 そして。

 その時点で、もう答えは出ていた。

 どこへ行くべきか。

 何を選ぶべきか。

 迷いは、残っていない。

 そのときだった。

 一人の学友が、少し遠慮がちに口を開いた。

「ねえ」

 空気が少し変わる。

 怜が顔を上げる。

「なに?」

 学友はストローを止め、真面目な顔になった。

 そして。

 率直に言った。


「休んでたときの勉強って、どうするの?」


――ビリッ。

 怜の背筋に、電流が走る。

 沈黙。

 一瞬。

 店内のざわめきが遠くなったように感じた。

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