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第74話 帰還の提案

夜は静まり返っていた。

つい先ほどまで激しい戦闘が繰り広げられていたとは思えないほど、空気は落ち着きを取り戻している。瓦礫の残骸と焦げ跡だけが、ここが戦場だったことを静かに物語っていた。

その中央に、六人が集まっていた。

ドナル。

マーラ。

怜。

エドマンド。

キアラン。

そして一久。

互いの無事を確認したあと、自然と短い沈黙が訪れる。

やがて一久が口を開いた。

「……助かりました」

素直な言葉だった。

深く頭を下げる。

「本当に」

ドナルは軽く首を振った。

「気にするな」

簡潔な返答だった。

だが一久の表情には、まだ解けない疑問が残っている。

「それより……」

周囲を見回しながら言う。

「どうやって、ここに?」

ここは本来、外部から侵入できないはずの場所だった。

結界も、空間も、完全に遮断されていたはずだ。

そのときだった。

「説明は僕がしよう」

背後から、落ち着いた声が響いた。

全員が振り向く。

そこに立っていたのは、長い外套をまとった男――フィンタンだった。

その隣には、まだ疲れの残る表情の未央がいる。

未央は軽く手を上げた。

「どうやら、間に合ったみたいやな」

少し息を切らしながらも、安堵したように笑っている。

フィンタンは一歩前へ出た。

「結論から言うと、我々は時空間魔術を用いてここへ来た」

その言葉に、一久の眉が動く。

「時空間……魔術?」

聞き慣れない言葉だった。

フィンタンは静かに頷く。

「鍵になったのは、怜のレガリア――風神だ」

全員の視線が怜へ向く。

怜はわずかに戸惑いながらも答えた。

「私の……?」

「そうだ」

フィンタンは続ける。

「君の風神には、通常の武装型レガリアとは異なる特性がある。空間干渉の痕跡だ。我々はそれを解析し、さらにバルドルの証言を照合した。その結果、理論上は可能だと判断した」

「理論上……」

一久が繰り返す。

フィンタンは小さく肩をすくめた。

「実際にやるのは骨が折れたがね」

そこで。

キアランが静かに口を開いた。

「作戦の統括は――ブリギットだ」

短く、だがはっきりとした声だった。

全員の視線が集まる。

「転移座標の固定、術式の同期、帰還路の確保。すべて彼女が指揮を執った」

現場を知る者の報告の口調だった。

エドマンドが小さく頷く。

「……あの人らしい」

未央は少し目を見開く。

「そんな大掛かりなこと、できる人がおるんやな」

率直な驚きだった。

フィンタンは軽く息を吐いた。

「だが、本題はそこではない」

空気がわずかに引き締まる。

彼は静かに周囲を見渡した。

「今回の事象――ヴェイルの侵入。その根本原因について、ある程度の仮説が立った」

全員が耳を傾ける。

フィンタンは、はっきりと言った。

「封印が弱っている」

短い言葉だった。

だが、その重さは誰もが理解できた。

怜がすぐに問う。

「原因は?」

フィンタンは一度だけ目を閉じ、そして答えた。

「こちらの世界の術師が使用している、簡易的な空間魔術だ」

一久の表情が変わる。

「……空間魔術?」

フィンタンは未央の方へ軽く視線を向けた。

未央は少し気まずそうに頭をかく。

「たとえば、や」

小さく言う。

「うちの雷鳥を出し入れする術式。あれも一応、空間を扱っとる」

一久は息を呑む。

フィンタンが続ける。

「本来、空間魔術は極めて高度な体系だ。厳密な理論と制御がなければ成立しない。だが、この世界では簡略化された術式が広く使われている」

未央が苦笑する。

「便利やからな」

フィンタンは頷いた。

「便利だ。だが、不完全だ」

静かな声だった。

「不完全な空間操作が、世界中で繰り返される。そのたびに微小な矛盾が蓄積される」

彼は空を見上げた。

「そして、その歪みが――ヴェイルの封印を弱めている」

沈黙。

風の音だけが聞こえる。

やがて怜が、静かに言った。

「……なら」

顔を上げる。

「もう一度、封印すればいい」

迷いのない言葉だった。

だが。

フィンタンは答えない。

代わりに、ゆっくりと目を伏せた。

その仕草だけで、十分だった。

怜の表情が変わる。

「……何かあるんですね」

フィンタンは数秒、沈黙した。

そして。

小さく言った。

「封印には――」

声が、わずかに低くなる。

「代償を伴う」

その言葉は、夜の中に重く落ちた。

誰もすぐには言葉を返せない。

空気が沈む。

その張り詰めた沈黙を破ったのは、マーラだった。


「そういえば」

落ち着いた声だった。

全員の視線が彼女へ向く。

マーラは腕を組み、少し離れた場所を顎で示した。

そこには、まだ状況を理解しきれていない二人の男が、所在なさげに立っている。

「こいつらの話が、まだだった」

マーラは二人へ歩み寄る。

じっと見下ろす。

「確認する」

静かな声だった。

「どうやって、あの場所に現れた?」

男たちは顔を見合わせる。

困惑。

戸惑い。

そして。

「え……?」

情けない声が漏れた。

マーラは眉をひそめる。

「結界が張られていたはず」

男たちはさらに混乱する。

「け、結界……?」

「な、なんの話ですか……?」

完全に分かっていない。

嘘をついている様子もない。

ただの一般人だった。

マーラはしばらく二人を見つめる。

沈黙。

そして。

小さく息を吐いた。

「……仕方ないか」

諦めたように言う。

二人はびくりと肩を震わせる。

マーラは腕を組み直した。

「拾ってしまった以上、仕方ない」

淡々とした口調だった。

そして。

あっさりと続けた。

「面倒を見る」

一瞬。

誰も意味を理解できなかった。

次の瞬間。

怜が目を見開く。

「……え?」

エドマンドもわずかに眉を上げる。

キアランが小さく息を吐いた。

一久は完全に固まっている。

マーラは平然としていた。

「弟子にする」

静かに言い切る。

その場の空気が止まった。

怜が思わず口にする。

「2人を……?」

信じられない、という声だった。

マーラが誰かを弟子に取る。

それがどれほど異例のことかを、ここにいる全員が知っていた。


やがて。

フィンタンが、ゆっくりと口を開いた。

「……なるほど」

小さく頷く。

そして視線をマーラから外し、全員を見渡した。

少しだけ表情が柔らぐ。

「では――」

一歩前へ出る。

静かに言った。

「王都に帰ってこないか」

夜が、次の局面へ進もうとしていた。

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