第73話 拾い物
氷の刃が、夜気を裂いた。
エドマンドの刺突は無駄がなく、寸分の狂いもない軌道でヴェイルの急所を貫く。貫通した瞬間、冷気が内部から爆ぜるように広がり、黒い粒子が静かに霧散した。
怜はその隙を逃さなかった。
横合いから踏み込み、札を叩きつける。
術式が展開し、残る一体の動きを封じるように光の鎖が絡みついた。
「そこです」
短い合図だった。
エドマンドは頷き、体をわずかに沈めると、次の瞬間にはすでに間合いへ踏み込んでいた。氷のレガリア――フラガラックが、正確な一点を射抜く。
閃光。
衝撃。
そして沈黙。
二体のヴェイルは、ほぼ同時に崩れ落ちた。
戦闘が終わる。
怜は大きく息を吐き、肩の力を抜いた。
額に浮いた汗を袖で拭いながら、隣に立つ男へ視線を向ける。
「相変わらず、ですね」
素直な感想だった。
エドマンドは剣を軽く振って霧散した粒子を払うと、淡々と答える。
「お前もだ。腕は落ちていない」
言葉は短い。
だがそこには確かな信頼が込められていた。
二人はしばらく無言で立ち、互いの呼吸が整うのを待つ。
久しぶりの共闘だった。
灰都イザリスで肩を並べて戦っていた頃と同じように、言葉を交わさなくても動きが噛み合う。互いの癖も間合いも、体が覚えている。
怜はふっと小さく笑った。
「久しぶりなのに、不思議と違和感がありませんね」
エドマンドはわずかに口元を緩めた。
「戦場では、間が合う相手が一人いれば十分だ」
同時刻。
都内某所。
最後の一体が崩れ落ち、屋上に静寂が戻る。
三体いたヴェイルは、すでに跡形もなく消え失せていた。
未央は呆然とその光景を見つめ、やがて肩を落として大きく息を吐いた。
「……あんなん、反則やろ」
本音だった。
目の前の男――フィンタンは、何事もなかったかのように杖を軽く回し、術式の残滓を消している。その所作はあまりにも自然で、戦闘の直後とは思えないほど落ち着いていた。
未央は苦笑する。
「三体まとめて片付けるとか、普通ちゃうで」
フィンタンは肩をすくめ、淡々と答える。
「僕は性格が悪いからね。その分、魔力にも現れるらしい」
冗談のようでいて、本気とも取れる口調だった。
未央は思わず吹き出しそうになる。
「自分で言うか、それ」
だがすぐに表情を引き締め、周囲を見回した。
まだ戦闘は終わっていない。
他の場所では、仲間たちが戦っている。
未央はフィンタンを見上げ、はっきりと言った。
「怜のところに合流したほうがええ。まだ敵がおるかもしれへん」
合理的な判断だった。
だがフィンタンは動かない。
杖を握ったまま、その場に立ち尽くしている。
未央は首を傾げた。
「……どないしたん?」
沈黙。
数秒の間。
やがてフィンタンは、ほんのわずかに視線を横へ逸らした。
その先にあるのは。
ビルの縁。
はるか下方に広がる夜の街。
フィンタンは小さく息を吐き、静かに言った。
「……高いところが、少し苦手でね」
未央は目を瞬かせる。
そして。
「は?」
素で聞き返した。
同時刻。
屋敷前。
五体のヴェイルを倒し終えたあと、ドナルは拳具を外しながら、ゆっくりと周囲を見渡していた。
視線が止まる。
マーラの背後。
地面に座り込んでいる二人の男。
疲労と恐怖で顔色を失いながらも、必死に状況を理解しようとしている様子だった。
ドナルは無表情のまま言う。
「マーラ」
低い声だった。
「そこの貧弱な男が二人いるが、あれは何だ」
遠慮のない表現だった。
男たちの肩がびくりと跳ねる。
マーラは眉をひそめる。
「言い方」
軽く睨みつけるが、ドナルの表情は変わらない。
「敵ではないのか」
「違う」
「戦力でもないな」
「それも違う」
短いやり取りが続く。
ドナルはしばらく考えるように沈黙し、やがて率直に問う。
「では、何だ」
マーラは腕を組み、少しだけ視線を逸らした。
どう説明するか、一瞬迷った様子だった。
そして。
小さく肩をすくめる。
「……拾い物」
あっさりと言い切った。
男たちは同時に顔を上げる。
「拾い物!?」
思わず声が重なった。
マーラは気にも留めず、薙刀の刃を布で拭きながら続ける。
「たまたま現場に転がってたから、回収しただけ」
言い方は雑だった。
だがそこには、わずかな庇護の色が混じっていた。
ドナルはしばらく二人を見つめ、やがて小さく頷いた。
「なるほど」
理解した、という顔だった。
そして真顔のまま、ぽつりと言う。
「確かに、拾い物だな」
男たちは言葉を失った。




