第65話 詰めの一手
戦場には、まだ緊張が残っていた。
石畳の上には、すでに一体の巨体が横たわっている。
先ほどマーラが斬り伏せたソルヴァンだった。
残る敵は四体。
その中で最初に動いたのは、未央だった。
目の前にはヴァルドリック。
砕かれた盾を失いながらも、その巨体はなお前へ出てくる。守りを失ってもなお退かない姿は、まさに前衛の執念そのものだった。
未央は半歩踏み込み、雷鳥を低く構える。
穂先に青白い光が集まり、空気がわずかに震えた。
力では崩れない。
だが一点を貫けば終わる。
呼吸を合わせる。
ヴァルドリックが踏み出した。
重い足音が石畳を鳴らし、巨体が真正面から迫ってくる。
その瞬間、未央は踏み込んだ。
体重を乗せた突きが一直線に走り、穂先が胸部の装甲へ深く食い込む。
内部で雷が炸裂し、鈍い破裂音が奥から響いた。
巨体が止まる。
わずかに震え、そしてゆっくりと後ろへ傾いた。
未央は槍を引き抜く。
同時に、ヴァルドリックの体が崩れ落ちた。
石畳が重く鳴り、土埃が舞い上がる。
確かな手応えだった。
未央は小さく息を吐き、わずかに肩の力を抜く。
終わった。
そう思った。
だが次の瞬間。
倒れたはずの巨体が、わずかに動いた。
腕が持ち上がる。
折れた刃が、死角から振り抜かれる。
不意打ち。
未央の目が、はっきりと見開かれた。
「――しまっ」
言葉が最後まで出る前に、鋭い衝突音が割り込んだ。
金属と金属が激突し、火花が散る。
振り抜かれた刃は、途中で止められていた。
未央の前に立っていたのは、マーラだった。
片手で剣を握り、当然のように攻撃を受け止めている。
呼吸も姿勢も、微塵も乱れていない。
マーラは小さく息を吐き、わずかに手首を返した。
それだけで力の向きが変わり、ヴァルドリックの体が横へ流れる。
体勢を崩した巨体へ向かって、迷いのない踏み込みが続いた。
剣が振り下ろされる。
重い衝撃が地面を叩き、巨体が完全に沈黙した。
静寂が落ちる。
マーラは剣についた血を軽く振り払い、肩をすくめた。
「詰めが甘いね」
軽い口調だった。
未央は小さく息を吐き、苦笑する。
「……助かったわ」
素直な声だった。
マーラはわずかに口元を上げる。
「次はちゃんと確認しなよ」
短く言い、視線を戦場へ戻した。
その頃、怜は残された三体の動きを静かに見据えていた。
グラミル。
トルガス。
そして――カルディオン。
指揮個体。
ここを落とせば、戦いは終わる。
風神を握る手に、わずかに力が入る。
刃はすでに抜かれている。冷たい感触が掌に伝わり、意識を一点へ集中させていた。
体の内側では、先ほど展開した札によるエンチャント術式がまだ働き続けており、感覚は鋭く、動きも軽い。
カルディオンが視線を向ける。
互いに理解していた。
次の一手で決まる。
グラミルが踏み込み、巨大な刃を振り上げる。
同時にトルガスが側面へ回り込み、退路を断つ。
完璧な連携。
だが、その一瞬の隙を怜は見逃さなかった。
踏み込む。
距離が消える。
カルディオンの目が、はっきりと見開かれた。
――遅い。
迷いなく、怜は腰を沈め、風神を振り抜いた。
刃が空気を裂き、鋭い風切り音が一直線に走る。
次の瞬間、カルディオンの体が静かに揺れ、そのまま膝を折るように崩れ落ちた。
遅れて血が地面へ落ちる。
指揮が消えた。
その事実を理解した瞬間、残された二体の動きが明確に乱れた。
それまで寸分の狂いもなかった連携が、はっきりと崩れていた。
怒りと動揺のまま、グラミルが踏み込む。
だがその動きには、先ほどまでの正確さがない。
そこへ未央が滑り込んだ。
無駄のない踏み込み。
穂先が一直線に走り、青白い雷が炸裂する。
衝撃が一点へ集中し、巨体が大きく仰け反った。
体勢が崩れる。
その瞬間を逃さず、未央はさらに踏み込む。
二撃目。
雷が内部で弾け、骨格を震わせる。
グラミルの膝が折れ、巨体がゆっくりと沈み込んだ。
残るは一体。
トルガス。
だがすでに勝負は見えていた。
静かに前へ出たのは、マーラだった。
トルガスが拳を振り上げる。
だが、その動きは明らかに遅れている。
マーラは半歩だけ踏み込んだ。
次の瞬間。
剣が走る。
誰もその軌道を見ていない。
気づいたときには、トルガスの体が横へ揺れていた。
遅れて衝撃が走る。
巨体が静かに崩れ落ち、石畳が重く鳴った。
戦場から、敵の気配が完全に消える。
怜はゆっくりと息を吐き、風神の刃を静かに下ろした。
未央が槍を収め、マーラが剣を軽く振って血を払う。
三人とも、まだ立っている。
それが、この戦いの結論だった。




